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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード4】 プロローグ
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プロローグ

 縄張りという狩場を確保する生物は多い。

 もし仮に人間が住む場所へ異物が迷い込んだらどうなるだろうか。

 害を成さない異物だったとしても、それが危険と判断されれば即座に排除対象となる。

 ならば、人間が他種の縄張りに入ったらどうなるか。

 言うまでもなく、人間が異物となる。


 ゴロホル神山群五十五番、危険度C区域。巨獣指定は無いが、危難指定が一つ付いている場所。別名”迷いの糸廊(しろう)

 木々の間に糸を張り、洞窟のような迷路を作るトラドワームという生物の巣を探索する区域。

 巣の糸廊内では乾燥している部分を歩く。少しでもツンとした匂いと湿気を感じたら即座に引き返す事。それがセオリー。

 トラドワームは巣内で頻繁に狩場を変える。それは獲物に安全なルートを覚えさせない為。トラドワームの卵は非常に栄養価が高く”迷いの糸廊”に住む幾らかの動物達はそれを糧として生きている。それを目的に糸廊内をうろちょろと歩き、卵を探す。だが、奴らのセンサーに触れてしまうと逆に捕食対象となる。

 センサーはトラドワームの体液。糸を濡らし、それに触れた対象をしつこく追う。一度狙われれば巣の外まで追って来て、丸一日以上は諦めない。

 トラドワームの卵は人間でも食べる事が出来る為、稀に商店に並ぶ事がある。味に深みがあり、香りも良いトラドワームの卵。無論、高級食材の部類に入り、一般人ではそうそう口にする事が出来ない。

 ”迷いの糸廊”に赴く者は、卵を得ようとする狩猟商会又は、少人数で活動する宝食(ほうしょく)商人と呼ばれる者達ばかり。


 だがしかし、そんな糸廊内で今、()()()()()()()()数人が全力で走っている。

 ”迷いの糸廊”は、船掘商会にとってみれば無縁に近い場所となる。遺物船が落ちたという情報も無く、今まで探索してきた狩猟商会からは「残骸らしきものはあるがそこまで行く事が出来ない」と言われている。よって、この場所に船掘商会が居る……ということ自体、珍しい。


「いや~こんな所で見つかるとは思ってもみなかったでさ」

「そうですね。ここでは初ですよ。たぶん。とはいえ、最大級の収穫をしてしまいましたからね。流石にもう来る事はないでしょう。はっはっは」

 現在の状況を無視して、明るく会話するのはレッチョとキエルド。

 そんな二人を見て、

「こんなとこ二度と来たくないよっ。無駄口叩いてないで何とかしなっ」

 と、ルマーナが叫んだ。

 次いで「うるせぇぞお前ら! は・し・れ・よっ!」とリビが叫ぶ。


 最後尾にキエルドとレッチョが並び、その前をルマーナが走っていた。

 そこから更に十数メートル先を、リビとタタラが走っている。

「弾はもう無いの?」

 チラッと振り向いてタタラが尋ねた。

「無いよ。あたいはね。キエルドあんたは?」

「撃ち尽くしました。こんな奴らに使うには惜しい弾でしたね~。はっはっは」

「笑ってんじゃないよっ」

「俺も半分もねぇ。アズリもあと数発って所だろうな」

 リビが舌打ちと共に言う。

「マズい状況だね。うわっ」

 後方の壁に張り付いて追ってきたトラドワームが、長い管をびゅっと伸ばした。

 ルマーナは間一髪それを避け、すかさずレッチョがハンマーを叩き込んだ。

 ぶちゅっと白っぽい内臓を吐き出してトラドワームが絶命する。

「対抗手段が殆どおいらのハンマーだけってのが絶望的でさ」

 再度管が飛んで来た。それもレッチョが叩き潰し、また走る。

「刺されないようにしてくださいね、ルマーナ様。一気に内臓吸われますよ」

「うるさいね、分かってるよっ」


 トラドワームの好みは動物の内臓。細くて長い管を胴体目掛けて勢いよく飛ばし、刺さったと同時に一気に吸い上げる。残った体はどろどろに腐らせた後、幼体の食糧とする。

 攻撃手段も捕食行動も恐ろしいが、トラドワームを危険生物とする理由は他にある。

「次はこっち。早くっ」

 他の面々よりも先行していたアズリが叫んだ。

 探索時、歩いたルートに沿って赤いスプレーを吹いて来た。帰りの道標に体を向け、手招きするアズリ。

「いいから早く行けって! 先行してる意味がねぇーだろ」

 とリビが叫び、アズリは頷く。そして走る。


「アズリさん、結構足早いですね」

「リビって子も小さいのに運動神経良いでさ。オルホエイ氏の所はいい船員揃ってるでさ」

 キエルドとレッチョは互いにうんうん頷いた。

「だから無駄口叩いてんじゃないよっ。あんたらも急ぎなっ」

「あ、わかってます? ここで一番鈍足なのはルマーナ様ですよ?」

「はぁ? 舐めてんじゃないよっ」

「そうですか……では、私達はお先に失礼します」

「でさ」

 そう言って、キエルドとレッチョはルマーナを抜いた。

「あっ! ちょ! 待ちなっ」

 最後尾になるルマーナ。

 ルマーナは愛用の銃剣を握り直し、振り向いた。

「……あ~無理。これは無理」


 トラドワームがうじゃうじゃと湧いて追って来ている。

 トラドワームを危険生物とするもう一つの理由はその繁殖力にある。

 雌の個体が一度に産む数は三百を超える。

 動物も人間も卵を狙い、多くの卵を奪われても尚絶滅しないのはそこにある。

 むしろ、その卵すら獲物をおびき寄せる道具とする。そして集団で襲い掛かる。

 五十センチ程の白い芋虫に二本の足が生えているという形様。糞尿をまき散らすかのように体液を出しながら、びちゃびちゃと走る。

 それが数十、数百という数で追って来ているのだ。

 普通の女性ならば、いや、女性でなくとも嫌悪感以外に抱く筈も無い。

「気持ち悪っ!」

 ルマーナは「ふんぬっ」と気合いを入れてスピードを上げた。


 先行していたアズリは急カーブを描く糸廊を走り、前方に二つと右手に二つの四ルートに分かれる分岐点まで来た。

 赤いスプレーで帰路は示されている為、迷う事無く一本を選ぶ。

 仲間の姿が見えるまで無意味に待つ事はせず、安全確認の為に少しだけ先へ進む。

 三十メートル程度進んだ所で違和感を覚えた。

 すると直ぐにツンとした匂いが鼻腔を通り、少し足元を滑らせた。

「え? うそ……」

 すかさず肩に掛けていた懐中電灯(フラッシュライト)の光軸を絞り、更に奥を照らす。

 うじゃうじゃとトラドワームが蠢いていて、その中央に何かの塊が落ちていた。

「そ、そんな……あの人って……」

 塊の正体は人間だった。

 数体のトラドワームが管を突き刺し、内臓を吸い上げる動作をしている。

 邪魔な服を剥ぎ取ろうとする管もあり、ビリビリと破っていた。上半身の服は既に無く、胴体の内部で管が蠢き、それに合わせてボコボコと皮膚が動いていた。肉の腐敗を早める為に管の先から液体をかけている個体もいる。

 アズリが立ち止まったのはほんの数秒。

 数体のトラドワームがアズリの存在に気づくと同時に、アズリは踵を返して逃げた。

 分岐点まで戻ると、タイミング良くリビと鉢合わせした。


「駄目っ。こっちは駄目っ」

「は? 何でだ」

「あいつらがいる。いっぱい。人も死んでる」

「マジかよ……。あと少しだってのに」

「獲物確保と同時に狩場変更ってとこかしらね」

「冷静に分析してんなよっ。くそっどうする。他のルートは安全かどうか分かんねぇーのに」

 タタラの分析にツッコミを入れたリビは、追いつこうとするルマーナへ声をかける。

「ルマーナ!」

「ちょっと何立ち止まってんの!」

「戻れなくなった。別ルートで行くぞ!」

「はぁ? 迷うでしょ」

「しかたねぇだろ!」

 そうこうしているうちにトラドワームが迫って来る。

 アズリがタタタっと二、三匹倒すだけの無駄弾を撃った。そして直ぐにカチカチと弾が尽き、次いでリビが撃つ。それも同じく直ぐに尽きた。


「た、たぶん、こっち!」

 アズリが正面左のルートを指さす。

「お前の勘に頼るしかねぇってか」

 リビが舌打ちしながら言った後、少し遅れて「正解だ。こっちへ来い」と声がかかった。

 いつの間にか男が立っていて、手招きしている。

 リビとアズリは顔を見合わせ、ルマーナは訝しげな顔。

「早くしろ。死にたいのか」

 迷っている時間は無論皆無。

 全員で謎の男の元へ向かった。


 男は鞄から布で出来た小さな袋を二つ取り出し、二方向へ投げた。ぼすぅと薄いピンク色の煙が出て来て、トラドワームの足が止まった。

「何それ」

 と、ルマーナが質問して「少し足を止める効果しかないが、ここじゃ銃よりも必需品だ」と男が答えた。そして「外へ出てもあいつらは追ってくる。とにかくひたすら走れ。ついて来い」と続けた。

 甘い香りが漂い、トラドワームがピクピクと痙攣を起こす。

 走り出した男に必死でついて行き、皆、出口へと向かった。

 出口の光が見えて来た頃にはトラドワームが見える距離まで近づいて来ていた。


「お前ら地図は持ってないのか」

 無言で走り続けた男が不意に言葉を発した。

「無いよ」とルマーナ。「売って貰えなかったんだよ」とリビ。

「地図も無しでここに入るのは馬鹿だ」

「いや~しかしですね、予想以上の収穫でしたよ」

 キエルドが懐からベリテ鉱石を出し、見せびらかすように掲げた。

 子供の掌一つ分程もある大ぶりのベリテ鉱石。キエルドはそれを眺めてニコッと笑う。

「お前ら”残骸の寝床”まで行ったのかっ。どうやって……」

「こいつについて行っただけだ。帰りはこんななっちまったけどよ、行きは楽だったぞ」

 リビがアズリを指さして言う。

「……普通は近づくのすら無理なんだがな。まぁいい。ここを抜けてもついて来いよ」

 言うと直ぐに”迷いの糸廊”を抜けた。


 目の前には浅い川が流れていた。男は迷わず川を渡った。

 全員が渡り終えたと同時にトラドワームが糸廊から湧いて出て来た。

 数十、数百と、うじゃうじゃ湧く様子は、死体の腹からぶわっと虫が這い出る様子と似ていた。

「あたいは生理的に無理っ」

 ルマーナが叫び、リビが「俺もだよっ。普通だ普通」と同意する。

 川岸を走り続けると、若干小ぶりの空船が見えて来た。

 低ランクの狩猟商会や船掘商会、そして中堅の宝食商人が使用するサイズの船だ。

 男は「一日、二日は立て籠もるぞ。覚悟しろよ」と言って、マイクのスイッチを押した。

「見えてるな? 客がいる。直ぐに開けろっ」

 言うと直ぐにハッチが開いた。

 

 全員を中に押し込み、男は外を確認しながら閉まるのを待つ。

 ハッチの隙間を狙って、びゅっと管が伸びて来た。男はそれを避けた。

 ハッチが完全に閉まると同時に、びたびたとトラドワームが外壁に貼り付く音が聞こえた。ハッチに挟まった管が鞭の様にしなっている。男はそれをナイフで切った。

「助けてやったんだ。高くつくぞ」

 男はニヤリといやらしく顔を歪ませた。

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