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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード2】 一章 少女と手紙
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少女と手紙【2】

 様々なパーツ店、ジャンク店が並ぶ通りは、ベルの花屋がある商店街と匹敵する程に人通りがある。

 この通りを利用するのは狩猟や船掘を生業とする人間だけでは無いのだと、混雑具合を見るだけで分かる。

 多々良を回収してからは、オフ期間中、三日に一度はこの通りを歩く。


『残量は57%となります』

 カレンが言った言葉。

 多々良の損傷は思ったよりも激しく、大部分が修理対象となった。体一つ分の修理となれば、相応の資材も必要となる。

Reinforced(R) replica(R) soldier(S) Maintenance system pod】に備蓄されている資材が一気に半分近くまで減ってしまう。

 今後の事を考えれば、使える材料を買い足しておくべきだと思うが、素材として使える部分は限られており、質の良い部品を買ってもその中で使える所はほんの一部。

 この世界で、レプリケーダーの素材を集めるには、そう簡単な事では無いと六瀬は痛感していた。


「それは重力制御装置。小型だがあの連合国の品だ。オッサン目が肥えてるねぇ。買いだと思うぜ」

 耳と唇にピアスをした軽いノリの男がつきまとう。

 周囲の店と比べて少し広いこの店には店員が三名居る。その内の一人が六瀬に声をかけてからは、一向に離れようとしない。


「成程。だからこの価格か」

「高いとか言うなよ? 最高品質の品だぜ? これでもギリギリまで抑えてるんだ」

「相場よりも安いのか?」

「聞くのも野暮ってもんだ! 今買わなきゃ、明日には無くなるぜ?」

 こんな店員に敬語なんて使う必要はない。嘘である事がバレバレだ。


 既にある程度の相場は把握している。

 価格については相場よりも確かに安い。しかし、品質については下の下。


――他国の量産型戦闘機に使用している装置に、連合のロゴ部分を取り付けてあるのか。外枠だけで中身はガラクタだな。


「今回は遠慮しておこう」

「勿体ないぜ?」

「売れたら売れたで構わない。悪いな」

 言って六瀬は出口へ向かった。

「そうか。残念だな。また来てくれよ、オッサン」

「ああ」

 店から出る瞬間、舌打ちが聞こえた。


――この店はハズレだな。


「さて」

 六瀬は通りを見回した。表通りにあるジャンク店やパーツ店には殆ど顔を出している。


――裏通りにも店があるらしいな。……行ってみるか。だが、それよりも……。


 どの店に行こうかと思案するふりをして、六瀬は道を挟んで数店先の露店へ視線を向けた。

 数日前に助けた女とその取り巻きが、露店の品を物色しながらチラチラとこちらを見ている。女の方は見つめていると言ってもいい。

 自分から一定の距離を保って行動する姿を見ると、尾行しているのだと簡単に気づいた。

 最初はかなり距離がある所からの尾行だったが、徐々にその距離は縮まって来ている。


――本当何なんだ? あいつらは。礼なら空船の通信からしてきただろう。まだ何かあるのか?


 六瀬は聴覚を拡張し、彼女達の周囲の会話を拾う。

「この店のは美味いでさ」

「うれしい事言うねぇ、お客さん。もう一ついかがです?」

「レッチョ。さっきから食べてばかりじゃないですか」

「はぁはぁ」

「う~ん……それじゃ、もう一つ」

「いいかげんにしてください。レッチョ。ルマーナ様も何とか言って下さい」

「はぁはぁ、えへっ」

「無駄でさ。何言っても」

「今夜も店開けるのに昼間っからこんな……いいかげん根性見せて下さいよルマーナ様」

「はぁはぁ、うへへ」

「だから何言っても無駄でさ」

「ああ~。帰りたい」

「はい。出来たよ、お客さん。サービスしといたからね」

「具がたっぷりで美味そうでさ。キエルドも食べてみるといいでさ。この店のは本当に美味い」

「はぁ~。……すみません。私にも一つ下さい」

「まいどっ」


 いったい何の目的があるのか分からない会話しか拾えない。尾行されていると気づいてから何度か試したが、毎度こんな会話ばかりだった。女に至っては息を荒げ、時折湿度が高そうな笑い声を吐き出している。


――尾行する意味が分からない。害が無いようだし放って置いてもいいが、住所を特定されるのは困るな。……どこかで撒くか。


 通常の状態に戻ると、六瀬は目の前の露店に向かった。

 レッチョと呼ばれていた体格の良い男が口にしていた食べ物。それと同じ物がその露店で売っていた。

 薄いパン生地に野菜と肉を混ぜ込んだ物を挟むだけのジャンクフード。

 数値でしか分からないが、様々な香料を使用していて、人間の空腹にはかなりの効果をもたらしているのだろうと思えた。

 六瀬はずっと先にある建物に視線を向けて、拡大する。

 ミラナナとレティーア、そしてアズリが二階の窓際に座っていた。少し大きめの窓からは微かにテーブルも見え、カップが置いてあった。


――お茶だけか。なら、土産に一つ買って行ってやろう。……いや。二つか。妹の分もな。


 必要が無いとはいえ、二日に一度は夕飯の世話をしてもらっている。その礼も兼ねて、時折何かしらの食べ物を土産に買って帰る。

 出来立ての物を包んで、持ち帰り用の紙袋に入れてもらう。

 金を払って、それを抱えながらチラリと尾行者を見ると、今度は建物の影に隠れて様子を伺っていた。


――下手過ぎて、奇行にしか見えん。


 溜息すらも出ない。

 今は取り敢えず無視して散策を進めようと思った。

 露店にはジャンク品やジャンクフード。店を持つのはパーツ屋か飲食店。商店街に引けを取らない有り様は、雰囲気と客層が違うだけ。

 先程の詐欺まがいな店や、怒鳴り散らす客も多少は存在する。しかし、ここは表通り。厄介事が目立つ訳でもなかった。ただ、一歩裏に入れば相応の厄介事がある事を六瀬は体感する。


 路地に入り、建物の隙間を歩くと、小さなウエストバッグをつけた一人の少女がゴミを漁っていた。鉄で出来たゴミ回収ボックスを開けて懸命に物色していたが、六瀬が近づくとビクリとして振り向いた。

 しかし、六瀬は無視して通り過ぎる。


 すれ違いざまに少女は、六瀬の抱えていた紙袋に視線を移し、それを目で追っていた。そしてまた、少女はゴミを漁り始める。


――この辺りの子供……ではないな。下級市民か。


 服はかなり古く、何度洗っても落ちない染みが全体に広がっていた。不健康という程では無いにしろ、体は細く、ギリギリの糧で日々を送っているように見えた。

 その少女を見てスラムに住む人々を思い出した。

 母国には極わずかしか存在しなかったが、他国は別。

 凄惨な生活環境は見るに堪えなかった。

 この街でも時折、貧しい子供を見かける。その度に、否が応でもやるせなさが募る。


――どこも同じ……か。


 この星で目覚めてから、すぐに連れていかれた裏市。そこから更に奥。下級市民街の奥には凄惨な現状があると聞く。

 六瀬は未だに足を踏み入れてはいない。必要がないのであれば、無暗に行くべきでもない。


 自分には何も出来ない事を悟りつつ、六瀬は歩みを進めた。

 路地を出て、裏通りを眺める。

 賑わってはいないが、それなりの人通りがあった。ただ、客層が良い様には見えない。表通りと比べて、ガラが悪そうな輩が圧倒的に多い気がした。

 無意味そうな機械が無造作に置かれ、様々な看板が雑多に並ぶ。少し重い雰囲気だと感じたが、普通に一般人も歩いている。


「意外と店が多いな」

 看板一つ一つに店があるのだと考えれば、表通りよりも随分と多い。一つの建物に小さな店が密集する形で存在している。その代わりに露店はチラホラとしか無い。

 詐欺まがいの店も多いだろうが、逆に掘り出し物も見つかるかもしれないと感じた。

 新しい星、新しい国、そして街。

 年甲斐も無く、少し心が躍る。


「さて、何処から行くか……」

 そう呟いた瞬間、気持ちが萎えた。

 ガシャンと音がして、同時に「ぎゃっ!」と小さな悲鳴が聞こえたからだ。

 全ては六瀬の後ろから。少女が居た場所から聞こえたのだと、振り向かなくとも分かった。


「手癖が悪いなぁおい! ガキ!」

「ご、ごめんなさ、うぐっ」

 最初の声は蹴り飛ばされた時の悲鳴。そして今は腹を蹴られて出た声。

 どんな状況なのか手に取る様に六瀬には分かる。


「最近、ここいらを散らかしてるのはお前だろ?」

「ち、違う……」

「違わねーよ。今何してた? あぁ? やってる事が同じなら同類だ。これは盗みだ。分かるか? おい」

「でも、ここ、ゴミ箱……」

「はぁ? 何言ってんだガキ。捨てた訳じゃねーんだよ。これは商品の保管箱。俺はここに商品を保管してんだ。それを取るのは盗み以外の何がある? あぁ? 言ってみろ」

 少女が漁っていた場所、否、ゴミ回収ボックスは、大抵の建物脇に設置してある、統一されたデザインの物。名の通り、その用途から外れる事が無い。


 ゴミを漁る事を良しとするかは別として、明らかに捨ててある物を商品と言い放ち、ゴミ箱を保管箱とする理屈は聞くに堪えない。

「今、お前が盗もうとしたコレ。ゴミに見えるのか? って、ん? そのバッグは何だ? 他にも何か盗んだのか?」

「これは違う!」

「うるせぇ寄越せ!」

「うっ!」

 パンっと平手打ちの音が聞こえる。


――厄介事は避けたいんだがな。


 溜息をついて六瀬は踵を返す。

 見ると、首筋の入れ墨が目立つ男が、少女のウエストバッグから中身を取り出していた。中から出て来たのは、シンプルだがそれだけで価値が付く様なケース。

 男はそれを一目見て「おいおい。マジか」と驚く。


「人工スキンかよ。マニアックなもん持ってんな。何処で手に入れた? お前みたいなガキが買えるもんじゃねーだろ? 盗んだのか?」

「ぬ、盗んでなんかいない! おじちゃんのなの!」

「はぁ? おじちゃん? 誰の事だよ。 それよりも、今回の件は大目にみてやる。その代わりにこれは俺が貰う。いいな?」

「ダメ!」

「はぁ~。お前さぁ」

 人工スキンの入ったケースを地面に置きつつ男は屈んだ。そして少女の髪を鷲掴みにして引き上げた。少女からは「あぅっ!」と声が漏れる。


「立場分かってる? コレと引き換えに許してやるって言ってんだよ。それとも今から痛い思いした方がいいのか? ん?」

「ご、ごめんなさい。でも……お願い。それは返して……ください」

「はぁ~。ったく分かってないな……。これはもう俺の物、なんだよっ!」

 言うと同時に拳を振りかざす。しかし、その拳を降ろすことは出来なかった。


「もう、いいだろ。その手を離せ」

 六瀬は折れない様に優しく、振り降ろそうとした男の腕を掴んで言った。

「あ? なんだよ。お前」

「いいから。その子の髪から手を離せ」

 少し握る力を強める。

 ピクリと男の顔が歪んだ。

「お前もその手を離せ」

 六瀬は男の表情と少女を交互に見て、掴んだ腕を解放した。

 すると舌打ちと共に男は少女の髪から手を離した。


「……お前誰だよ。こいつのおじちゃんってお前か?」

「……いや」

「なら、部外者は引っ込んでろ。こいつは盗みを働いた。お仕置きが必要なんだよ」

「盗み? それがか? ゴミだろう?」

 地面に転がったゴミ。

 割れていて、埃が被った基盤にコネクターが幾つか繋がっている。そこから延びるケーブルも切れていて、殆ど使い物にならないのは一目で分かった。

 何の基盤か分からないが、六瀬の目から見てもゴミ以外の何物でも無い。


「ゴミ? 商品だよ。俺のな!」

 殴って黙らせるは容易い。

 しかし、ここで事を荒立てるのは避けたい。

 さて、助けに来たのはいいがどうするか。

 六瀬は少女に目をやる。

 じっとこちらを見てつめて口をつぐみ、肩と手を震わせながら恐怖に耐えていた。唇が切れて、薄っすらと血が滲んでいる。

 幾ばくかの沈黙の後、六瀬は「では、その商品を買い取ろう」と口にする。


「は? 買うのか?」

「ああ。それは商品なのだろ? なら俺が買う。その代わり、その子のした事は忘れろ。買えば、コレの持ち主は俺になるんだ。問題ないだろ?」

 男は睨む様にじっとこちらを見据え、そして地面に転がったゴミに視線を落とした。

「……よし。分かった売ってやる。ただし、金額はこれだ」

 男は指を三本立てて価格を指定した。


「三千……か」

 ゴミ一つに払う額ではない。

 しかし、この場を丸く収めるなら許容範囲だ。

「三千だ? ふざけてるのか?」

 と、男は言葉を被せて来た。

 気持ちの悪いニヤけ顔が、更に一桁増やす気でいる事を語っていた。

 六瀬はそれを沈黙で返した。

「三百万だ」

「何?」

 一桁所の話では無かった。

 天地がひっくり返ってもあり得ない、馬鹿げている金額。

 当然、手持ちでは全く足りない。


「嫌だったらいいんだぜ?」

 男は最初から少女を解放する気なんてなかったのだ。そして目的は少女の持っていた人工スキン。それと同額かそれ以上の価格を提示し、どちらに転んでも利が出る様にしている。


――ったく。


 少女を見捨てる事が出来ないのならば、選択肢はもう残されてはいない。

 しっしっと、追い払う仕草を見せながら「失せな」と言い放つ男を冷静に見据えて、六瀬は拳に力を込めた。

 と、その時。


「こういうの、あたい嫌いなんだよね」

 つかつかと、そして堂々と歩いて来る女がそう言葉をかけてきた。後ろには背の高いほっそりした男と、体格の良い男が従者の様についている。


 それを見て、六瀬は握った拳をゆっくりと解放した。

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