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2:新たなる彼女の門出

 声の主は同じ年ごろの少女だった。見た目で判断しただけだから確証はないが、少なくとも18歳の僕とそう変わらない年齢だろう。長い銀髪に、切れ長の瞳、女性にしてはすらりと身長が高めか。少女は樹の根元にうずくまり、周りには血が飛び散っている。僕は少女の後方から飛び出し、少女とドラゴン・ビアンコの間に立ちふさがった。


「大丈夫か?あんたはとりあえずここを離れて・・・」


 少女に声をかけつつ、ちらりと少女の方をうかがった。瞬間、僕はまたしても焦りを覚えた。少女の左足、その膝から下が失われ、血がいまだに流れ出していた。


 少女は軽装備に太刀を携えているところから、おそらく冒険者なのだろう。モンスターを一人で狩りに来て返り討ちに遭っている、というところか。


 僕の頭の中では、やるべきことの優先順位が目まぐるしく入れ替わっていた。少女の脚の止血、少女とドラゴンの隔離、ドラゴンの始末、ほかにも優先すべき選択肢が頭を駆け巡った。混乱していては戦闘にも救助にも支障をきたすというのに・・・


 ふと、ある可能性を思いついた。僕は少女に尋ねた。


「あんた、治癒魔法は使えるか?」


「え・・・ええ、一応。治癒は苦手で、時間がかかるけれど」


 少女の答えは、僕にとって十分満足できるものだった。この一縷の望みに、突破口を見出すしかない。


「じゃあ左足の傷を塞げ!時間がかかってもいい!僕がこのドラゴンと戦ってる間に早く止血するんだ!」


 しかし少女の声から戸惑いは消えない。


「え・・・?でも戦闘って・・・あなた武器持ってないじゃない・・・」


「僕の武器は手首のブレスレットだ」


 少女はまだ戸惑っている。僕は視線をドラゴンへと完全に戻して、大声で叫んだ。


「とにかく、止血が最優先だ!死にたいのか!」


 少女はくっ、と表情を引き締め、痛みに顔をゆがめながら左足の患部に魔法をかけ始めた。ちらりと少女へ目線を移すと、確かに慣れない手つきではあるが、治癒魔法で止血を始めたようだ。


 僕はドラゴンへと突っ込み、同時にブレスレットに注いだ魔力を前腕にまとわせた。ドラゴンの鋭い爪が僕の前に振り下ろされる。逃げて、と後ろで少女が叫ぶのが聞こえる。僕は魔力をまとわせた腕を振り抜き、ドラゴンの爪を迎え撃つ。


「おらぁあああっ!!」


 砕けたのはドラゴンの爪だった。ドラゴンはほんの一瞬怯み、体を起き上がらせつつ後ろに下がろうとした。すかさず僕は距離を詰めようと、ドラゴンの懐めがけて突っ込む。一気に距離を詰められて気圧されたのか、ドラゴンは少しのけぞって、叫び声をあげて後ずさる。僕は目の前に迫ってきたドラゴンの腹部めがけて、一発打ち込んだ。魔力をまとわせた掌打はドラゴンの腹部をとらえ、その衝撃がドラゴンの体に風穴を開けた。


 断末魔の叫びをあげ、うずくまったドラゴン・ビアンコ。動く気配を見せないのを確認し、胸をなでおろして僕は少女の方へ走って戻る。幸いにも、ドラゴンとの戦闘の間に止血は済んでいたようだ。


 しかし、彼女の目にはまるで気力を感じられなかった。不穏な答えが返って来そうな予感がしたが、僕は少女に尋ねた。


「えっと・・・無事でよかった。僕の名前はシオリ。あんたは?」


「・・・エナ。エナ・フレイよ」


 少女は小さく、つぶやくように答えた。彼女の目にいまや光はなく、どこか虚空を見つめるようですらある。僕の問いへの答えもかすれるような声で発せられ、体も後ろの樹に預けて完全に脱力しきっている。僕は不安を覚えながらもその先を続ける。


「エナ、とりあえず町に戻ろう。医者に傷を見せて、それから僕の店に行こう」


「・・・いいえ、結構。置いて行って」


 やはり。エナは目線を横へそらし、ため息をついた。表情や声からある程度予想していた答えだ。しかし、いざ口にされると困るもので、僕はどう説得しようか、答えに詰まった。


 だからと置いて行くわけにもいかないので、僕はエナに尋ねる。


「なんでそんなことを言うのか、僕にはわからん。本当に死にたいのか?」


 エナは目を閉じ、またため息をついた。うつむき、もう表情もわからない。


「私はもう戦えない。脚一本で戦闘なんて、魔法なしの戦闘より無謀だわ」


 僕もさすがに同意だ。エナは続ける。


「戦えないんじゃ、私に生きる意味はない。目的があっても、手段なしには到達できないでしょう?だからもういいのよ、私は」


 今度は僕が深くため息をつく。エナは顔を上げ、こちらを睨みつけて凍えるような冷たい声で僕を皮肉った。


「シオリ・・・とかいったわね。他人の人生に呆れられるほど、あなた偉いのね。ご立派ご立派」


 エナは怒っているようだが、反対に僕は自分の感情が冷めていくのを感じていた。睨みつけてくるエナの瞳を、彼女よりさらに冷たい目つきでまっすぐと見据える。エナは少し怯んだように見えた。僕は立ち上がり、言った。


「他人の人生、その目的を馬鹿にする気はない。懸ける思いも尊重するさ。でもそればかりに固執して、おじゃんになったらもう死にたい、なんて俺は認めん」


 僕はエナの目を見もせず、彼女を担ぎ上げた。バックパックと彼女の太刀も背負い、僕は森の出口を目指して歩き出した。エナはしばらく降ろせ、離せとじたばた騒いでいた。


 僕が暮らすミラジエンという街は、南方が海、北側と東側が森に面しており、森の奥にそびえる山々に近づくにつれ、強いモンスターが出現する。西側は隣町とミラジエンを結ぶ街道が整備されており、通行記録の管理や治安維持を含めて、街道はギルドの管理下にある。僕とエナは北門からミラジエンの街に入り、中心街の病院を目指す。


 ミラジエン中央病院はいつも負傷した冒険者でごった返している。それは今日も例外ではない。エナは森を出てからずっと口を開かなかったが、ようやく言葉を発した。


「やっぱり病院なんていいわよ、一応止血は済んでるんだし」


 エナが口にしたその言葉に呆れ、また僕はため息をつく。今度はなぜ僕がため息をついたのかわかっていないらしい。だから降ろして、とささやくエナに、僕は説明した。


「いいか、モンスターに傷を負わされて、しかも左足の膝下を失うほどの大怪我だったんだ。モンスターの種類や周囲の状況にもよるが、場合によっては傷口に呪いを受けて、その魔力が患部から全身を蝕む、なんてこともあり得る。念の為だ」


 エナはそれからまた黙り込んで、以降は大人しく診察を受けた。医師の判断で、エナは一日だけ入院して翌日まで経過を見ることになった。


 翌日の昼下がり、僕は「北ミラジエン魔道義肢装具店」で依頼主の弦楽器奏者を迎え、義手を渡して代金を受け取った。店はミラジエン中心街の北東、街はずれに位置する。出てゆく弦楽器奏者とすれ違いざまに、ひとり新たな客が入ってきた。その客に、僕は少し驚いた。病院できちんとした止血処理、そして検査を済ませたのち、松葉杖をついた状態でエナは僕の店にやってきた。


 僕はエナを森から連れ出し、病院に担ぎ込んだだけで、その後のことは担当医にまかせっきりだった。だからエナがウチの店に来るか、あるいはそもそも精神的に立ち直ることができるかは、正直に言えばわからなかった。少なくとも、店には来ないと思っていた、の方が正しいか。


 エナは店のドアを閉め、店内をぐるりと見回し僕に話しかけた。


「お医者さまに聞いたわ。シオリ、あなたは義手や義足を作っているのね」


「ああ、3年前から義肢装具士をやってる。ほかにも魔法用の補助道具や日用品、非魔法系の日用品も作って売ってる。まあメインは義手・義足の製作だが」


 僕はさっきまで対応していた弦楽器奏者との取引明細書をファイルしながら答える。エナは店内を物色し始めた。


「シオリ、私にも義足を作ってほしいんだ。病院の院長さんにもシオリの店を勧めてもらったし」


 僕は顔をエナの方へ向け、あまり気乗りしていないことを声色で示す。


「エナ、あんた昨日森で、死にたい、置いて行ってくれとか言ってたじゃないか。どういう心境の変化だ」


 エナは装飾品の陳列ケースからこちらへと目線を移し、微笑んだ。昨日の森の中で見た、廃人のような表情とはまるで別人のようで、僕は少し驚いた。


「あんた昨日、私に言ったよね。目的が果たせないからって死ぬのは認めないと。その言葉に価値があるか、もう少し生きて確かめようと思ってね」


 その言葉を聞いて、僕は少し安心していた。病院にエナを担ぎ込んだはいいが、その後彼女がどういう精神状態になるか僕にはわからなかった。そのうえ病院にエナを預けて任せきりにしてしまったことで、病院側に少しばかり負い目を感じていたのも否定できない。こうしてエナが生きる意志をはっきり示してくれたのが、何よりも喜ばしいことだ。助けた甲斐があったというものである。


 しかし、僕にはまだ疑問が残っていた。その答えを知るまではまだ首を縦に振るわけにはいかない。僕はエナに尋ねる。


「エナ、お前はなぜ義足が欲しいんだ?新たな足を得て、どんな人生を歩むつもりなんだ?」


 エナはこちらを見て答えを返そうとした。しかし、僕の目がまっすぐ彼女を見つめていることに気付くと、表情を引き締めて僕の方へ向き直った。僕がこの質問に込めた意味の大きさを、理解してくれたようだ。僕も表情を崩さず、彼女の答えを待つ。


 彼女は目を伏せ、しばらくの沈黙を挟んだのち、こちらをしっかりと見据えた。


「シオリ、私はあなたの生きざまを見て、見つけたい。私は何に生きればよいか。私が心から求める強さを、あなたは持っている気がするから」


 エナは凛とした面差しで、深みのある落ち着いた声で、そう答えた。

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