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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード1】 一章 生きる者
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生きる者 【3】

 連絡を貰ってから未だに誰も来ていない。現場は然程入り口から遠くもない場所なのだが、銛を運ぶのに苦労しているのだろうと思われた。


 今回使うアンカー式MS銛は、その名の通りアンカーパイルで固定して使う銛。アンカーMS、又はMS銛と呼ばれるその銛は中型サイズとはいえ、力に自信のある男性でも、三人がかりでやっと運べる程の重量がある。

 現場まで石筍はあまり無いとはいえ、足場が良いとは言えない。やはり運搬に時間がかかるのは仕方がない。

 

 しかし、それを分かってはいても、入り口の方向にアズリはまた振り返った。もう今まで何度振り返ったかわからない。ラノーラが再度、睡眠剤を撒いてくれたので多少の安心感はあった。とはいえ、まだまだ不安と恐怖を拭いきれずにいた。


 アズリはその不安に耐えきれず、「安否確認だから……」と自分に言い訳をし、襟に付いたマイクに手を伸ばした。

 そしてマイクのスイッチを押そうとした矢先、洞窟入り口に続く少し湾曲した道の先から足音が聞こえた。

 アズリはサッとスイッチから手を離し、耳を澄ませ、音の聞こえてくる場所を凝視する。


 そこからひょっこり顔を出したのは、上着を腰に巻き、肩口から先と胸元の肌が露出した布地一枚の姿で、固定式銃を運ぶ女性だった。

 その女性は、後頭部に乱雑に結んだ長い髪を揺らし、額に汗を滲ませながらアズリの側までやって来ると、静かに固定式銃を下ろした。そして「相変わらず重いわ……」と独り言ちた後、「おまたせ」と言いながら、アズリの頭に手を置いた。


「カナ姐ぇ」


 青味がかった大きな瞳と、自信と庇護に満ちた笑顔を見た瞬間、アズリはカナリエに抱きつき豊満な胸に顔を埋ませた。

 アズリの突進に負け、中腰の姿勢でいたカナリエは「おっとと」と言いながら尻餅をついた。

 

 アズリは、カナリエの顔を見た瞬間の安堵感と、今こうして抱きついた自分の頭を撫でて貰っている抱擁感で、今までの不安と恐怖が急速に小さくなるのを感じた。

 船長含め仲間達に安心と信頼を感じているのは確かだが、今ここにいるカナリエは比ではない。アズリの中では絶大とも言える。そんな彼女が一番乗りで現場に来てくれた。それを考えるだけで、気持ちが高揚し、アズリは更にその豊満な胸に顔を埋ませた。


 アズリの頭を撫でながら「ラノーラもお疲れ様」とカナリエが言うと、「仕事ですから」とラノーラは返した。その会話の中にラノーラのくすりと笑う息遣いを聞き、アズリはハッと気づいて体を離した。


――い、いけない。こんな姿を見せちゃ。


 気づいた時にはすでに遅く、まるで可愛い妹を見るかの様なラノーラの視線がアズリの視線に突き刺さる。嘗められてる訳では無い事を知りつつも、恥ずかしさが感情を支配した。

 耳先を桃色に染めたアズリは咄嗟に視線を外した。


 そんなアズリを見て、ふふっと笑ったカナリエはお尻に付いた砂を叩きながら立ち上がった。

「私、探索に参加してなかったから、ガモニルルの雌なんて見るの初めてだわ。随分と大きいのね……」と、寝ているガモニルルをじっと見つめながらカナリエが言った。

 うっすらと笑顔のカナリエだが、その瞳は獲物を射殺すほどに鋭い。この瞳も、いつもの垂れ目がちな優しい瞳もアズリは好きだ。


「僕らも滅多に雌にはありつけないですけど、こいつは本当、大物だと思いますよ」

 屈んだままラノーラが上目遣いでカナリエの言葉に返答した。

「へぇ。本業がそう言うんだから相当ね。で、行けそうなの?」

「問題ないと思いますよ。ガモニルルは目に依存してるので音や匂いへの反応は鈍いです。小型の雄は突進して突き刺す口が脅威ですが、雌の口には高い殺傷能力はありません。大きいので重過ぎて、あまり素早く動かせないんです。でも当たれば怪我はしますし、あたり所が悪ければ大怪我です。勿論、噛まれれば即死ですが。それよりも一番脅威なのは腕です。あの筋肉だらけの腕ですから、とても素早く動かせますし、鋭い爪でなぎ払われたらお終いです。近寄れませんしね。だからこそ寝ている今の内に準備を進めて、あの腕さえ封じてしまえば、危険は少ないと思います」

 

 こういった知識はラノーラの得意分野だ。いつもながら好きな事には饒舌になる。真面目に答えているつもりなのだろうが、話してる間のラノーラの目の輝きは、まるで覚えた知識を一生懸命親に話す子供の様で少し可愛いとアズリは思っている。


 ラノーラの説明が終わると「なるほど。聞いてた通りね」とカナリエは軽く首を縦に振った。

 そんなカナリエを見て「あとはカナリエさんの腕次第って所ですが」とラノーラは少し冗談混じりの口調で余計な一言を付け加えた。


 勿論、その余計な一言にカナリエは反応する。

「ちょっと、私は本業じゃないのよ? プレッシャーかけないでくれる?」

「何言ってるんですか。カナリエさんの腕なら大丈夫ですよ。むしろ狩猟側に来て欲しいくらいです。ウチ含め、他の商会からも引き抜きの話が来てますよね?」

「残念。いくら誘われても私はそっちに行くつもりはないわ。ね? アズリ」

 カナリエは軽く顔を傾けながら、アズリに同意を求めた。それと同時にアズリもコクリと頷き、

「ラノーラ、アズ姐を取らないで」

 と、アズリもラノーラに負けじと冗談混じりの口調で言い放った。内心は本気で言っているのだが。


 相変わらずの女性二人を見て、これ以上の冗談はやめておこうとでも思ったのか、ラノーラは苦笑しながら肩をクイっと上げた。

「騒がしいな」

 不意にアズリ達の後ろから低く唸る様な声がかかった。

 アズリがそちらに目をやると、身長二メートルはありそうな大柄な男が立っていた。少し細身の女性の太股程の腕と、肩口から見える繊細に彫り込まれた刺青が目立つ。

 

 その男は荷物を下ろしながら「獲物が目を覚ますんじゃないか?」と言葉を続けた。

「大丈夫ですよ。この程度では絶対起きませんから」とラノーラが答えた後「ダニル、遅かったじゃない」と今度はカナリエが言葉をかけた。

 ダニルは「すまんな」と一言だけ発すると肩をぐりぐりと回した。

 

 屈強な体のダニルと、カナリエはいつも二人で仕事をする。この二人は恋人同士なのだろうか、と邪推したときもアズリにはあったが、どうもそうでは無いらしい。

 一度、カナリエにその事を直接聞いた事もあった。しかし「腐れ縁よ」と言う答えが返って来ただけで、それ以上は聞けなかった。

 どちらにしても固定式銃は二人で扱う銃だ。カナリエにとっては、ダニルが一番馬が合うのだろう。

 

 他のメンバーはいつ来るのかとか、鎖の交換がどうとか、カナリエとダニルは会話を続けている。

 そんな二人の会話をよそにして、アズリはダニルの足元に目をやった。そこには固定式銃に繋げる供給コードと、その供給源である増幅安定機があった。

 

 アンカーパイルレーザーガン。略してパイルレーザーと呼ばれる固定式銃はそれ単体では使う事が出来ない。打つ為の弾、というより打つ為のエネルギーを供給しなければならず、それを増幅し安定させる機械が必要となる。

 

 ダニルがその増幅安定機を片手に持って、アズリの腕ほどの太さがある供給コードを丸めて担ぎ、ここまで一人で運んで来たことに、アズリは相変わらず驚きを覚えた。

 コードだけでパイルレーザー並みに重量があり、増幅機に至ってはその倍近くの重量があるからだ。

「ダニルさん……相変わらず凄すぎ」と、アズリが思わず呟く。

 ダニルはアズリの目線の先を見て、言葉の意味を理解した後「そうか?」と、しれっと答えた。

「あんたくらいよ。二つ持って歩くのは」

アズリの呟きに同意するかの様にカナリエが言うと、ダニルは再度「そうか?」と答えた。


――でも、その銃を持ち歩くカナ姐も凄いんだけどね……。


 アズリはカナリエの足元にあるパイルレーザーに視線を移す。

 このレーザー銃をアズリが持つとするならば、顔を真っ赤に染めて持ち上げ、数歩歩くのが限界だ。アンカーパイルで一箇所固定して、更に跨って座れるように設計されている銃なので、かなりの重量がある。持ち運べる様にグリップも付いてるが、それでも女性の身には辛い。


 アズリは、カナリエの肩や腕を見つめながら、自分の細腕をグニグニ揉んだ。

 女性的で柔らかそうな腕をしつつも、きちんと付くべき所に筋肉があるカナリエの腕。そこを含め全身も健康的で魅惑的な作りをしている。

 まだまだ、女の子然とした自分の身体に情けなくなる。


 アズリは、大人になればカナリエの様になれるのだろうかと思いつつ、力こぶを作る格好で自分の腕を見つめていると、入口の方から沢山の足音が聞こえて来た。


 ずいぶん長い時間、この洞窟で待った。作戦メンバーが漸くこれで全員揃う。

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