先生と生徒の、とある雨の日の放課後の話。
主人公は、クールに見せかけた天然系(見た目は小動物系の可愛い子です。)…のつもりです。暇潰しにでもなれば幸いです。
…――それは、窓を打つ雨粒の音が激しくなって来たなぁ、と。ふと窓の外を見つつ。先程の授業の教科書を仕舞い始めていた梅雨明け間近だろう六月のとある日の、放課後の出来事だった。
『ピンポンパンポーン! あー、あー、テステス、赤巻紙、青巻紙、黄巻きま、き――…んんっ、今日も絶好調だな、俺! 良い子のみんなー! こーんにーちはー!』
え、“ピンポンパンポーン”音じゃなくて声じゃなかった?
無駄に良い声だけど聞き覚えあり過ぎじゃね?
つーか、黄巻紙噛んでるよね?
ぶっちゃけ、コレうちの担任じゃん?
いつも思うけど、大丈夫なの?
まだ教室から出ていないニ年一組生徒一同、それぞれの思いを口には出さず、ポカンとした顔を放送が流れているスピーカーに向けている。
『ウオッホン! 今からー、割と重要なお知らせがあーりまーっす! ――…って! うおおっ!? 何だ、きたみん! いや、暴力はいかんて! 北見クン!? あ…――』
プツッ、と。放送室のマイクはオフに切り替わったようだ。
「………」
そして。ピンポンパンポーン! と。今度は声では無く音が流れた。
『大変失礼致しました。放送部部長、三年、北見です。一年生から三年生の電車通学者、○○線利用の生徒の皆さんへ連絡です。該当する生徒はそのまま――…』
(何事も無かったかのように放送している。――…おっと、いけない。私も該当する生徒だ。放送内容を聞いておかないと)
放送内容は簡単に言うなら“○○線の沿線にある△△地区が激しい雷雨の為、停電中。現在、電車の運転も見合わせ中。運転再開の目処が立っていない為、○○線利用の生徒は各自教室にて、一旦待機”との事だった。
「ののちゃん、ホントにアタシ達も残らなくて平気ー?」
明るい栗髪の長い髪を緩く巻き、若干吊り目がちで、勝気に見られがちだけど優しい女の子、なな実さんが首を傾げる。
「何ならウチに来てもいいのよ?」
艷やかで真っ直ぐな肩までの長さの黒髪に、黒目がちの大きな瞳が可愛らしいけど偶に毒を吐く女の子、ねね子さんに『大丈夫だよ、二人共心配してくれてありがとう』と答える。
「学校の方も雨が酷くなって来ているみたいだから、二人も気をつけて帰ってね」
そう言い、バス通学の二人(バス停は校門前にある)を見送り、私は自分の席に着いた。
そして、教室に残っていたのは――…
(ん? 私と西崎君だけ? 確か、田中さんも○○線だったような…あ、そう言えば今日休みだったな…)
…あまり、話をした事のないクラスのヒエラルキートップ軍団所属(ねね子さん・談)の西崎君だけだった。
「東峰さん」
あ。私、名を東峰のの香といいます…話、戻します。
「西崎君」
西崎君が私の前の席の椅子に座り、窓の外を見ながら『雨止みそうもないなー』と言ってきたので『うん』と頷いた。
「さっき他のクラスの奴にlineで聞いたんだけど、○○線利用の生徒が少ないクラスは、担任か副担任が自宅か、自宅最寄りの駅まで車で送ってくれるみたいだよ」
「へぇー、それは、ありがたいね」
学校に泊まりとかにはならなさそうで良かったし、ありがたいなぁと思っていると。
「なあ、ホッとしているとこ悪いんだけど。いいか? 東峰さん。ウチのクラスの副担任は、おじいちゃん先生だ。しかもバス通勤で車通勤じゃあない。そして、担任は誰だと思う?」
西崎君、濃紺の髪色に黒の瞳だからか真顔になると冷たそうな印象だな…じゃなくて。
「えっと、み…」
「みんな大好き南森先生だよーっ! ニッシー、呼んだー?」
ちなみに私は普通に南森先生と答えるつもりだった。
「呼んでねー…つか、なんでいつも、そんなにテンション高いんスか」
「なーんだよー、ニッシー、ノリ悪いなー。ねー」
現れたのは、南森 遙先生。二年一組の担任教師だ。見た目は、ふんわりした感じと言うか…そうだな。身長は高く、優男風な男前、と言った感じ。
明るく緩いパーマが掛かっているかのようなフワッとした白茶色の髪は地毛だそうで、少し垂れ目の深緑色の瞳も柔らかそうな雰囲気を作っている一端を担っているのかもしれない。
「俺はセンセーのテンションには付き合えませーん」
「冷たい! 名前が冷だから冷たいっ!」
ただ、発言と行動が見た目とは真逆な為、肉食系女子の皆さんからは“鑑賞用の勿体無いイケメン”と言われている…らしい。
「…いや俺の名前は“零”っスから」
「やだなー、知ってるよー? 俺担任だしー」
「…ムカツク。教師じゃなけりゃ引っ叩いてるわ」
「とか言う顔が怖い! ニッシー、もっと教師を敬おうよ!」
「敬えるような教師なら敬いますよ」
「酷いー! なー、東峰ちゃんは先生大好きだよな〜?」
「え? セクハラっスか? 引くわ」
「違うわ、引くな! 違うからな〜、セクハラじゃないからな〜? って、東峰?」
とまあ、西崎君と南森先生のやりとりを見ていたのだけど、先生が『どうしたー?』と、こちらの様子を覗って来たので、そろそろ発言しても良さそうかな? と思いつつ。
「先生」
「お、おう?」
「南森先生が送って下さるのですか?」
「あ、スルーされてら。ナイス東峰さん」
「東峰ちゃん…先生の事、キライ? キライなの?」
「いえ? 別にキライではありませんよ」
結構な時間が過ぎたから要件のみを簡潔にと思っただけなんだけど――…何かまずかったかな?
「んで、センセーが俺達を送ってくれるんすかー? めっちゃ不安」
「うおい! 本音! ニッシー、本音は隠して!? 先生傷ついちゃうから!」
「先生、ありがとうございます」
「えっ、何にありがとう!? 東峰は先生が傷付くと嬉しいの? 可愛らしい顔してドSなのこの子!?」
「? 先生が送って下さるのでは?」
「なー、東峰さん。俺思ったんだけど隣のクラスの上村先生の車、確かエルグラン○だし、○○線使ってんのも二、三人位だった筈だから俺達もそっちに乗せて貰わね?」
「え!? 俺が送るよ!? 可愛い生徒を可愛い俺が送ってあげるよ!?」
「自分で可愛い言ってるし。痛いわー」
「痛くないから! 俺、可愛いじゃん!? 東峰、一人モソモソと帰り支度しないで!?」
「?」
〜(何やかんやあって)二十分経過〜
「南森先生の愛車にお邪魔しています」
「え? 何、東峰、誰に言ってるの?」
「一人言です」
「めっちゃよく聞こえる一人言っ!? まあ、いいや。んじゃ、出発するかー。シートベルトは、ちゃんとしたかー?」
「はい。バッチリです、宜しくお願いします、先生」
「おーし、任せろー。んじゃ出発するぞー」
車が走り出し、無言になる車内。私は普段なな実さんや、ねね子さんの話を聞く方が多く、あまり自分から喋るタイプではない。
(西崎君を引き止めておくべきだったか…いやいや、それは彼に悪いかな…)
ちなみに西崎君は隣のクラスの担任、上村先生の車に乗っている。
ギャーギャー騒いでいた所、丁度、隣のクラスの○○線利用の生徒達と、その担任の上村先生が教室の前を通り掛かった。
そして話をしてみると、何でも西崎君と最寄りの駅が同じ生徒が居たらしく、それなら方向一緒だし乗って行くか? と、上村先生が言ってくれた為、西崎君は上村先生の車に相乗りする事にし、帰って行ったのだった。(ちなみに私は西崎君の最寄りの駅から二つ先と遠かったりする為『東峰さんも乗せて貰えば?』とのお誘いは丁重にお断りしておいた。他に何人か送らないとならない上村先生も大変だろうし…南森先生には申し訳ないけど)
「ん、あれ? 東峰、寝てる?」
「いえ、起きています」
ルームミラー越しに先生と目が合う。
「そうか、随分静かだったからさ。いや、まあ東峰は普段から静かな方だけどな。寝ていても良いぞ、駅に着いたら起こしてやるから」
「お気遣いありがとうございます、先生」
ペコリと頭を下げると、ははっ、と。小さく笑いながら『どういたしまして』と返事が返ってきた。
「あの、先生――…」
これは聞いてもいいのだろうか?
「んー? なんだー?」
「こうしていると普段の先生とは違っているように思います。今の先生は“先生”って感じがします。どちらが先生の素なんでしょうか?」
「えー、俺はいつも“先生”だろー? 何、東峰。気になるの?」
「はい、気になります」
だから、迷ったけれども聞いてしまった。
「んー、そうだなー。答えは“どっちも”かな?」
「確かに…言われてみればそうですね」
誰だって多少は自分を作っている事もあるだろう。その“場”に合わせていると言うか――…けれど、それが偽物かと言われれば難しい問題だ。
「ははっ、それで納得しちゃう?」
「はい。確かに『うつけ者』みたいな先生も静かな先生も、どちらも先生には違いないです。変な事をお聞きしてすみません」
「いーえ! てか、うつけ者って。よく知ってるな…――東峰は変わった子だねぇ」
「? 何か?」
「何でもないよ。さー、もうすぐ着くぞ」
前を見ている先生の表情は見えないが、何故か先生が小さく笑ったような気がした。
「この駅から家までは近いのか?」
「はい。駅から自転車で二十分程です」
「結構距離あるな…。この雨だし、誰か家の人に迎えに来て貰えそうか?」
「はい。この天気なので近所に住む祖父が居るかと。仕事で乗っている軽トラックもあるので自転車も問題ないかと思います」
「ん? お祖父さんの職業って…」
「大工です」
「なるほど…」
と言うような会話をし、先生にお礼を言って車を降り、祖父に連絡を取った後、改札口の隅辺りに立つと――…
「南森先生?」
…――傘をさした先生が立っていた。車は駅の駐車場に停めて来たらしい。
「どうかしましたか?」
「いや、お祖父さん来るまで一緒に待っていようかと思ってな。こんな天気だし、東峰は可愛いから変な奴に絡まれないようにな…って、これ西崎居たら、またセクハラとか言われそうだなー」
雷雨(恐らく、普段経由する△△地区程ではないだろうけど)のせいか、普段の夕方より辺りは暗いし、肌寒い。
「可愛いかどうかは、ともかく。ありがとうございます、先生」
「いえいえ。後ほら、これは特別サービスだ。他の奴には言うなよ? うるさいから」
へにゃりと眉を下げ、先生が差し出してくれたのは『激☆甘 ミソスープ!!』と書かれた、味噌汁の缶だった。(味噌汁なのに激甘とは、これいかに――…)
「あの、重ね重ねありがとうございます」
「あら、素直だね東峰は。何で味噌汁なんですかー?! とか、激甘とか飲めるんですか!? なんてツッコまないんだな?」
「ツッコミません。今は暖を取らせて頂いていますが中身は後で美味しく頂きます」
「ごめん! それ、ウケ狙いで買いました。多分、味は不味いと思うから無理して飲まなくて良いからな?」
「そうだったんですか? でも、折角頂いた物ですし、それにこうして販売をしているからには需要もあるんじゃないでしょうか?」
「…需要、あるかな?」
「…恐らく」
そんな話をしている内に軽トラックで祖父が駅まで迎えに来てくれたので、自転車を荷台に積み(先生も手伝ってくれた)、祖父と先生へお礼を言い、私は帰路に着くのだった。(帰り際『先生も気をつけて帰って下さい』と言うと『ありがとうな』と、傘を持っていない方の手を振り、先生も帰って行った)
今日は、いつも陽気で明るすぎる先生の違う一面を見たからなのか――…何だか不思議な気分だ。
ちなみに。夜、温め直して食した“激☆甘ミソスープ!!” は、激☆甘の看板に偽り無しの甘さだった、とだけ言っておこうと思う。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
某ゲームの影響を受けて書いているので、テンションの高さとかで何のゲームか解ってしまった方は同志様かと…(笑)