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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード2】 一章 少女と手紙
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少女と手紙【3】

 一部始終見ていたのかどうか。そんな疑問は湧かない。

 尾行していた彼女達は、路地の反対側からずっと様子を伺っていた。

 認識してはいたが、まさか首を突っ込んで来るとは思わなかった。


――尾行していたのとは違うのか?


 わざわざ尾行をするのだから、普通は無暗な接触を避ける。

 しかし、こうして姿を見せたのだ。本来の目的は違う所にあるのか。或いはこの少女を助ける為なのか。又、その両方か。


「それ、明らかにゴミじゃない? あんた達はどう思う?」

 と、女が言葉を続けた。

「見るからにゴミですね」

「ゴミでさ」

 女の名前はルマーナ。細身の男はキエルド。体格の良い男がレッチョ。盗聴した会話から得た情報の中で、その程度の事は既に把握している。


「そうだよねぇ。ゴミにしか見えないあたいがどうかしちまったと思ったよ。でも、あんたには、三百万の価値があるんだねぇ。……頭に虫が湧いてんなら、商売なんて辞めちまいな」

「何だと?! いきなり出できて何なんだ! お前らはっ!」

「へぇ~。あたいが誰か知らないの?」

「知らねえよ! 俺にはお前みたいなケバい女の知り合いはいねぇ! 余計な口出すんじゃねーよババア!」

「……言うねぇ。……キエルド、名前もう一度教えてちょうだい」

「タボライって名前でしたね。確か」

「は? 何で俺の名前知ってんだよ」

 男の、タボライの表情に変化が起こった。


「タボライねぇ。覚えたわ。そうそう自己紹介しなくちゃね。あたいはルマーナ。聞いたことない?」

「ルマーナ? 知らねえよ。聞いた……事も……ん?」

 と、タボライは一瞬沈黙を挟んだ。そして、ルマーナではなく、その隣にいるキエルドに目を向けた。

「やっと気が付きましたね。いつも当店をご利用頂きありがとうございます」

 言いながらキエルドは両手を正位置においた礼をする。その立ち姿には、老年の執事が纏う敬意が込められていた。


「まさか、あの店の……」

「ええ。普段は経理ですが、受付を担当することもあります。いつもと服装が違いますからね。気が付かないのも仕方の無い事。でももう、お分かりですね? この方が誰か」

「え? あ、はい……」

「ウチの店はね、客層を一番に考えてる。別に見た目は気にしない。ただ、来店の権利は常識人にのみ与えている。当然、問題を起こす様なら即出入り禁止。さて、その上で聞きたいんだけどねぇ。……あんたは自分に、その権利があると思ってる?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「入れ込んでる()は誰だった?」

「ルミネちゃんですね」

「ま、待って! あの店の出禁だけは勘弁してくれ!」

「甘いね。店の出禁でだけで済むと思ってる?」

「え?」

「タボライ様、今後はルマーナ様管轄のエリアでは遊べなくなります。良店は他でお探し頂くしかありません」


 横柄で上から目線の態度を取っていたタボライの姿は、もう既に無い。見て取れる程に血の気が引いて、畏縮している。


――店の客とオーナー。関係性はそんな所か。


「か、勘弁してくれ。悪かった。し、知らなかったんだ」

「謝るのはあたいに? ……相手が違うだろ?」

 言葉に威圧感がある。 

 態度と暴言、そしてルマーナを知らなかった事実に対しての謝罪を即座にするタボライ。

 それを見れば、権力の差異がどれ程あるのか簡単に理解できる。

 タボライはハッとして六瀬に向き直った。

「す、すまねぇ。よく見たらゴミだった。三百万なんて……俺どうかしちまったんだ。ははっ。いや、ほんと、すまねぇ。こ、今度ウチの店に来てくれ。サービスすっからよ。な?」

 腰を低くして媚びを売る。

 六瀬は冷ややかな目で、そんなタボライを見つめた。


――クズだな。


 六瀬は無言を貫いた。

 ルマーナも六瀬と同じ目をして無言のままだった。

 二人が無言で見つめる。その意味に気が付かないタボライは「すまねぇ。許してくれ。な?」と、六瀬とルマーナに向かって、交互に謝罪を繰り返した。

「はぁ~。もういい」

 呆れた事を全身で語る、深い溜息をついてルマーナが言った。

「そ、そうか? じゃ、じゃあ、今夜も……」

「ああ。考えとく。あたいの気が変わらない内に……消えな」

「あ、ああ。分かった」

 タボライは店の裏口を開けて姿を消した。


 それを見届けてから、六瀬は人工スキンの入ったケースを拾った。そして、地べたに座り込み、今にも泣き出しそうな少女と同じ目線まで腰を落とした。

「ほら。大事な物なんだろう?」

 そう言って渡すと、震える手でそれを受け取った。

「顔、こっちに向けな」

 六瀬の隣にはルマーナがいる。

 六瀬と同じ姿勢で、ハンカチを片手に持っている。


「切れてるね」

 言いながら少女の口元をトントンと優しく叩くように拭いた。

 白く、高級そうに見えるハンカチに赤い染みが付いていく。

「お腹は大丈夫? 他に痛い所は?」

「だ、大丈夫……です」

「そう。なら良かった」


 少女の唇を優しく拭うルマーナを六瀬は見つめた。

 三十歳前後に見える彼女の顔には、少し厚めの化粧が施されている。相当な美人である事は、その化粧が無くても分かる。むしろ、化粧が無い方が良いのではないか、と思えるくらいに顔立ちは整っていた。切れ長の目には、引き込まれそうな目力が宿っている。気は強そうだが、その中に儚さも感じ、男の保護本能を刺激する何かを持っていると六瀬は思った。


 その視線に気付いたルマーナは、チラリと六瀬を見やり、そして表情を変えずに少女へ向き直った。

「あの男が謝るべき相手はこの子。そうでしょ?」

「ええ」

「……あなた、名前は?」

「……ロクセだ」

「そう。ロクセ……ロクセ、ね」

 

 何故名前を聞くのか。

 空船の通信で、助けた礼を言って来た時も、確かにこちらから名乗ってはいない。しかし、名前なんて同じ商会内の誰かに聞けば分かるはず。

 名前も知らずに尾行していたのかと考えると、余計に尾行の意味が分からなくなってきた。

 しかし、そんなことは今ではどうでも良かった。

 あのままだったら、何かしらの問題が起こっていた。路地の先にはそれなりの人通りがある為、殴って終了。という訳にもいかない。


 六瀬は素直に「あのままだったら殴っていた。大事にならなくて済んだ。すまん。助かった」と礼を言った。

 しかし、ルマーナは六瀬をチラリと見ただけで何も言わず「何で昼間っからゴミ漁りしてたの。この辺は結構厳しいんだから。やるなら夜って分かってるでしょう?」と少女に問いかけた。

「お、お花」

 そう少女が答えると「花? 花がどうしたの」とルマーナが再度問う。

「新しいお花、買いたくて……つい」

「花って……食べる物より大事?」

「え?」

 瞬間、ぐーっと少女の腹が鳴った。


「さっきから鳴ってたよ。お腹が空いてるんじゃない?」

「……」

 少女は腹を抱えて下を向く。

「その人工スキン。配達……でしょう? お給料は?」

「……貰っても使えない……から」

「……そう。……レッチョ! 何か買って来て」

「分かったでさ!」

「え? でも!」

「いいから。でも、これからは、こんなところでゴミ漁ってんじゃないよ?」

「……うん」

 その答えを聞いてルマーナはポンポンと少女の頭に手を置いた。

 同時に少女の瞳から涙が漏れた。


「ほら、レッチョ! 早く行きな」

 レッチョを急かす。しかし、六瀬は「待ってくれ」と、それを止めた。

「これをやろう」

 と、抱えていた紙袋を差し出した。

 中には買ったばかりのジャンクフードが入っている。

 この状況で、美味そうな香りをばら撒くコレを渡さなければ、それこそクズだ。

「いいの?」

「ああ。食べてくれ」

 遠慮がちに少女は差し出された紙袋を受け取った。

 それを見てルマーナが一瞬、笑顔を見せた。そして立ち上がりつつ「もう行くわ」と言った。


「あ、ありがとう。お姉さん」

「たいした事してないから気にしないで。そのハンカチはあげる。使いなさい」

「でも、こんな高そうな……」

「いいから。使いなさい。それよりもあなた」

 と、ルマーナが声をかけてくる。そして一枚のカードを出した。

「これは?」

 見てみると、薄く何かのマークが描かれている。


「あたいの事……知ってるわね? あたいは命を助けて貰ったんだから、こんなんじゃ割にあわない。そう思ってる。謝礼は改めてするつもり。だからウチの店に来て。それがあれば、あたいが管理しているエリアで遊ぶ事が出来るから」


――成程。尾行の理由はこれか。


「いかがわしい店はごめんだ」

「お酒、飲めるでしょう? それだけだから安心して。それにお金もいらない」

「……分かった。気が向いたら行こう」

「いいえ。絶対に来てちょうだい。お店は……来れば分かる。名乗って貰えたら案内するようにしておくから」

「ああ。分かった」

「約束ね。それと、その子の事は任せるから。配達先まで送ってあげてちょうだい」

「ああ」

「じゃあ、行くわ。お店で待ってる」

 そう言うと、来た時と同じく、男二人を従えて堂々とした歩みをみせた。何も無かったかの様に路地を去っていく。表通りに入り、その角を曲がる瞬間、何故か小走りになったが。


「おじさんも……その、ありがとう」

 ルマーナとのやり取りを黙って見ていた少女が上目遣いで礼を言った。

「いや、助けたのは彼女だ。俺は何も出来なかった。すまんな」

「ううん。そんな事ない……です。これだって、ありがとう」

 抱えてた紙袋を見ながらそう言うと、またぐーっと腹が鳴った。

「腹が減ってるなら温かい内に食べるといい。歩きながらでも食べれるだろう?」

「ううん。大丈夫。帰ってから食べるから」

「そうか。なら、早くその荷物を届けないとな」

 関わってしまったのなら、最後まで面倒をみなければならない。それに人工スキンを取り扱う様な人物、もしくは店ならば、それなりに良い情報や品を扱っているかもしれない。

 これも何かの縁だと感じ、六瀬は少女と共に路地を後にした。





「ぶわっは!」

「やりましたね! ルマーナ様!」

「一歩前進でさ!」

 路地を曲がると、一気に緊張が解けた。止めた息を吐き出す顔は、美人とは程遠い。

 我慢できずに最後は走ってしまったが、これだけ頑張った自分を褒めたいとルマーナは思う。


「近っ! 顔近っ! 超近かった! 見た?! いい男!」

「う~ん。あまり美形とは思いませんが、人柄的には悪くないですね」

「確かに。女の子を助けに入る気概くらいはある男でさ」

「紙袋の中身は知ってましたが、最後、あの子にあげたのもポイントが高いですね」

「そう! そこ! あたいの目に狂いはなかった!」

「その辺は、これからでさ」

「ですね。どちらかと言えば狂ってる時の方が多いと思いますし」

 どういう意味だ? と、問いかけたいが、それ以前に興奮が納まらない。


「はぁ~。もう! ドキドキした」

「お店に来てもらう算段をつけるのが今回の目的。ルマーナ様は頑張ったと思うでさ」

「ええ。早かったですね。あと数日、いえ、それ以上こういう日が続くと思ってましたから。いや~助かりました」

「あたい、変じゃなかった?」

「大丈夫です。結果的に彼を助けた訳ですし、好感度は高いと思います。それに外面(そとづら)を保てたのは良い成果ですね」

「そうでさ。本当のルマーナ様を見せるのはまだ早いでさ」

 どういう意味だ? と、問いかけたいが、褒められて「えへへ」と声が漏れると同時に、顔のニヤつきが止まらない。


「好感度、上がった?」

「ええ。それはもう爆上がりですね」

「勿論でさ。でも、上がるも何も元々好感度なんて無かったですけど」

「うへへへ」

 触れ合いそうな距離まで近づいて会話まで出来た。

 出来立てほやほやの記憶を反芻する度に、自然とニヤついてしまう。

「うわ。相変わらず気持ち悪い顔ですね」とか「見慣れたでさ」等と言われても気にならない。周囲の通行人もギョッとしながら避けて歩いているが、まったく気にならない。むしろ、近距離の彼の顔を思い出すだけで、それをつまみにお酒が飲める。なんて事ばかりが頭を巡った。


「そうそう。ルマーナ様、タボライはどうしますか?」

「あたいのエリアに一歩でも足を踏み入れたら、()()してちょうだい」

「かしこまりました」

 今日のお酒は何にしようか。

 ルマーナの頭には最早それしかなかった。

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