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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード4】 一章 迷いの糸廊
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迷いの糸廊【4】

 RRSメンテナンスポッドの置いてある部屋は、玄関から入って二番目の部屋に設置してある。

 元店舗だった空き部屋を買い取り、住み始めてから早数か月。六瀬は幾分居心地の良くなった我が家でのんびりと来客を待った。


 入り口を開けると直ぐ無駄に広い元店舗がある為、業者に頼んで壁を作り、簡単な玄関ホールを作った。玄関を開けただけで室内が見渡せる仕様を避ける為だ。

 一つ目の部屋には来客用のテーブルとソファーを置き、窓際には自分用のリラックススペースを作った。

 来客スペースは、六瀬の正体を知らない人物が来た時、そこに留まらせる為のもの。奥の部屋まで通さない(てい)を作る為のものといってもいい。リラックススペースは考え事をするときに使う。ウッドブラインドを少し開けて水を飲みながら通りを歩く人々を眺めたりもする、そこそこ使用頻度の高いスペースとなっている。

 この最初の部屋だけは壁紙も張り替えて小奇麗にし、人が住んでいる……という雰囲気を作った。


 だが、RRSメンテナンスポッドが置いてある二番目の部屋は、六瀬の正体を知る者しか入らない、否、入らせないと決めている為、扉に鍵を付けただけで余計な偽装はしなかった。

 ポッドの左右にパーティションを置き、間接照明を付けた。ポッドの手前に、元々置いてあった鉄テーブルと椅子を並べ、投げ捨てられた棚を壁際に並べただけに留めた。棚にはジャンク通りやバイドンから買った機械やガラクタが置いてある。

 元々コンクリートを塗った無機質な倉庫のような場所だったため、薄暗くて質素な雰囲気が意外と良い味を出している。個人的にはお気に入りの場所になった。


 三つ目の部屋……キッチン兼私室は、未だそのまま。

 理由は金が無い為。増えた物といえば、アズリ用の食器類だけ。

 金が入れば、徐々にその部屋も自分好みに仕上げようと思っている。


 六瀬は今、二番目の部屋にいる。

 上からどたどたと足音が聞こえた。天井から埃が落ちて来てきた。

 上の階にはロンラインで仕事をしている若い女性が住んでいる。

 外階段をカンカンカンと駆け下りる音も聞こえた。

 六瀬の住む建物は三階建てで、上の階にはロンラインに勤める若い女性が住んでいる。広い部屋を女性三人でシェアしていると知ってはいるが、未だに会ったためしが無い。夜は殆ど留守だし、そもそも六瀬も仕事があれば数日帰ってこないため、タイミングが無いのだ。

 三階は二部屋に分かれていて、別々の人物が住んでいる。二人共男だが、どんな人物かは知らない。この二人とも会ったことがない。


「遅刻だな」

 六瀬はボソッと独り言を言った。

 既に街灯がその力を発揮する時間。薄闇が広がり、早い所では夕飯すら終わっている時間だ。そんな時間にロンラインに向かうとなれば、確実に遅刻だ。

 足音は一つだった。シェア仲間に起こして貰えなかったのだろう。

 

 ガチャリと玄関を開ける音が聞こえた。ノックもせずに入って来る人物は決まっているため、六瀬は驚く事なくスキャンだけをかけた。

 ポッドのある奥の部屋までまっすぐ歩いて来て、コンコンと漸くノックをする。

 六瀬はカギを開けた。

 顔を覗かせた人物は多々良。「おまたせ」とだけ言って、椅子に座った。

「ノックくらいしろ」

「したでしょ。あ、私にも水ちょうだい」

 玄関からノックしろ、と言いかけたが六瀬はそれを飲み込み、キッチンから水を持って来た。そもそも玄関の鍵を閉めていなかった自分が悪い。

 マグカップを渡すと直ぐに一口飲んで「さっきすれ違ったのって上の住人?」と多々良が聞いてきた。

「そうだが?」

「美人さんね。雰囲気的にロンラインで働いてる子って感じ。知ってた?」

「素体のスキャンだけでは顔の細部まで分からんから美人かどうかは知らんが、ロンラインの女だってことくらいは知ってる。夜は留守だしな。会話もその手の話だし、想像がつく」

「……会話って……。頻繁にチェックしてるの?」

「ん? たまにだな。どんな奴が住んでるか気になるだろ? 因みに女三人で住んでる。三階の住人はよくわからん」

「……上、女性の部屋よ? わかってる?」

「だから何だ?」

「……分からないならいい」

 そう言うと多々良が溜息をついた。ついでにもう一口水を飲んだ。


「俺にも一杯くれ」

 追ってヴィスがやってきた。入室するなりそう言って、後ろ手に鍵を閉めた。

「用意してある」

 キッチンから持って来たマグカップは二つだった。一つは多々良に渡し、もう一つはテーブルに置いてある。

 ヴィスも座るなり直ぐに一口飲んだ。ほっとした表情が一瞬見えた。

 付き合いで酒を飲む事も多いだろうヴィス。あんな不純物だらけの水分を取らされるのは少し酷に感じる。冷却水として使用する水分は真水であればあるほど良い。


「相変わらず忙しそうだな」

「まぁな。これでも一番通りのトップだ。上の連中との付き合いも多い」

「変態共の相手か……。だが、少しは変わったんだろ?」

「グダグダ言う奴は多い。が、俺のバックにはバルゲリーがいるからな。素直な奴は素直だ」

「面倒なのは掃除しちゃった方がいいんじゃない?」

「女の敵は全て排除しろっていうのか? 現実的ではないし、そもそも無理だ。馬鹿な事言うな」

「何のためにいるのよ」

ルール()ヒエラルキー(権力構造)が仕上がってる世界では、裏から密かにチクチクと縫い合わせないと繋がる物も繋がらんし、変える事も出来ん。多少まともな権力を得たっていってもまだ日が浅い。こういうのは時間がかかるんだよ。それにこれでも全力でやってるんだ」

「全力ねぇ……」

「今、一番通りでは人権の確保を優先している。ルマーナの所(二番通り)と同じ立場にするのが当面の目標だ。理解してくれ」

 

 ルマーナが支配する二番通りでは女性が優遇される。過酷な仕事をするのは女性で男はそのサポートなのだ。当然といえば当然といえる。だが、一番通りでは女性が道具扱いだ。女の貞操観念を砕き、使い捨て、利益を独占するのは男。ヴィスはその立場を逆転させようとしているのだ。想像以上の苦労だろう。

 因みに三番通りは男の園といえるらしい。普通の賭け事よりもファイト・ステージなる喧嘩賭場が多くあり、人気を博しているという。テンランスの部下モイズや、ヴィスの腰巾着イジドとブルーノンは各々のファイト・ステージで好成績を収めた過去を持つと聞いた。

 女性は客かウエイトレス程度でしか存在しない。


「ヴィスなりに努力してるんだろう。分かってやれ」

 多々良が、分かってるけど……、と少しむくれた。

「あんたの所ばかりじゃなくて、早く下級街にもメスをいれてよ。孤児多いんだから」

「そんな権力は持っていない。無茶を言うな。だが流石に目に余る。長い目で待て。それよりも早く始めてくれ」

 ヴィスが腕時計を指先で叩き、時間が無いんだ、と付け加えた。同時に多々良が悠長な事言ってらんないのに……と、愚痴をこぼした。

ここ()で会話出来れば、集まる事も無いんだがな」

 六瀬は自身のこめかみをコンコンと二度叩いた。

「何があるかも、誰がいるかも分からない。下手に使う訳にいかないだろう?」

 人口の多い場所でのパーソナル通信は控えるようにしている。そう簡単に傍受出来るシステムではないが、頻繁に長時間使えば勘づく者は勘づく。勿論、六瀬達と同類である事が前提だが。

 同類が何処に紛れているか分からない状況下では、無為で無謀な判断をすべきではない。

「いいじゃない、これで」

 と、多々良。定例会議みたいで好きよ、等と言って微笑を浮かべた。

 六瀬は、定例会議なんて普通嫌う者の方が多いだろ……と、言いかけて飲み込んだ。


「おっと、そうだ。先日お前が言っていた怪魚(イボーブ)とやらはどうなった」

 怪魚の事はネードから帰って直ぐに話した。

 ルマーナ船掘商会救出の件はヴィスからの依頼でもある。ネードへ向かう前に「安否確認と保護、頼んだぞ」と依頼されたのだ。結果報告は義務というもの。

「狩猟組合の代表が怪魚の代表と会ったらしいが、怪魚は敵ではないという認識を持った程度で、今後どうなるかまでは分からん。時期をみて憲兵の方でも一度面会すると言っていた」

 これはカテガレートからの情報だった。オルホエイ経由で船員達に伝わっている。

「組合の代表って事はセントラルから派遣されたって事か。トップの奴らがよく動いたな」

「セントラル……ここから北にある国だな。どんな国なんだ?」

「セントラルはほぼ全ての権利を有している国だ。セントラルを中心として東のウォータープラー、西のオブスタン、南のカルミア、北のマンロックが配置されている。他国はセントラルの支店みたいなものだな。様々な部局の親元や、お前ら船掘の元締めも全てセントラルにある」


 東部防衛国ウォータープラーは近くの湖から大量の水が引ける為、工業がメインの国と聞く。西部防衛国オブスタンと南のカルミアは狩猟と船掘が主流。北部防衛国マンロックは採掘を基本としていて恐ろしく寒いらしい。

 六瀬は一応、マンロック出身となっている為、一度は行ってみたいと個人的には思っている。

「その五カ国が人の住める一番広い領域なのよね。ヴィスは行った事あるの? セントラル」

「一度だけな。国というより一都市といった感じだな。セントラル以外には町も村も無い。人類はセントラルから始まったと言われているが、あながち間違いじゃないだろうな」

「どういうことだ?」

「調べてみないと何処の国の船か分からんが、着陸した超大型船(アースコロニー)……のような物がそのまま都市になっている。周囲にも大型船の残骸があってな、まるでオブジェだ」

 

 通常の船には型番や愛称がある。だが、基本的には型番で呼ばず、愛称又はざっくりと小型、大型等と分別する。しかし、超大型船だけは総じてアースコロニーと呼んでいた。

 小さな街をそのまま乗せた船であり、日常生活を営みつつ移動できる巨大船。各国の大きな移民船団の中に一つか二つ存在した特殊な船だ。

 亜空間に閉じ込められる現状、このアースコロニーの人間が最大の地獄を味わっている事だろう。

 寝たまま干からびるか、船のエネルギーが尽き、暴動の中で死を迎えるか。

 どう考えても、干からびた方が幸せだ。

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