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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード2】 四章 闇の中から
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闇の中から【9】

 石がぶつからない。

 考えてみれば、立ち止まってヌェミを起こす時も襲われる事がなかった。

 ティニャはヌェミを支えながら振り向いた。

 緑の何かは殆ど動かない。

 コードの様でもあり鎖の様でもある太い紐が、少したわんで繋がっている。

 きっと、動きを止める攻撃を仕掛けたのだろうと思った。


「先に逃げて、ティニャちゃん」

 ラモナがそう声をかけてくるが「嫌」と一言だけで返した。

 二人を置いて逃げる事なんて出来ない。助かるなら三人まとめてだ、とティニャは思う。

「ティニャちゃん!」

 遠くで自分を呼ぶ声が聞こえた。

 顔を向けると、小型艇の後部ハッチから身を乗り出すローサが見えた。

 徐々に高度とスピードを落として、目の前にやってくる。

 歩いているのと変わらないティニャ達に合わせた小型艇は、殆ど浮遊しているだけの状態だった。


「早く乗って」

 ローサが言う。

 まずは怪我が酷いヌェミが先だ。

 ラモナが「さぁ」とヌェミを押し出して、手すりを掴ませた。

 ローサも肩と腕を掴んで彼女を引き上げた。滑り込む様に体が乗ると「狭くてごめんね。少しだけ我慢して」と言いながら座らせた。

「次はティニャちゃん」

 ラモナが背中に手を回して押してくる。

「あなたもよ」

 ローサがラモナに向かって言った。そして「ティニャちゃん体小さいからあなたも乗れるわ。全員で逃げるわよ」と続けた。

 ラモナは頷いた。


 がしかし、ティニャもラモナもその小型艇に乗る事は出来なかった。

 ガンっと音がして、目の前の小型艇は真横に吹き飛んだ。船底をこすりながら横滑りし、岸壁にぶつかった。

 振り向いたティニャはゾッとした。

 動き始めた緑の何かは、怒り狂った様に触手を伸ばしていた。

 さっきまでの本数とは違った。二十本、三十本、いやそれ以上か。

 それだけの数が、ティニャ達に集中している。

 ルマーナ達が全力で阻止しているが、それでも逃れた一本が薙ぎ払う様に小型艇を襲ったのだ。


 小型艇を見た。

 ローサが操縦席の方を向いて「飛べる?!」と叫んでいた。直ぐに浮遊を開始したが、重力に負けてガクンと落ちる動作を小刻みに繰り返していた。ローサが耳元に手をあてながら「そんな!」等と独り言を言っている。そして悔しそうな表情で「ティニャちゃん! 心配しないで、他にも助けが来るから。とにかく今は走って逃げて」と言った。


 ティニャは瞬時に状況を理解した。

 ラモナと顔を合わせて頷く。そして「その人をお願いします」と叫んでから走り出した。

 もう一撃貰ったら、小型艇は沈む。

 ここで動かなくなったらローサ達も危ない。ただでさえ救出困難な状況なのに更に救出すべき人数が増えたら完全に詰む。少なくとも誰かが犠牲になる。

 今は逃げて、次の機会を待った方が良い。


 何故だろうか。

 ティニャの中で妙な安心があった。

 ティニャの中にいるもう一人の自分。それが、徐々に近づいて来る誰かをずっと見つめている。一縷の望み、希望、それはルマーナへ……では無く、その誰かに向けられている気がした。






 間に合わなかった。

 あと二分、いや一分あればティニャともう一人の娘を乗せて渓谷内から脱出出来ていた。

 電撃銛のコードは、絶縁体で保護された太い銅線の周囲を細かいチェーンで囲う構造をしている。だが、胴体の奥まで刺さった銛先と共にそのコードもあっという間に溶けてしまった。効果は三分強。思ったよりも長かったが、間に合わなければ意味が無い。


「弾切れ!」

 パームが言った。

 彼女の銃の腕は素人に毛が生えた程度。最初に打ち尽くすだろうと予測はついていた。

「他は?!」

「残り僅かです」

「こっちもでさ」

 銛の効果が切れて以降、キャニオンスライムの攻撃はティニャ達に集中していた。

 脅威となる銛が無い今、ルマーナ達の事はまるで五月蠅い羽虫を払うだけの扱いになっていた。

 少し興奮気味でティニャ達を狙う触手は、一気に弾丸を食らいつくす。

 弾が無くなれば、ティニャは確実に死ぬ。

 だから今の内に用意しなければならない。


「何処まで効果あるか分からないけど……レッチョ。使うよ、用意してっ」

「分かったでさ」

 レッチョは残り一つの予備弾倉をパームに渡して走って来た。そして背負っている縦長のケースを地面に置いた。

「使い方は……」

「覚えた。シンプルだし問題ないよ」

「了解でさ」

 言って、レッチョはケースを開けた。

 側面が斜めに倒れる形で開いたケースには、接続部分が上向きの状態で収納されてある縦長の機械が入っていた。

 日常的につけているオペラグローブにも似た強度の高いアームカバー。

 ルマーナは左腕の上腕に指をかけて剥す様にそれを脱いだ。すると肘付近を境に若干色合いの違う肌が姿を現した。

 肘より少し下辺りを指で押してスライドさせると、皮膚が歪んでロックが外れた。そしてそのまま軽く捻って引っ張った。


「持ってな」

 ルマーナは自身の左前腕を投げる様にレッチョに預けた。

 ケース内の機械へ、腕の切れ目を突っ込んで捻り、カチッと音がしたのを確認して機械を引き抜いた。

 重い、そして大きい。

 昨夜、確認の為に一度装備してみた。

 一晩経てば何か変わっているかも……なんて事は無く、相変わらずの無骨感に少し辟易する。

 だが、普段使っている義手よりは好きだ。

 精巧に作られた人工スキンでも、本物には敵わない。やはりこっちの方が、自分らしくて似合っているのかもしれない。

 なんて事を思いながらルマーナは、覚えた仕様書通りに準備を進めた。


 折り畳んである固定ストックを開いて上腕へ当てる。二本のベルトを引き出して完全に固定した後、パイルの圧力レバーを引いた。バッテリーのスイッチを入れてからパイルのロックを外し、トリガーバーの安全装置をオフにした。

「打ったら直ぐに外して逃げるでさ」

「分かってる」

 数年前の作戦で無くしてしまった左腕。

 落ち込んだりもしたが、今では自分のアイデンティティの一つだ。

 小型グレネードランチャーと高振動ブレードの二種類を持っている。今回、バイドンに依頼して作らせたのはパイルバンカー。電流を流せるスタンパイルになっている。

 射出出来る銛を考えていたが、コード部分が重すぎて片腕で使用するには無理があるとバイドンから言われ、パイルバンカーにした。

 近接戦闘においては絶大な破壊力を持つ為、今後の利便性を考えた上での判断だったが、よくよく考えてみると、高酸性の体液を持つキャニオンスライムに密着して打ち込む武器は危険過ぎると少し後悔していた。

 だが、今更だ。

 迷う事などしていない。


「参りました。もう弾がありません」

 キエルドが悔しそうに言った。

 見ると、他の仲間も最後の弾倉に手をつけている。

 限界だ。

「後は頼んだよ。使いな」

 そう言って自分の銃剣をレッチョに渡して少し後ずさる。

 助走をつけて走り出し、おっさんの様に「ふんぬっ」と気合いを入れてジャンプした。

 キャニオンスライムの胴体へ着地すると足が沈んで少し跳ね上がった。二度三度とバウンドしたが、体勢は崩さずに口部付近まで進んだ。その間、捕まえようとする触手が足元からヌルリと現れたがレッチョが抑えてくれた。

 ルマーナは仲間を信頼して、屈みながら胴体を殴った。


「女をなめるなよっ」

 何でそんなセリフが出たのか分からない。きっとティニャの影響だろう。

 ルマーナはトリガーバーを右手で握ってガチャンと押し込んだ。

 瞬間、ドンっという重音と共にパイルが射出された。

 波打つ様に体が揺れて体液がビュクっと漏れた。

 跳ねた体液がほんの少し右腕に触れた。ジュと音がして右腕のアームカバーが溶けた。そしてそのまま皮膚へと到達して薄っすらと肉を焼いた。

 空気に触れて直ぐに無酸性となったが、アームカバーをしていなかったら筋肉の内部まで溶け進んでいたかもしれない。

 ルマーナは火傷の様な痛みに耐えて、新武器の効果を確認した。

 その効果は予想通りの結果をもたらした。

 キャニオンスライムの動きは鈍くなり、殆ど止まっている様な状態。これならば、また幾らかの時間が稼げると思った。

 しかし、その幾らかは、二分も無いだろうと予測出来た。

 パイルが恐ろしい勢いで溶けていく。

 軽量化されたパイルは銛よりもずっと細い。

 これも当然の結果だ。


 ティニャを見た。

 走れないヌェミが救われた今、走って逃げる二人は距離を広げる。だが、速度は何処まで行っても女の速度。一分二分で余裕のある距離まで逃げる事は出来ない。


――弾も殆ど残ってない。これが溶けたら後は……。


 ルマーナは覚悟を決めた。

 溶け続けるパイルバンカーを腕から外して立ち上がる。

 溶けたパイルは自身の重量を保持できず、バキンと音を立てて折れた。折れた根本でバチバチと電気の糸が躍った。

 キャニオンスライムは動き出し、触手をルマーナへ向けてきた。

 だが、そんな脅威を無視してティニャだけを見つめた。

「ルマーナ様っ。逃げて」

 パームが叫ぶ。

「早くするでさ。弾が尽きるでさ」

 レッチョが叫ぶ。

「何してるんですか?!」

 キエルドが叫ぶ。


――何でだろうね。あんたならあたいの意思を引き継いでくれる気がするんだよ。不思議だね、ティニャ。


 血がつながっている訳でもないのに、妙な親和性を感じる。

 一瞬で変わったティニャへのイメージがそう感じさせているのか、運命めいた何かがそう感じさせているのか。

 どちらにせよ、絶対的な確信としか表現出来ない感情がルマーナの足を止めている。

 キャロル達がティニャへ伸びる触手を抑え、レッチョとパームが自分を狙う触手を抑えてくれていた。

 だがもう……弾切れだ。


 足元から伸びて来た触手がルマーナの腰へ絡みついた。そして高く上がった。

 勢いよく放り込む為だろう。だがその方が良い。恥ずかしい悲鳴を上げずに死ねる。

「悪いんだけど戻って来て」

 マイクに向かって言うと『怪我した娘は降ろしました。今から向かいます!』とパウリナの声が届いた。

 もう一度大きな一撃を貰ったら確実に落ちる小型艇。だが、貰わなければ何の問題もない。

「あたいが時間を稼ぐ。ギリギリかもしれないけどパウリナ達が間に合うはず。その間にティニャ達を助けるんだよ。失敗は許さないからね!」

 電撃銛の効果は三分強。だが捕食時の進行停止はそれよりも少し長い気がする。飛ぶのがやっとでスピードも出ない小型艇でもどうにかなるかもしれない。


「そんな事、駄目でさ」

「ルマーナ様……」

「先に行ってる。店と女の子達を頼んだよ」

 サラに次いで長い付き合いだったレッチョとキエルドが悲痛な視線を向けて来る。残弾がゼロとなった今、ルマーナを助ける手段は最早無く、ティニャ達を救う為には誰かが犠牲になるという選択肢しかない。

 それを理解している仲間達なのだから、誇らしいと思う。

 何故か心残りは無かった。スッキリした気持ちだった。

 ……否、嘘だ。一つだけあった。


――彼からのプレゼント欲しかったなぁ。楽しみだったのに……。


 好きになった人からの初プレゼント。

 贈られたらきっと、一生大事にする。

 その願いは生まれ変わった次の人生へ期待しよう。

 そう思ってルマーナは空を見上げた。

 強い光を抱いた雲一つない空は眩しかった。でもその眩しさが、次の人生へ旅立つ光の道に見えた。


「まだ早い」

 少し陰った光の道がそう言った。

 影は着地すると同時にダダダっと、もう誰も鳴かせる事の出来ない銃を鳴かせた。

 触手が離れて浮遊感が生まれ、脱力したまま落ちた。

 だが腰をぐっと引き寄せる様に受け止められた。咄嗟に残っている右腕を回して捕まると、キスするために抱き合う男女の様な体勢になった。

「待たせたな」

 超至近距離で囁く様にいわれた。あと数センチ近づけば唇が触れる距離だった。

「無茶し過ぎだが、よく耐えた。お前はイイ女だ」

 心臓が爆発しそうなくらいに震えた。

 キャニオンスライムに溶かされて死ぬよりも苦しいのではないか。そう思えるくらいに震えた。


「とにかくここから離れるぞ」

 言いながら次から次に襲って来る触手を片手で持った銃で追い返す。

「立てるだろ? 離してくれ」

 既に腰から手が離されていた。

 いつの間にか半分しかない左腕も首筋に掛けて、まるで親にしがみつく子供の様にぶら下がっていた。

 離れたくなかった。でも離れなければならない。

 視線はそのままで、ずっと見つめたまま、名残惜しそうにストンと離れた。

 彼は直ぐに背負った銛を脇下に移動させて、まったくの躊躇を見せずに放った。

 胴体に突き刺さり、キャニオンスライムの動きは止まった。


「やはりな。少し硬くなった。これなら行けるだろ」

 柔らかい胴体部分を足で踏んづけながら言った。

 そして持っていても仕方ないと言わんばかりに電撃銛のベルトを外して捨てる様に置いた。

「あそこの出っ張り見えるか? 走って飛ぶぞ。いいか?」

 言われた場所を見ると、崖に少し広い踊り場があった。

「……ええ」

 やっと声が出た。

「よし。行くぞ」

 手を繋がれた。

 尋常ではないくらいの手汗が噴き出た。アームカバーをしていなかったらヌルヌルして、恥ずか死ぬ所だ。

 強く手を引かれた。

 自分で走っている感覚は無かった。全てを委ねている感覚だった。

「飛べっ」

 そう言われたから飛んだ。本当はこのまま走り続けたかった。

 

 着地すると直ぐ、太股に両腕が巻かれ、顔を下腹部に押し付ける様に抱かれた。

「ひゃ!」

 顎が恥部付近に触れたままグッと持ち上げられて、次いでお尻に手を添えられた。更にお尻を押し上げられて自然と膝が彼の肩に乗った。

 誰にも言えないが、その時には既に、自分でも驚いてしまうくらいに濡れていた。

「何してる。早く掴め」と言われた。

 見上げると、レッチョが崖から身を乗り出して手を伸ばしていた。

 言われたままその手を掴むと、一気に引き上げられた。

「良かったでさ」

「いや~今回は流石にやばかったですね」

 レッチョとキエルドが心底ホッとした様子で言った。

 振り向くと、いつの間にか彼は崖を登っていて「残弾ゼロだろ? 時間が無い。これから指示する。皆、言われた通りに行動してくれ」と言った。


 愛しい彼……ロクセ。


 また命を救われた。これで二度目だ。

 周りの声は聞こえているが、頭に入ってこない。正直、このまま気を失ってしまいそうだった。

 ルマーナは俯いてぐっとそれを堪えた。

「これからもずっと、死ぬまで生きてる!」

 ティニャの叫びを思い出した。

 死を覚悟したが、運命はそれを拒否したのだ。まだ死ぬ時では無いと言ったのだ。

 もう一度ロクセの顔を見た。

 彼が運命だ。

 彼こそが自分の生き死にを決めてくれる運命そのものなのだ。


 好き。

 愛してる。


 改めてそう思う。


 だが、ルマーナにとっては最早、そんな言葉だけでは足りなかった。

 そう、言葉などという低レベルの物で表現できる感情ではなかった。

 

 最早……次元が違うのだ。

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