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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード1】 四章 朝日と温もり
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朝日と温もり【13】

 夢を見ていた。

 最近良く見る白い風景。

 白糸の塊で出来た森の中にいる自分は、高い木が並ぶ細い細い林道を歩いている。白くぼやける先の見えない林道は一直線に伸びていて、吸い込まれるみたいに体が前へ進む。何か考えようとしても思考は止まり、ただ美しいという感情だけが心を支配していた。


 足元を見ると、地面を覆い尽くす程に張り巡らされた何かが蠢いている。しかしそれは、歩く度に、主人に道を譲る従者の如く左右に分かれた。

 気持ちが安らぎを覚え、身体ごと周囲に溶け込む。

 ふわりふわりとした感覚のまま暫くすると、白い霧の塊と巨大な白糸の塊が姿を見せた。

 立ち止まり、じっと巨大な白糸を見つめる。すると一転。悲しみが心を支配した。氷点下の涙が体の中心に流れ込む冷たさを感じ、ゆっくりと視界がぼやけていった。


――飛んでる。


 浮遊感を感じた。その中に落下感も混じる。

 飛ぶ事に慣れない鳥が懸命に羽ばたき、上昇と降下を繰り返している感覚。

 誰かに抱きかかえられている安心感もあった。背中と膝裏を固定されて、優しく引き寄せられている。背中から回った手が少し胸元に触れているが、背負われるのとは違う抱えられ方が心地良くて、少しも気にならなかった。


――この感じ、好き。


 微睡が溶け出して、ゆっくりと意識が戻っていく。

 アズリは少しだけ目蓋を開けた。

 お腹の上に乗った自分の手が見える。

 少し頭を上げると、暗さと薄目のせいでシルエットしか見えないが、人の顔があるのは分かった。


――誰?


 この心地よさを与えてくれているのは誰だろうとアズリは思い、目を開く。

 そこに見えたのはのっぺりとした塊。


――?!


 ビクリとして意識が瞬時に戻ったのはいうまでもない。脳裏に一瞬エッグネックの姿が思い浮かんだからだ。

 しかし良く見ると、頭を撫でてくれた例の彼、何故かロクセと思ってしまった人物だった。

 ぼーっと彼を見つめる。

 不可思議な模様が全体に広がり、頭部には幾何学的なラインが入ってる。生物としての存在感は感じられず、それこそ無機物の塊にしか見えない。


「助けてくれるの?」

 そうアズリが言うと、彼は一瞬こちらに顔を向けただけで無言だった。

 でも、そんな態度も気にならない。不思議と安心できる。

 ようやく周囲を気にする余裕が生まれ、アズリは自分がどんな状況なのか確認する。


「え?!  うわぁ!」

 ずっと感じていた浮遊感は幻ではなかった。

 飛んでいる。

 実際には跳躍している状態。弧を描くように、ハイグローブの幹から幹へ飛び移っていた。

 咄嗟に彼の首へ両腕を回してしがみついた。

 空船で生活する時間は長く、高い所は慣れているが、経験した事のない状況にアズリは困惑した。


 エッグネックと似た移動方法で自分は運ばれている。確かに、地面を歩くよりは効率が良く安全だと思う。

 とはいえ両腕で抱えれているだけの状態で、かなり高い場所を移動している現状を目の当たりにすれば、相応の恐怖は生まれる。

「ちょっ! え? 待って! 止まって!」

 そう言うと、言葉通り、幹に両足をつけた状態で止まった。

 ほぼ垂直の幹に止まっているにも関わらず、アズリの体は水平に近い。


「ねぇ、誰? 森の中にいた女の人の知り合い?」

 質問しても何も答えず、顔だけを向けて来た。

「側にずっといたけど……あの人は死んじゃったの?」

「敵味方がどうとかってあの人言ってたの……あなたはどっち?」

 矢継ぎ早の質問にも当然、彼は無言。

 むしろ、無視を貫く雰囲気で視線を逸らし、跳躍しようとする。


「お願い。埋葬だけはしてあげて」

 その言葉で一瞬挙動を止めた。しかし、それも無視して跳躍を始める。

「きゃ!」

 タンッと飛ぶと、ふわりと体が浮く。

 なんとなく、今までよりも衝撃を感じない様に移動していると思えた。

 直線的に跳躍すればずっと早く移動できるだろうが、弧を描く飛び方には彼の優しさを感じる。


 暗く、枝葉で空が隠れる森では星が見えない。

 暗闇の中、湿った空気を切り裂き、草木の香りを感じながらふわりふわりと体が浮くと、いつの間にか心も同調してくる。

 幾ばくかの恐怖はいつの間にか無くなり、彼に抱えられながらその首筋に回した両腕は、自分だけのポジション。なんて意味のわからない錯覚すら覚える。

 無言が続いても、その錯覚が全てを別な物へ変えた。

 

 今、この森の中で二人きり。

 目も鼻も口も無い無機物の塊に、言葉にならない感情が湧く。

 ずっと彼を見つめているが、表情なんてわかる訳もない。

 何を考えているのか。

 どこから現れたのか。

 名前は。

 歳は。


 いつの間にか弧を描く浮遊感が無くなり、水平に風を切る心地良さに変わった。

 ふと視線を正面に戻すと空が見えた。

 日の出、日の入り直前直後の時間帯と比べれば星の数は少ないが、それでも幾千幾万の星が煌き、満天の星が視界いっぱいに広がった。

「……綺麗」

 見慣れている星空なのに、いつもと違う。

 数日前に屋上で見た夜空を思い出した。

 アズリは回した腕をぐっと引き寄せ、硬い胸に顔を押し付ける。

 今自分は生きていると実感が湧き、泣きそうになった。否、泣いてた。


 ぐっと涙を堪えているが、漏れている。

 すると彼は立ち止まり、ゆっくりと足を下ろしてくれた。

 そしてぽんぽんと、頭を叩いてくる。

 見上げると、彼はすっと腕を上げて指を差した。

 その先には船が見えた。サリーナル号が静かに停船している。


「ありがとう……助けてくれて」

 鼻奥の涙でくぐもった礼を言うと、彼は再度頭を優しく叩いてくれた。

 そして踵を返し、来た道を戻って行った。

 アズリはその場に留まって、彼が見えなくなるまで見送った。





「埋葬だけはしてあげて」

 多々良の元に向かって走る六瀬の脳裏に、その言葉が響く。

 船掘と言う仕事をしている者にとっては、死者を敬う行為が当たり前なのかもしれない。

 アズリの一言は、自然に出た言葉と思えた。


――多々良のあの姿を見ていたら、人間で無いことは分かるだろうがな。


 それでも、多々良を人として見てくれた一言に、笑みが漏れた。

 手のひらを見つめ、グッと握る。

 また無意識下でアズリの頭に手を置いてしまった。


――この姿であまり関わると、後々面倒そうだ……。


 いつかは皆に正体を知られると思うが、出来るだけ先延ばしにしたい。だが、アズリには早期に知られる気がした。

 多々良にも会って、こんな姿の自分とも対峙している。遺物船から発見されたロクセと彼女は同じ存在だ、という回答に至るのも時間の問題。


――だが、まぁ……その時はその時だ。


 森に入り、直線的に跳躍する六瀬の移動速度は速い。幹の表面を砕きながら、最短ルートで多々良へ向かう。

 その間、巨獣を追い返したアズリを思い出した。

 まともに歩けるはずのない森の中を、悠々と歩く姿が一番印象深い。


――あれはいったい何だったのか。表面的には普段と変わらなかったが、雰囲気は少し違った様に思えた。隔離性の人格? だったとしても、まずあの森の中を歩いてくる現象には関係がない。それにあのデカいのとコンタクトを取っていた……会話をしている様に見えた。この星では皆、同じ事が出来るのか? いや……それは無いか。

 

 エッグネックとの戦闘もそうだが、地図上に記された記号やブリーフィング時の状況を見れば、人間がこの星の生物に対応しきれていないのが分かる。

 異生物とのコンタクトを容易に成すのであれば、そもそも危険を冒してまで船掘をする必要も無い。

 だとするならば、あれはアズリが持つ()()()()()だと判断出来る。


――アズリ……か。興味深い。やはり今後も関係を継続していくべきだな。ああ、そうか。もうすでに、多々良のマスターだな。守護対象になったからには俺もそうあるべきか。


 不可思議な現象については、今悩んだ所で出ない答え。

 ともかく、今後の守護観察対象としてアズリを意識する。

 六瀬はそこで考えを止めた。


 急ぎ多々良を回収し、皆が起きる前に船内へ運ぶ事。密かに居住地へ持って行き、速やかに修復作業に入る事。それらに思考を変える。

 更に深く幹が砕かれ、スピードを上げる六瀬。

 そんな六瀬に、もはや近づこうとする動物は存在しなかった。


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