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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鉄人聖女は空回る

作者: 猫月ひかり

R15は保険です。気軽に暇つぶししていってください。


 場末の酒場は、普段なら荒くれ者達が騒々しく酒を飲み、血の気の多い彼らが口論から喧嘩に発展する事も日常茶飯事だった。

 ここの酒場は特に後ろ暗い者達が集まり、貴族ならず一般人も入り込まない場所であった。

 それが今夜に限ってはシンと静まり返り、誰もが息を潜めて微動だにしない。動けば命が無くなるのではという強迫観念に襲われていた。彼らの視線はカウンターに座る一人に注がれている。

 上質なマントを羽織り、フードからは艶やかな黒髪が漏れ出る。華奢な体格と、白い手が顔を隠し啜り泣く声だけが、その人物が女性であると判断させた。

 この場に似つかわしくない彼女にちょっかいをかけようとした大柄な男や、身内で喧嘩をおっぱじめた奴等は、飛んできたナイフやフォークで服を固定されたり、拳を振り上げた姿で見えない力に止められている様に静止している。


 誰もが固唾を飲んで見守る中、彼女の隣に座る男だけが、呑気に酒を注文していた。


 +++


 この国では、聖女という存在がいる。


 膨大な魔力量を誇り、一人の聖女の力で国民全ての魔力を軽く補える。生活の根底を支える魔力のお陰で発展したきた国に、なくてはならない存在だ。

 聖女の力は有限であり、ある時ぷつりと魔力が消え去る。それと同時に、次の聖女となる女児が現れる。

 聖女の力が消えたから生まれるのか、新たな聖女が生まれたから聖女の力が消えるのかは未だ解明されていない。

しかし決まって、三歳になる女児がその役を担った。

 国が定めた法により、国民全てが三歳になると魔力量を測定する儀式を義務付けられている。

 今代聖女の力が消えた年、新たな聖女として祭り上げられたのは、ミラという名前の孤児だった。


 すぐさま神殿が彼女を保護し、聖女としての教育を施す。それは、力を失うその時まで国に監視されて生きるという事に他ならない。

 引き取られた当初薄汚れていた外見は、清めると周りの目を引いた。

 珍しい黒髪に黒目の少女は、痩せ細ってはいたが、整った顔立ちに大人びた言動で孤児という先入観が無ければ教育の行き届いた貴族の娘と遜色ない。たまに見せるあどけない表情を浮かべると酷くアンバランスな印象を与え、周りは庇護欲を掻き立てられた。


 彼女の筆頭教育係として就いた神殿長は、とても博識で穏やかな気質の老人だった。聖女の処遇に対して長年思う所があり、幼いミラに対して彼は告げた。


「君はこれから聖女として生きる事になる。努力すれば何でも出来る筈だ、将来の為に今はここで頑張って欲しい」


 聖女の力がいつ消え去るのかはその時の聖女によって異なる。力がある内は国の監視下にあるが、力が無くなれば後は自由となる。それまでの功績の褒賞として優雅な暮らしを望む事も、国を出て行く事も出来る。

神殿長はその時まで腐らずに我慢して欲しいという慰めの言葉のつもりだった。


 しかし、ここでミラという少女を理解する上で抜けている事が一つある。


 彼女は転生者であった。


 前世の人格は無く、他人の半生を覗き見した様な感覚の記憶が残るだけで、ただただこの世界に生まれ落ちていた。

 その前世の知識が、神殿長の言葉を残念な方向で斜め上の発想をもたらした。


「何でもできる…パラメータを満遍なく上げろというアドバイスですね」


 言葉や単語の意味も曖昧で、正しく理解してはいなかったが、前世の乙女ゲー脳の指示によりミラはその後、体力、魅力、学力を上げる事に専念していく事になる。


 ミラが十五歳になり、歴代聖女の中でも魔力量と力の才能が過去最高であると国中に知らしめた頃、この国の王子との婚約話が持ち上がった。

 艶やかな黒髪に、きめ細やかな肌、細身だがプロポーション抜群の女性へと変貌を遂げたミラに王子が一目惚れをしたというのが発端らしい。

 魅力とは、というキーワードから膨大な魔力量と精巧な魔力操作の技術で、スキンケアの品やサプリメントなどを作り上げたミラの努力が実を結んだとも言える。


 その話を聞かされたミラは「ついに俺様王子のパラメータが揃ったか」とひとりごちたが、幼い頃から周りにいた神殿関係者は不思議な発言に慣れ過ぎて、ただ彼女のこれからの将来を喜んだ。


 初めて神殿の外に出て王宮へと向かったミラは、興奮と緊張から心臓が痛いくらい脈打っていたが、王子との出会いに想いを馳せる事で痛みは気にならなかった。

 何故かは分からないが、幼い頃から自分には王子が迎えに来てくれると信じて疑っていなかった。自分を守り、甘い愛を囁いてくれる存在がいる事を感じていたからだ。


「お初にお目にかかります王子様、ミラと申します」

「ミラ、君が聖女として国を守って支えてくれてる事にいつも感謝しているよ。今日は君のお陰で戦場で救われた騎士達に顔をみせてはどうだろうか?」


 おや?と、ミラは内心首を傾げた。

予想では「ふん!お前が聖女か、綺麗な顔してるじゃねぇか。俺様の物にならねーか」という威圧的な発言が来ると思っていたが、目の前の王子はとても柔和な笑みを浮かべている。

 まだ何か足りていないイベントがあったのかもと、ミラは気持ちを引き締めるが、それをお首にも出さず、お淑やかに微笑んで「喜んで」と答えた。


 騎士団の訓練所に案内されたミラは、整列した騎士達に熱烈な歓迎を受けた。

他国との戦争に駆り出された彼らは、聖女の加護の恩恵を受けて生還した者達だった。

 敵に斬りつけられれば見えない壁が攻撃を跳ね返し、剣を奮えばいつも以上に力が乗る。自国に戻れば傷ついた体を癒しの力でもって治された。

 代表者が礼を述べ、後ろに並んだ騎士達はミラに熱い視線を送ってくる。あくまで、感謝の気持ちが溢れてしまっているだけなのだが、それを受けたミラは、くわっと目を見開く。


「分岐もあるのですか…騎士だから、運動パラ上げすぎたのかも」


 ぽつりと呟いた声は、模擬戦を見せてくれるという彼らの熱狂で掻き消え誰の耳にも届かなかった。


「ミラ、見ていてくださいね」

「はい。お気をつけくださいませ」


 華奢な王子も参加する様で、照れ臭そうにする王子にニッコリと微笑み返す。

 目の前で行われる模擬戦という名の軽い打ち合いを眺めていたミラは少し物足りなさを感じていた。王子の番になり、その手に握られているのが真剣である事に気付き、おっ、と心が躍る。

 頭の中では、王子を心配してハラハラする自分を思い描きながら両手を胸の前で組んでおく。

 最初は緊張からか体が固く押されていた王子だったが、軽くいなされている事が悔しかったのか歯を食いしばって力任せに刃を打ち付けていく。力で負けている王子の姿を見ながら、「王子自身のパラメータが足りてない?」と観察していた。妄想の中では不敵な笑みで騎士を圧倒する立ち絵が存在しているのに、現実との違いに首を傾げる。


「危ないっ!」


 考え事をしていたミラの方向に、何かが向かってくる。陽の光に反射してキラリと光った刃を捉え、それが何であるか認識する前に、ミラは素早く片腕を上げて頭上をガードする。

 キンッと、鋭い音がして跳ね返った剣が足元に落ちてようやく、王子の手から抜けた剣だと気付いた。

 危ないなぁとのんびり思っていたミラは、ふと、周りの人達の目が驚愕に見開かれている事に気づく。駆け寄ってきていた王子は、青褪めた顔で唇を震わせている。


「…ミラ? えっと、今、何をしたの?」

「身体強化ですね。魔力を身体に纏わせる事で防御が可能になります。後はこのような事も出来ますので便利ですよ」


 地面に落ちていた剣を手に取り、地面に突き立てる。まるで泥の中に沈む様にするすると柄の部分まで刺さる剣を見た周りはあんぐりと口を開けた。


 神殿に引き取られてから、聖女の力を制御する事は勿論、体力を鍛える事に余念が無かったミラにとっては大した事では無い。今では一蹴りで数メートル先に駆ける事も可能となっていた。パラメータの基準値が目に見えて分からないミラが、とりあえず上限を求めて鍛えていった結果だ。

 そんじょそこらの武器では、ミラの体に傷一つつける事も叶わない。

 神殿の皆はミラの努力と成果を喜んでくれていたが、ここにいる王子と騎士達の反応が彼等と違いすぎていて不思議に思う。


「あの、わたくし何か変でしたでしょうか? 剣は使った事がありませんでしたが、ナイフであれば投擲が出来ます」


 剣を地面に突き立てただけでは、鍛えてきたパラメータが良く分からなかったのかもと思い直し、オロオロと周りを見渡してナイフを探す。


「聖女の力とは、僕の想像と違っていたみたいです…。まさかこんな鉄の様な女性がいるなんて」

「え」


 すっかり意気消沈した王子がフラフラと去って行く中、騎士団の人達が興奮して取り残されたミラを囲む。


「流石は聖女様!ご自身の体も鍛えてらっしゃるとは」

「まさに鉄人の聖女ですね!」

「貴女様の力があれば、一騎当千も可能だ」

「か弱いご令嬢は守らねばならないとなるものですが、聖女様の様にお強い女性ならば、頼もしい感情が湧き上がります!」


 口々にミラを褒め称える騎士達の言葉に、ミラは頭を鈍器で殴られた様な衝撃を受ける。

 記憶の片隅にあるお淑やかで、小動物の様に愛らしく、守ってあげたくなる聖女を目指していたつもりが、騎士達の反応を聞くにどうやら全く違う印象になっている。


「選択肢、間違えた?」


 呆然とするミラを尻目に、この出来事は瞬く間に国中に広がり「鉄人聖女」の異名が轟く事になる。王子との婚約話が一向に進まないと不安に思っていたある日、深淵のご令嬢と王子が婚約したという話が神殿まで届いた。


 王子との初顔合わせからずっと、部屋に引きこもっていたミラを心配していた神殿関係者は、王子の婚約話を聞いた事でようやくミラが落ち込んでいる原因が分かった。

 何とか元気付けようと無理矢理部屋に入った時には、部屋はもぬけの殻となっていた。


 +++


「わ、わたくし、頑張ったんです。パラメータ上げなんて何をしたら良いか分からないのに、神殿の皆と一緒に悩んで、癒しの力だけじゃキャラが薄いと思うじゃないですか。うっうっ、悪役令嬢が現れたり魔王討伐なんて事になったら、下手すればバッドエンドになりかねないと思ってぇぇぇぇ」


 語っている内に、王子の引き攣った顔や規格外と語る騎士達の顔を思い出して啜り泣きから嗚咽が混じり始めた。


 キツくて辛い訓練の日々で神殿の皆が応援してくれてたのに無駄になってしまったという後悔と罪悪感で、王宮から逃げ帰った後は合わせる顔が無くて部屋に引きこもった。

 どうやったら挽回出来るかと考えを巡らすが、記憶の中にあるのは芯の強い女性が剣を取り敵に立ち向かい、味方と一緒に悪を滅ぼすしたり、意中の相手を敵から庇い瀕死の重傷を負いつつも、目覚めた力で二人が手を取り合って愛を貫くといった様なものしか浮かばない。

 お淑やかなのに強くて、それでも愛される人物を目指していた。


 「何でも出来る」と言う神殿長の言葉に答えられなかった不甲斐なさに、自暴自棄になったミラは、身体強化した足で逃げ出し、人気の無い場所を彷徨った。

 目に入った看板に、頭の中で「やけ酒」という単語を思い出しフラフラと足を踏み入れる。


 初めて入る酒場に戸惑う余裕も無く、空いているカウンターに腰掛ける。不審気な顔で注文を聞いてくるマスターに「気分が晴れるようなものありますか」と呟けば、茶色の液体が入ったジョッキを差し出される。

 ぐいっと次々に煽るミラの姿に、周りからは感嘆の声が上がり始めた。


 解毒の為に鍛えた魔力のお陰で、アルコールはすぐに分解されてしまい酔う事は無い。カウンターに並ぶ空のジョッキが、十杯目を超えた所で、肩を掴まれた。


「子綺麗な格好してこんな所に来るなんざ、何か訳ありなんだろ?話聞いてやるから外に出ねぇか?」


 下卑た笑みを張り付かせた大柄な男は、身なりのいいミラの懐を狙っていたが、やけ酒とはどうすればいいのか分からず考え込んでいたミラは男の思惑には気づかない。


「お言葉はありがたいのですが、今は一人にしてくださいませ」

「あ?いいから来いよ!」


 その様子をニヤニヤとしたいやらしい顔で眺めていた周りは、カウンターに座る人物の行く末を想像して楽しんでいた。が、いくら待っても席を立たないマントの人物と、肩に手を置いたまま動かない男の行動に首を傾げる。


「おーい!何やってんだよ、さっさと引き摺って金目の物奪って来いよ」


 知り合いなのか、テーブルでゲラゲラと笑った男が大柄な男に叫ぶ。


「いや、こいつっ」


 焦った声を出す大柄な男は先ほどから力の限り掴んで引っ張ろうとしていたが、カウンターに座る人物をピクリとも動かす事が出来ない事に困惑した。

 マントを引っ張られてはいるものの、席を立つつもりがないミラの体は、魔力の質量を変え岩よりも重い重量になっている。大柄な男を無視し、ミラはまたジョッキに口をつける。


「おい!無視してんじゃねーぞこの野郎!」

「うるせぇよ」


 ミラの態度にカッときた大柄な男が叫ぶと、カウンターの隣から吐き捨てる様な言葉が飛ぶ。騒がしい酒場で一人静かに酒を飲んでいた男は、ミラが座る前からここにいた。


「近くで叫ぶんじゃねぇよ、汚ねえ声で酒が不味くなる」

「なんだと!」


 薄暗い酒場の灯りに照らされて、こちらを振り返った男の顔が照らされる。翡翠色の髪につり上がった瞳が不機嫌そうにこちらを睨む。腕まくりをしたシャツの上に黒いジャケットを羽織り、しっしっ、と手を払う動作で見えた腕は程よい筋肉で引き締まっていた。

 虫でも追い払う動作に腹を立てた大柄な男が、ミラから手を離し拳を振り上げる。


 その流れを見ていたミラは、大柄な男の腹に手を添える。その瞬間、大柄な男は後ろに吹っ飛び、壁に強かに体を打ちつけた。


「失礼します」


 不機嫌な男が使っていたカトラリーに手を伸ばし、指先だけでそれを投げる。一瞬の風を切る音と、壁に突き刺さる音が同時にしたと思えば、ナイフやフォークが大柄な男の服を壁に縫いつけた。

 周りがどよめく中、ミラはマスターに代わりのカトラリーを頼み、またジョッキを傾ける作業に戻る。


「なぁ、助けて貰った様だから、俺が話聞いてやろうか?」


 不機嫌な顔のままミラに声をかけた男は、マスターに二人分の酒を注文した。ミラは最初きょとんとしていたが、感情の見えない彼の顔が、最近晒されていた驚愕や期待や心配といった表現とかけ離れていた事に安心を覚え、渡された酒と共に、ぽつぽつと話し始めた。


 語り出したら止まらなくなってしまったミラは、黙って聞いてくれる隣の男に甘え、聖女として選ばれてから最近の出来事まで話し尽くした。

 その間、聖女という単語を聞いて金儲けに目を光らせた者や、壁に縫いつけられた男の仲間が話を遮ろうとしてくる度に魔力をぶつけて黙らせた。


 最後まで話し終えたミラは、目と鼻は真っ赤に腫らしてほぅっと息を吐く。

 溜め込んでいた気持ちも話し、少しだけスッキリした思いで、隣の男に頭を下げる。


「お話を聞いてくださってありがとうございました。これからどうしたらいいかはまだ分かりませんが、ひとまず話した事で落ち着けました」

「そりゃ良かったな」

「はい、神殿に戻り心配かけた皆に謝って来ようと思います。きっともう出られる事は無いと思いますので、せめてお名前だけでも教えて頂けませんか?後でお礼の品を神殿からお送りさせて…」

「なぁ」


 話を遮られてミラは男を見る。静かな翡翠色の瞳がこちらを覗きこんでおり、感情の見えない表情のまま口を開く。


「”コウリャクタイショウ”だか”キャラブンキ”が何だか知らねーけどよ。お前の相手は王子や騎士じゃなきゃいけねぇわけじゃねーんだろ?」

「そうですね…わたくしに残された選択肢は勇者か宰相の息子か、後は隠しキャラの魔王でしょうか」


 記憶の中を思い出してみるが、勇者を召喚する陣は存在しないし、宰相の息子は既婚者。魔王に至っては魔王のマの字も聞いた事が無い。これからどうフラグを回収すれば良いか考える必要があるが、今はまだ運命の相手を探す気分ではない。

 肩を落とすミラに、男は店内をぐるりと見渡し告げる。


「俺の周りはいつも騒がしくてよ。こうやって静かに酒を飲むのも一苦労なんだ。お前みたいに強くて魅力的な女に出会える機会もそうそう無え。お前の力で俺に尽くす気は無えか?」

「み、魅力的?」

「お前はその力で俺を守ってくれよ。…ダメか?」


 上目遣いでニヤリと不敵に笑う彼の言葉に、ミラは脳からつま先まで電撃が走る。今まで感じた事のない感情に体が震え、頭の中でカシャカシャと単語が組み合わさって一つの言葉を弾きだす。


「こ、これが、”母性本能を擽る小悪魔的存在”っ!」


 守って貰いたいと思っていた気持ちが、守ってあげたいという強い気持ちで塗り替えられていく。

 口説かれる事が初めてで恋愛に対して免疫の無いミラは、湧き上がった感情をそう位置付けた。

 目から鱗が落ちる様に、それまで無かった考え方に心が震えた。ここまで努力して鍛えてきた力は、彼を守る為だったのかと。

 ここに神殿関係者がいたならば、全力でミラの考えを否定し、世間知らずで過保護に育ててしまった事を後悔している所だが、いかんせんここにはいない。


 拒否しないミラの様子を見た男は立ち上がり、ミラの手を引く。


「俺の名前はギルベルト。よろしくなミラ」

「よ、よろしくお願い致します、ギルベルト様」


 ミラの分の勘定も済ませ、さっさと立ち去っていくギルベルトに連れられ、ミラは浮かれた足取りで店を後にした。

 残された店内の者達は黙って様子を見ていたが、彼らが出ていった後俄かに騒ぎ出す。


「ギルベルトってあの!?」

「やべぇ、俺アイツに殴りかかろうとしちゃった」

「うっうっ、聖女ちゃんの話が可哀想で涙が止まらないぜ」

「おい!部下の奴らに伝達しろ!聖女を手懐けた魔王に逆らうなってな!」


 様々な反応を見せる男達は、強いが素直で天然なミラの語りにすっかり心を奪われ、ある一点に関しては共通認識を持った。ギルベルトと名乗った男にあっさりついていってしまったその迂闊さに「強く生きて聖女」と。



「ギルベルト様、どちらに向かっているのでしょう?」

「俺の家みたいな所。家族みてぇな奴らに紹介しとかねぇとな」

「ご家族にご挨拶ですか。緊張致します」

「言っておかねえとお前に手出して返り討ちにされそうだしな」


 夜も更けて街灯にぼんやり照らされた道を歩きながら、ミラは手を引かれて後ろをついていく。

 神殿に戻って心配かけた事を謝らないとな、と考えつつも、握った手が暖かい事に心が歓喜している。人との接触はほぼ神殿関係者しか無く、神聖視される聖女は触れ合いもほとんど許されなかった為、子供の様に手を引かれるのが嬉しかった。


「ミラには俺の護衛てか、ずっと側で俺を守ってて欲しい」

「はい! ギルベルト様は何をしてらっしゃる方なんですか?」

「ガキ共のお守りだな」

「孤児院ですか?私も孤児だったんです。懐かしいなぁ、皆元気にしてるかしら」

「そんなとこだ」


 ウキウキとした足取りで案内された場所は、孤児院というには酷く豪華で大きな屋敷で、紹介された面々も揃いも揃って強面の大人達であったが、ギルベルトが言付けると、手厚い歓迎と、皆が揃ってミラを可愛がり甘やかした。

 暖かく見守ってくれてはいたが一線を引かれていた神殿の頃と比べ、まるで本当の家族の様に近く触れ合える距離に、ミラもすぐに打ち解けていった。


 間もなく国から聖女失踪の捜索が開始されるが見つからず、神殿側は聖女の行方について口を閉ざした。

 聖女がいなくなった国は、戦争で負けが続き、隣国の属国となる。しかしその戦争で死者はおらず、敗戦国として無体を強いられる事もなかった。

 敗戦が決まった戦争時、隣国の軍を率いていた軍神と名高い”魔王”と呼ばれる男の傍で、戦の女神として讃えられた女性の姿は後世まで語り継がれる事になる。

 先陣を切って戦場を駆け、一人で何百という敵を倒したが、誰一人怪我をする事がなかったという。

 二人の並び立つ姿を見れば、彼らはとても幸せそうに笑い、仲睦まじい夫婦であると言えた。


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