迷いの糸廊【5】
「移民船団か……」
六瀬は呟いた。
ヴィスが小さく「ああ」と肯定し、続けた。
「アースコロニーが移民船団以外に使用された記録はない。セントラルのアースコロニーは俺達の時代のものだろう。だが、オブジェになり果てた他の船は違う。殆ど原形は留めていないが型式が古いように見えた。流刑時代の……もしかしたら、更に昔、調査隊時代の代物の可能性もある」
「調査船団は一度も帰還しなかった。全滅したと思われていたが、亜空間が邪魔をしていただけだったと今は理解している。流刑時代の輩の名が人間社会のトップに存在するんだ。無事に辿り着いた調査隊もいただろう」
プラーグβの歴史。その中の惑星カレン関係についていえば、三つの時代に分けられる。
一つは調査隊時代。次の移住先、惑星カレンを調査する船団が数度にわたって出航した時代だ。”命がけ”の調査隊は、無論、立候補者なぞ出る筈もなく、更に特殊な機械を準備する手間も相まって、十数年又は数十年に一度しか行えないプロジェクトとなった。長い年月をかけて何度も行ったが、帰ってくる船団は一度としてなかった。
人は諦めの段階へと移行し、そして、二度と帰って来れない流刑の星として利用する事になる。
二つ目の時代が流刑時代。非常に重い罪を犯した者を一族諸共流刑するという刑罰があった時代だ。世論調査でも賛否が綺麗に分かれた刑罰だったが、万に一つ、惑星カレンから何かしらの通信があった場合大きな利となる……という黒い打算が勝利を収め、長い間続いた。
運よく着陸出来るか、亜空間に閉じ込められるかの二択になっている星だ、と今は理解したが、当時の人類はそんな事実を知る術すらない。
三つ目の時代は、プラーグβ後期、移民時代。
星が最早限界に達していると判断されて直ぐに、各国、財団、各種企業、自治体、そして個人が一斉に移民船を造り始めた。その数は膨大で、その資材調達の為、人は暴挙に近い採掘を強行し、奪い合いの戦争が起こった。それは追い打ちをかけるようにプラーグβの破壊を進める結果となった。しかも恐ろしく急速に。
怒り、憎しみ、恨み、妬み、全ての悪心と争いは、奪う事から始まる。
土地、利権、物品、食糧、心、命、等々数多。
全ての生物には、奪う権利と奪われる権利があるがしかし、過ぎればそれは必ず身を滅ぼす。
「一度だけ、調査船団が放った調査報告がプラーグβまで届いた、なんて噂もあったんだから。その頃には既に人類は惑星カレンに到達して文明を築いていたかもね」
「惑星カレンに合わせた【genetic humanforming】の実行と【simple terraforming】の必要性について記されたデータだと噂では聞いたな。だが、噂でしかない。事実、一度行ったら戻ってこれない星だったんだ。だからこそ、流刑星として利用されていた時代もあったんだが」
そう、この噂話があったからこそ、移民の決断へと至った人類。
多少なりとも人の生存が可能な環境になっている、もしくは、適合するDNAデータが存在する事を期待してイチかバチか、賭けてみる。このまま死んでしまうよりはマシ。という崖っぷちに立たされた決断だった。
現在、惑星カレンには人間が普通に暮らしている。
各フォーミングが成されたのか、それとも元々人間が生存できる環境だったのか。
否、人類があらゆる微生物やウイルスに適応出来たとは思えない。
最低でも初期の段階で一定のヒューマンフォーミングだけは成されたと判断出来る。
「もし仮に調査隊が到達していて、各フォーミングが成された上で無事住み着いたとしたなら、この星の時間計算でも千年近くになるだろう。それにしては文明レベルが低い気がする。ネードとこの国しか知らんが、中期後半の地球程度にしか思えない」
「初期にどれだけの人間がたどり着いたかによるだろうな。少ない人数で何も無い所から文明を築くのは時間がかかる。人が増えてからは秩序然り、法然り、構築すべきものが多くあるんだ、この程度だろう。そもそも、信じられない数と種類の生物が生きる星だ。しかも危険な奴ばかり。カースト底辺の人間が生存しているだけで奇跡みたいなものだと思うぞ」
六瀬はヴィスの意見に同意し、小さく頷いた。
各フォーミングがどれだけ成されたか分からないが、こうして自然と共に存在しているだけでも奇跡なのだ。
それに、人類は多くの物を得てしまうと、争いの火種も増やしてしまう。やはり、文明はこの程度で良い。
「まぁ、俺はこの程度で十分だと思うが」
と六瀬。「それには同意だ」とヴィスが答え「私も」と多々良も同意した。
「怪魚の目的もそこなんだろう?」
ヴィスが問う。話の内容が怪魚に戻った。
「そうらしい。人に化けて……というか進化だが、達成次第人間社会に溶け込んで監視するつもりらしい」
怪魚の目的は、人間がこれ以上自然を破壊しないように、幅を利かせないように、そして暴走しないように見張るというものだ。
「いいじゃないか。人間は馬鹿なんだ。止める奴がいないとただの寄生虫だ」
「獣人ってのもいるみたい。そっちは既に人間社会にいるかもって話よ。判別するのは難しいけどね」
「どちらにせよ、彼らには彼らの理念と信念があるんだろう。進化し続ける生態は脅威だが、今の所人間よりもまともだと思える。今後、良き隣人となればいいがな」
「刺激しなければ怪魚による敵対は無い、と俺は思う。女王に直接会った俺の見解だ。彼らは自分達の領域を守りつつ、自然と共に生きようとしている。今後交易があったとしても、欲するのは細工が施された貴金属か、衣類か、又はナイフ程度の原始的な道具かもしれない」
ヴィスは、そうか近い内に会ってみたいな、と小さく答え「貴金属で思い出したが、怪魚が大量の遺物品を持っているのは本当か? それとACSモドキの敵、そいつの装備は怪魚が保管してるんだろ? 性能は? 誰が作った?」と続けざまに質問した。
「質問多いわね。まず遺物品から答えるわ」
と多々良が答えた。
「彼らは海底から拾ってきたものを沢山持ってる。壊れているけどACSもあるし、誰かの【Special-ACS-Weapons】もあるわ。ベリテ鉱石もあるし……それにホルテ鉱もあったわ。大量に」
溶解させたネオンイットニウム、通称”ネオイット”はハフニウムと触れるだけでエネルギーを発生させる。核分裂させたウラン1グラム、1 MWd/g-U(1メガワットデイ パー グラム ウラン)と同等のエネルギーを生み出し、人間社会の様々な分野で活用されるエネルギー源となっている。そのハフニウムの上位互換として、ベリテ鉱石がある。
ベリテ鉱石、惑星カレンでの通称”核”はベリテリリウムを多く含んだ鉱石。ベリテ鉱石はネオイットに触れると徐々に溶解し、ニッケル等のカスを残して消えてしまう。殆ど溶解しないハフニウムに比べたら使い勝手が悪いがしかし、そのエネルギー量はハフニウムの約百倍にもなる。少量のネオイットで長期間エネルギーを作り出すか、一気に消費して莫大なエネルギーを得るかは使用者の判断次第だが、少なくともベリテ鉱石一つあればかなりの量のネオイットを節約する事が出来る。
そしてホルテ鉱。ホルテ鉱はホルテセオンという元素鉱物。赤く綺麗な結晶で、これもエネルギーの核となる。
ベリテ鉱石の更に上位互換になるホルテ鉱。使用すればベリテ鉱石と同様に溶解してしまうが、そのエネルギー量は更に百倍、10GWd/g-H(10ギガワットデイ パー グラム ホルテセオン)を生み出す。
仮にグレホープの世帯数が十万世帯だとして、且つ現文明レベルの使用量を踏まえた上で計算すれば、たった1グラムで全ての世帯のひと月以上を賄う事が出来るエネルギー量になる。
ベリテリリウム、ホルテセオンは共に原子核としての限界、陽子数164中性子数308の質量数472を誇っており、1㎤の水を基本とした通常の重量の五十倍近い密度がある。よって、一回り大きい親指サイズでも600~700グラム近くあり、想像以上に重い。初めて持つと誰もが驚く。
「ホルテセオンが? 500グラムもあれば人間は黙っちゃいないぞ」
多々良は、500? 戦争起こるくらいにあるわ、と鼻で笑った。
「一応価値については伝えておいたから、今後はもっと厳重に管理すると思うわ」
多々良曰く、ホルテセオンはレプリケーダーの命の元と説明したとの事。
レプリケーダー、ACS、RRSメンテナンスポッドはいずれもネオイットとホルテセオンがエネルギー源。他にも超大型船や様々な機器に使われるが、ホルテセオンがあまりに希少である為、その使用範囲は限定されている。
ホルテ鉱500グラム……。
プラーグβでも、後期には奪い合いに発展した量。惑星カレンでは尚更だろう。
「……やはり一度確認すべきか」
「そう言うと思って、仲間を連れて確認しに行くって言ってあるわ。時間見つけて三人で行きましょ。ハヴィも喜ぶわ」
ヴィスは分かった、そうしよう、と答えた。
「ACSモドキについては俺が答えよう」
次いで六瀬が回答する。
「正直、アレはゴミカスだ。良くてただの張りぼて。だが、この世界での技術ではそこそこレベルの高いものだと思える。ゼロから作ったなら尚更な」
「重力制御の基本システム然り、人類は高度な遺物を根本的に理解していない。貴族連中は多少理解しているだろうが一般人はとにかく接続は出来る、とりあえず使う事は出来るって状態が殆どだ。ACSを作ろうとしても無理な話だろう」
「仮に理解出来ても作る為の設備が特殊だ。その設備が無ければ何も出来ん。しかし、ACSモドキを作った奴は本物のACSを所持している。故に、俺達の同類がいる」
「だろうな。で、何処にいる?」
「クドパスらしい。レプリケーダーの人数までは分からないが、少なくとも先生と呼ばれてた奴が一人。そいつにはハイブリットの部下が数名いるようだ」
「バイオロイドとダイバーボーグのハイブリット……。アレは反発し合う。寿命もエグいくらいに短くなる。作った奴はいかれてるな。普通はしない」
「半有機筋線維セルと専用の構築プリンターさえあれば簡易的とはいえバイオロイドのパーツは作れる。だが恐らく、セルはかなりレアだ。節約する意味でのハイブリットだろうな。ま、人を人と思っていない証拠でもあるが」
「だな。さて、その先生やらはどうする?」
「探れるか?」
「そう来ると思った」
「動かせる人員なんていないもの、私達。部下沢山いるんでしょ? ヴィスしか出来ない仕事よ」
言い放つ多々良の顔を見ながら「面倒な仕事ばかり押し付けやがって」とヴィスが愚痴を吐いた。が、分かったよ、と素直に引き受けた。
幾ばくかの沈黙が出来た。三人同時に水を口にした。
最初の話題は怪魚から派生し、ACSモドキへの今後の対応で終わった。
途中、惑星カレンにおける人類始祖の考察を挟んだ。歴史書なるものが存在するのであれば考察の精度も高くなるだろうが、ヴィスの様子を見る限りそれらの書物や情報は得ていない。
とはいえ、個人的にはあながち間違っていない考察だと六瀬は思った。
では、どうやって社会構造が出来たのか。それは胸中密かに考察していた。が、肉付けは一旦置いておく。
「怪魚の件はもういいな」
多々良とヴィスが同時に頷いた。




