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龍國戦記  作者: イカ大王
開戦篇
10/11

騎士団の城

 


 013



「正面に灯火。シュレジェン要塞探照灯の可能性大!」


 清浦と朝比奈は一階層下の羅針艦橋でその報告を聞いた。

 寒風に耐えられず、火鉢が置かれた屋内に退避したのだ。

 報告を受け、ガラス越しに正面に目を凝らす。すると、霧の向こう側に黒々とした陸地と、そこに灯る二つの淡い光が見えはじめた。


北限の港(ノーザンハーフェン)


 清浦は独り言ちた。

 ノーザンハーフェンは〈諸王国聯合〉北西岸──そこから南西に口を開いたレーヴェ湾の最奥に位置する古都だ。

 シュレジェン要塞はそのレーヴェ湾口を形成する半島先端部に、まるで門番のように屹立している大塔のことである。


 距離が詰まるにつれ、その姿が克明に見えてきた。

要塞というよりも城と呼んだ方が良い風貌である。

 それもそのはず、シュレジェン要塞は、二〇〇年前の〈龍〉争奪戦争時に建造された聖ゲルマン騎士団の軍事施設を改築したものだからである。


 隣で興味津々とシュレジェンの大塔を見つめる朝比奈に、清浦はその生い立ちを教えてあげた。

 それを聞いた彼女は興味深い様子でうんうんと頷くと、思案顔になって袖から取り出した用紙に何かをメモし始めた。


 この子、意外に世間知らずなのかも、と清浦は思った。今までどんな生活をしてきたのだろう。


「西方世界の城塞は全てが石造なのですね。見たところ、物見櫓のような役割のようですが、本丸はどうなっているのでしょうか」


「本丸は今から行くところさ」


 〈諸王国聯合〉海軍の“主力”はそこに総司令部を置いていた。


 西遣支隊は霧の中から現れた〈諸王国聯合〉襲撃艦の誘導を受けながら、単縦陣で湾口に進入した。

 湾を防衛する〈大塔〉やその周辺に設置された沿岸砲台を横切り、広々とした湾内に航跡をしるす。


 レーヴェ湾根拠地の全容が眼前に広がりはじめる。

 港や湾の泊地には〈諸王国聯合〉が財をはたいて建造した二〇隻前後の戦艦や航龍母艦が停泊し、その間を数倍の数の油槽艦や襲撃艦、小型支援艦が行き来している。少し視線を奥にやると、沿岸部に並ぶ巨大な工廠や将兵用と思われる居住施設を見ることができた。


 清浦の脳裏に留学生時代の記憶が蘇った。 

 士官教育に水兵用の荒々しい訓練を盛り込むことで有名なハウハウゼン海軍士官学校のボート漕ぎ教練で、仲間たちと腕がちぎれそうになりながらこの湾を駆け回ったことは良い思い出である。


 それとともに、とある疑問も浮かび上がった。

 本来ならば、もう少し南にある入江が〈諸王国聯合〉海軍の本拠地だったはずである。 

 しかし主力部隊──〈大洋艦隊(ホーホゼーフロッテ)〉はノーザンハーフェンにその艦隊戦力を集結させている。


 想像はついた。

 ノーザンハーフェンは、台形をひっくり返したような形をしているユーランゲル大陸の北西端付近に位置するため、必然的に〈帝国〉領土と近い。〈帝国〉本土を襲う部隊の出撃拠点や、敵が攻めてきた場合の素早い迎撃にうってつけの拠点である。

 それは〈諸王国聯合〉海軍が構築した新戦略に合致したものだった。


「清浦さん。あれ……」


 清浦が大洋艦隊の戦略に思いを巡らせていた時、朝比奈が左舷方向を指差した。

 艦橋の随所から固唾を呑む音が聞こえた気がした。

「黒龍」乗組員の眼前に、艦首をもぎ取られた龍母の痛々しい艦体が見え始めたからだ。


「あいつ。生きてるんだろうな」


 清浦は士官学校同期のトカゲ頭を思い浮かべていた。

 龍母の甲板上はささくれ立ち、人一人いない。舷側にはいくつもの焦げ目と大穴が穿たれており、艦自体が少し艦首方向に傾いている。

 その艦型からマッケンゼン級であることがわかるが、素人からすればただの傷ついた鉄塊にしか見えないだろう。

 知己は龍兵の専門家であるため、それに乗艦し、初陣を飾ったことは清浦も知っていた。


 湾の奥に進むにつれ、重厚感溢れる中世の城砦が見えてきた。その尖塔には、〈諸王国聯合〉海軍旗と大洋艦隊司令部居城を示す大将旗が、寒風に晒されながらはためいていた。



 014


 杞憂(きゆう)であった。


「准将閣下。遠路はるばるようこそお越しくださいました。我が国は友邦艦隊の来援を心から歓迎します」


 内火艇で上陸した清浦たちを出迎えたハンスは直立不動の敬礼をしながら仰々しく言った。


「うむ。特命戦略室長直々の歓迎とは、痛み入る」


 清浦も答礼した。

 互いに形式ばった挨拶を終えると、ハンスはすでに休めの姿勢を取っていた。「准将」としてではなく海軍士官学校の旧友として接するぞ、という彼なりの宣言であった。

 清浦は微笑を浮かべ、それを不快感なく受け入れた。友であり亞人でもある龍兵大佐の周りで直立不動の姿勢を保っている儀仗兵との対比が面白かった。


「日陰者だった貴様もついに大佐か。自由裁量で楽しくやってるそうじゃないか」


 清浦は拝刀礼を行う儀仗隊指揮官に軽く答礼すると、流暢な〈諸王国聯合〉語で言った。砕けた口調である。顎で湾に浮かぶ大破した龍母を示した。

 それを見た龍人ハンス・ルントシュテットは自嘲的な笑みを浮かべ、肩をすくめた。


「少し無茶をやってな、死にかけた。壮絶な体験だったよ。二度とごめんだね。それよりも貴様、昔から潮臭い男だとは思っていたが、流石だな、新鋭巡戦を率いる准将にまで成り上がりやがって」


 ハンスは陸で働く龍兵専門家、清浦は洋上勤務を主とする提督、という感が、すでに士官学校時代からあった。


「潮臭いのも悪くないぞ。(おか)でずっと事務作業など身が腐って敵わない。貴様も初陣を飾って箔の一つでもついたと思いたいが」


 ハンスは心底憂鬱そうな表情を一瞬だけ浮かべ、消した。


「陸も海も大して変わらん。どっちも最悪さ。海では敵巡戦に追いかけ回され、我が軍の老人は権力持ちの馬鹿ばかりだ」


 清浦は苦笑した。旧友の〈諸王国聯合〉海軍内での立場の悪さは理解していた。第一次〈帝国〉本土襲撃に際する被害──護衛艦艇五割損失、龍母大破による風当たりの強さはここまで届いている。


「ただし」ハンスは続けた。


「満点ではないが、海でも陸でも今のところは俺の狙い通りだ。貴様の艦隊にも期待してるぜ」


「龍兵の専門家が巡戦支隊にすがるのか」


 清浦は諧謔味のある笑みを浮かべた。ハンスはおいおいという表情になった。


「言っとくが、俺は戦艦無用論など失笑ものだと思ってる。今回の戦いで巡戦には救われたばかりだ。むろん、俺か立案した作戦でも戦艦は重要になる。使い方さえ間違えなければ、な」


「ほぉ」


 清浦は面白そうなものを見つけた悪童のような顔つきになった。「そいつは楽しみだ。せいぜい楽させてくれ」


 ハンスは笑いを堪えながら頷くと清浦を儀仗兵が形作る道の先へと促した。示した先には海軍紋章が刻まれた馬車が停まっている。


「あ、ちょっと待て」


 清浦は自分の後ろに立つ少女を示した。「彼女も紹介しておく。我が支隊の導術……こっちでは魔導か。それに携わる派遣神官だ」


「朝比奈歌織二等神官補です。よろしくお願いしま──」


「嬢ちゃん。俺の顔になんかついてるか」


 ハンスは面白くなさそうに言った。


「は、いえ。亞人を見るのは初めてなもので」


 清浦と向き直る。


「神官を連れてるってことは、貴様らも〈龍〉を狙ってるということか」


「なんせ〈龍〉だからな。この世界に欲しくないやつなんていない。なんだ、おい。貴様らの国も狙ってるのか」


 清浦は冗談じみた声で尋ねた。


 〈皇国〉と〈諸王国聯合〉による同盟関係は〈帝国〉の直接的な脅威を受ける〈諸王国聯合)による防衛同盟的意味合いが強い。

 つまり、〈諸王国聯合〉が自身を守るための同盟に〈皇国〉を誘い、〈皇国〉がそれを受け入れたという形となっている。

 〈皇国〉はその条件として自国の〈龍〉契約権の確約を求め、〈諸王国聯合〉もそれに同意していた。〈諸王国聯合〉は〈帝国〉と海を挟んで対峙してるために〈龍〉との契約を狙う余裕などなく、故に次善の策として敵が取るよりかは味方が〈龍〉を取った方が良いとしたのだ。少なくとも〈皇国〉ではそう考えられていた。

 〈皇国〉は龍を取るために、〈諸王国聯合〉は身を守るために、それぞれ互いを利用する。友誼ではなく利益に基づいた、極めて現代的な同盟であった。


「いや何、もっと別の形でアプローチすると思っていただけだ。まさか戦闘艦隊に担当神官を乗せてくるとはな」


「海軍戦術学は一通り勉強しました。副官的役割は果たせると思います」


「まあいい。くれぐれも俺の親友の足を引っ張らないようにな。──時間が押してる。いこう」


 ハンスは急かした。あたりには儀仗兵軍楽隊が奏でる【皇国海軍行進曲】の金管音楽が荘厳に鳴り響いていた。テンポがやや早い。軍楽隊長も、シュレジェン城で〈諸王国聯合〉海軍の名だたる将官らが苛つきながらハンスたちを待っていることを知っているのだろう。

 






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