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龍國戦記  作者: イカ大王
開戦篇
1/11

死へ進め

 


 000


「ここまで荒れるのは珍しいな」


 軍艦「千陣(せんじん)」艦長の笠原彦之丞(かさはらひこのじょう)中佐は、顔面にまとわりついていた雨水を袖で拭った。

 が、大時化の最中である。すぐに新たな雨粒が降りかかり、あまり意味はない。

 軍帽のつばは、豪雨時の軒下のような有様となっている。


 彼がその身を置いているのは、艦の前方に設けられた小高い構造物、その天蓋上にある露天艦橋である。そこは薄い幌が張られだけの場所であり、笠原をはじめ、艦橋要員や見張員が理不尽なまでの風雨に晒されていた。

 その中の一人──“神官”が、艦長に向かって何かを叫んだ。


 だが、彼の声は風にかき消される。


 「もう一度言え」


  笠原は呆れた表情を浮かべると、神官の胸ぐらを掴み、そして自身の無精髭が触れそうな距離まで引き寄せた。

 神官は顔を青くしながら、必死に先の言葉を繰り返す。


「この天象は〈龍〉の顕現兆候です。注意を!」


 やはりか、と笠原は思った。

 彼が洋上勤務に就いてから二〇年は経つが、こんな不自然な海は見たことがなかった。

 昨日まで南方極点から大陸沿岸にかけて低気圧は皆無であったのに、数時間でこの有様である。


 〈龍〉という超常的な力が働いているが故、ということなのだろう。


「屋島」


 笠原は羅針盤に歩み寄ると、そこと一体化している伝声管に航海長の名を吹き込んだ。

 おります、とすぐに応答が来る。


(おか)に寄せろ。侵入限界線を超えてを構わん」


「ザクセン条約違反ですが……」


 露天艦橋の一階層下、操舵室で操艦指揮にあたっている航海長は控えめに反駁(はんばく)した。

 〈ザクセン条約〉は扱っている内容が内容だけに神経質にならざるを得ない。


「〈龍〉が見られるかもしれん」


 笠原は抑揚なく言った。

 伝声管の向こうで息を呑むのがわかった。

 ややあって「了解」との声。


「情報。記録用意」

  

 笠原は伝声管の蓋を閉じると、情報部から派遣された特技兵に命じた。

 彼らの一人は三脚に支えられた光学装置を、もう一人は懐中時計と記録帳を用意した。


 笠原は双眼鏡を額に押し当て、左弦(ひだりげん)に向けた。

 世紀に一度の大事に立ち会うにあたり、状況を今一度確認する必要があった。


 まず笠原の視界内に飛び込んでくるのは、分厚い雨雲。降り注ぐ分厚い雨。そして、魔物の呻き声のように鳴動する海である。

 いずれもひどくかすみ、混沌としている。


 そんな光景の先にアスカロン大島──別名【龍棲大陸】がその巨体を横たえていた。

 左舷水平線の半分を占めるサイズの島は、中央にかけてその地形を盛り上げている。その地下にプレートの接触線がないにも関わらず、険しい山岳地形をもつのだ。


 そしてそこには〈龍〉が棲む。


 その大島が右に滑った。

 取舵が指示されて数十秒後、舵が効いた「千陣」がアスカロン島方向へ艦首を振ったのである。


「艦長。龍偵(りゅうてい)は戻した方が良いのでは」


 笠原が双眼鏡を胸の定位置に戻した時、(かたわら)に立つ龍偵主任参謀が進言した。


 龍偵とは〈皇国〉の東北茶に生息する飛龍を手懐け、偵察用としたものだ。

「千陣」は当初、防護巡航艦として生を受けたが、二年前に龍偵運用能力を持つ軽装龍偵母艦に大改装が行われ、八匹の龍偵を運用する能力を得るに至っている。


 笠原は視線を空にやり、少し泳がせた。

 一点で止まる。

 そこには、暴風に翻弄されながらも懸命に飛ぶ龍偵と、それを操る龍士の姿があった。


「この大時化(おおしけ)で、亜龍の奴ら虫の息です。元気なのは今飛んでる七号龍のみになります」


「そうだな」


 笠原は短く応じた。

 龍偵は周囲の警戒のために飛ばしていたが、この酷い時化を鑑みると、戻した方がいいのかもしれない。

 その考えに至った笠原は帰還命令を出すべく口を開いたが、言葉は出なかった。


 舌打ちをする。龍偵参謀は濡れた顔を小さく引き攣らせた。


 龍偵の後方に蜀粦弾(しょくりんだん)が点灯したのだ。それも、赤色のそれが三つ。


 布傘(パラシュート)が装着されているため、風雨に煽られながらゆっくりと高度を下げてくる。鈍い光は露天艦橋を赤く照らし、将兵の白い顔を浮かび上がらせた。


「艦長!」


「わかっている」


 龍偵参謀のやや狼狽した声を笠原は短く制した。

 赤色三発──信号の意味は『警戒厳とせよ』である。

 笠原は一瞬〈龍〉が出現したのかと身構えたが、それとは全く別の、しかし脅威度なら比べ物にならない存在が出現したことを、見張台からの報告で悟った。


「本艦の左弦後方に艦影。数二、いや、三!距離四〇(ヨンマル)(四〇〇〇レーテル)。本艦に接近中と認む!」


 艦橋の後部にそびえ立つ前檣楼(ぜんしょうろう)──その中腹にある見張台から報告が届いた。

 笠原は素早く遠眼鏡を左後方へ向け、風雨の海面に目を凝らした。


「……」


 おぼろげではあるものの、胡麻粒のような艦が一隻見える。

 それだけではない。その後方には──艦自体は水平線の向こうにいて見えないものの──二条の黒煙を確認することができた。うち一本は太い。大型艦かもしれない。


「軍旗確認。該当艦船は〈帝国〉海軍!」


 新たな報告を受け、艦橋内でどよめきが連鎖した。


 西方の大国である〈帝国〉も〈龍〉の動向には注視している。

 異常気象を観測したことで、大急ぎで駆けつけてきたのかも知れない。


「やはり、か」


「奴さんたちもザクセン条約違反ですな」


 伝声管を通じて航海長が笑った。


 〈龍〉への不干渉を目的に締結されたザクセン条約はアスカロン島から三〇キロレーテルへの軍艦の侵入を禁じている。

 それでも堂々と侵入したということは、()()()()()()()()()()()ということだ。


〈龍〉を巡っての争いは有史以前から延々と繰り返されてきた人類の悪癖であった。これが今日も始まる。それだけであった。


「総員、第一種戦闘配置」


 笠原は逡巡したのち、重々しく命じた。


「総員配置ですか?」


 龍偵参謀が訊ねた。


「二度は言わん」


  艦長の一言で「千陣」艦上は慌ただしさを増した。


 命令が血液の様に艦のすみずみまでいき渡り、セーラー服に身を包んだ〈皇国〉水兵が、各々の持ち場へと駆ける。

 鐘を連打する甲高い音に急かされ、彼らは三分で配置は完了した。


「各部確認。総員配置完了」


 艦橋に詰める士官の一人が腕時計に視線を落としながらそう報告した時、すでに「千陣」と〈帝国〉艦群との距離はかなり縮まっていた。


「戦闘」


「せんとーう」


 号令が連鎖する。

 これで、砲と襲雷発射管に弾が装填された。


 笠原は視線を左後方に向けた。


 白波を蹴りながらこちらに接近してくる〈帝国〉艦は、さっきより段違いに大きく見えている。

 艦識別表と睨めっこしていた当直士官が言った。


「艦種が判明。二隻の先行艦はヴァトラー級襲撃艦(デストロイヤー)と認む。殿(しんがり)は──」


「あれは……巡洋戦艦じゃないか」


 龍偵参謀の言葉に、艦橋内は緊張が走った。

 前衛の二隻に続くのは、それとは比べものにならない巨躯(きょく)を持つ巡洋戦艦だった。


 背負式に搭載された二基の大口径連装砲はこちらを睨み、物見櫓(ものみやぐら)のように高い三脚檣は絶えず周辺を睥睨している。

 うねる大波に翻弄されている襲撃艦とは対照的に、この大時化でもほとんど動揺していない。


 その光景だけでも、その艦がいかに巨大かを示していた。


「殿の艦種は巡洋戦艦。『マーキュラス』と認む」


「〈帝国〉が誇る“最強戦艦”ですか……」


 航海長が漏らした。


「とんでもねえ奴と出会しちまいましたね」


「いかがしますか。艦長」


「……」


 身体にまとわりつく濡れた軍装の不快感に耐えながら、笠原は思案した。

 〈帝国〉戦隊と戦えば負けるが、与えられた任務が〈龍〉の観測である以上、逃げるわけにもいかない。

 となると……。

 結論に達する。自分の部下を道連れにしかねない考えに抵抗感を抱きつつも、神官に確認をとった。


「神官。〈龍〉の顕現確率はどれほどか」


「じゅ、十中八九間違いないと思います。過去の文献と照らし合わせても例外はありません」


「顕現までの時間はわかるか」


「おそらく、三〇分以内には」


「それは奴らの神官も同じ意見かな?」


「帝国拝龍教の龍研究は世界に一歩先んじています。彼らのほうが、この状況をより正確に把握しているでしょう」


 畜生、やるしかないのか。


 笠原は艦橋内を見渡した。

 艦橋要員の目線が笠原に集中した。明瞭な声で言う。


「奴らは〈龍〉の溺愛者だ。いずれ撃ってくる。であるから、戦う」


 誰かが固唾を飲む。それが何を意味しているかわからない者はここにいない。

 龍偵参謀が聞いた。声が震えていた。


「宣戦布告もなしに撃つのですか」


 笠原は硬い表情で答えた。


「最初の一発は奴らに撃たせる。その後、反撃だ。我々が逃げるという選択肢はない」


 重々しい沈黙が広がる。

 巡洋戦艦を含む敵戦隊に、龍偵母艦が単艦で挑む。それはすなわち死だ。

 〈皇国〉海軍所属の旧式改装艦は、自ら死の道を突き進んでいた。


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