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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード4】 一章 迷いの糸廊
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迷いの糸廊【8】

「カレン、成分は?」

『はい。アセトアミノフェンを基本としています。鎮痛解熱剤です。抗生物質としてフルルビプロフェンも使用しています。他は水等ですが、共役型有機ナノマシンも使用しています。共役型有機ナノマシンは再構成後、半有機ナノマシンとしてストックしました』

 答えが出た瞬間、六瀬と共に多々良もヴィスもピクッと反応した。

「やっぱり」と多々良。

「ははっ。こりゃ驚いたな」とヴィス。

 六瀬は「医療はヴォジャーノだったな……」と呟く。


『各種成分量ですが……』

「いや、そこはいい。有機ナノマシンの使用量だけ教えてくれ」

 余計な説明は省き、知りたい事だけを聞く。

『はい。370ナノグラムです』

「少なっ」

 多々良の持つマグカップが揺れる。水が少し跳ねた。

「進行を遅らせるだけ……か。その量ではな……。とはいえ、有機ナノマシンだけでは完治出来ないが」

「で、何の薬だったんだ。病名は?」

 足を組み直したヴィスが尋ねた。

「進行性炭化症って言ってたかな? 人の体が末端から炭化していくの。信じられる? しかも崩れるまで神経は機能したまま。地獄よ、本当」

 聞くと直ぐにヴィスは「ん?」と一考し、思い出したかのように「ああ……それか。珍しいな。この国に二人いたのか」と答えた。

「知ってるの? って他にいたのね」

「この国のベルマール家トップ、ディドーネ・ベルマールの長男が同じ病気だった筈だ。もう限界みたいでな、つい先日療養の為にネードに行った。療養というか、静かな場所で安らかに逝って貰いたいんだろうよ。内臓まで進行すると、あっさりと逝ってしまうらしいからな」

「確率は低いが治療できるだろ。ヴォジャーノなら。医療を牛耳る理由が分かったんだ」

 共役型有機ナノマシンの生産。

 カレンから成分内訳を聞いた瞬間、ヴォジャーノが医療面のトップに君臨する理由を、六瀬は勿論、多々良もヴィスも察した。

「どうだろうな。というかディドーネ・ベルマールに恩を売る絶好のチャンスなんだ。それをみすみす逃すはずがない。薬だけ与えて長く……と考えたか、もしくは……」

 と、ヴィス。少し悩む素振りを見せた。

 共役型有機ナノマシンを生産出来るのなら、例の物も所持しているはず。

 六瀬は「メディ……」と口を開いた。が、それを遮って多々良が代弁した。


「【Organic nanomachine(ナノ培養デバイス) culture device】持ってるんだから、一緒に【Medical Body For(メディカル)ming Syst(フォーミング)em Pod】も持ってる筈よ。普通セットだから、アレ」

「だろうな」

 ヴィスが頷きつつ同意した。

 真偽の分からない調査隊の調査報告。その内容にあったヒューマンフォーミング。これもまた、ナノ培養デバイスとセットとなる。だが、メディカルフォーミングとは用途が違う。


 ヒューマンフォーミングとは人間の遺伝子に作用し、一定の環境と病症に耐え得る体を作るシステム。更に、完璧に……とまで言えないが、超高速演算処理で、病原体の構造を調べ、タンパク質受容体の活性発現を叶える有機合成を行う事も出来る。要するに病原体に対応出来る抗体を自動的に作るのだ。

 ヒューマンフォーミング専用の変換型有機ナノマシンは遺伝子構築に特化していて”傷病を治す”能力はほぼ無い。

 基本用途というかコンセプトが”適応変化”に特化したシステムとなる。


 対してメディカルフォーミングはというと、細胞に作用し、活性と一定の細胞増殖を強制的に又は補助として行い、人体の復元を叶えるシステムになる。所謂怪我の治療に特化した装置であり、ついでにある程度の手術も出来る。ただ、腕一本、足一本と損傷が激しい場合は別。腕一本分再生するとなると患者の体力もたんぱく質合成も追いつかず、ミトコンドリア障害を起こす。筋細胞内のカルシウム濃度が上昇し、細胞外マトリックスのコラーゲン成分が分解され、最終的に筋の崩壊に至る経緯が継続的に発生する。それは健康な細胞にまで転移し、逆に死亡率の上昇へと繋がる。

 メディカルフォーミング専用の共役型有機ナノマシンは細胞再生に特化しているが、ヒューマンフォーミングで作り出した抗体データさえあれば、それと同じたんぱく質構造へ変化し、中確率で抗体としての能力も発揮する。抗体データが無い場合でも、低確率ではあるが、同様の結果をもたらす。

 コンセプトは勿論”傷病治療”特化システムだ。


「少なくとも共役型有機ナノマシンの培養だけは出来るようだ。だが、ディドーネの息子を完治させないんだ。メディカルフォーミングは既に故障していて使用出来ない、又はそれを使っても完治出来ない病という可能性がある。そもそも抗体データがなければ病の完治はかなり難しい。個人的には故障の線が濃厚だと思うが……。とにかく、大昔にそれらを所持していたなら、確かに医療面は掌握できるな」

 データがあれば中確立で、無くとも低確率で病気を治し、一定限度を越えない怪我であれば完璧に治癒する装置。何百年も前にそんな装置を手にしていたなら、容易に権力を握れるだろう。ヴォジャーノは少なくともメディカルフォーミングと共役型有機ナノマシンを生産出来るナノ培養デバイスを所持し、それを使って現在の地位にいる。

 六瀬共々全員が驚いた理由はそこ……でもあるが、それよりもナノ培養デバイスが現存している事にこそ驚きがあった。


 ナノマシンは三種類に分けられる。

 完全な機械で出来た通常のナノマシン。これは六瀬の持つポッドで作成できる。他にも専用の装置がある。

 半有機ナノマシンも同様で、何かしらの細胞があればそれを加工して作る事が出来る。

 だが、有機ナノマシンは培養デバイス然り、かなり特殊な物になる。有機ナノマシンはその名の通り有機物で作られる為、用途別の専用デバイスで、設定通り決まった能力のみをもつナノマシンを培養生産しなくてはならない。基本的に共役型と変換型に分けられるが、用途に応じた設定さえすれば相応に利便性を向上する事が出来る。

 ……ともかく、ナノ培養デバイスはそれ単体でも、RRSメンテナンスポッドやACSよりも汎用性と希少性が高いのだ。


「ヴォジャーノは流刑一族だ。”所持していた”というのは考え難いな。流刑船に積んでいるはずがない」

 と、六瀬。

 そう。医療用のメディカルフォーミングは基本、調査船団の医療船か、もしくは移民船のそれも超大型船にだけ乗せられたはず。

「何処かで手に入れたんだろうよ。落ちた調査船を発見したとか、奪ったとか……あとは”他のヴォジャーノ”だった、とかな。経緯までは分からん」

 六瀬はハッとなった。

 確かに”流刑船に乗ったヴォジャーノ”とは限らない。同じ苗字の”別のヴォジャーノ”だったのかもしれない。

 若干静かになっていた多々良が小さく溜息をついた。

「どうした?」

 とヴィス。言いながらマグカップをテーブルに置いた。中身は空だ。

「マツリの病気、治せると思ったんだけど……培養デバイスだけじゃね……」

「メディカルフォーミングが現存してたとして、どうするつもりだったんだ?」

「え? お願いして使わせて貰うつもりだったわよ。勿論、交渉はヴィスね」

「馬鹿を言うな。持っているのは恐らく本家の方だ。俺はまだこの国のヴォジャーノですら薄い繋がりなんだ」

 ヴィスは勘弁してくれ、とぼやいた後、おかわり、と六瀬に向かって言った。

 六瀬は素直にマグカップを持ってキッチンへ向かった。蛇口を捻って水道水を適当に入れ、それをヴィスの手元へ置いた。そして「厄介な相手なのか?」と話題を続けた。


「ああ、ヴォジャーノは裏社会の二大派閥の一つだ。もう一つがベルマール。六大閥族は各々に皆首を突っ込んでいるが、主にこの二つが最大勢力になる。で、だ。こいつらは基本、互いに睨み合っててな、そこが厄介なんだ」

「どの辺が?」

「ベルマールはロンライン、ヴォジャーノは裏市を仕切っている。裏市は所謂物資の世界。歓楽街は情報と薬の世界だ。裏社会では互いに表の権力と逆の権力を持っている。薬屋が物資を、物資屋が薬をってな感じでな。だからロンラインに居る俺にとってはヴォジャーノは敵……という事になる。立場上はな」

「互いに逆の? なぜそんな面倒な事をしている」

「ただの嫌がらせだな。ま、この国だけの話だが」

「ロンラインは薬ってどういうことよ」

「歓楽街はドラックが横行する。物資総監局で様々な品を取り扱うベルマールはその材料も当然入手しやすい。ドラックは簡単に作れるからな」

「なにそれ最悪ね」

「だが逆にそれが弱みにもなっている。同時に治療薬や医療を欲すからな。一番通りでは性病含めたあらゆる病気のリスクがあり、三番通りでは怪我が絶えないんだ。ドラックは作れても、治療薬は作れない。医療を牛耳るヴォジャーノはそれらを人質にしている」

「では裏市側は?」

「情報だ。裏で取引する奴等なんて欲望に忠実だ。飲んで騒いで語った情報は良い人質になる。ベルマール側はロンラインを使ってヴォジャーノの情報を人質にしている。嫌がらせで互いに弱みを握る関係って訳だが、稀に協力したりもする。何をしたいんだか……俺にはさっぱりだ」

「あんたの最大の上司はそのベルマールなのね。ヴォジャーノにも気を使いながら仕事するなんて面倒ね。中間管理職みたい」

「ほんとそれだ。だが、こいつらを正規の立ち位置、要するに裏市はベルマールに任せ、ロンラインをヴォジャーノに任せられればアナーキンからの評価が上がる。そうなれば恐らく国の中枢に俺も立てる」

「国を動かすだけの権力が手に入るのか」

「動かせるかどうかは別として、意見は耳に入れて貰える。とりあえず上級民の仲間入りだな。人間関係は複雑で面倒だが」

 本当にその通りだ、と六瀬は思った。

 聞いてるだけで嫌になる関係性だ。正直面倒くさい。そんな奴らとの人脈を作りつつ結果を出さなければならないヴィスには同情すら覚える。

 だが、それはそれ、これはこれだ。仕事のジャンルが違えば、苦労の方向性も変わる。


「そうか。まぁ、がんばれ。それよりも奴隷商の件はどうなった?」

「あ、私もそれ気になってた」

「お前ら……軽すぎだろ。労いはないのか? ブルースタの件といい、仕事してんの俺ばかりじゃないか?」

「そんな事ないわ」

 多々良のセリフに六瀬は小さく頷いた。

 そう、こっちはこっちで船掘という仕事をしている。

「仕事柄、人脈はお前の方が広い。それに俺は目覚めて一年も経ってない若造だ。十年以上のお前には敵わん」

「あ、私は二年ね。残りは寝てたし」

 ヴィスが深く溜息をついた。

「……まぁいい。奴隷商の件は正直何も分かっていない」

「仕事してたのか?」

「六瀬、お前、コノ……」

 六瀬は直ぐ「冗談だ」と言ってヴィスをなだめた。

「じゃあ、私から情報一つ」

「なんだ?」

 反応したのは六瀬。ヴィスは少しむくれている。


「アズリとマツリ、もしかしたら大陸の向こうから来た可能性あるわよ」

 六瀬は一瞬、多々良が何を言ったのか理解出来ず、一拍置いてから「何?」と反応した。

「殆ど覚えて無いって話だけど、下級街にいた時珍しい服を着てたみたい。高く買うからって声かけられて、生きる為に売ったって話だった。おそらく民族衣装的な何かかも。元貴族で仕立ての良い服だったってだけかもだけど、貴族に手を出すと後々面倒だからね、下級民も馬鹿じゃないし、そっちの線は薄いと思う」

「それが事実なら、向こうの大陸の人間はサイキックって事か?」

 飛躍し過ぎた六瀬の問いに、ヴィスが「何故そうなる」と突っ込んだ。更に「ティニャは普通にこの国で生まれ育ったようだが? ティニャも向こう側から来たのか?」と付け加えた。

「ああ、確かに。だが、子孫という線も……」

「馬鹿な。だったら今まで連れて来られた向こう側の奴隷は皆サイキックだったって事になる。もし子を成したなら、その子もサイキックなのか? 俺はそんな奴等の噂すら聞いた事がない」

 ヴィスがまくし立てるように反論してきた。

 六瀬は、さっきの冗談の仕返しだな、と察した。


「個人的にはそうだったら面白いけど、確証ないわ。そんな事より奴隷商の件。もし仮に奴隷商に連れて来られたとして、たけど自力で逃げて下級街に居たんだとしたら、奴隷商側は探してるんじゃない? 一応商品だった訳だし」

「何年も経ってるんだろ? その可能性は低いと思うが」

「諦めたかもしれないけど、仮に見つけたら奪い返そうとするかもしれない。その時チャンスじゃないかな。何かしらの情報、得られるかも」

「アズリを囮にするのか?」

「人聞きの悪い事言わないで。そんな奴がもし来たら、私が許さないわよ」

 情報を聞き出す前に殺してしまいそうだな、と六瀬は思った。

「ふむ……」

 何かを思いついた表情のヴィス。

 六瀬は「どうした」と優しく聞いた。


「いや、その手があったな、と思ってな」

「どういう事だ?」

「ここではもう奴隷売買が禁止でな。とにかく昔買った経験のある奴や、実際奴隷を持つ貴族連中にそことなく聞いてた程度なんだ。何の情報も得られなかったがな。だが、ここで無理なら禁止されていない国へ部下を派遣して、そこで情報を得ればいい。ブルースタ村へ入信させたみたいに。何故気が付かなかったのか」

 多々良が慈愛に満ちた目をヴィスに向けた。そしてヴィス……と名を呼んだ。

「なんだ」

「疲れてるんでしょ? ネードでバカンス。……ね?」

「旅費目的だろうがっ」


 その後は生産性の無い会話が続いた。

 帰り際、多々良が「上の階の盗聴とスキャン、もうやめて」と言って来た。


 ……意味が分からなかった。

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