迷いの糸廊【7】
「……なるほど。多重人格のテレパシスト。しかもあのティニャもか……」
「どう思う?」
「どう思うも何も、俺はこの手の話は信じちゃいない。お前もだろ?」
「無論だ。だが、この目で見て来た。非科学的だが……面白い。お前もだろ?」
ヴィスはふっと笑って「ああ。面白い話だな」と答え「俺達の知らない所でサイキック研究が成功してたのか? その子孫って事か?」と尋ねた。
六瀬は「知らん」と即答した。
「……が、事実だ。しかも、別人格の方のアズリが時子の名を出した。知ってるだろ? 第三特殊機動隊のドーム、新崎時子だ。真帝守護兵の中でもお前の隊は特に交流があったろう?」
ヴィスは真帝守護兵・帝徒三番隊の副隊長。同じ三番という事で、時子の所属していた第三特殊との合同作戦が多かった。因みに多々良は第二特殊だ。
ヴィスが目を見開いて、姫を……知っているのか、と答えた。
「姫? なんだそれは」
「姫とか何言ってんのヴィス。確かに、時ちゃんってほわってしてていい所のお嬢様って感じだけど。何? 時ちゃんの事気になってたとか?」
「……冗談はやめろ」
ヴィスが真面目顔で多々良の茶化しを切り捨てた。
「はいはい。で、何か知ってる感じね」
本来の多々良は少し口が悪い。
隊長を敬い敬語を使っているくらいが丁度いいのかもしれない。
無歩の森で救出された時のしおらしい感じが懐かしい。
「……この話はもう少し先にしようと思ってたんだがな」
ヴィスが困った感じでボソッと言った。
「だから何をよ」
急かす多々良を一瞥した後「話す前にまず、三つの前提を受け入れろ」とヴィスが命令してくる。
六瀬は多々良と顔を見合わせた後、軽く頷いた。
「一つ、時子本人の意志の元そうある……という事。二つ、当時は時子が必要だった、と言う事。三つ、頻繁に会う事、そもそも会う事自体難しい、と言う事」
「何を言わんとしているのか分からんが、とにかく時子が生きているという事実だけは分かった」
「生きる……か。まぁ少なくとも稼働はしている」
「会うのが難しいって、何でよ」
ヴィスは多々良の疑問をスルーし、話しを続けた。
「安定したエネルギー供給。そのシステム。その他諸々の管理システム。国々はどうしていると思う?」
「どうって……アナーキンが作ったんでしょ? だから権力を持ったって」
「正確には違う。いいか、どんなに天才だろうと、その知力を発揮する為の道具や設備がなければ何も出来ない。素晴らしい技術を思いつき、ペンと紙で書き起こしたとしても、それを実現する力がなければそれはただの紙くずだ」
「ならばやはり、アナーキン含め、当時この星に立った奴らはその知識や技術を存分に発揮できる環境になかった……と言う事か」
ヴィスが言わんとしている事は良く分かる。
一部の科学技術を持っていたとしても、それ単体では出来る事が限られる。そして、仮に壊れた場合、易々と直せない。”全てが準備された環境”であるはずがないのだ。
「時子曰くそうらしい。だが、なければ使える物で代用すればいい。俺達の演算能力とリアクターの性能は科学技術の集大成の一部、それこそ科学者の努力の集積によって作られたものだ」
「ちょ、ちょっと待って嫌な予感するんだけど」
六瀬は多々良の意見に同意した。
この時点で、察した。
「アナーキンが使用した道具は、俺達レプリケーダーだ。超高効率のリアクターを使って国中に行きわたるエネルギー供給システムを構築。それに伴うシステムも、超高速演算処理が行えるPCAIを使って構築した。俺達の高速演算は戦闘限定特化だが、そんな事は関係無い。時間はかかれど、あのアナーキンならば限定解除とシステム変更程度ならやってのける」
苦い顔をする多々良。
六瀬も嫌悪感を感じた。
「時子は今……何処に居る」
「グレホープの中核。上級街の天辺のその地下に居る。守りは厳重でな。そう易々と会えない」
「じゃあ時ちゃん……今どうなってるの?」
「供給システムの一部だ」
「本人の意志と言っていたな。時子自らそうなった……という事か」
「そう言っている。人類の為だったとな」
「レプリケーダーがいたと言う事はポッドもあっただろう。こいつならリアクターが作れる。時間はかかるが」
六瀬は自身のRRSメンテナンスポッドを顎で指した。
「真に必要だったのはリアクターじゃない。俺達の頭の方だ。ネードと最西端のクロッズィーだけがポッドでリアクターのみを作り、アナーキンがプログラミングした簡易システムでエネルギー供給と住民管理をしている。……が、他の国はレプリケーダー本体をリアクターごと使っているって話だ」
「……じゃあ、ただの道具になった同類が他にいるって事?」
「ああ。何処の誰かは知らないが、時子の話によれば数体のレプリケーダーが各国で今も稼働しているらしい。自我が残っているかは分からないが」
「アナーキンなら演算システムも作れるんじゃないか? ポッドを使えばリアクターを単体で作れるんだ。一度作ってしまえばレプリケーダーは必要無い。いつでも解放出来るだろう」
「あいつらはAIの専門家じゃない。一族の殆どがメモリデバイスと亜空間応用の研究をしていた。後半はテラフォーミング技術の研究だったが。とはいえ、エネルギーや各種管理システムなんて簡単に構築出来るだろう。優秀な奴等だからな。だが、真に欲したのはそこじゃない」
「何だ?」
「記憶媒体のインストールシステムだ」
”記録”媒体は通常のメモリデバイスだが”記憶”媒体と呼ばれるものは一つしかない。
「記憶……メモリーシートか」
「そうだ。メモリーシートはコールドスリープから目覚めた際、人間の脳へ直接関与するメモリデバイスだ。分かるだろ?」
成程そういう事か、と六瀬は理解した。
個々人の持つ哲学、科学、技術等の様々な知識、そして記憶を呼び起こす為の鍵となる一部の記憶。セーブブレインシステムを使い、それらを薄い板にデータとして残せるメモリーシートもまたスフィアと同様にメモリデバイスの集大成といえる。だが、弱点もある。
六瀬は「基本的に人間の脳でなければ読み取れない……だから俺達が必要なのか」と答えた。
「そうだ。メモリーシートを読み取り、その知識と記憶を引き出すのは俺達にしか出来ない。メモリーシートを作ったのはアナーキンだが、その技術を利用できる機械の脳を、それを扱えるPCAIを作ったのは別の科学者、カレン博士だからな」
「俺達のPCAIが最大の魅力だったって訳か。納得だな」
「現在の技術で……いや、今後恐らく、俺達のAIは再現出来ない。ACSもそうだしポッドもそうだ。仮にそれらに精通した科学者のメモリーシートを手に入れたとしても、周囲の技術が追いつかないだろうからな。可能だとすれば、関わった技術者全てのメモリーシートを手に入れ、それらを理解できる人間を育て、それに伴う全ての資材と設備を調達出来れば……ってレベルの話になる。長期的に見れば出来なくもないが、亜空間から落ちて来ない以上、千年、二千年先でも無理だろうと予測する」
「不可能に近いな」
今から更に数百年、数千年も時間が経てば、殆どの遺物品が使い物にならなくなる。時間経過がきっちりと行われるのであれば、宇宙空間でも同じ事。空気のある船内であれば尚更。加工された物質は確実に劣化するのだ。
「言ったろう? 一度失われれば、文明然り技術もそう簡単に再生出来ない。むしろゼロからスタートする」
六瀬は「そうだな」と同意し、マグカップを手に取った。そして一口飲んだ。
「レプリケーダーを拘束し、リアクターとPCAIを利用する。小さな知識と技術でも先人の知恵を借りてより便利でより良い生活を構築する。まぁ、気持ちは分かる」
船掘商会でのルール。
古代人を発見次第、本人とその遺物船は組合総本部へ引き渡す事。
その理由が漸く分かった。
レプリケーダーそのものと、持ち込んでいるであろう付属装置が欲しかったのだ。技術と知識の独占は、数多の人間を支配する為のものであり、レプリケーダーを利用した様々なシステムは秘匿の類に属する。関係者以外で知る者、知ろうとする者は有無を言わさず粛正する。
権力を行使する為の最低限のルールといえるが、正直気に食わない。
「時ちゃん……可哀想」
と、多々良。小さく溜息をついた。
「本人が望んでやってる事だ。仕方がない」
それは本当に時子が望んだ事か? と疑問に思ったが六瀬は飲み込んだ。
「ヴィス、お前は時子と何度会えた?」
「一度だけだ。会話も十五分程度だ」
「どうやって会えた」
「会ったのは一年ほど前だ。姫と呼ばれる存在は知っていたが、何かは知らなかった。上の連中と付き合う様になって、相応の信頼を得てから漸く姫って奴にお目通りが叶ってな。いや、本当に驚いた。まさかの時子だからな」
「何故、姫と呼ばれてる」
「知らん。クドパスの個体も呼称が姫らしいからな。女型なんだろう。他の国は知らん」
「頻繁に会えないって言ってたけど、私達じゃ無理? 無理ならどんな手を使っても会いに行くわよ。私」
「俺達ならやれなくはないだろうが、やめておけ。侵入の痕跡は確実に残る。後々面倒だ。正規で対面できるよう手配はしている。それまで待て」
「……わかった」
不満気に納得しつつ、多々良は遠くを見つめた。その方向は上級街だ。
この話はもう少し先にしようと思っていた、とヴィスは言った。
時子と対面させようと、密かに動いていたのだ。
「頭で話せないのか? 危険は伴うが短時間なら可能だろう」
六瀬は自身の頭をコツコツ叩いた。
「俺もそれを考えた。……が、やめた。基本、時子は寝ている。メモリーシートの抽出に酷使されていて、起きたタイミングでしか会話出来ないからな」
「そうか」
メモリーシート使用時のデータ世界は自身の意識を隔離してしまう。
傍から見たら、寝ているのと同じだ。
「そういや六瀬お前、船掘業の傍らメモリーシートを集めてるんだろう?」
「そうだが」
「メモリーシートの獲得は最優先で行っていいと俺も思っている。が、暫く控えろ」
そうくるだろうな、と六瀬は察していた。
六瀬は素直に答えた。
「何故だ……と言いたいが、ここまでの話しで合点のいった部分が多い。古代人の棺桶、コールドスリープポッドの収集に関係してるだろ?」
「そうだ。組合が棺桶を引き取る理由はメモリーシートを手に入れたいからだ。この国の奴らは仕事しない馬鹿ばかりだからな、棺桶の管理も、メモリーシートの管理も緩い。数枚抜いた所で気づかないだろう……が、最近は少し真面目に仕事していると聞く」
「裏市から流れる棺桶のせいだろ? 宗教の」
「よく知ってるな。そう、遺体の脳を煎じて飲むいかれた集団だ。そいつらのせいで、管理外の棺桶が紛れ込んでくる。最近その数が増えてな、上からのお怒りがあったそうだ」
――メモリーシートが抜き取られた棺桶がオルホエイ船掘商会から引き渡されたとなると、その価値を知る者の存在を疑われる。当然俺達の存在も……。
「……オルホエイに迷惑はかけられないな。控えよう」
「もう遅いんじゃない?」
「いや、今の所は大丈夫だ。緩いと言ったろ。適当に受け入れて、暇な時にメモリーシートを抜いて別局へ持って行くんだ。あれ? この棺桶抜いたか? くらいの感覚でしか仕事していない。知り合いもいるしな。馬鹿ばかりだ」
「ふ~ん」
若干興味無さげの多々良。
貴族連中が真面目に仕事するかしないかなんて、六瀬も興味はない。
「でだ。話を戻すが、アズリって女は何故時子を知っていた?」
「それが分からんから話したんだろうが。……ただ、時子に会う事になったら自分も連れて行けと言っていたな」
「……そうか。なら努力してみよう」
ヴィスもアズリに興味を持ち始めた様子。
いつか時子と対面した時、その場にアズリも居れば確実に別人格の方が対応するだろう。
知り合いである理由はその時に分かる筈だ。
「そういえば、ブルースタ村の件はどうなった?」
ふと思い出した六瀬。丁度いい頃合いだと思い、話題を変えた。
「ん? 遺跡の件か?」
「なんだ、忘れてたのか」
「いや、一応調べてはいた。とりあえず信頼できる奴を入信させたんだが、謎の答えが返ってきた」
「どんなだ」
「大きな球体を崇めているって話だった。機兵か何かだと思っていたんだが違ったようだ」
「球体?」
「丁寧に磨かれた巨大な石って話だ。妙な模様が施されているみたいでな、宇宙から来た偉大なる知恵の塊とか何とか。意味が分からないと言っていた。それを聞いて俺はスフィアを思い浮かべたんだが、模様の入った石ではないし、とにかく大きいらしい。スフィアのサイズには限界がある。誰かが作ったオブジェか何かか……」
スフィアの最大サイズは直径で七センチ程度までと聞いた事がある。
それ以上大きくすると内部の亜空間膨張に耐えきれないらしい。最小だと一センチ程。それ以下は作る事自体が難しい。
「他に怪しい点はなかったのか?」
「ただの洞窟って話だ。奥の広間にその石がポツンと置かれてるだけ。今の所何も怪しい点はないそうだ」
「そんな石の球体。何のために? 本当にオブジェ? それこそ遺跡の痕跡、遺物品じゃないの?」
六瀬も多々良の意見に同意した。
芸術家が山奥の村の暗い洞窟に籠って作った作品です。と言われても納得いかない。布教上の崇拝対象として作成したと言われれば納得もいくが、はたしてそれだけの為に意味の分からない石の球体なぞ作るだろうか。
六瀬は「俺も多々良と同じ意見だ。それこそ遺跡の痕跡に思える」と答えた。
「そうかもしれない。俺もこの目で見た訳じゃないからな」
とヴィス。続けて「まぁ入信して日が浅い。もう暫く探らせよう」と言った。
「……そうか。手間かけるな」
と、ここで再度、ポッドからピピっと音がして『分離完了しました』とカレンの声が鳴った。




