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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード1】 三章 指定区域
34/172

指定区域【10】

「これ、あげる。使って」

 そう言ってレティーアが紙の手提げ袋をかかげた。


 ここは船内にあるアズリとレティーアの二人部屋。すでにサリーナル号は飛び立ち、夕食も済ませてある。先にシャワーを浴びて部屋着に着替えたレティーアが髪にトリートメントを付けながら、すっと袋を渡した。

 かしこまって渡す訳でもなく、自然に流れる様に渡すものだからアズリもまた「え? うん」と流れる様に受け取ってしまった。


 高級そうな香りがアズリの鼻腔をかすめる。

 レティーアが好んでここ数か月使っていた柑橘系のトリートメントも好きだったが、このフローラルの香りも嫌いじゃない。シングルでは無くブーケを選ぶ辺りがレティーアらしい。

 アズリは香りに釣られて彼女を見つめ、そして紙袋に視線を戻す。


「どうしたの? これ」

 レティーアには時折、上級街で買ったお菓子を頂く事がある。ビスケットであったりキャンディーであったりと様々だ。だが、今回はそういった類の物でない事が分かる。

「どうしたもこうしたも無いわよ。買ったからあげるって言ってんの」

 明らかに高級そうな紙袋。中級街ではなかなか見る事も無い。


 アズリは「開けていい?」と了解を得てから丁寧にテープをはがし、中身を取り出してみた。

「可愛い」

 一声がそれだった。

 袋の中から出てきたのは下着だった。薄いピンク地に花の刺繍がしてあるショーツとそれに合わせたブラが二組。


「アズの分と、その……妹ちゃんの分ね」

「マツリの分まで?」

「一つ買うのも二つ買うのも一緒だし。ついでよ、ついで」

 ショーツは縫い目もクロッチ部分もしっかりしているし、ブラも同様の仕上がりになっている。ぱっと見ただけで直ぐ分かるくらいに出来が良い。

 このレベルの下着はついでで二組も買える物ではない。安物を限界まで使うアズリにとってはかなりの高級品だ。


「でも、なんで? これ、高かったでしょう?」

「か、可愛かったから二人に似合うかなって思って。でも、安物よ安物っ。遠慮する程の物じゃないから!」

 昼間のブリーフィング後に一度解散となり、各々準備をして再度商会事務所に集まった。レティーアはその隙にもう一度上級街へ行き、これを買って来たに違いない。マツリの事情を知った故に、お見舞いの気持ちを込めて買ってきたのだ。お菓子の差し入れがある時も決まってマツリに何かあった時だし、必ず「安物だけど二人で食べて」と言って渡してくる。


――私、ボロボロの下着しか持ってなかったし。気づいてない……訳ないよね。気を使ってもらっちゃった。


 ふんっとそっぽを向くレティーアは顔を隠す様に髪をブラッシングしている。


「……ありがとう。レティ―。二人で大事に使わせてもらうね」

 アズリは心から感謝の気持ちを込めた。

「べ、別に大事に使わなくていいわよ。安物なんだから」

 そう言いながら髪をとかすレティーアの耳先はほんのり赤い。

 素直じゃない時の彼女を見るといつも笑顔が漏れる。


 アズリはもう一度その可愛らしい下着をみつめる。すると「たまには、そういうのも履きなさいよね」とレティーアが言った。

 ショーツをよく見てみると股上が浅い。


――お尻半分見えちゃいそう。うーん。ちょっとエッチかも。


 アズリの考えが分かるのか、レティーアは「そのくらい普通だからね。アズがいつもダサいだけ」と言葉を続けた。

「え? そんな事ないよ。私のも可愛いと思う」

「えっとね、まぁタイプ的にはそれはそれで可愛い。そうじゃなくてアズは無地しか持ってないでしょう? 無地でそれって男の子みたいに見えるの」


 言われてみればそうかもしれない。自分の持っているショーツは、水平にカットされた短いレングスの物ばかりなのだから無地では色気も何もない。男性用とは違うが、ぱっと見それと変わらない。

「そう……かも。でも、こういうの初めてだから。履く時ちょっとドキドキする」

 

 マツリもこれを見たら一瞬ぎょっとするだろうと思った。とはいえ、何だかんだ言いながら、可愛いから気に入って履く。そんな姿が容易に想像出来る。

「一回履いてみたら?」

 何を言い出すのだろうか。

「今?」

「そう」

 レティーアが真っすぐこちらを見据える。


 その瞬間悟った。彼女は、自分の贈った物が身に着けられる様を見たいのだ。

 頂いた手前、断りづらい。アズリは「今は、ちょっと……。汚したくないし、恥ずかしいし」と言って逃げようとした。

 が、しかし「大丈夫っ」と根拠のないセリフを吐きながらレティーアが勢いよく立ち上がる。そして、アズリの目の前で一気に寝間着ズボンを降ろし、仁王立ちになった。

 いきなり何をしているのかと驚いたが、見た直後納得した。


――あ、お揃い。


 レティーアの履いているショーツはアズリが貰った物と同じ物だった。

「ほらっ。見てっ。可愛いでしょ」

「うん。可愛い」

「ね? 履いてみてよ。きっと似合うから」

 ここまでされたら断れない。アズリは「もうっ」と言いながら立ち上がり、ズボンのゴムに指をかける。


 一連の流れを目に焼き付けんばかりに凝視するレティーアが視界の端に映る。同性の着替えを見て何が楽しいのかよく分からない。

 ズボンを脱いで、一応畳んでベッドに置く。

「そういえば」

「え? 何?」

 アズリは着替えながら、ふと思った事を口にする。


「マツリの分の下着も買って貰った訳だけど、胸のサイズ何で知ってるの?」

「知ってるわよ。だってアズとサイズ一緒なんでしょ? 前に言ったじゃん」

 ぐはっと痛恨の一撃をくらった気がした。確かに前に愚痴った事がある。


――心が痛い。聞かなきゃ良かった。 


 歳が三つも離れている小柄な妹とバストサイズが一緒なのは、姉として少し情けなさを感じている。別段小さくもなく個人的には普通サイズだと思うのだが、妹が歳の割に大きすぎるのだ。


 予想外の精神的一撃を貰った上、下着を脱いで下半身だけすっぽんぽんの自分と、それを凝視するレティーア。絵面的にもシュールすぎて、一体自分は今何をしているのだろうかと思う。でも、それを思うと妙に切なくなるので考えるのをやめた。

 着替えが終わって、アズリは姿見鏡の前に立った。

「可愛い……」

 こんなに可愛い下着を身に着けた事がなかった。ゴムも伸びて少し破けてるいつもの下着とは雲泥の差がある。


「ね? いいでしょ? お揃いだしね」

 言ってレティーアが隣に並んだ。

 お揃いの下着を着けた事によるものなのか、着替えの一部始終を見れた事によるものなのか、その両方なのか。レティーアは妙に満足気な表情で笑顔を向けている。

 でも、そんな事はどうでもいい。こんなに上質な下着を身に着けられた事の感動と、それを贈ってくれたレティーアへの感謝で胸がいっぱいになる。


「うん。ありがとうレティ―。これ、マツリもきっと喜ぶ」

「そっか。喜んでくれたなら私も嬉しい」

「でも、ごめんね。まだシャワー浴びる前だから汚しちゃった。洗って大事に使うね」

「別に普通に使ってくれて構わないから気にしないで。さ、そんなことより次は上!」

 気が付くとレティーアは上着も脱いで完全に下着姿になっている。いつの間に脱いだのだろうか。


「も、もう大丈夫。これ以上汚したくないし」

「ダメ! 上下で見てみたい! 下だけ裸になって着替える苦行を成し遂げたんだからもう今更。それに私たちの仲でしょ? 恥ずかしがる事も無いし」 


――下だけって! 言わないでっ!


 あの絵面は冷静に考えればおかしい。ショーツの話から着替えの話に持って行き、ズボンだけ脱いで自分のショーツのみを見せる。その状況が流れとして普通と感じさせて、まず最初に下だけ着替えさせる。難易度の高い方から着替えさせれば、ブラも着替えちゃえと突っ走れる。


 計画的である。いや、計画的なのか勢いなのか。どちらなのか。


「ちょっと待って! 分かった、分かったから! 着替えるから、無理やりは止めて! あ、うわっ、ちょっと」

 もうすでにレティーアには火がついた様で、笑顔で上着を引っ張り上げてきた。

 下着姿なんてお互いにいつも見ているし、正直見慣れてるはずなのだが今日のテンションは何なのだろうか。


 しかし、最近つらい事ばかりだったアズリの心にはこのテンションが心地良かった。

 睡眠不足から来ているのか分からないがアズリ自身も、もうどうでもいいやといった具合にブラをぱっと抜き捨てる。

 一時でも辛い事を忘れられるならそれで良い。


「育ってないねぇ」

「うるさいなぁ」

 そんな事を言われても不思議と楽しかった。

 アズリは皮肉と愛情の混じったレティーアの言葉を何度も受け流し、そして自分も同じく返してあげた。年頃の女の子の笑い声が、部屋いっぱいに咲いた。

「ブラもいい感じ」

「私ってセンスあるでしょ」

 上半身が裸なのもまったく気にせず、アズリはじっくりとブラを眺める。


「早くつけてみて」

「うん」

 コンコン。

 一瞬、何の音か理解に及ばなかった。

 二人で振り向きドアを凝視する。

 コンコン。

「うぁーーーーーー」

「ぎゃーーーーーー」

 アズリは咄嗟に上着を胸元に押し当てしゃがみ込む。レティーアはズボンをガバっと履きバックを片手に投げる動作に移った。


「ちょ、ちょっと待って! 開けないで!」

 レティーアは上だけ下着のままである事に気づき、片腕で隠しながら言った。

 毎回、こういったタイミングで誰かが来る気がする。

 数秒前までのテンションが嘘のように引いていき、ドッと恥ずかしさが押し寄せた。


 アズリは普段、下着くらい見られてもあまり動じないが、ザッカの時と同様に今回も違う。夜に妙なテンションで下着姿の女二人がぎゃあぎゃあ騒ぐこの状況。そして自分は下だけ履いたほぼ全裸状態。悲鳴と共に普通の反応を示すのは当然である。

「っていうか誰? ザッカ?」

 アズリも同じことを思った。こんなタイミングはいつもザッカしかいない。

 しかし、ドアの向こうから聞こえた声は別の人物だった。


「夜分にすみません。ロクセです。アズリさんに用があって伺ったのですが、ご迷惑でしたか?」

 意外すぎて二人はきょとんとした顔で向き合った。

「え? ああ、いえ。大丈夫……です。でもちょっと待ってもらえる?」

 レティーアが遠慮がちに答え「アズに用事だって? 大丈夫?」と聞いてきた。

「う、うん。でもまず服着てからね」

「そ、そうね。いやーびっくり」

 

 お互いガクンと落ちたテンションと、取り戻した冷静さが合わさって、変な空気が生まれた。

 夜分にとは言っても、まだそこまで遅くも無い。まだ食堂でお酒を飲んでいる仲間もいる時間だ。それに付き合う訳でもなく、ここへ訪ねて来るのは何の用事なのだろうか。


 アズリは手に持ったままの新品ブラをつける。チラリと鏡を見て「やっぱり可愛い」と呟いた。


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