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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード2】 四章 闇の中から
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闇の中から【1】

「な? いいだろ? ルミネも居るしさ、三号店付き合ってくれよ」

 しつこい。

 ルマーナの店へ向かう道すがらメンノが執拗に誘って来た。

「だから嫌ですって!」

 何度も繰り返される問答は、ルマーナから引き離す為の物。

 合流してからずっと繰り返されるのだ。流石のアズリでも嫌になる。


 先日のサラへの目配せはこの事を示していたと分かった。

 要するに、ルマーナから衣類云々の話を聞いたらアズリを他の店へ連れ出して、ロクセとルマーナを二人っきりにさせる暗黙の計画だったのだ。

 目配せ一つで理解を示すサラも凄いが、咄嗟に気を使ってサラを納得させるメンノも凄い。

「払いは全てルマーナなんだ。何度も厄介になるのは悪いだろ?」

「私、居ると邪魔ですか?」

「そんな事はありませんよ」

 メンノの言葉を無視して、最終手段であるロクセに回答を求めた。

 ロクセはどうでも良いという風に答え、メンノは「空気読めよ……」と独り言ちた。


 今は一方通行の気持ちでも、いつかルマーナの想いは叶うかもしれない。

 何かあればその都度、ロクセから相談してくれれば助言するし、安心する。それによって今後ロクセとルマーナがどういった関係に発展してたとしても、文句は言わない……多分。だが、自分はロクセの世話を任されたのだから、当然相応の責任があると思っている。ルマーナの店へ一人では行かせられない。ちゃんと適切な順序を辿ってから、最後まで行き着いて欲しいと思う。これは義務なのだから、ルマーナに邪険にされようとも引く事は出来ない。

 彼を守らなければならない。

 アズリの結論は既に出ている。


 ロクセが居ても良いと言ってるのだから、この話はもう終わり。

 ふんっと勝ち誇った顔でメンノへ目をやると、彼は「まったく、ルマーナもルマーナだが、お前もお前だな」と何故か少し楽し気に言った。

「何?」

「いや。……まぁ、頑張れよ。歳の差は関係ないからな」

 歳の差? 何の事だ? だが、頑張るのは当たり前。

 守る義務があるのだから。


 そうこうしているうちに、ルマーナの店へ着いた。

 入り口にはキエルドが立っていた。「お待ちしておりました」と丁寧に頭を下げて店の中へと招いた。

 通された席は、先日と同じ個室だった。

 着替えの為、先にルマーナの部屋へ連れて行かれると思っていたのだが、そんな様子は全く無く、ロクセ達と共に直接その個室に入った。

 扉を開けた瞬間、淀んだ空気が流れ込む様な重い雰囲気が肌をかすめた。

「待ってたわ」

 ルマーナが言った。

 彼女は中央奥のVIP用三人掛けソファーに足を組みながら座っていた。

 左右の長いソファーの後ろには、ルミネを含めた先日と同じメンバーが静かに立っていた。そこへキャロルとベティーも加わっている。


「何っすか? どういう状況っすか?」

「酒が出る状況じゃ無い事は確かだな」

 メンノの意見にアズリも同意する。

 そしてこれから何が始まるのか……それも分かる。

 要因は二つあった。

 テーブルに広げられた地図と、ルマーナが座るソファーの隣にラノーラが立っている事。この二つが示すのは、船掘又は狩猟のブリーフィング。

 よく見る光景だった。


「座ってちょうだい」

 ルマーナに促されて、アズリ達は無言で席についた。

 後に続いて、立っていたパーム達も座った。キャロルとベティーはルマーナの後ろに回り、キエルドはルマーナの隣に立った。

「何があった?」

 メンノが真顔で言う。

 ロクセは黙って地図を見やり、ルマーナへ顔を向けただけ。

 ザッカは嫌な予感を隠す事無く、苦い顔をしている。

 女性達は皆、怖い顔。

 アズリはそんな周囲を確認してからラノーラに目をやった。すると軽く手を上げて挨拶して来た。

 もし女装でもしたら、そのままこの店で働けそうな程に美形のラノーラ。違和感を感じない。


――ラノーラ顔広いなぁ。


 勉強家ラノーラの知識は、船掘に限らず底辺の狩猟商会でも役にたっているらしい。

 だがまさか、ルマーナとも懇意にしているとは思わなかった。

「……ティニャが連れ去られたわ」

 ルマーナが喉の奥から吐き出す様に言った。


――えっ?!


 アズリはラノーラから視線を外してルマーナへ送る。険しい表情の彼女を見て、アズリもまた真剣に耳を傾けた。

「ヘブンカムにか?」

 何も語らないロクセに代わってメンノが対応した。

「違う。エルジボ狩猟商会よ」

「中堅の……あのエルジボ狩猟商会か? 仕事してたのか? あいつら」

「一応はね。でも殆どしないから、影は薄い」

「で、それが何でティニャちゃんを?」

「仕事しない商会のランクが何故中堅にいるか分かる?」

 ルマーナは質問を質問で返した。

「いや……狩猟の方は詳しくないからな。ザッカ、お前知ってるか?」

「知らないっす。ってかエルジボって、一番通りのあのエルジボっすよね。狩猟商会なんてやってたんすか……」

 アズリでも薄っすらと名前くらいは知っている。

 一番通りを管轄している人物の名前。立場的にはルマーナと同じと言える人物だ。


「答えは簡単。割のいい仕事をやってるから。しかも専属の仕事」

「専属? 国からの指示か? そもそもそんな事あるのか?」

「ええ。狩猟商会では一部ね」

「船掘では考えられないっすね。探して、回収して……って競争の世界っすから」

「それは狩猟商会でも同じ。でも、狩りには限りがあるでしょう? 相手は生き物なんだから、乱獲は困る。一定数、狩猟制限かけなきゃいけない生物がいる事くらい、理解出来るでしょう?」

「まぁ確かに」

「それに、狩猟するターゲットごとに技術や知識、装備や備品も変わる。だから、国が指定した商会が専属でって案件も少ないけどあるのよ。それって、基本は割にあわない物ばかりだけど、エルジボの仕事は一体狩れば莫大なお金になるの」

「で、何を狩ってると?」

「……キャニオンスライム」

 聞いたことが無い。

 だがメンノ達は知っていた様で、

「ああ……そりゃあ儲かるな」

「あの原料っすか……」

 と即座に反応した。

「何の?」

 ザッカを見てアズリは質問した。

「今説明するっすよ」

 しかしそれには答えず、ラノーラの方へ顎をしゃくって彼の話に集中するよう促した。


「ラノーラ。お願い」

 ルマーナが言うと「はい」と返事をしてラノーラは一歩前へ出た。そして指示棒を取り出して小さく深呼吸した。

「キャニオンスライム。今では希少生物で、知る人ぞ知る生物です。詳しくその生態を知っている方は少ないと思いますので説明します」

 指示棒を伸ばし、説明を続けた。

「まず、生息地域ですが、ゴロホル大森林のずっと南にある荒野、タワーロック。その西にあるゴロホル高原が作り出した渓谷、昔”金のなる裂け目”と呼ばれた場所に生息しています。その細く幾多にも伸びた渓谷には、とある植物が生育しています。その植物の特徴ですが……」

「そこは飛ばしてちょうだい」

「そうですね。すみません」

 放っておくと饒舌になり、説明も長くなるラノーラの癖を知っているのだろう。ルマーナとラノーラにはそれだけ長い付き合いがあるのかもしれない。

 ラノーラは一度咳払いしてから話を続けた。


「その植物を好んで食す動物は渓谷付近に多数存在します。キャニオンスライムはその動物を糧としています。風下に巣を作り、渓谷から流れる気流に乗った匂いをかぎ分けて行動するので、渓谷からは一切出る事はありません」

 地図に指示棒を当てながら説明をする。

 タワーロックは先日ルマーナ達を助けた場所だ。その西側にはゴロホル山脈に少し繋がっている様にも見える高原がある。

 空船から遠目で見た事があるだけで、アズリは行った事が無い。というか、行った事が無い場所の方が圧倒的に多いのだ。当然といえば当然。そもそも、他の国にすら行った事が無い。


「キャニオンスライムはとても美食家です。自身が旨いと判断した動物が渓谷に入れば、他の動物には目もくれず真っ先に捕らえに向かいます」

「そいつの好物は?」

 メンノの質問にラノーラは一瞬口ごもった。

「まさか……俺達っすか?」

 開きかけたラノーラの口よりも先にザッカがストレートな見解を示した。

「……ええ。その通りです。最大の好物は……人間です」

 ザッカと同じくアズリも人間では? と思っていた。

 そして的中した。

「何となく分かってきた。ティニャちゃんが連れて行かれた意味が」

「……これからの説明が辛いですね」

 メンノは大きく息を吐く。そしてラノーラは悲観的な顔をする。

 そんなラノーラを見て、アズリの鼓動は早くなった。

 嫌な予感がする。否、予感では無かった。もう既にこの時点で、確定的な想像が出来ていた。

「悪い。続けてくれ」

 メンノが先を促した。


「……人間でも更に分けられます。とりわけ好むのは女性です。若ければ若い程好むと聞きます。昔に乱獲され、今は雄雌の成体が一体づついるだけです。絶滅危惧種であるため、狩りは幼体のみとなっています。正確には捕獲ですが。ただ、狩るのと幼体のみを捕獲するのとでは、手法が変わります。圧倒的に捕獲の方が難しい。噂でしか聞いてませんが、その手法は……その……」

 流石にこれ以上は言い難い様で、口を閉じてしまった。

 気持ちは分かる。アズリもその続きを聞きたいと思っていない。むしろ聞きたくない。だが、数瞬の沈黙を挟んで、ルマーナが代弁した。

「……撒き餌だよ。それに噂じゃないよ」

「……マジっすか」

 空気がより一層重くなった。

 皆総じて怖い顔をしている。その中で、ルミネとパウリナだけは違った。

 ルミネは泣き出しそうな様子で、パウリナは爪を噛みながら今にも発狂しそうな表情をしていた。

 パウリナは先日ティニャを家まで送って行った。きっと、何かしらの責任を感じているのだろう。


「……幼体から親を引き離し、その隙に捕獲する。手法としてはシンプルです」

「おびき寄せる餌に人間をつかうのか……」

「はい。雌の成体は巣から離れませんが、別段問題ありません。まったく動かず、ただ子を産むだけの存在だからです。危険なのは栄養を運ぶ雄です。その雄を引き離さなくてはなりません。地図を見て分かる通り、巨獣指定があります。他に危ない生物が居ない為、危険度はEですがそれは狩る事……殺してしまう事を前提にした話です。今は絶対に殺してはいけない生物と決まっています。ですので、殺さずにあの渓谷で行動するのは危険度E以上、F程度の難しさはあるだろうと思います」

 地図上にはEの表記と爪のマークに一本の赤い線が引いてある記号があった。

 ひと月前に行った”無歩の森”よりはずっと優しい地域だが、巨獣がいる時点で優しい訳は無い。

「そんな……ティニャちゃん……」

 思わず呟いてしまった。

 そのアズリの言葉を聞いたルミネが顔を向けてきた。

 唇が震えていた。


「何故人間を? 他の動物とかでは駄目なのか?」

 と、メンノ。アズリも一瞬同じ事を考えた。しかし、

「あいつら、人間食ってる時が一番愉悦に浸るんだよ。足を止めてじっくり味わう。要するに時間が稼げるんだ」

 とルマーナが即答した。

「美食家と言われる所以はそこにもありますね」

「女子供を犠牲にして狩ってたのか。まともな人間がやる事じゃねーな」

「こんな事、何度も繰り返されてたんすか?」

「年に一度。毎年ね。知ってからは出来るだけ手を尽くして来た。でも今回は早かった。まさか……ティニャが犠牲に……」


「まだ終わった訳ではありませんよ。ルマーナ様」

 ルマーナの顔を覗き込む様にキエルドが声をかけた。

「そうだね。その為にラノーラを呼んだんだ」

 その言葉にラノーラはこくりと頷いた。

「私達は犠牲になる方々を出来る限り救助したいと思っています。これからその計画を立てるつもりです。もし……協力して頂けるのなら、是非ともお力添えを頂きたい」

 キエルドがロクセやメンノ達、勿論アズリにも顔を向けながら言った。

「危ないと分かってる。でも、あたい達だけでは手が足りない。……お願い」

 ルマーナもそう言って軽く頭を下げた。

 先日から顔見知りになった【ルマーナの店】の女性達、否、【ルマーナ船掘商会】の船員達も皆、訴える様に目を向けている。

 お願いというルマーナの言葉は、助けて、と聞こえた。


「答えなんて聞くまでもないだろ?」

「そっすね」

「ティニャちゃんの為なら!」

 そう、答えは決まっている。

 こんな話を聞いて断るなんて出来やしない。

 どんなに危険でもティニャを助けたい。自分に出来る事はしたい。

「ロクセさんは?」

 何も答えないロクセに向かって声をかけると「何でも言ってくれ」と、当然と言わんばかり答えた。

「ありがとね。感謝するよ」

 ルマーナは言った。ロクセに向かって。

「それでは、続けますよ?」

「お願い」

 助けられるプランがあるのならば、成功させたい。

 身を乗り出し、皆、ラノーラの言葉に注視した。

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