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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード2】 一章 少女と手紙
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少女と手紙【7】

 【ダニーの家】は一般的な集合住宅が並ぶ一角にある。孤児院といっても、広い敷地を有する訳では無く、周囲と変わらない外観で、他と溶け込む様に建っている。

 

 狭い土地に増え続ける人口は、現実的に見ても高層と密集で解決するしかない。

 【ダニーの家】もその例に漏れず、一見では孤児院であることすら分からない。


 四階建ての集合住宅で、一階が共有スペースとなっており、それより上にダニルやカナリエ含め、引き取られた子供達が住んでいる。

 かなり古い建物で、所々にツギハギな鉄板が張ってある。それを見るだけでも、簡単に現在の経営状況を窺い知る事ができる。

 

 物件を買い取って、最初にこの孤児院を始めたのはカナリエでは無く、ダニルだと聞いている。昔、ダニーと呼ばれていた愛称を孤児院名に使っているのだから、それも本当の事なのだと思う。

 

 アズリはハルマ焼きが入った袋を持って、玄関前の【ダニーの家】と書かれた看板を見つめた。

 迷惑にならない程度に、定期的に訪れてはいるが、その錆びた看板を見るといつも懐かしさを感じる。

 

 アズリは見知った玄関を通り、食堂へと進む。

「こんにちは」

 そう声をかけると、テーブルを拭いていた女性が振り向いた。

「あら? アズリ。いらっしゃい」

「エイミさん。皆は?」

「上よ。ユンゾはそこにいるけど」

「ユンさん。これから仕込み?」

「うん。今日は肉が手に入ったからさ。今夜の為に今からね」


 テーブルを拭いていた女性も、キッチンに立っている男性も元々この孤児院で育った二人。

 本来、問題無く働ける歳になった子供達は院を巣立つ。様々な仕事に就いて、一人暮らしか又は住み込みで、新しい人生を歩んでいく。

 そんな中、エイミューラとユンゾは孤児院に残った。

 ダニルやカナリエが出稼ぎに行った際に、子供達の面倒を見る為だ。

 アズリもまた面倒を見て貰った内の一人。

 二人を本当の兄と姉の様に思っているが、巣立った他の兄や姉も居るのだから、今現在の孤児院の子供達も含めれば、ある意味アズリには沢山の家族が居るとも言える。


「それ、ハルマ焼き?」

 エイミューラが困った顔で尋ねてくる。

 その困り顔の理由は良く分かる。

「うん。久しぶりにどうかなって思って」

「もう! いつも何か買って来て! お金大変なんだから気にしないでって言ってるでしょ」

「ご、ごめん……」

「まぁまぁ、そういうなってエイミ。アズリは子供達の事を想ってお土産持ってくるんだしさ」

「はぁ……」とエイミューラは溜息をつき、そして両手を腰に当てた。


――あ、始まった。


 苦笑しながらユンゾを見ると、ユンゾもまたアズリと同じ表情で頭をポリポリと掻いていた。


「……こないだの、輸送艇のボーナス良かったんでしょ? カナリエさんとダニルさんが居るんだから分かるわ。だからって、そう毎回お金使ってたら大変でしょ? マツリの具合はどうなの? ちゃんと薬打ってるの? 一昨日見かけた時は元気そうだったけど、だからって安心してたらダメだからね。薬のストックは? 今、幾つあるの? ってああ! そうだ! アズリ、あなた危ない場所で行方不明になったって? 詳しく教えて貰ってないけど、また無茶して皆を困らせたんでしょ? マツリはあなたが頼りなのよ? あなたに何かあったらどうするの? 危険な仕事なのは分かるけど、命あってこそよ? それにこの話聞いたの、ひと月近く前よ? なんでもっと早く顔出さなかったの? いつもはもう少し頻繁に来てたのに、寂しかったじゃな……」

「はいはい、ストップ!」

 と、そこで漸くユンゾがエイミューラを止めた。


 昔から変わらないエイミューラの対応に、アズリはそのまま苦笑で答える。

 苦手というわけではない。むしろ嬉しい。自分やマツリの事を想ってここまで言ってくれる人はエイミューラが一番だからだ。

 ただ、興奮すると雨のように注いでくる会話と質問には、未だにどう対処して良いか分からない。

 こんな時にストップをかけれるのが、ユンゾとカナリエ。

 この場にユンゾが居てくれて助かったと、ほんのりと思う。


「なによ?」

「その辺にしとけって。まぁ話したい事があるのは分かるけど、アズリは子供達に会いに来たんだしさ。話はひとまず置いといて、冷める前にハルマ焼き届けさせたらどうかな」

「だって、本当に心配してたのよ?」

「エイミの気持ちは知ってるさ。密かにベルさんとこへ様子を見に行ってたくらいだもんな」

「え? そうだったの? 声かけてくれれば良かったのに」

「か、買い物の途中だったから忙しかったの!」

「もう!」と言いながらキッチンに向かい、ユンゾを睨むエイミューラ。


 ユンゾはそれにも慣れたという表情で「屋上に行きな。皆居るからさ」とアズリに向かって言った。

「うん。ごめんねエイミさん。後で話聞くから」

「いいわよ、もう。元気そうだし」

 少しムスッとしながらエイミューラは布巾を絞る。

 そんな相方を見ながらユンゾは、早く行きな、と手で合図を送った。



 

 孤児院の屋上は、家庭菜園の場になっている。温室があるような立派な物ではないが、綺麗にプランターが並び、様々な野菜が育てられている。家庭菜園は食費を節約する大切な場所であり、野菜を育てる事が子供達の大事な仕事となっている。


 階段を上って屋上の扉を開けると、大きく育った野菜達が視界いっぱいに広がった。

 摘果されて実が大きく育っているプランターや、丁寧な剪定がなされたプランターばかりが並んでいる。それら全ての濡れた葉が、光を反射して眩しいくらいに煌めいていた。


 暫くぼーっとその野菜達を眺めていると、こちらに気づいた女の子が「あ! アズリお姉ちゃん!」と叫んだ。

 それをきっかけに、どっと子供達が押し寄せてきた。

 

 ダッシュで背中に飛びついたり、脚にしがみ付く子もいれば、お尻を叩いてくる子もいる。荷物を持っているからか、ダッシュする子は正面から来なかった。

 正面から来ると、必ず胸に顔を押し付けるか、いたずら顔で揉み始める為、最近は少し困っている。

 マツリより少し年下で、最年長組の男の子は「おっぱいおっきくなったか?」等と、精神年齢がまだまだ子供みたいな発言をしてくる。

 

 どうして男の子は、何かと胸にこだわるのか分からない。

 でも皆、可愛い。その気持ちは変わらない。


 孤児院を出でから二年以上経過していて、新しい子も何人かいるが、ここに居る殆どの子供達とは寝食を共にして来た。男女関係なくシャワーだって一緒だったし、裸で廊下を走り回る子達を、自身も半裸か又は全裸のままで追いかけたりもした。

 それが日常だった。

 

「あら? アズリじゃない」

 子供達の騒ぎで小さな物置から顔を覗かせたのはカナリエ。その後ろからはダニルが肥料を担いで出て来た。

「カナ姐、ダニルさん、こんにちは」

「なに? また何か買ってきたの? 別に気にしないでっていつも言ってるじゃない」

 エイミューラと同じことを言う。

「懐かしくてつい。これ、ハルマ焼き」

 抱えた紙袋を軽く掲げると、「くれー」だの「やったー」だのと子供達の歓喜が沸いた。

「一人一個ずつね」

 そう言って年長組の女の子に渡す。


 ぎゃーぎゃー騒ぐ子供達に向かって「皆! ありがとうは?!」とカナリエが注意すると、一斉に「ありがとー」と礼が飛んで来た。

「じゃあ、一回休憩にしましょう。皆、手を洗って、食堂に集合。エイミ達とお茶の準備してて」

 カナリエの合図で我先にと屋上を後にする子供達。

 相変わらずで微笑ましい。


「まったく……。ごめんねアズリ。お菓子には目が無いから。あの子達」

「知ってる」

「今日はどうしたの?」

「ん~何となく時間あったから」

「そっか」と言いながらカナリエがじっと見つめて来る。

「ダニル。私アズリとちょっと話があるから、子供達見てて」

「ああ」

 

 ずっと無言だったダニルは一言だけ返事をして、肥料を床に置いた。そして、作業服のポケットからエプロンを取り出して、それを着る。

 大柄の厳つい男が、花柄のエプロンをつける姿はいつみても違和感でしかない。しかし、アズリはダニルのエプロン姿をとても気に入っている。今では可愛いとさえ思っている。

「で、何かあったんでしょ?」と、ダニルが屋上を後にしたのと同時にカナリエが声をかけてきた。

「時間あったからってのは本当だけど……。って、カナ姐には分かっちゃうか」

「もちろん」

 持っていた道具を置き、首にかけたタオルで汗を拭う。

 普段の柔らかい顔つきには似合わない背丈と肉付きが、カナリエの健康的な魅力を引き出している。

 

 二人で休憩用のベンチに腰掛けて、一部始終を話す。

 ロクセが気になり女子会半ばで追いかけた事や、ロンラインに赴く件でイライラした自身の感情は話さないで端的に事実だけを話した。


「あの人ってロリコンなのかしら?」

 聞き終わり、カナリエが最初に発した言葉はそれだった。

「違うと思うけど。たぶんルマーナさんに関係してるんだと思う」

「でしょうね。でも、そっとしておいた方が良いと思うわよ」

「一応、世話役って事になってるし、やっぱり心配」

「だからって、アズリもついて行くことないんじゃない?」

 その通り。その通りなのだが、やはり気になってしょうがない。


「そうだけど。……それに小さい女の子があそこに行くのはちょっと……っても思うし」

「アズリはロンライン行った事なかった?」

「うん」

「あそこに出入りするのは大人だけじゃないのよ。まぁ……色々事情はあると思うけど、雑用で雇われてる下級市民の子供もたまに居るの」

「そうなの?」

「ええ。だから小さな子が居ても不思議じゃない。それに、ロクセもついてるし、心配いらないって思う。彼、元兵士でしょ? 何かあっても守ってくれると思うわ」


 確かに。

 それに、ついて行ったところで何をする訳でもなく、ただアズリ個人がついて行きたいと思っているだけだ。


「ルマーナが関係してるんだから、多分二番通りに行くと思うわ。なら余計に安心できる」

「どうして?」

「何ていえばいいのか、健全? って所だからね。他は危ないから行かない方がいいけど。でも、そっか。ルマーナが今度は彼を……ね」

「何かあるの?」

「ん~、たぶん先日助けて貰って、そしてまた病気が発症したってとこでしょうね。追いかけまわしてたんでしょ? そして今夜ロンラインに行くことになってるって話なら、たぶん当たってる」

「意味が分からないけど……病気って?」

「ルマーナって惚れっぽいのよ。それが病気。彼女をよく知ってる人の界隈では結構有名な話なんだけどね。相手に恋人がいたり、結婚してたりしたら流石に諦めるけど、そうじゃなきゃ基本、一途だし。色んな噂はあっても真面目なんだと思う。けど、悪い男に引っかかる場合が多いみたい。でも今回は彼だし……まぁ大丈夫……かな。たぶん」


 何となく、何となくだが、アズリが感じていた状況は当たっていた。

 無意識に黙り込み、落ち着いていた謎のイライラが再度沸々と湧いてくる。

「もう、そんなに心配しなくてもいいわよ。むしろ良かったと思うわ。右も左も分からない古代人だし、ルマーナみたいな人と付き合えたら街に馴染むのも早いだろうしね。それに船長も安心する」

「……何で船長が?」

「ああ、そっか。知らないわね、アズリは。昔、船長の事好きだったのよ。彼女」

「え?」

「結構つきまとってたわ。でも結婚してるって分かって、身を引いたの。それからは悪い男ばかりに引っ掛かってたから船長も心配してた」

「ちょ、ちょっと待ってカナ姐。初耳ばかりで混乱してる。船長、結婚してるの?」

「そうよ。でも、正確にはしてたって感じ。今は一人。奥さん……亡くなったから。私は少しの期間しか一緒に仕事出来なかったけど、とても綺麗な人で優しい人だった」


 オルホエイ船掘商会に入って二年弱。仲間の事は結構知って来たと思っていたが、まだまだだったらしい。

 普段酒の席に付き合う事は無い為、知り得る情報も範囲も自身の行動範囲までなのだと痛感した。

「サリーナル号の名前の由来って奥さんの名前なのよ」

 そう言ってカナリエは悲しみを堪えるような笑顔を浮かべた。

 と、丁度そんな時、ギャンっと薄い鉄で出来た屋上の扉を開けて「用意できたよ! 早く食べよう!」と男の子が声をかけて来た。


 話しはそれまで。

 ロンラインに行くかどうかの話がルマーナの病気と船長の結婚話に発展して、結局今夜どうするか決めあぐねる状態で止まる。

 急な驚きでイライラはどこかに飛んで行ったが、ロクセの顔を見た瞬間またその気持ちも蘇るだろう。

 そう感じたアズリは、今夜の事は彼に会ってから決めようと思った。


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