3:決然たる彼女の意志
不意にまっすぐと見つめられた上に、お褒めの言葉まで頂戴してしまった僕は、はっきり言って戸惑っていた。自分でも目を丸くしているのがわかるほどに、僕は驚いてもいた。そんな僕を見て、エナはクスクスと笑った。こちらを見る表情がにこやかなものに変わる。
「シオリ、あなたって表情の変化に乏しい人間だと思っていたけれど、そんなきょとんとした顔もするのね、意外よ」
エナの笑い声につられたのか、僕も思わず笑いだしてしまった。お客との会話で愛想笑いをすることは多々あるが、自然に笑い声が出たのは久々のような気がする。初めは我慢していたのか、エナの笑い声も僕につられて少し大きくなる。少し空気が和らいだところで、エナに頭を下げる。
「悪かった。少し答えづらい質問だっただろうに、真剣に答えてくれて嬉しいよ」
エナは少し照れくさそうに下を向いた。僕は続ける。
「義手や義足を受け取った客が悪事に手を染めたり、身に余る危険な環境に飛び込んでいったり、そういうことをされると頭にくるんだ」
僕はエナの目を見つめて、あえて語気を強めてそう言った。
「だから僕の店では新規のお客さんに対して、今後の目標の設定と、それに見合う水準に到達するまでのリハビリを課している。もちろん、経過は僕が定期的にこの目でチェックする。基準を満たせば晴れて自由の身、それまではウチの従業員として働きながら、リハビリに取り組んでもらう。代わりに、食事代と部屋は提供する」
僕はメモ用紙を作業机の引き出しから数枚取り出し、椅子から立ち上がった。エナの方に向き直ると、彼女は目を丸くしてこちらを見ていた。
「・・・おどろいた。思ったより手厚いサービスね、あなたの店」
「もちろん、それなりに代金はかかるぞ。義足含めて150万フィスってところだ」
エナは首をゆるゆると横に振る。
「いや、お金の話じゃなくて・・・そこまで面倒見てくれるっていうのが意外というか。助けてはもらったけど、あなた、声は暗いし表情は薄いし、それに冷たい印象だったから。仕事ぶりはかなり顧客に優しいのね」
普段、こう正面から褒めてくる人はいないので、エナの言葉はなんだか照れくさく感じる。もっとも褒め言葉の前に並んでいた悪口のことは、あまり思い出に残っていないが。大抵いつもは作った義肢を褒められるか、名前が可愛いと褒められる(からかわれる)かのどちらかだ。どうにも慣れないのは仕方がないか。
僕は手近な椅子をエナに勧め、自らも他の椅子を持ってきて向かい合う。メモ用紙をクリップボードに乗せ、「義肢装具制作にかかわる身上調査書 エナ・フレイ様」とペンを走らせ、一つ目の質問を投げかけた。
「ではエナ、あんたの身の上について何点か聞く。僕から質問をするから、正直に答えてくださると助かる」
僕はいたって冷めた表情、平坦な声の調子で、訊く。
「エナ、昨日ドラゴン・ビアンコに襲われ、左足を失ったとき、あんたは冒険者として、あの森にいたのか?」
「は、はい」
やはり。僕の予想は当たっていたが、そこから先はエナに聞かねばわからない。
「どういった経緯で、昨日のような状況に陥った?一人でモンスター討伐を請け負ったとか、あるいはパーティメンバーとはぐれたところにモンスターの急襲を受けたとか、それとももっと他の経緯があるのか」
ちらりと彼女の方を見る。エナは眉間にしわを寄せ、険しい表情になっていた。手も強く握りしめられ、口も真一文字に結ばれている。これは、よほどショッキングな出来事があったんだな。震える声でエナは、ぽつり、答えた。
「1年間パーティを組んだメンバーたちに、罠にかけられたの」
僕は思わずメモ用紙から顔を上げ、ペンを走らせる手も止まる。さすがにその答えは予想できなかった。エナの表情はいまや苦痛と屈辱にゆがめられ、陳列棚の前で微笑んでみせた可愛らしさは消え失せていた。僕は目線を用紙に戻し、ペンを走らせる。平静を装い、聞き取りを続ける。
「そうか。つらい経験を思い出させてしまったな、申し訳ない。エナ、ここからが本題だ」
エナはふぅ、と息をつき、目線を上げる。眉間に寄せたシワは消えていたが、やはり思い出したくなかったのだろう、表情はいまだ曇っている。僕は彼女の目をちらりと見て、わざと声色を明るくして訊いた。
「今後エナはどんな人生を考えてる?職業でもなんでも、明日の生活の希望から、全世界を股にかけた壮大な野望まで何でも言ってみな。言うのは自由だから」
エナはポカンとしてしばらく答えが返ってこなかった。僕としては、先ほどのトラウマチックな回答から、少しでも彼女の気を紛らわそうとしたつもりだったのだ。ううむ、これはスベったってやつだ。やはり普段から愉快な人間でいなければ、人を笑わせることはできないのか。行きずりの旅芸人やパフォーマーも馬鹿にはできないな。
エナは沈黙ののち、ふふっと笑い、そして真剣な表情で答えた。
「私を罠にかけた者たちも冒険者なの。彼らは私の貯えたお金を狙っていたのでしょう。私は一人暮らしだから、私を殺せば家じゅう漁り放題の盗み放題ね。今頃はもう、私の家はひとしきり荒らされた後でしょうね」
僕は決意に満ちたエナの目を見つめていた。今やエナの瞳には光が戻り、目つきも静かで強い意志を感じさせるものになった。エナは続けた。
「私は冒険者ギルド所属の警備隊員を目指す。冒険者は欲深い生き物だから、中にはお金のために人命を顧みない行為に及ぶ者も存在するわ。私はそんな者達から一人でも多く人を守りたい」
立派な考えだ。尊重すべき、大切な精神だ。しかしすぐにゴーサインは出さない。僕は表情を崩さず、告げる。
「ギルドの警備員なら冒険者同様、モンスターや人間との戦闘の可能性がある。義足や義手での戦闘は、難易度が非常に高い。戦闘中の危険度は言わずもがな。まず戦闘に堪えるだけの動きを、義足でこなせるようになるのに、相当量の訓練が必要だ」
「やれるわ。今までのどんな目標よりも、この目標は私の心の大部分を占めている。そのことがはっきりとわかるから」
エナは間髪入れずに答えた。目はまっすぐこちらを見続けている。彼女も困難な道であることは承知の上だったのだろう、その目の奥には光が宿り、炎がゆらめく。エナは凛とした面持ちでこちらを見ている。僕は椅子の背もたれに寄りかかって、答えた。
「オーケー、エナ。義足は作ろう。リハビリやトレーニングにも、他の仕事に差し障らない範囲で手伝おう。いま受けている新規の注文はあんたの分だけだから、しばらくはあんたの義足に専念できる。そのうえ」
エナの表情が引き締まる。覚悟のできた、いい顔だ。僕は素材ストレージの方を見てにやりと笑う。
「実はもう素材が揃ってるんだ。改めて採集に行くのは面倒だったし、あんたも金が節約できてよかったろう。改めて採集に行く場合、その経費を代金に上乗せしてるからな。軽くて、硬くて、しなやかな素材なんて、どこにでも落っこちてるもんじゃない。まったく・・・運命ってのはどうしてこうもいたずらっぽいのかね。激しい動きに堪える義足なら、コイツがうってつけだ」
僕は素材ストレージを開き、中から白いプレートのようなものを一枚取り出した。エナはさすがに見覚えがあったのか、そのプレート、いや、白い鱗に覆われた硬い皮革を見て絶句している。
「エナ、お前の義足は、ドラゴン・ビアンコの骨と皮から作るぞ」