カゼワタリのブン屋
少し長いですが、短編になっていますのですべて読んでくれたら幸いです。
かつて緑が生い茂っていた大地は、見渡す限りのオレンジへと姿を変えていた。時折見える植物も、その色は緑とはいえるようなものではない。そんな生活感皆無の場所に、私はいた。
「こ、このままじゃ死んでしまいますよ~」
照り付けてくる太陽の下で泣き言を吐く。しかし、助けてくれる神様はいない。
『なら、その服装をどうにかすればいいだろ。なんなら、このマフラーを捨ててもいいんだぜ』
そんなことを言われる。
白いシャツに赤ネクタイ。紅葉色のジャケットと短パンを身に纏い、首元には厚手のマフラー。頭にはキャスケット帽。その姿は、確かのこの環境にはいささか不適切だ。
「これしか服持ってないんですよね。それに、例え替えがあったとしてもこれは捨てませんよ」
『それは残念だ』
私以外の人影などありはしないはずの空間に、わたしでない誰かの声が響いていく。怪奇現象に近い出来事。
しかし、こんなことにはもう慣れていた。
「というか、早くそこから出ていってくださいよ」
『無理な相談だ。なんせここの居心地は、あのクソ魔本を優に超えていやがるからな。ここなら、このシュトリー様の力が戻ってくるものすぐだろうぜ。それにここを出ようと思っても出れねえから諦めろ』
どこからともなく聞こえてくるその声のほうに目を向ける。視線の先には、首に巻かれている純白のマフラーがあった。
「いや、そんなこと堂々と言われましても、こっちが困るんですが」
自分のことをシュトリーと名乗るクソ悪魔は、よりにもよって大切なマフラーに憑りついていた。
『ここは居心地がいいな。な、息吹』
「知りませんよ。それと気やすく私の名前を呼ばないでくださいよ」
『あいかわらず辛辣な奴だな~』
おチャラけた口調でディスってくるシュトリーに対して怒り心頭になる。しかし、こいつにかまっているほど暇ではなかった。
「それにしても何もないですし、歩いても見えるのはオレンジ色に染まる大地。食料は残り僅か。これは結構やばいのでは?」
この不毛な大地を網膜に焼き付ける作業を三日。忍耐力がいくら高いにしてもつらいものがあった。
『つらいだけで済めばいいがな』
「なにナチュラルに人の心を読んでいるんですか」
『こういう状況をなんていうのか教えてやろうか?』
「……」
シュトリーは心を読むようにしてそんなことを言ってくる。
『遭難って言うんだよ』
そして告げられた。今まで認めたくなかった事実を突きつけてくる。
項垂れたい気持ちを必死に押さえながら、どうにかしてそれを曲げようと愚策する。
「でもあれじゃないですか。あそこから太陽が昇ってくるということは、向こうが東ですよね。東に村があると商人が言っていましたし、このまま行けば――」
『昨日の太陽はあそこに沈んだぜ』
しかし、渾身の弁解も即否定されてしまう。
『そもそも今の世界で旧時代の知識は無意味に近しいよ。どこからでも太陽が登り、どこからでも沈む。昇らない日もあれば、沈まない日もある』
「し、知っていますよ、そんなこと。ホントですからね!」
その言葉に反論するように文句を言う。心なしか頬が熱い。
『赤面した状態で言われても説得力ねえよ』
どうやら赤くなっていたみたいだ。
それにしても、このクソ悪魔はいつもいつも私の意に沿ったことを言えますね。いったい何者なのですか。
『悪魔だな』
「……」
それを無視して歩き出す。無視するんじゃねえよ、という声が聞こえた気がしたが反応はしない。
「むーん」
方角を確かめるためおもむろに方位磁針を取り出た。グルングルン、と針が右回り左回りを不規則に繰り返す。
今日も荒ぶってますね~。はぁ。
『だからそんな旧時代のいち――』
またシュトリーがうんちくを始めたようなので、それを意識の外にシャットアウトする。
ホントにうるさい悪魔ですね。
そんなやり取りをしながら、歩き続けること数時間。 視界にあるものを捉えた。
「お」
明らかに人工物のが見える。まさしく村だろう。
そうじゃなければ、いったい何だって言うんです。
「みず……」
ふらふらになりながら、どうにかして村に到着した。脱水症状が身体を蝕んでくる。しかし、村に到着したという達成感に満たされた。
「あっ」
そんなものに包まれてしまったせいだろう。身体から緊張感が抜け、今まで保っていた気力が底をつきた。前のめりに、パタリと倒れる。
こ、ここまでですか。やりたいことは多くあるというのに、ここで終わるなんて未練が残りますね。ああ、どんどん視界が白んできました。
気力を振り絞ろうとするが、健闘虚しく意識を失った。
瞼を開けると木小屋だった。白の世界が茶色くなった。身体には、さきほど味わった苦しみなど残っていなかった。
なるほど、ここが天国ですか。
「天使の一人くらい居ると思いましたが見当たらないですね。出払っているんでしょうか」
そんな戯言を呟きながら、ぐうっと背伸びをした。ボキパキ、といったような音が鳴るのを聞いて、死んでも骨は鳴るんですねと思考にふけっていると聞き覚えのある声が響いてきた。
『なわけねえじゃねえか』
「あ、やっぱり生きているんですね。私」
シュトリーのツッコミに対してそう返す。
いやー、こういうとき便利ですね。タイミングを良く分かっています。
「お、起きたの」
そんなコントで盛り上がっていると、一人の少女が部屋に入ってきた。
澄んだ金髪に保護欲をそそる身体つき。少し痩せこけていることとボロキレを纏っていることを除けば、それは美少女といっても過言ではないだろう。
「天使は……いたんですね」
その姿を見て天使の幻影が見えた。涙を流しながらその存在を確認する。
ああ、天国なんてないのかと思って絶望するところでした。
「え、ええっと」
『困らせてんじゃねえよ。そいつがここまで運んでくれたんだぞ』
「おお、そうですか。ご迷惑をかけてしまいました」
放っておけなかっただけです、と少女はそう紡いだ。
なんていい子なんですか。クソ悪魔とは大間違いですね。
『悪魔だから当たり前だろ』
「?」
シュトリーの声を聞き、少女は周りをきょろきょろし始める。知らない人からしてみれば、やはりそれは怪奇現象だ。
少女は首をかしげつつもコップを差しだしてきた。
おお、ちょうどのどが渇いていたんですよね。
「ぷはぁ、生き返る~」
グイっと呷るように飲み干す。最高の気分だった。
やっぱり水は生命の基盤ですね。
「ほんと、ありがとうごさいます。えーと……」
「み、ミーシャです」
「ミーシャっていう名前なんですね。私は息吹って言います。ホントに助けてくれてありがとうございました」
自然な流れで名前を聞き出すことができた。
良かったです。
それにしても先ほどの水はおいしかったですね。今までに飲んだ水の中で一番かもしれません。天然水なのでしょうか。
様々な疑問が頭の中をぐるぐるし始める。だから訊いてみた。
「とてもおいしい水でした。どこからともなく活力も湧き上がってきますし、文字通り水を得た魚になれそうですよ。どこで手に入るんですか」
「ぇ――――」
そうしたら、なぜか少女は黙りこくった。
何か悪いことでも言ってしまいましたかね。
『それしかないだろ』
だから心を読まないでくださいよ、クソ悪魔。
シュトリーに悪態を吐きつつ、ミーシャが答えるのを待つ。少しして少女が口を開くが、そこから漏れてきた言葉は予想の斜め上の言葉だった。
「ご、ごめんなさい。家に水が残っていれば分けられたんだけど、もう一杯くらいしか残ってないの」
どういうことでしょうか、“一杯”しか残っていないとは。村を眺める限り、干ばつなどが起こっているようには見えないのですが。
備え付けの窓から外を眺める。そこには屈強そうな男の人や、元気に走り回る子供の姿が見て取れた。干ばつなどに陥っているには到底見れないそうにない。
そうなるとあれですね。自分で汲みに行けということですか。
「では自分で水を汲んでくるので、どこにあるのか教えてくれませんか」
「えっと、それがね――」
ミーシャはさらに気まずそうな顔になる。先ほどから私が困らせてばっかりですね。
どうしましょうか……。
「何か事情がありそうですが、良ければ聞かせてもらっても大丈夫ですか」
「は、はい」
何か面白――変なことが起こっているのかも、と私の勘が働いたので試しに訊いてみる。すると、ミーシャは少し戸惑いつつも話してくれた。
その口から語られたのは、本当に不思議で不可解な出来事だった。
◇
ここはもともと、豊かとはいえないが人が住めるくらいの村だった。しかし、それからいっときして干ばつに見舞われた。かなりの期間雨が降らなくなったのだ。
食物も育てられず、生きていくうえで必要な水も残り少ない。とうとう村の中央にある湖の水まで枯れてしまった。ここで死ぬのか、と皆思ったらしい。
そんなとき、一人の美女が村に現れた。彼女は村の状況を見てこう言った。
『湖を水で満たしてあげましょう。見返りは求めますけどね』
その言葉に村の住人は半信半疑だった。しかし彼女は、自分には不思議な力があると言っていた。藁にでも縋りたい気持ちだった村人は、その怪しい美女の条件を呑んだ。
かくして一夜明けた朝。住人が湖をのぞき込んでみると、昨日なかったはずの水がそこにはあった。枯れたはずの川から水が流れ込んでいる。
これでまだ生きていられると、村人たちは一様に喜んだ。
美女は、村に衣食住の提供を要求をしてきた。ここまでくれば彼女はいらない、と不幸を働く者もいたが、彼女が嘆息し指を鳴らすと川の水がまた枯れる。
これでは彼女の要求を呑む道しか村には残されてなかった。
結局、その不思議な力もあり、美女は神の使いともてはやされることになった。
それからというもの、美女の要求は日に日にエスカレートしていった。唯一の救いとしては、村人の生活を揺らがすものがなかったことだろう。一部を除いて。
彼女は言ったのだ。納税しない者に私の水を使う資格なし、と。
それからというもの、一部の貧困層の住人は滅多に水を得れなくなっていく。
それが村の現状だ。
部屋は暗い雰囲気に包まれていった。外の喧騒から隔離された感覚に陥る。恐る恐るだが口を開いた。
「もしかしてその制限で?」
「はい。この家にはもう水がないんです」
沈痛な面持ちでその一言をミーシャは言い切る。その事実に罪悪感が湧き上がってくる。
私にあげた水も貴重なものだったでしょうに。なぜそれを受け取ったんですか、私の馬鹿!
「――ゴホッゴホッ」
自己嫌悪に陥っていると、私たち三人の誰でもない声が部屋に響いてくる。その声を聞いて、ミーシャは慌てるようにとなりの部屋に向かった。
大丈夫、お母さん。そんな感じの声が聞こえてくる。……お母さん、か。
『おい、どうしたんだ』
「いや、なんでもないですよ」
勘がいいのか、シュトリーが違和感に気付いてくる。出来るだけ平然な態度を心掛けて、それを一蹴した。
やっぱり何かしらあるとは思っていましたが、ミーシャの母君でしたか。
それもこの様子では何かしらの病気を患っているようですね。そのせいで税が払えずに水が少なくなった、と。それが原因で病が悪化する、なんという悪循環ですか。
『息吹、やっちまったな~』
「そうですね」
いつものように茶化されるが反論ができない。それが面白くなかったのか、シュトリーはつまらなそうに鼻を鳴らした。
そこへ母の介抱が終わったのか、ミーシャが顔を出してきた。
「し、心配しないで。水を手に入れるアテはあるから」
私の表情を見て何かを察したのか、ミーシャはそんなことを言ってくる。しかし、その顔を見る限りそれが虚栄だということは目に見えて分かった。
『で、てめえはどうしたいんだ』
「決まっているでしょう、クソ悪魔」
そんな決まりきったことをシュトリーが訊いてくる。そんなの決まっていますよ。受けた恩を返すのが私の流儀です。
思い立ったが吉日。ミーシャが家を離れていたタイミングで、静かに窓から家を抜け出した。
あれから、村の住人に話を聞くがあまり芳しくなかった。
美女のおかげで豊かになったという人もいれば、格差が広がったという人もいる。ただ、面白くないと思っている人が多かったことは収穫だった。
そしていま、その美女の屋敷を遠目に眺めている。
『怪しさ満点だなあ。自白しているようなもんじゃねえか』
「やっぱりそう思いますよね。私兵を囲んでいて、滅多に村の住人も中に入れないとか」
聞き込み調査で分かったことは、どれも怪しく話題性に富んだものばかりだった。
曰く、食事は必要とせずただの思考だとか、美女の皮を被った化け物だとか、幼い子供を誘拐しては調教しているだとか、すごい噂の量である。
火のない所に煙は立たない。必ず表を歩けない何かがあるはず。血が滾ってきました。
『いや、なんで血が滾ってくるんだよ』
「こんな話題性抜群な出来事の塊ですよ。激アツですよ。ここで血が騒がなかったなら、そいつは人間ではありませんね」
『そ、そうなのか。よくわからんな人間は』
そうまくし立てるとシュトリーは納得したようだった。
何か引いているような気がしなくもないですが気のせいでしょう。
さて、どう取材していきますか。
「突撃取材が一番なんですけど」
『自殺行為だな』
屋敷に目を向ける。
あの数の私兵は相手にしたくありませんね。装備も金属系のしっかりしたものですし。あそこに突撃するのは自殺志願者くらいですか。
そう考えた結果、突撃ははあきらめる。地道に川の上流に行くことになった。
小一時間後、私たちは川の源流らしき場所にいた。
水が湧き出てくる小さい水たまりと、そこそこ大きい――村のものより少しだけ小さい湖がそこにはあった。
「湖の水が流れ込んでいるのですか」
どう見てもそうとしか思えなかった。しかし、とある疑問が降って湧いてくる。
「こんな大きな湖があるというのに、干ばつの時は汲みに来なかったのですかね」
一時間くらいはかかるが、ここまで大きな湖があることを村の住人が知らなかったと思いたくはない。考えられるのは一つ。
「彼女が作った」
『かもな』
非現実的だが、枯れた湖を一日で満たすことができる人物だ。出来ても不思議ではない。
でもなんのために?
考えても答えは出ない。ひと先ずカメラで写真に収める。
「ん?」
様々な角度から撮影を繰り返していく過程である事に気が付いた。ここに来た時からちょっとした違和感はあったのだ。
「水面が――低い?」
当たり前だが水は高いところから低いところに流れ込む。しかし、この二つの水面は湖のほうが若干低かった。サイフォンなども考えられたが、自然界でそれはあり得ないだろう。
「むーん」
水面をのぞき込んだりしてみるがいまいちわからない。
仕方ないですが、中から見ればいいですか。こんな場所で裸にはなりたくないですが。
するする、とジャケットに手をかけていく。
『ちょっと待て』
ネクタイを外そうとしたら、シュトリーに呼び止められた。
まったくなんですかこんな時に。決心が鈍るでしょうが。
『こんな時だから言ってんだよ。水にマフラーを垂らしやがれ』
「えっ、嫌ですよ」
挙句の果てにそんなことを言ってくる。
まったく、クソ悪魔からバカ悪魔にでも進化しましたか。頭が良いのが唯一の取り柄だったのに。
『悪態を吐かずに話だけでも聞きやがれ』
心配しているとそんなことを言ってきた。
まあ、アドバイスしてくれること自体珍しいので念のため聞いてみますか。
『いいか――』
シュトリーが語った策は珍しく真面なものだった。ただ単純に水中からシュトリーが見るというもの。しかし、これにより脱がなくてよくなったのは僥倖だった。
大切なマフラーが濡れるのは嫌ですが、こんなところで脱いで露出狂になるよりはマシですかね。
そんなこんなで仕方なくマフラーを水面に垂らしていく。釣り竿のような浮きが無いので徐々に沈んでいく。
『……引き上げろ』
シュトリーから合図があったので引き上げると、びちょびちょのマフラーが手元にあった。
ああ、私の大切なマフラーが無残な姿に。
『結論から言うぞ――』
マフラーの悲惨な姿に落ち込んでいると、シュトリーが見たものをありのまま喋ってくれた。そこから語られたのは衝撃的な事実だったが、ああやっぱりかとも言えるような事だった。
やりました。あとはこの事実を広めるだけですかね。……あ。
『おいおい、どうしたんだよ。このシュトリー様が聞いてやらんこともねえぞ』
そんなことを考えていると、とある難点に気付いてしまう。悩むように唸っていると、シュトリーが大胆不敵にそう言ってきた。
さすがにもう良いアドバイスはもらえなさそうにないので遠慮したいですね。
『ほらほら喋っちゃいなよ、ユー』
「……」
『ほれほれ』
「ああ、もう!」
黙っていたらそれはそれでうるさいし、いったいどうすればいいんですか!
『諦めろ』
「だから――はぁ、もういいです」
あいかわらず勝手に人の心を読んでくるシュトリーに苦言を呈そうとしたが、いままでの経験上それは無駄ということを感じ取りはじめた。
「証拠が不十分じゃないですか。このままじゃただの押入になってしまいますよ」
『それでいいじゃねえか』
「なに言ってるんですか、クソ悪魔」
素直に悩みを打ち明けるが、案の定解決できそうなアドバイスはもらえなかった。そもそも価値観に違いがありすぎた。
「いい加減にしてくだ――!」
『おお!』
いろいろと文句を言おうとしたとき、急に身体が自由落下し始める。ふわり、といった感覚のあと重力に引っ張られた。
ちょっ、不味いですよ。ほんとにやばいですよ。どうすれば――。
「ぐえっ」
物理現象に停止がかかる。このままじゃ落ちるしかなかったのになぜか止まった。
『大丈夫か』
その答えはすぐに見つかった。マフラーがゴムのように伸び、陥没した穴のふちに引っかかっている。
ていうか、それどうなっているんですか。元に戻るんでしょうね!
『知らねえよ。その前に感謝しろ、か・ん・しゃ!』
「ぐっ。あ、ありがとうございます」
なんか言わされた感じがして腹が立ちますね。助けてくれたことは真実なので、ここはぐっとこの気持ちは呑み込みますが。
上に引き上げてもらい、ケガしなかったことに安堵する。
「いきなり落とし穴なんてたちが悪いですね。やつの仕業ですか」
『ちげえな。自然現象だ』
「はあ⁉ こんなでっかい穴がですか」
ぽっかりと空いた大穴を目の前にそんな言葉が漏れる。そんな疑問に答えてくれるようにシュトリーは答えてくれた。
なんか今日のクソ悪魔は優しいですね。
『今日は余計だ』
「はいはい。にしても地下水ですか」
シュトリーの見解は、地下水がなくなったことで地面が陥没してしまったということだ。しかし、そうなると地下水はどこに行ったのか。
それについて私たちの意見は一致した。
「やつが絡んでいる可能性は」
『高いだろうな』
はぁ。まったく迷惑しか書けませんね、怪しい美女。悪いことしてなくても何かでっち上げますか。
阿呆な思考に走っていると、地面の少し下を流れていたであろう水路の形跡を見つけた。
「マフラー、伸びるんでしたよね」
『ああ、変幻自在だな』
ビュンビュン、といったように伸び縮みするマフラー。元に戻るからといっても心臓に悪いからやめてもらいたい。
「あそこの水路を伝っていってください。もしかしたら面白いところに出るかもしれません」
『ええ~。仕方ねえな、感謝しろよ』
「してますよ」
ホントに、と心の中でつけ加えながらそう答えた。
たぶんこの声も読まれてるんでしょうね。
『いくぞ』
マフラーが気持ち悪い動きをしたかと思ったら、次の瞬間には水路に突っ込んでいく。
やっぱり心臓には悪いですね。
ぼこん。
少しして、五十メートルほど先の地面が隆起しそんな音が聞こえてくる。そこには穴にツッコまれているはずのマフラーがあった。
『無限に延びるわけねえわな』
シュトリーがそんなことを言ってきたので、ところどころ中継をはさみながら水路を登っていく。途中から予想していたが、やはり仮説は当たっていた。
『喜べ。やつの屋敷の出たぞ。それも怪しい広間にだ』
「これで確定ですね。楽しくなってきました」
シュトリーから情報に心を躍らせる。
ここまでのものは久しぶりなので腕が鳴りますね。遠足を控えた子供の気分です。
私はスキップしながら村に帰りついた。
◇
丑三つ時、それは草木も眠りにつく。そんな静寂に包まれる時間に、私は夜の村を徘徊していた。
いや、徘徊というのはいささか誤用ですかね。だって、目的地は決まっていますから。
自分の状況を鑑みながら考えたことに対して、ツッコミを行う。
もしかしたら、吟遊詩人のほうが転職だったかもしれません。
『それはねえ』
思考に割り込むかのようにシュトリーが意見してくる。
まったく、子供の夢を摘み取るなんていけない人ですね。悪魔ですか。……ああ、悪魔でしたね。
『そういうのが面白くねえんだ』
なんと⁉ そうだったんですか。私は面白いと思ってました。
『センスがずれてるな』
ずれているとは失礼な! 子供だから伸びしろはありますよ。
『子供は家で寝てる時間なんだよな』
ああ言えばこう言う。まるで子供の様ですね。
『そのままキャッチ&リリースで投げ返してやるよ、その言葉』
シュトリーとの一進一退の攻防が続いていく。
そんなことにかまけている間に、あの屋敷の近くにたどり着いていた。そこは夜にもかかわらず明々と照らされていた。
「だいぶ明るいですね。なんですか、あれは」
『白熱球だろ。旧時代の遺物』
白く照らしている球体のものをシュトリーが教えてくれる。
「旧時代って程、昔ではないですけど」
『細けえことはいいんだよ。それよりもどう侵入するんだよ、あの警備の中で』
シュトリーが言ってくるように、屋敷の警備は厳重だった。基本的に二人組で動いている。
『それとも強行突破か?』
一瞬、シュトリーの声のトーンが上がったように聞こえた。
「侵入とか強行突破とか物騒な言葉を使わないでください。これは取材ですよ。取材中にやむおえず自分の身を守るためにぶっ飛ばしてしまう、という悲しい事件が起きるだけですから」
『それもそうか』
そんなことを言いながら移動を開始する。視界に入らないように死角を見つけて進んでいった。時にはカモフラージュを使い相手を欺いていく。
しかし、それでも通れないときは?
「っ」
「ぎゃっ!」「ぐえっ!」
肉体で語り合うが正解。
相手の急所を突いて、一撃で昏倒させることポイントです。これにより相手は簡単に道を譲ってくれます。
『なんとも一方通行な語り合いだな。言葉が泣いてるぜ』
そのまま、スルスルスルっと屋敷への侵入を成功する。
うーん、見た目は思い描いた通りですが。
「ちょっとその場所に案内してくれますか」
『それが人に頼む態度か』
「人じゃありませんから大丈夫ですね」
『チッ』
悪態を吐きつつも案内をしてくれるシュトリー。
やっぱり変なところで優しいですね。……ハッ、これがうわさに聞くツンデレというやつですか。
『聞こえてるぞ。どこに需要があるんだよ』
うーん、うら若き乙女? キャーとかなるんじゃないですか。
『見た目はマフラーだけどな』
それもそうですか。むーん、ないですね。
『はぁ、無駄話もほどほどにしやがれ。ほら、着いたぞ』
しばらく進むと大きな扉を見つける。
何かありますよ、といった感じの雰囲気をそれは醸し出していた。私兵の目を盗んで中に入っていく。そこにあったのは――、
『あれだ』
「へえ、あれですか」
ただっぴろい広間。その床には水路が走り水が絶え間なく流れている。その源流と思しき場所には一つの柄杓があった。
「あれどうなってるんですか」
思わず声を漏らす。目の前には奇想天外な出来事が起きていた。水が、湧き出ていたのだ。これが川に流れ込んでいるのだろう。
『さあ? でも柄杓自体に心当たりはあるがな』
「クソ悪魔の心当たりとか嫌な予感がすんですが」
シュトリーには思い当たる節があったようで、マフラーを伸ばしてそれに触れようとする。
しかし――。
バシィイッ!
『おっと』
マフラーがはじかれるように吹き飛んだ。その余波がこちらにも襲いかかってくる。
「な、なにしてるんですか⁉」
『確かめたんだよ。予感は当たってるかってね。結果は当たりだったんだがな、最悪のほうに』
こちらに理解できないようなことを言っているシュトリー。
そんなことどうでもいいので、あれが何なのかの結論をプリーズ。
『まあまあ急かすなよ。あれはだな――』
「聖遺物、神の奇跡よ」
その瞬間、声のしたほうとは反対に大きく飛んだ。
ズサァ、という音をたてながら顔を上げると、絶世の美女がそこにいた。
「あなたは誰かしら。ここには入らないでと言っておいたんだけど、新しい警備の人?」
そんな声が響く中、その美女の特徴を吟味していく。
足音は聞こえませんでしたね。暗殺術のようなものを持っていると思ったほうがいいのでですか。にしても、不気味な人ですね。
見た目はそれこそ第二次成長期を終え、大人の色気を覚えたくらいの年ごろ。服は修道女のような恰好。だが露出が多い。ノースリーブみたいだ。
だが、そんな中でもその身にまとう雰囲気は老成しているようにも感じた。
「それとも――
侵入者かな」
ごく。虚を突かれたことにより、思わず生唾を呑み込みのどを鳴らしてしまう。目の前の美女はそれを見逃さなかった。
「ふふ、当たりかしら。まあいいわ。もとより君が何者なんてどうでもいいの。だってあなたには、死んでもらうから」
ぞくっ。何かが身体を奔っていく。恐怖か、畏怖か、はたまた高揚か。なんとも言い表せない衝動が肉体を駆け巡っていく。
激アツですね。
「冥土の土産に教えてあげるわ、その聖遺物について。嬉しいでしょ」
「冥土の土産でなければですが」
その返しに、ふふっと微笑んだ美女は種明かしをするように意気揚々と曝け出してきた。
「――って効果があるのよ。どう、すごいでしょ」
自信満々に様々なことを語ってくる美女。いとも簡単に秘密をばらす行為により、彼女に対する評価は駄々下がりだった。
ほんと、さっきまで畏怖してたのが馬鹿馬鹿しくなってきました。いや、ただ高揚していただけでしたか。
「話聞いてるかしら」
「聞いてますよ。聖遺物はお伽噺の具現化で世界の変革とともに現れた。これはその中で水を無限に生むもの。その水には無病息災のような効果があり、濃度の高いものを飲むと若返るということですよね」
正直言って、知っていることが大半を占めたが、気分良く話させるために適度に相槌を打つ。
今どき、聖遺物を知らない人なんていませんよ。はぁ。
「さあ、お喋りは終わり。さあ、死になさい」
お喋りって、一人で話してただけですね。
ようやく知りたかった情報を聞き出せて嘆息する。しかし、それが最後だったという事実が最悪である。
「あら、逃げ出せると思っているの」
「そうですが。なにか?」
こちらの態度を見てか、そんなことを言ってくる美女。あんなマヌケっぷりを見せられればそう思われても仕方ないことだと思うが。
「でも、――これを見てもそういえるかしら」
まるでタイミングを合わせるかのように間を取って、美女は指を鳴らしながら高らかに宣言した。その瞬間、武装した集団がなだれ込んでくる。
「ここに入ったら殺すのでは」
「この子たちは私の側近だからいいのよ。ねぇ、みんな」
『イエス、マム!』
側近の意味を調べたほうがいいのではと、そう思ってしまうほどに大勢の人影見えた。
『おいおい。ピンチだな、あんな変態に囲まれて』
うるさいやつをほっといて武器を抜き放つ。あまり実力行使は得意ではないのですが。
「なに? そんなので戦おうっていうの」
私の持つ武器を見て、嘲笑うように声を上げる美女。その態度に苛立ちが募ってくる。
……そういえば。
「若返りの効果がるらしいですけど、もしかして中身はババアですか」
「なっ! なんてこと言うのよ、この餓鬼は」
イラっとしたので思い浮かんだことを言っただけなのだが、図星だったみたいだ。これからは美女改めババアにしますか。
「ほら。かかってきてください、ババア。それともこちらから行きましょうか」
「ま、またババアって言ったわね、ババアって。あなたたちやってしまいなさい」
『ママを泣かせるやつは許さない』
「うわ、キモ」
素から出た言葉だった。目の前にいる集団がクソ悪魔を超える化け物に見えてきた。
『あんな変態集団と俺を比べるんじゃねえよ』
シュトリーからしてもあれは受け付けないみたいだ。さすがにここまで来ると、存在自体が罪か。
「死ねェ」
そんなことを考えていると、切り込み隊長的な感じで一人突っ込んできた。だから私は――足を振り上げた。
「ぐえっ」
足に吸い込まれるようにそいつはこけた。そして蹴り上げられ、宙を舞う。見事な曲線。
そいつの身体が視界を一瞬遮り、その後に見えたババアたちの顔は唖然としているのが分かる。
「な、なにしてるの。相手は一人よ!」
ババアがヒステリックを上げる。それにつられるように側近たちが突撃してきた。しかし、さっきの繰り返し。
拳を振るう。
足を振り回す。
ある者はこけ、ある者は滑り、またある者は何も起こらずの状態で攻撃を喰らう。
私の手に足にやつらの身体が吸い込まれていく。
そんな状況の中、やつらの凶刃は一切こちらに届いてすらいなかった。
「な、なにが起こっているの」
「マム、あれを⁉」
ババアは予測不能の事態で呆然としていた。だが、近くにいた側近がようやくこちらの手品に気付いたようだ。
私の周りを指差した。そこには文字が浮かんでいる。
〈知略に満ちた拳は無知の化け物すら穿つ〉
こんな言葉がわたしの周りに描かれてある。
相手からしてみれば、なにが何だか分からないだろう。しかし、答えはいたって単純だった。
「無策に突っ込んできたら返り討ちです――――よ!」
適当に腕を薙いだ。敵を殴るという意志だけを込めているだけの適当な攻撃。
だけど当たる。
敵を穿つ。
「な、なんなのよ! なんなのよ! なんなのよ!」
ババアのヒステリックが限界突破してきた。うるさいですから少しは静かにしていただきたいですが。
「そうですね……。私の異能とでも言っときます」
「どんな異能よ!」
静かにさせるために情報を公開したのに、逆にうるさくなってしまった。失敗ですね。
「では、自己紹介しましょう。私は息吹。職業はジャーナリスト。そう! 真理を追究し、物語を紡ぐブン屋です」
デデーン、と心のなかで付け加える。しかし、ここまで言ってもババアは理解してないようだった。
これだから嫌なんですよ、馬鹿は。
『いや、それで分かる奴は天才だろ』
またクソ悪魔がなにか文句を言っている気がしなくもないですが、気のせいですね。
「やばいですよ、マム。異能持ちです。下っ端では敵いません」
「そ、それならこっちだって異能を使うまでよ!」
そんな叫びを聞いていると、火の玉やら水の玉やら岩が飛んでくる。
ファイヤーボーラーですか。大歓迎ですけど、こんな狭い室内で使います? 普通。
馬鹿ゆえか、と思いつつ新聞記事という名の物語を紡ぐ。
〈意思のないものも逃げるときは逃げる〉
言葉が完成した瞬間、飛んできていたものたちが霧散する。その現象にババアたちは開いた口が塞がらない状態に陥っていた。
偉い人は言ったんです。真実を記事にするんじゃない。私たちが真実を作るんだ、と。
『いつ見てもズルだな』
「外野は黙っててください」
ついでとばかりに虚空に矢を描いていく。高速で創られた矢が私の意志によって放たれた。
「ぬぐぅ」
その矢は次々とやつらを貫いていく。
少子抜けですね。なんか旧時代にあったゲームを思い出しました。なんでもレベルを上げて強くなったはいいけど、無双しすぎて作業感が増すとかなんとか。
そんな思考にふけっていると、いつの間にかババア一人になっていた。
倒れている人の数を見る限り大半は逃げたんですかね。人望もないんですね、このババア。
「さあ、どうします。もう降参してほしいんですけど」
「キィ――――!」
とうとう言葉も話さなくなりました。どうしますか。
さっきから矢が当たっているが、謎の回復力で傷もろともダメージがなくなっていた。どう落としどころに持って行こうか悩む。
『柄杓の力だな。星水で超回復してやがるんだ』
なんですか、その心躍るキーワードは⁉ ちょっとおし――。
「これで終わりよ」
その言葉について追及したかったが遮られる。渋々ババアのほうを振り向くと、どす黒い炎の塊が浮かんでいた。ヒステリックを起こしながらも、攻撃の準備はしていたようである。
にしても、汚れた炎ですね。使用者の心が反映されてそうですね。……あっ。いい事思いつきました。
「クソ悪魔。あれを使えばババアを倒せますかね」
『あァ。まあ倒せるんじゃねえか』
クソ悪魔からの承諾も取れましたし、ともかく試してみましょうか。
「死ィネェエエエエ!」
キモイ叫び声とともに黒炎の玉が向かってきた。少し急ぎつつ言葉を紡いでいく。最後に大きな半円をUターンするように空中に描いた。――ふぅ、これでいけますね。
「これは激アツですよ」
〈森を焼くものは、森に焼かれる〉
瞬間、黒炎はその半円の弧を辿っていくように動いていき、方向を変えてババアの元に戻っていく。
「ギャァアアア。ナンデセイイブツヲモッテルワタシガァ!」
『てめえには過ぎた力だったってことだ』
燃え盛るババア。さすがに死んじゃいましたかね。
事実確認のため少し待ってみる。異能で生み出された火だからか、時間とともに霧散していった。そこにはババアの焼死体が鎮座していた。若作りも解けたのか、見た目が立派なババアに変わっていた。
「こひゅー」
呼吸のような音が聞こえてくる。
生きてましたね。しぶとかったのが良い方面に働きましたね。良かったです、人殺しにならなくて。
私は冷や汗を拭うようにおでこに手をやった。
「さっきはじかれていましたけど、結局これは何なんですか」
柄杓の前に移動してシュトリーに問いかけた。
『聖遺物っていうのは間違っちゃいねえ。だけどこれは相当やばいものだ』
「どのくらいですか」
『一歩間違うと国が亡ぶな』
やばいですね、それ。
なかなか骨のある回答に驚きを隠せなかった。
『そもそも無限に湧き出るって言っても、どこからか引っ張ってきてるだけだ』
「つまり今回は地下水を引っ張ってきていたと」
その言葉にシュトリーは首肯を返してきた。
「どうしましょうか」
『普通に盗っていいんじゃねえか。だが、汚れてるから心がきれいなやつに渡さないとだめだぞ』
えっ⁉ 私じゃ駄目じゃないですか。
「マジ?」
『マジ』
はぁ、と深いため息を吐く。とりあえず柄杓を拝借し、屋敷を出ていく。ババアの写真も取り忘れてはいない。空を見上げるとまだ暗かった。
そんな簡単にいるとはおもいませんけどねぇ~。あっ!
柄杓を見ながらどうしようかと悩んでいると、ある人物のことを思い出した。
……いましたよ。そんな感じで心から清純な魂を持つ天使が。
◇
「ぅん」
ミーシャはその日、太陽が昇ると同時に起きた。いや、起こされたといってもいい。外で巻き起こっている喧騒により目覚めた。
「なんなの……ッ」
文句を言いながら外に出ていく。しかし、目に飛び込んできた光景に声を詰まらす。そこには、多くの紙が宙を舞っていたのだ。
「な、なにが⁉」
唖然としつつ、目の前にある紙を手に取る。しかし、ミーシャはまだ文字が読めなかった。
「どうしよう」
そう思いながら広場のほうへ歩いていく。そこで聞こえた言葉は数多くあった。騙された、どうすればいいんだ、もう終わりだ、といった言葉が聞こえてくる。
ミーシャはよくわからずに首をかしげる。そのままベンチに腰を掛けた。すると、朝早くに起こされたせいか眠気が襲ってくる。
「ぅん」
そしてミーシャは眠りについてしまった。
「――はっ」
ミーシャが目覚めたとき、村はまだ喧騒に包まれていた。太陽の位置を見ても、まだそれほど時間が経ってないことに安堵する。
「ん?」
自分の手に違和感を感じた。眠ってしまう前は何も持っていなかったはずなのに、何かを握りしめた感覚がある。その手を見てみると――、
「え」
一本の柄杓を大事そうに握りしめていた。さらによく見てみると、水が一杯溜まっていたのだ。
「み、みず……ッ」
ミーシャはそれを飲もうと口を近づけるが、母の姿が頭をよぎる。
「おかあさんに」
その意志だけで、この幼い少女は自らの欲求を抑え込んだ。
早く帰らないと、と焦るミーシャの元へ一匹の子犬が歩み寄ってくる。その姿は、ミーシャの比でないほど痩せこけていた。じっとミーシャの持つ柄杓を見てくる。
「ごめんね、ワンちゃん。一口だけしか分けてやれないの」
そう言って、ミーシャは柄杓を差しだす。子犬は一口だけ水を飲むと、ペロっとミーシャの顔を舐めて去っていった。
「急がないと」
水を溢さないように走るミーシャ。その必死さ故に彼女は柄杓の変化に気付いていなかった。
「なにしてるの、おかあさん。寝てないとダメでしょう」
家に帰りつくと、母が起き上っていた。母を無理やり寝かせ、柄杓を差しだす。
「おかあさんのために貰ってきた水なの。飲んで」
なかなか受け取ろうとしない母にミーシャは嘘を吐いた。
こくこく、と飲んでいく母。それを見ながら満足そうにうなずいた。なんか元気が出てきたよ、と言ってくる母の言葉を聞いて涙が出てくる。
「あっ」
そして返してもらった柄杓を見たとき、底のほうにだがわずかに水が残っていた。ようやく飲めると思っていたミーシャは、柄杓にまた変化が訪れたことを気付いていなかった。
柄杓に口をつけようとしたとき、
「み、みず~」
見ず知らずの爺さんが家に入ってきた。ミーシャの手にある柄杓を恨めしそうに見てくる。ミーシャは耐えきれずに、恐る恐るそれを差しだした。
「んく」
それを勢いよく飲み干す爺さん。そして柄杓を返すと、そのまま家を出ていく。当たり前だが水は残っていなかった。
見ず知らずの爺さんにあげてしまいガックシと肩を落とすミーシャ。しかし、そんなことといったようにすぐに忘れることになる。あるものを見つけて。
「き、きれ~」
それは柄杓の横に輝く七つのダイヤモンドだった。そして、それに見惚れていたミーシャの耳にあり得ない音が聞こえてくる。
ちゃぷん。
「ぇ――――」
ミーシャは目にした。無くなったはずの水が柄杓いっぱいに満たされているのを。
「み、みずっ」
ミーシャは我慢できずにその水を飲みほした。そうしたらどうだろうか。また柄杓に水が溜まっていたのだ。
「そ、そうだ。息吹さんにも」
息吹のことを思い出し、彼女がいるであろう部屋に向かっていく。しかしそこには、
「あれ」
息吹どころか誰かがいた形跡すらなかった。まるで息吹そのものが存在しないかのように。今までの出来事が夢だったように。
「どういうことなの――きゃ!」
そうミーシャがつぶやいた瞬間、柄杓が突如光だした。思わず目を細めるミーシャだったが、そのわずかな視界からあるものが見えた。空に昇る七つの柱を。
「なにがあったの?」
ミーシャは何気なしに窓に目を向けた。そこであるものを目にする。太陽が出ているのにもかかわらず、その光に負けないように輝きを放つ星だ。しかもその星の形は、
「おなじだ」
ミーシャが持っている柄杓の――ダイヤモンドと同じ形をしていた。不思議なことが起こりに起こったその日、奇跡が起こる。村に雨が降ったのだ。
「ねえ」
そんな中、雲の下からでもはっきり見えるほど輝いてる星に、ミーシャは問いかける。フッと現れフッと消えた、まるで渡り鳥のようなあの人のことを思い浮かべながら紡ぐ。
――あなたはいったい誰だったの。
と。
◇
ババアをしばいた日の昼、私は地図とにらめっこしながら荒野を歩いていた。
『ほんとによかったのか』
「なにがですか。新聞バラまいたことですか」
シュトリーが要領の得ない質問をしてくる。
はじめは、自作の新聞を何の許可なくばらまいたことだと思ったが違うようだ。何を訊きたいのかが分からなかった。
『あのミーシャっていう小娘のことだよ。何も言わずに旅立って』
あの後、私たちはミーシャに何も言わずに村を出た。ババアの悪事を浮き彫りにした自分たちがいるのは無駄な混乱を招くと思い、そのまま出てきたのだ。
『で、どうなんだ』
「うーん。大丈夫ですよ、きっと。だって――」
満面の笑みを作りながらそうつぶやいた。そして更なる言葉を続ける。
――激アツなものを紡いできましたから。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
よろしかったら、感想や評価、レビューをよろしくお願いします。状況次第では長編版も出ると思います。
息吹たちの冒険をまだ見てみたいと思う方はどうぞよろしこ願いします。