迷いの糸廊【6】
「さて、この星の人間社会で権力を持つ一族について話したい。それと社会構造を詳しく」
前回話せなかった話題だ。
個人的に調べていたが、殆どアズリにしか聞いておらず、そのアズリも詳しく知らないという状態だった。昔の記憶が無いのだから当たり前だろう。ならば、オルホエイやカナリエ達、詳しいであろう船掘仲間に聞けばいい。……が、この件は常識の範囲で、知っていて当然という雰囲気を感じていた。よって聞こうにも聞けなかった。
多々良は稼働当時、然程興味が無かった為に調べてすらいなかったらしい。
流石にそろそろ最低限の社会構造は知っておきたい。
「六瀬、お前は何処まで知った?」
と、ヴィス。
知った……といっても殆ど何も知らない。
「ノヴァック、バトラー、ベルマール、ヴォジャーノ、バルゲリー。こいつらは流刑者名簿に存在している。他は知らん名ばかりだった。利権は基本、こいつらが握っていると聞いている」
流刑者名簿、それは流刑時代に刑罰をくらった者達の名簿だ。
特に有名なのは武器弾薬の密輸等で知られるバトラー。
「そうだ。で、そこにアナーキンを追加すれば六大閥族だ」
六大閥族……初めて聞く単語だった。
六瀬は閥族……と、独り言ちた。が、それはさておいて、アナーキンという名の記憶を探った。
流刑者名簿には……無い。
「流刑時代にそんな名があったか?」
「いや、ない」
ヴィスが即答する。
ならば答えは、移民時代の人間だ。
「アナーキンは移民時代に降りた人間だろう。そもそも、一族揃って出航したのは流刑船か移民船でだけだ」
六瀬はヴィスの意見に頷きで答えた。
流刑船は刑罰を食らった一族が乗る船。移民船団には超大型船や個人所有の移民船が存在する。ヴィスの言う通り”一族として”幅を利かせるのならば、この二つの時代でしか考えられない。
「六瀬、お前、調査隊が到達していて、各フォーミングが成された……と言ったろ?」
ヴィスが人類始祖についての考察に話を繋げた。
自身の推察で肉付けするつもりだろう。
六瀬はああ……それが? と、答えを促した。
「調査船団の一部が細々と生きてこの星での生活基盤を作り、そこに流刑者が一族ごと乗り込んできた……というのが俺個人の考えだ。出身、利害関係などを同じくする者が大勢やってくるんだ、有利に一族の地位と立場を獲得出来るだろう。それが続けば、あっという間に社会形成され、乗っ取られる」
「その通りだ」
「俺達の時代の移民船がやってきたのは当然その後だろう。運よくすんなりと亜空間の穴を縫って辿り着いた者達、その中で優秀な人間、又は一族だけが権力集団へ引き入れられ、現在の人間社会が出来上がった……と俺は思っている」
六瀬は素直に頷いた。
ヴィスの考察は、六瀬自身も密かに考察していた内容とほぼ一致していた。
「六瀬、お前は本当にアナーキンに聞き覚えは無いか?」
ヴィスが目を細めて問う。
六瀬はサブメモリを探り、思考を回転させた。
「……まさか、スフィアの生みの親、オブリー・アナーキンの……」
「そうだ【4D-XSpace memory】通称”スフィア”を作ったあのオブリーの末裔だ。一族揃ってIQ200越えのバケモノばかりっていうな」
【4D-XSpace memory】とは、特殊な球体の中に”情報を集積する亜空間”を発生させ、膨大なデータを詰め込む記録媒体だ。
地球時代の後半に解析された亜空間。一部の人類がプラーグβに移住した後もその亜空間研究は継続した。それを応用して作られたスフィアは、記録媒体として最高の容量を誇る。
「オブリーの子孫らはギリギリまでプラーグβに残っていた筈だぞ。星を救う希望を持って研究していた」
天才が故に、星の未来を嘆いたアナーキン一族。結局、力及ばず脱出する事となったが、本当にギリギリまで粘っていた。脱出の時期が六瀬の船と同時期だった為、よく知っている。
「恐らく、惑星カレンに接近後直ぐ、亜空間から抜け出したんだろう。すんなり辿り着いたのだとしたら、数百年前には惑星カレンに居た事になるな」
「どんなに早く星を発っても、あのへんてこな空間に閉じ込められてたら干からびるだけ。生きてる内に来れたんだから運が良かったって事ね」
と、ここで多々良が意見を述べた。
そう。惑星カレンを覆う謎の亜空間の存在により、プラーグβの出航時期は最早関係無い。全ては運なのだ。何百年も前に星を離れた調査船団ですら、亜空間につかまってしまえば、永遠と宇宙を彷徨う羽目になる。
「そういう事だ。この星に辿り着いた人間は運が良かった者達ばかり。そいつらの産めや増やせやで今がある」
「六大閥族……。何故そう呼ばれる?」
六瀬は閥族について質問した。
人類始祖についての考察はこの辺までとする。
「最大権力を持つ奴等だからだ。まずバトラーは武器弾薬の支配者、銃剣管理局を仕切っている。ノヴァックは遺物船の管理と監視を行う観測局。船掘組合はここの傘下にある。遺物船の物資受け取りも彼らの職務だが、物資は直ぐにベルマールの所へ送られる。で、そのベルマールは食品と物資の管理を行っている。物資総監局って所でな、レアメタルや石油の採掘関係もそこにある。狩猟組合も傘下だな。ヴォジャーノは医療。薬の取り扱いもヴォジャーノだ。こいつらの匙加減一つで人間の寿命が変わる。バルゲリーは知っての通り、憲兵団だ。ま、軍隊だな。今は基本的に治安維持に力を注いでいるが、昔は襲って来る巨獣の排除に奔走していたらしい。そしてアナーキンだが……」
「エネルギー……でしょ?」
そのくらいは知っている、と言いたげな態度の多々良。
今更ドヤ顔するな、と突っ込みたかったが、話の腰を折ってしまうのでやめた。
「そうだ。人が生きて行く上で必要なエネルギー。採掘された石炭や石油、船掘されたネオイットやベリテ鉱石等、様々なエネルギーに対しての管理と支配権を持っている。それらを供給するシステムも彼らの管理下だ。現人類の中核であり、ほぼトップに君臨すると言ってもいい。後から来た奴等がトップになるとか笑える話だが、あのアナーキン一族だ。納得は出来るな」
「ネードにもクドパスにも彼らの血縁がいるわ。勿論、バトラーもヴォジャーノも。でも、血族の性格もあるんでしょうね、ネードはかなり穏やかな人達ばかりって聞くわよ。クドパスはクズの集まりらしいけど」
六大閥族について知っているではないか、と突っ込みたくなった。が、やめた。
一度、社会構造を成す貴族について質問した時、多々良は「私、詳しく知らないの。ヴィスに聞いて」と流した。
きっと、説明が面倒だったのだろう。彼女は気が乗らないと面倒くさがる癖がある。
幼い頃から見て来た多々良。何故かこういう変な所は自分に似ていると六瀬は思う。
「セントラルに本家があり、分家が各国や街に派遣されているといった感じだ。ある程度自由にさせていて独自の自治体を作っている。その為、国それぞれが独自の雰囲気を持つ。ネオンとくず鉄ばかりのグレホープは、お世辞にも良い都市とは言えないがな。むしろ酷い方かもしれん」
「なるほど」
「ああ、だが、大陸最西端のクロッズィーだけは特殊だと聞く。あそこにはバルゲリー以外の閥族がいない。民主主義の政治体制を持っていてな、大統主ってのに選ばれた奴が政権のトップになる。少々奴隷の多い国だが扱いは良心的で住みやすいと聞いた事がある」
民主主義の中の奴隷。
市民権、参政権を持つ者の自由と生活を守る為、それらを支える下の者を作る時代。地球の歴史にて、紀元前には奴隷を多く持つ民主主義があったという。
では、奴隷というカテゴリーは何処から線引きすれば良いのか。
ルールと法を行使され、それに準ずる人間はその時点で奴隷と同じではないか。
……なんて、ふと考えてしまった。
六瀬は胸中かぶりをふって「そこの政治体制こそ普通だと思うが……」と意見を述べた。
「考え方は人それぞれだ。だが、閥族なんてのがのさばっている体制は確かに特殊だな。まぁともかく、六大閥族を筆頭に様々な一族が部局や組合を管理して社会をまわしてるって事だ。他の人間はただの有象無象。働いて税金払うだけの資源って訳だな」
「資源って……嫌な言い方。ネードは住民みんなが家族みたいな感じよ。税金だって安いし」
多々良がムッとした表情をヴィスに向けた。
私の家族を馬鹿にしないで、とでも言いたげな顔に見えた。
「そうなのか。悪いな、ネードにはまだ行った事がなくてな」
「ネードはいい所よ。バカンスには最適って感じ。いつも忙しい忙しい言ってるんだし、たまには羽を伸ばしたら? あ、でもあんたの金でね」
「旅費は俺持ちって事か? 三人でって言っただろ。割り勘だ」
「私達、お金持ってそうに見える?」
「……見るからに一般的な中級民だな」
「でしょ?」
とその時、ポッドからピピっと音がして『分離完了しました』と声が鳴った。カレンの声だ。
「ストック調達してたのか」
「お前らが使うからだよ。まったく」
RRSメンテナンスポッドもまた科学技術の集大成であり、実の所、信じられない性能を有している。
レプリケーダー用人格脳は超複雑なプログラミングによるシステムとそれを起動させるスフィア基盤、そしてオリジナルの人格抽出メモリ等が必要である為、ポッドでは構築する事が出来ない。だが、素材さえストックしてあれば、リアクターを含めた全身全てのレプリケーダー用ボディーを構築する事が出来る。
これだけでも恐ろしい性能なのだが、驚くべき機能がもう一つあったりする。
それは”分離加工をして必要素材のみをストック出来る”という点。様々な素材で出来た部品を組み上げて作った機械ですら、完全に解体し、素材ごとに分離させる。これは、支援の無い戦場で資材調達を行う為に取り付けられた機能。
敵の残骸、武器武装の残骸、そういった物を拾って来て素材として利用すれば、ポッドのみで完璧な修復が出来る。これにより長期戦にも対応できるレプリケーダーが、その数によって国の軍事力となり得る理屈の一助となった。
常に物資不足のプラーグβだからこその発明。
分離出来る範囲であれば、一つの機械でそれを成す。そんな特級レベルの発明をした科学者達は本当に凄すぎる。と、六瀬は思っている。
そして、今、多々良とヴィスのボディー修復により消費してしまった素材を、使えそうなガラクタを使い、時間をかけて分離加工していた。
カレンが会話に参加しなかった理由は、その作業に集中させていたから。カレンのAIを切り離すと、作業スピードが格段に落ちてしまうのだ。
六瀬は使えない素材が詰まったダストボックスをポッドから抜き取り、テーブル近くのゴミ箱に中身を捨てた。そしてボックスを戻し、壁際の棚へ向かった。
カレンを自由にさせて会話に参加させるべきか、と一瞬思ったが、素材の分離加工にはかなりの時間を要する為、今回はストック作業に集中させようと判断した。
「ねぇ、ちょっと待って」
棚からガラクタを適当に選び、それを手に取った瞬間、六瀬の背中に声がかかった。
「何だ」
と、六瀬は振り向き、多々良を見た。
多々良はシャツのポケットに手を入れて、ひょいと何かを取り出した。
「これ、調べてくれない?」
「ん? それは……薬か?」
多々良が持っていた物は注射針の無いシリンジアタッチメントだった。
専用の注射器にセットして使用すると高圧、高速で一気に注入される。その薬筒の部分だ。
「そう。マツリのね」
「アズリの妹の薬か。……いいのか? 高価な薬なんだろ? 分離すれば元に戻らないぞ」
分離した際の構成内訳は、聞けばカレンが答えてくれる。
「お金払ってるから大丈夫。とにかく中身の成分が知りたいの。使える部分があればストックにしちゃっていいから」
「ただの薬だろ? 使える部分なんて……ん? まさか」
薬の成分はレプリケーダーのボディーに必要か、と問われれば、答えは否だ。
人体に作用する薬を人外が使うはずがない。だが、一つだけ例外がある。
六瀬はそれに気づいた。そしてヴィスも気づいた様子でシリンジを眺めた。
「そのまさか。私の勘が当たってればね。とにかくお願い。この程度数分で終わるでしょ」
「俺も気になるな。六瀬直ぐに頼む」
六瀬は「分かった」と素直に応じた。六瀬自身も直ぐに知りたかった。
六瀬はシリンジを受け取り、設定後に『カレン、頼む。出来るだけ急ぎでな』と伝えた。『かしこまりました』と返答され、六瀬は再度席に着いた。
「待ってる間に例の件、話したら?」
と、多々良が話題の提案をした。
例の件と言われても直ぐには思い出せなかった。
六瀬は一瞬悩んでから「ん?」と首を傾げた。
「忘れたの? アズリの件よ。別人格の話」
アズリが多重人格者でテレパシストである、という話を多々良にした事を思い出した。ヴィスにも聞かせ、彼の意見も聞こう、という話だった筈。
「ああ、その話か」
六瀬は自身の考えも交えて、ヴィスに語った。
アズリとティニャの変化。テレパシストというサイキック。しかも長距離可。尚且つ他種族ともイケる。
語るに忍びない妄想レベルの事実を六瀬は語った。
ヴィスは黙って聞いていた。信じがたいといった表情ではあったが、この辺の感性は六瀬と似ているヴィス。表情の奥に好奇心が見えた。




