迷いの糸廊【10】
数瞬の間沈黙が流れ「……ほう」と、カズンだけが反応した。
空船墓場はアズリですら知っていた。
一定の範囲に侵入すれば死しか待っていない場所。
空船墓場は船掘業者にとって有名な場所の一つだ。
「お前たちも分かるだろ? 上から眺めるのは問題ないが、絶対に刺激するなよ」
全員がコクリと頷いた。……が、「すまん。空船墓場とは何だ?」「私も知らないわ」とロクセとタタラが仲良く尋ねた。
船掘業を始めてまだ二、三か月のロクセと、それ以下のタタラ。
知らなくて当然かもしれない。基本的に近寄らない場所なのだ。
「焦るな。説明する」
そう言ってオルホエイはラノーラへ目配せする。
「ええ、分かってます。ありがとうございます」
ん……と軽く頷いたオルホエイは腕を組んで、椅子の背もたれへ体を預けた。ギシっと音が鳴った。
ありがとうございます?
何故、礼を言うのか。
アズリは薄い違和感を感じた。
「では、説明しますね」とラノーラが地図を指した。
「ゴロホル神山群五十四番に数えられる区域”空船墓場”は巨獣指定こそ一つですが、危難指定がマックスになっています。なだらかな斜面に囲まれた直径二・五キロ、深さ二百二十メートルのクレーター状の窪地で、岩と細かい砕石だけしかない広々とした場所です。ですが、そこには船の残骸が無数にあります」
「遺物船か? それとも商会の船か?」
「全て我々の船、空船です。今では誰も刺激しないので古い物ばかりですが」
「刺激とはなんだ。巨獣の縄張りでもあるのか?」
「そうです。中心に向かって一定の距離まで近づくと攻撃されます。上空を通過するのも、徒歩で侵入するのも不可能です。空船は遺物船の資材を使っていますから残骸でもいい値が付きます。貴重な物を積んでいたかもしれません。昔はそれを得ようとする商会がいました。ですが、結局今では彼らも残骸の一部です。もう、誰も近寄りません」
ロクセの質問に次いでタタラが「攻撃されるって、一種類しかいない巨獣に?」と質問する。
「ええ、そうです」
「何体いるの? そもそもそれだけでZ指定なの?」
巨獣指定が一つだとラノーラは言っていた。
一つの場合は一種類の巨獣と決まっている。では危難指定がマックスとはどういう事なのか。
普通は毒や植物や虫や様々な要因で危難レベルが決まる。だが、あまりに凶悪な巨獣がいた場合、それ自体が最大最強の要因とみなされる。
「メタセクトという巨獣が二体。他には何もありません。毒ガスが出るとかそういった危険もありません。いたって平和な場所です」
「メタセクトって?」
「金属のような皮膚を持つ生物です。確認されてるだけで約百種類。基本、どれもが何らかの生物に似ていますし大小様々。外見が機械の様な特殊な個体もあります。”空船墓場”のメタセクトはその特殊個体。体長二十メートルを越えます。しかも内一体はネオイットレーザーに似た攻撃をします。原理は分かりません。生物なのか、無機物なのか、意見が分かれています。ともかく、その巨獣、二体のメタセクトがいるせいでZ指定されてるわけです」
「成程」
ロクセが納得した雰囲気を見せた。
「生態系は未だに謎です。何を食べているのかさえ分かってません。ただ、マンロックで重機に似たメタセクトが確認されていまして、もしかしたら生物や機械の外観をコピーする生き物ではないか……と言われてます。ロクセさん、あなたなら何か分かりませんか? 僕は墓場のメタセクト、レーザーを放つ方は古代人が持ち込んだ遺物じゃないかと思っています」
ロクセがゆっくりとオルホエイを睨んだ。
「すまん。こいつにはお前の事情を話している。大丈夫だ口は堅い。それに、俺達同様大昔の事はむやみに聞かん。だが、話せる範囲でいい、疑問に答えてやってくれないか」
彼が古代人である事は基本、オルホエイ船掘商会の仲間達しか知らない。
誰も昔の事を根掘り葉掘り聞かないし、今では聞こうともしない。
古代人しか知り得ないような情報をひょんな事で漏らしてしまえば、上の人達に目を付けられる可能性があるからだ。
そういった意味でいえばロクセは永遠に”厄介者”なのだろう。
だが、ラノーラは迷わず疑問を投げて来た。
自分の中だけに留めて置く前提だろう……が、知識欲に正直なのだ。
そして、恐らく、オルホエイはこの質問の為にラノーラを連れて来た。
注がれる紅についてはルリンの説明で十分だったと思う。空船墓場については殆どの船員が知っている。誰かが新人二人に説明すれば済む話なのだ。
ロクセの正体を知ったラノーラから「一つ二つ質問したい」「今回のブリーフィングには参加させて欲しい」的な要望があり、今後の付き合いという忖度をふまえた上でオルホエイが許可したのだろう。
ラノーラの「ありがとうございます」はこの忖度に対しての礼だ。
「彼だけじゃないだろう?」
そう言ってルマーナ達へ顔を向けたロクセ。
「……ああ、共に働くんだ。彼女達にも伝えた。さっきな」
ルマーナは表情を変えずにロクセを見つめている。キエルドも同様。だが、レッチョだけは少し思う所があるような顔をしていた。
「驚いたか?」
そう問うと「どうして?」とルマーナは答えた。
「ロクセ、あなたはあなた。古代人だろうがなんだろうが、あたいにはどうでも良い事よ」
アズリはルマーナを見直した。
流石ロンライン二番通りのトップを張るだけの事はある。
そう、彼は彼なのだ。
古代人だろうがなんだろうが、自分達と変わらない。
人類の先祖として、子孫よりも幾らか深い知識と技術を持っているだけの普通の人なのだ。
「そうか……」
薄く笑ったロクセはルマーナから目を離さなかった。先に顔を逸らしたのはルマーナ。馬鹿馬鹿しいといった態度だったが、アズリには恥ずかしくて逸らしたように見えた。
「で、メタセクトとやらの形状は?」
ラノーラへ向き直り、話を進めたロクセ。
ラノーラは背筋を伸ばし、とても偉い人へ質問するようなかしこまった顔つきになる。
「下半分が半球体、上部が円錐形です。傍から見れば誰かが作ったオブジェにしか見えません。話によると球体部分が八つに分裂して動くそうです。円錐形の上部も似た変化をしますが、溶ける様に形状を変えたりもするそうです。その様子と、意思を持つかのように侵入者を排除する様子が生物か否かと意見を分けた要因です」
「防衛用の自動機兵だ。生物ではない」
表情を変えずに即答するロクセ。
迷いなく答えたロクセを見て、ラノーラは更に背筋を伸ばした。
「……やっぱり。形状変化のパターンは?」
「二種。攻撃と防御だけだ」
「意思があるのですか?」
「意思ではなくプログラムだ。命令された事しか出来ない」
「成程……。二体のメタセクト、やはり一体は遺物。そしてもう一体がそれをコピーしたメタセクトという事でしたか」
「他には?」
「いえ、十分です。ありがとうございます。スッキリしました」
「いいのか?」
「はい。これ以上深くは聞きません。リスクがありますので」
「……賢明だ」
何処で漏れるか分からないリスク。
ここに居るのはラノーラだけじゃない。
個人考察の域を超えない程度の質問に留めたのは流石ラノーラといったところ。
「その”空船墓場”って所は理解したわ。個人的に危険度Cの場所も気になるんだけど」
二人のやり取りが終わり、今度はタタラが質問した。
ラノーラは「あ、そうですね。一応そちらも説明しておきます」と言い「そこは然程危険ではありません。トラドワームの巣にさえ入らなければ」とあっさり答えた。
「トラドワーム?」
「五十五番に数える”迷いの糸廊”という場所に生息する生物です。迷路の様な巣を作って卵を得ようとする動物を捕らえます。卵は結構貴重で高値で売れます。ですので、宝食商人もよく出入りする場所です。奥に遺物船の残骸があるとかないとか噂されてますが、辿り着いた話は聞かないですね。地図が必須というくらいに迷路ですので」
「その地図は手に入る?」
「難しいですね。一部の宝食商人や狩猟商会から買うしかないので。地図はその人達の努力と犠牲があって作られてますから、商売道具みたいなものです。そう簡単に売ってくれないでしょう。因みにガレート商会は持っていません」
「注意点は?」
「湿気とツンとした匂いに気をつけていれば探索できます。もしトラドワームのセンサーに触れたら一目散に逃げる事。巣から出ても丸一日は追って来ますので、船までダッシュです。センサーに触れた時、特殊な匂いが付きますのでターゲットしか追わない生物です。殆ど視力が無いので」
「丸一日って厄介ね」
「そもそも逃げきれない程奥へは潜れません。本当に迷路ですから、奥に行けば行くほど追われた時に厳しいです。というかタタラさん、探索するつもりですか?」
「聞いただけよ。気にしないで」
「そうですか。船掘商会はあまり訪れない場所ですので、地図を持っていないのならお勧めしません」
あまり……という事は、稀に訪れる商会もあるという事。
巣の奥にあると噂される遺物船を狙って探索する船掘商会。
見つけた、又は何か手に入れたら実績として多少の噂も立つだろう……が、今まで聞いた事が無い。と言う事は……そういう事なのだろう。色んな意味で。
「まぁ何だ、とにかく余計な事をしなけりゃいい。俺達の仕事は”注がれる紅”に落ちた遺物船の回収。それだけだ」
「空船墓場……何か手はないのかの……」
カズンがぼそりと呟いた。メンノが片眉を上げてわざとらしい困り顔をする。
「ズン爺やめろって。聞いたろ? ありゃ生き物じゃなくて遺物だって。近づいたら人間なんて一瞬でチリだぜ」
「お宝も眠ってるじゃろうなぁ」
メンノの忠告を無視するカズン。完全に自分の世界に入っている雰囲気だ。
「勘弁してくれズン爺。眺めるだけに留めてくれ」
「オルホエイ船長、窪地の縁へは近づかない方が良いと思います。着陸時、出来るだけ糸廊側へ寄せる事をお勧めします」
ラノーラが忠告した。そして、ご存知かと思いますが、と付け加えた。
「……そこも脆い場所なのか」
「ええ。熱水変質なのか、ただの風化なのか分かりませんが、あまり良い地質ではありません」
「分かった。気を付けよう」
その後は、細かい作戦内容と準備する物の確認を行った。
「予定通り今晩の内に発つ」
その言葉を最後に、各自、装備と銃のチェックを行った。
一度解散となったが、既に昼を過ぎていた。
やっと話が進んだ感じですね。
それでも説明回みたいなもの……。すみません。
今回も読んで頂きありがとうございます。
次で新章に入る予定です。
次回もよろしくお願いします。




