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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード1】 一章 生きる者
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生きる者 【7】

 作戦が終了した後アズリはカナリエと共に、洞窟の外で待機している医療班の元へダニルを連れて行った。

 やはりダニルの傷は酷い様で医療班のサブリーダーであるペテーナとその助手のルリンにすぐさま船内の医療室に連れて行かれた。

 他の面々もカテガレートやオルホエイ達に肩を貸してもらいながら、洞窟の外まで退避した。事前に無線で連絡を取り、救護テントは設置済みだったので、負傷者の治療は直ぐに始まった。殆どが骨折か打撲か軽い裂傷で、多少深手の者も居たが、ダニル程の重傷者はいなかった。


 ダニルをペテーナ達に預けた後アズリは、手術が終わるまで待つと言い放つカナリエをなだめて、半ば無理やり救護テントまで連れて来た。カナリエの裂傷は数針縫う位には大きかったがそこまで深く無く、額より更に上なので綺麗な顔に傷がつかなかった事にアズリはホッとした。

 

 手術が出来る医療室はカテガレートの船と、オルホエイの船に一つずつしかなく、ダニルと他の負傷が酷い者が優先的に使っている。カナリエの傷は若干大きいとはいえ、他に優先すべき負傷者が居た為に、消毒と簡単な麻酔のみでその場で治療が始まった。

 傷口を縫われながら、痛みに堪える表情のカナリエの姿を見ていると、こっちまで痛くなる気がする。

 そんな姿を見ていられず、ひとまずカナリエを医療班の面々に任せ、アズリは軽傷者の手当を手伝った。


 丁度二人目の手当が終わった頃、アズリの元にカテガレートとラノーラが並んでやってきた。洞内で起きた状況を詳しく聞く為に来たのだ。「こっちで話そう」とカテガレートに促され、食事にも使う休憩テントまで一緒に向かった。


 カテガレートがまず最初に発した言葉が「すまなかった」という謝罪だった。ラノーラから、ある程度状況は聞いていたらしく、巣の確認を疎かにしていた自分達に責任があると話して来た。

「でも実際私が早く気がついていたら、こんな事にはならなかったと思うんです。……ごめんなさい」

 洞内でカナリエが言っていた事が事実ならば、周囲がアズリに求めた仕事は()()()()()()()()()()()()()だ。巣の中、枯れ草の奥に潜んでいたガモニルルの雄に早く気づけなかったアズリ自身に責任がある。

 手当を手伝っている時も、その事が頭を巡り、心苦しかった。カテガレートに謝られる筋合いは無い、とアズリは思う。しかし、

「それは違う。君は事前に伝えてくれていた。その事を軽く考えていた我々に責任がある。もっと良く調べるべきだった」

 そうカテガレートが否定し、次いでラノーラも、

「ごめん……。こんな事にならない為に僕達が居るのに、被害を出してしまった。本当にごめん」

と謝罪してきた。


「いえ……。私の責任です。見張りを担当してたのに……。早くに洞窟に居たのに気がつかなかった……」

「それを言ったら僕にも責任はあるはずだ。君と一緒にいたのは僕だ」

「……」

 確かに、洞窟に早くに居た事も理由にするならば、ラノーラも巻き込んでしまう事になる。それに、このままではお互い謝罪の堂々巡りで埒があかない。

 

 カテガレート達の立場も考えて、アズリはこれ以上謝罪の言葉を出さなかった。しかしこの空気は変えなくてはならない。とりあえず、

「そ、それにしても、何でまだ雄が残ってたんでしょうか?」

 と、少ししどろもどろになりながらも話を変えた。

「……あの雄は非常に小さく、腹部も形が歪だった。奇形……なのだろうと思う。そのせいか、直ぐに巣立ちせずに残っていたのだろう。枯れ草の中に潜っていたのは雌から身を隠す為……だったのかもな。雄は雌に食い殺される。奇形で何の役にも立たない雄なんて邪魔なだけだろうしな」

 アズリの気持ちを察したのだろう。オルホエイは素直にアズリの質問に答えを返した。

「その雄もまた、睡眠剤を吸い込んで眠りについて居たけど、僕達の発した音で目を覚まして襲いかかったんだと思う」

 オルホエイに次いでラノーラもアズリの質問に答えた。

 

 しかしその答えには腑に落ちない部分がある。

「そう……。でも何で、一度目の探索の時には襲って来なかったんだろう。雌が外に出ていた時を狙って探索に入ったって事だけど、その時点で雄は居たはずよね?」

 一瞬沈黙が走る。不味い質問だったのだろうか?と、思ったが「あいつらも生き物だって事だ」とオルホエイが返した。

「奇形に生まれたんだ。我々に襲いかかったとしても殺される事位分かっていただろう。しかしな、自分を産んでくれた母親が襲われて悲鳴を上げていたら……。普通、黙って見ている子はいないな」

 

 思慮が足りなかった。そう、ガモニルルだって自分達と同じく親がいて子がいる。一度目の探索の時に雄が出て来なかったのは、人間が恐ろしかったからだ。奇形に産まれた小さな体で、人間数人に敵う訳がない。でも、母親が襲われていたら、自分は殺されると分かってはいても助けようとするだろう。どんな生き物にも、多かれ少なかれ感情はあるのだ。

「そう……ですよね」

「……それでも俺たち人間は狩猟しなければならない。薬や材料。それに食肉だって足りていないんだからな。勿論、俺たち人間だってこの世の生き物からしたら食料にしかならない下等生物だ。気を抜けば、殺され食われる。基本、生き物は全て同じステージに立っている。と俺は思う。結局、勝つか負けるかしかない」


 言葉が出なかった。その通りだと思った。

 死と隣り合わせなこの仕事は、いつでも今日みたいな事態が起こり得る。カテガレートやラノーラ達の狩猟商会なんて尚更だ。

「だがな、俺達には知恵がある。先人の遺物もある。俺たちがこうして狩猟出来るのも、アズリ……お前達が探し出す遺物があるからだ。感謝してる」

 そう言うとカテガレートはアズリの肩に勢い良く手を乗せた。

「い、痛いです」

 カテガレートの手は大きく、力も強い。でも、「おう悪い悪い」と謝りながら豪快に笑うその姿を見たら、不思議とアズリの顔にも笑顔が滲んだ。

 自責の念は消えないが、自分がすべき事を再認識させられる。心の中に強く暖かい何かが灯った様な気がした。


 結局、アズリの語った詳細はラノーラから聞いた話と大して変わらない為、簡単な報告で事が済み、カテガレート達は次の仕事の準備に船へと戻った。

 アズリは報告後、救護テントへ戻り再度手当を手伝った。 軽傷の者の手当てをはあらかた完了した頃「ご苦労だった。少し休め」とオルホエイから言葉をかけられ、休憩テントへ向かった。

 



 中腹から麓まで崖の様にそびえる岩肌が美しいゴロホル山脈。その岩肌を拝める東側の麓に広がるのがゴロホル大森林であり、岩肌のない西側には大小様々な山が連なり尾根が複雑に絡み合っている。

 稜線を辿れば何処まででも行けそうな程広大に広がるその山々は、埋めた宝物を探す為に神がそこら中を掘り起こして穴だらけにした土地、と言われ、それ故にゴロホル神山群と呼ばれていた。


 その山々に無数にある穴の様な山間、その中の一つにアズリ達は大きな二隻の船を止め、いくつもテントを張っていた。

 石灰岩地帯のその場所には草木と一緒にゴロゴロと岩が転がっていたが、幸いにも洞窟周辺には大きな岩は無く、テントも広げやすかった。

 

 休憩テントの中でアマネルが入れてくれたホスの葉の茶を啜る。優しく落ち着く香りと茶の暖かさが体に染み渡る。アズリはカップを両手で持ち、ホッと溜息にも似た息をつく。

 洞窟の外は先程までの出来事がまるで夢だったかの様な青空が広がり、小さな草原と山林の新緑が目の前を凪いでいる。

 

 アズリはもう一口ホス茶を啜り、大きめの丘とも言えそうな小山の麓にある洞窟を見つめた。

 今日はまだ半日もたっておらず、昼前だというのにあまりに目まぐるしい日だ。勿論、今日の仕事は残っている。むしろこれからが本業なのだから落ち込んでもいられない。暖かいホス茶を啜ると強張った体からスッと力が抜ける気がする。しかし、自責の念だけはまだ消えなかった。

 カテガレートからの言葉があったにしてもまだ、心が落ち着かないアズリは今度は未だ治療中のダニルが居る船を見つめた。


「それ、カモイさんの店から仕入れたホスの葉なの」

 不意に、 ふわりと優しい香りがする女性が小箱を片手にアズリへ声をかけてきた。


 栗色の長い巻き髪からの香りだろうか、その女性が通る場所にはいつも同じ香りが漂う。赤い眼鏡が良く似合っていて、知的に見えつつも柔らかいその雰囲気が様々な商会の男性陣を惑わしているらしい。何を考えているのかわからないと言う人もいるが、アズリは良く気がきく優しい女性だと思っている。それに船掘商会の会計と営業を担っている女性であるアマネルが入れる茶はどれを飲んでも美味しい。


「そうなんですか? どうりでいつもより美味しいと思いましたよ。……あ、いえ! アマネルさんの入れるお茶は何を飲んでも美味しいです! いつも!」

 いつもは美味しくないと言ってる様に解釈されては困るので、焦って言い直した。

「ありがとう」

 アマネルは気にしてないのだろう、笑顔で礼を言う。

「あの、どうかされました? あ、カテガレートさんなら、船に戻りましたよ?」

 先程、報告の為にカテガレートと話している間、こちらを気にしている様にチラチラ目線を向けているアマネルと何度か目が合った。

 経理上の話をカテガレートとしたかったのだろうと、アズリは思ったのだが「違う違う」と手を振りながらアマネルは隣に座ってきた。そして、「手……だして。左手ね」と返してきた。

「あ、いつの間に……。わかりませんでした」

 アズリが手を差し出すと、掌の側面に切り傷があった。自分でも分からないくらいの小さな傷だった。その傷に気がついて初めて少し痛みを感じた。


「救護班の皆はまだ手当中だしね。落石からの傷も含めたら結局殆どが手当が必要だもの。このくらいの傷は私でも手当出来るわ」

「だ、大丈夫ですよ。かすり傷です。言われるまで気がつかなかったくらいですし」

 引っ込めようとするアズリの腕をアマネルはぐっと握り「ダメよ」と凄んだ。

「洞窟の中ってね。雑菌が沢山いるのよ。ちゃんと手当しないと駄目」

 そう言ってアマネルは持ってきた小箱を開ける。簡易医療箱だ。

「すみません……ありがとうございます」

「いいの。私にはこれくらいしか出来ないし」


 アマネルは消毒液を取り出しアズリの傷口に丁寧に塗り始めた。その白く女性らしい綺麗な手が自分の荒れた手と重なり合い少し恥ずかしくなった。

「軽くだけど話は聞いたわ。……ありがとうね。アズリが気がつかなかったらカナリエも、勿論、船長達皆んなもこの程度じゃ済まなかったわ。アズリが居てくれて良かった」

「いえ……そんな事ないです。もっと早く気が付いていればダニルさんもあんなに大怪我しなくて済んだかもしれないですし……」

 アズリはまた否定した。カテガレートに何と言われようと、自責の念は消えない。


「ふふ。やっぱりね」

 アマネルは少し困った様な顔で笑った。「え?」とアズリが声を出すとアマネルは顔を上げアズリの目をみて言った。

「多分、まだ責任を感じているだろうからお前が何とかしろ、ってカテガレートに言われたわ。さっきね」

「そう……ですか。カテガレートさんにはお前は悪く無いって言われたんですけど……すみません、何だかやっぱり申し訳ない気持ちで一杯で……」

「いいと思うわ。そのままで」

 また「あなたは悪く無いよ」等と励まされ気を使わせるのかとも思ったのだが、意外な答えが返ってきて少し驚いた。


「責任を感じているのなら、私はそのままの気持ちで居た方が良いと思う。むしろ何も感じない人の方が信用出来ないわ。……アズリは真面目だもの。私はそんな所が好きよ」

 急に「好き」と言われると言葉に詰まる。どう答えていいのか分からない。

「最近は平和に仕事が出来てたからアズリは今回みたいな惨事は初めて経験したかもしれないけど、こんな事は時折あるのよ。他の商会の話は聞いてると思うし、死者もよく出る危ない仕事なのは知ってるわよね? 今回の作戦、あんな事になったのに死者が出なかった事が不思議なくらいよ」

 確かに危険な仕事なのは重々承知している。ガモニルルを目の前にした時も殺されてもおかしくないと思ったし、それ程の恐怖もあった。言われてみれば皆怪我だけで済んだのは奇跡かもしれない。


「自分の責任が何処にあるのかちゃんと知っておきなさい。そうすれば、これからいくらでもある危機をどう乗り越えるか考えられる。私はその方がずっとアズリの為になると思うわ」

 少し厳しい言葉の中にアズリの事を思う気持ちがある事を感じ取れる。

 ぐっと胸を締め付けられる様な嬉しさがこみ上げてきて「ありがとうございます」とアズリは言った。するとアマネルは「でもね」と言いながらアズリの手を両手で包み込んだ。


「誰も気にしなかった事にアズリだけが気がついて、一人も死者を出さなかったのは事実よ。あなたの勘は本当に凄いわ。……皆んなをこの船に帰らせてくれてありがとう。感謝してるわ」

 荷物を一つ下ろした様なそんな感覚に見舞われた。勿論、アマネルが言う様に今日の事は忘れない。今後の糧とする為に。

「……こっちこそ、その……ありがとうございます。少し軽くなりました。手当もありがとうございます。私……がんばります」

 

 カナリエもカテガレートも、そしてアマネルも、アズリの事を気にかけてくれている。自分はどれだけ周りに助けて貰っているのだろうか。支えて貰っているのだろうか。それを考えると一緒に仕事をしている仲間がこの人達で良かったと思えた。

「一言お礼を言いたかったの。ただそれだけ。……はい終わり。怪我してるのに気がつかないくらいに頑張った証拠ね。……直ぐ治ると思うけど、この怪我は勲章よ」

 いつの間にか手当が終わった左手をポンと軽く叩いてアマネルは微笑んだ。

「そうそう、船長が探してたわよ。人手が足りないんですって。私たちの本業はこれからだから、まだまだ仕事はあるわ。手伝ってあげて。私はこれから昼食作ってくるね。美味しいの作るから頑張ってきて」

 そう言いながら、アマネルはひらひらと手を振りながら船に戻って行った。

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