ティニャの休日【2】
「こんにちはっ」
ここでも元気よく挨拶した。
すると奥の部屋からぬっとバイドンが顔を出した。頭をボリボリ掻いている。
「おう。どした?」
「お届け物。キエルドさんからの」
ティニャは鞄から封書を取り出し、バイドンへ渡した。
バイドンは嫌な顔をしながらそれを受け取り、直ぐに中を確認した。
「相変わらず厄介な交渉してきやがる」
ボソッと言った。
中身はやはり値切り交渉についてだと察した。だが、知らないふりをして「どうしたの?」と聞く。
「いや、なんでもない。で、今日もアイツか?」
「うん。居る?」
「毎度タイミングがいいな。居るぞ」
一人で出歩く時は必ずバイドンの店へ顔を出すティニャ。
その目的は元同僚に会う為だった。
「よっ。ティニャ」
呼ばれるよりも早く、一人の男の子が奥の部屋からぬっと顔を出した。
「ルディ」
名を呼ぶと、恥ずかしそうに「おうっ」と小さく頷いた。
ルディはバイドンの所で働く男の子。仕事内容はティニャと同じく配達がメインで、時折店番もする。機械に興味があって、時間がある時だけバイドンの作業場を見学させて貰っている。
面倒見が良く、下級市民だった頃に何度も世話になったちょっと頼れる男の子。多分歳は四つくらい上だった筈。
「これ、買って来たの。持って行きたいの」
何を言わんとしているのか。ルディにはこれだけで十分伝わる。
「ああ~。でもなぁ……今良い所でさ……」
ルディがしているのは作業場の見学。あくまで自由見学なのだ。ルディの事を気にしてバイドンの作業が止まる事なんてない。
「お願い……」
ティニャは微妙な上目遣いでお願いした。
これはメルティが得意としていた技だった。メルティ曰く、ほんの少しだけ……目線を上げる程度の微妙さ……がポイントらしい。やり過ぎるとあざとくて、逆効果なのだという。
メルティはいなくなってしまったが、この技はちゃんとティニャに受け継がれている。
「……分かったよ。行くよ」
「ありがとうっ」
「って訳だから、ごめんバイドンさん」
「そもそも今日の仕事は無いんだ。勝手にしたらいい」
「冷たいなぁ~」
「うるせぇ。居ると邪魔なんだ。早く行け。女を待たせるな」
スコンっと頭を殴られた。
ルディはぶつくさ文句を言いながらティニャと共に店を出た。
「大丈夫?」
「んあ? ああ、うん大丈夫。痛くは無いよ。知ってるだろ? あのげんこつ、勢いだけだし」
あーだこーだ文句を言って、たまに殴られていたルディ。
少し前までバイドンの店で一緒に世話になっていたのに、すでに懐かしさを感じる。
「皆居るかなぁ」
「どうだろ。仕事してる奴もいるからな~」
ティニャが次に向かう場所は下級街。
下級街には、生きる為に協力し合う子供達のグループが幾つもある。
その内の一つを仕切るのがルディの兄。現在は工場で働いている為、弟であるルディがリーダーをやっている。
ルディのグループは低年齢の子ばかりのが集まる小さなグループで、ティニャもそのグループに属していた。当時、バイドンの店を紹介して貰ったのもそのグループにいたおかげだった。
「うん……そうだよね。いっぱい買ったんだけど……無駄になるかな……」
「それは無いな。確実になくなる。ってかさ、お前ってすっげータイミングよかったりするじゃん? 今日あたり、俺みたいに暇してる奴とか多いかもよ」
「……ならいいけど」
「大丈夫だって。んじゃ行くか。それ持ってやるよ」
「うん。ありがとう」
ルディは優しい。
毎回沢山買って、重い荷物に変化するハルマ焼き。それをいつも持ってくれる。
言わなくても察してくれる気遣いは、見習いたいと思う。
ティニャはルディと共にジャンク通りの裏道を進み、秘密のルートを辿った。
ジャンク通りから下級街へ向かう途中には、ちょっと怖い場所がある。
何かの中毒になった人がたむろしている場所。
歩こうと思えば普通に歩けるが、五回に一回は絡まれてしまう。大人は殴って終わらせるらしいが、子供だけだと逃げるのも一苦労。食べ物やお金になるような物を持っていれば余計に大変なのだ。
よって、子供達しか知らない秘密の道を通る。
勿論、少し離れた場所からビッドルもついてきた。
最初は「あのおっさん誰だよ……」と警戒された。だが、保護者だと説明したら納得され、そして空気になった。ビッドルは少し影が薄い。ルディ達に完全に空気扱いされていると、ちょっと可哀想になる。
秘密のルートを通って、見慣れた建物に着いた。
ボロボロになった集合住宅。二階から三階までが住居になっていて、現在住んでいるのは親を亡くした子供達ばかり。一階は昔、何かの店舗だったらしい。
そこがルディの仕切る建物であり、その周辺が”持ち場”になる。
ティニャがつい二、三か月前まで住んでいた部屋は、その建物の少し先にある。
遠からず近からずといった距離にゴミ集積場がある為、やはりこの辺りも少し臭う。
「皆いるかな」
呟きながらティニャは、集合場所として使っている空き店舗を覗いた。
「ティニャちゃん!」
カウンターに突っ伏して、ボロボロになった人形のようなものを弄っていた女の子が飛んで来た。
他にも数名の男女がいた。皆ティニャと同じくらいか一つ二つ下の子ばかり。
「お休み貰ったから来たよ」
「やった~」
女の子はそう言いながら抱きつき、そしてルディの持つハルマ焼きを見た。
ティニャが金持ちに引き取られた……。
それはグループ内は勿論、繋がりのある別グループも知るビッグニュース。
何処かの店のお手伝い、という多少まともな仕事をしてても尚、食べるのがギリギリという生活をしている子供達。ティニャが来れば勿論嬉しそうにするが、それと同時に滅多に食べられないお菓子へ目が行く。
もし自分が逆の立場だったとしても同じだったろう、とティニャは思う。
金を持つ友人がいれば、それにすがり、そして期待する。まだ子供なのだ。友人よりも菓子の方に目が行くのは必然といえる。
実際【ニア】で食べるケーキは美味しくて、ご馳走して貰うとやはり甘えてしまう。大人になろうとどんなに頑張っても、自分もまだまだ子供なのだ。
「一、二……五人か。他は仕事にいったのか?」
ルディが近くの男の子に尋ねた。
「今日は殆どいるよ。仕事に行ったのはテッドだけ」
「ほらな。すっげータイミングいいだろ?」
と、どや顔のルディ。
「うん。よかった」
その後、ルディが各部屋をまわり、グループの子供達を一階に集めた。
滅多に食べれない菓子を貰った皆は飛び跳ねて喜び、ワイワイ盛り上がった。
だが、少し足りない。人数が。
「まさか……」
呟くと、それを察したルディが「……何人か……ちょっとな。ここ最近、スラッジラットが増えたみたいでさ。しょっちゅうその辺うろちょろしてるんだ。見つけたらすぐに駆除してんだけど、あいつら増えんのすっげー早いしさ。ほんと追いつかねぇ」と答えた。
毎回ハルマ焼きは一人二個づつ配る。それは一つでは物足りなさを感じるから。
二つ以上貰う子には兄弟姉妹がいる。では何故、一人で家族の分を取りに来るのか……。理由は、動く事が出来ないからだ。
「そうなんだ……」
「前に来た時に幾らか薬貰ったろ? あれすっげー助かった。でも、高い薬だったんだな、アレ」
スラッジラットの糞に混じっている虫、ソウルワーム。
動けない子達はその虫に寄生されている。
ティニャは弟……ティーヨを思い出した。
当時は知識が無かった。ルディや他の者達へ相談もせず、偽の薬で騙され続けた日々。その結果、ティーヨを失った。
だが、今は違う。
「……これ。使って」
ティニャは鞄から大きな瓶を取り出した。
「は? こんなに⁈」
瓶の中にはソウルワームに効く正規の薬がみっちりと詰まっている。
「他のグループの子にも同じ症状の人がいたら配ってあげて」
「ちょ、ちょっと待てって」
「あとこれは胃薬。これは鎮痛剤。それと……」
「ティニャ待てって」
「うん?」
「薬をこんなに……。すっげー金かかってんだろ。貰えねーよ」
「いいよ。気にしないで」
自分にできる範囲で下級街の子供達を守りたい。
ティーヨと同じ人生を歩ませたくない。
そう、今は違う。
知識も、常識も、お金もあるのだ。
頑張って働けば相応に、否、普通よりも沢山稼ぐことが出来るロンライン。
知識は船掘業で。常識はお姉様方に。そしてお金はロンラインで。
良い方向へ一変した環境は、ただ運が良かっただけだろう。しかし、それを自身の為だけに、私利私欲で利用しようとは思わない。
自身の幸せは、他者の幸せと同義。
引き取ってくれたルマーナや優しく接してくれる周囲の人達へ、全力で恩を返す事。運よく得た環境を最大限活用して、他者へ還元する事。
今ではそれが自分の使命だと、生きる意味だとティニャは考える。
大勢の人と心を繋げ、助け、協力していけば、今よりずっと住みやすい世界を作る事が出来る。そう信じている。
それを、両親とティーヨに告げた。
下級街で幸せそうな皆の顔を見た後、家族が眠る墓地へと向かった。
ティニャはハルマ焼きを一つ置いた。
「お花は今度持って来るね」
今の時期、どんな花がお勧めなんだろう。
帰り際ベルの花屋に寄って、マツリちゃんに聞いてみよう。
そう思いながらティニャは帰路についた。
ティニャが一人で出歩く時は、決まって自分が保護者となる。
保護者というよりストーカーだな……とビッドルは思う。だが、付かず離れずで見守る事……とキエルドに言われている為、余計な手出しはしない。ティニャの自主性を尊重し、責任を持った行動力を身に着けて欲しいとかなんとか言われたが、そもそも彼女は子供のわりにしっかりしている。そこまで考えなくとも良いのでは? と個人的には思う。むしろ、ちょいちょい見せる子供らしい言葉や行動の方が普通であり、ティニャというキャラクターに合ってると思う。
とはいえ、ティニャは末恐ろしい子だな……とビッドルは思う。
ルディという男の子はティニャに好意を持っている。
昔からなのか、ここ最近のことなのか、それは分からない。だが同じ男として、彼女への好意は容易に伝わる。
普通の男が何度か会話を重ねれば、恐らく彼女の魅力に引き込まれるだろう。
まず、妙なカリスマ性がある。子供らしい言葉を発してさえ、それがズンっと刺さる時がある。きっと、人並み外れた外見と雰囲気がそれを可能にしているのだろう……と思うが、よくわからない。
では、ただでさえ強い魅力をもつ彼女が、男を落とす術を身につけたらどうなるか。
……考えたくも無い。が、時すでに遅しとビッドルは思う。
店の娘達は日々、各々の得意技を全力でティニャに伝授している。
上目遣い然り、さりげないボディータッチ然り、庇護欲を駆り立てる声色然り、彼女達は自身の理想を越える超人を作ろうとしている。むしろそれを面白がっているくらいだ。
では当の本人はというと、これもまた恐ろしい事に、それが男を落とす術だと理解せずに習っている。
否、理解はしているのだろう。だが、心根が神がかり的に善人である為”男を落とす術”ではなく、純粋に”他者を幸せにできる術”と思っている様子。
ティニャの中では”小悪魔的な技=他者への献身”となっているのかもしれない。
そのカリスマ的魅力と無垢で純粋な技術が完璧に仕上がった時、ティニャは慈愛に満ちた悪魔となる……と思う。
良い意味でも悪い意味でも。
キエルドと共に沢山の女性達を見て来たからこそ、ビッドルにはその凄さが分かる。
ロンラインに生きる者達において、ひいてはこの国において、ティニャはいつかきっとあらゆる女に崇拝される。いつかきっとあらゆる男を従える。
そう思えてならない。
そして、そう思える理由もまた他にある。
それは金の使い方。
ティニャには妙にルマーナと似ているな……と思える節がある。
それはルマーナと似て、金の使い方が恐ろしく豪快、という所。
ティニャはちょろちょろ使ったりせず、貰ったらドカンと使う。
彼女は下級街で暮らしていた時も似た様な使い方をしていたらしい。働いて貰った金は、弟の薬代に躊躇なく使い、食べ物も買える分だけいっぺんに買っていたという。
昼も夜も働いていて買い物する余裕があまりなかったからこそ、そもそも大金を扱う事がなかったからこその使い方かもしれない。
……が、ルマーナ船掘商会の船医助手として、【ルマーナの店】の女として、そこそこ稼いでいる今も尚、豪快に使ってしまう。
キエルドもレッチョも店の娘達もその使い方はヤバい……と、ルマーナに似てしまうのは極めて重大な問題である……と、陰ながら騒いでいる。
だが、これは細胞レベルで変えようのない性格かもしれない……とビッドルは思う。何故ならば、金は他者を救う物だと思い、それを信じて使っているから。
豪快に使うが、ルマーナの使い方とは違う。
ルマーナは自身の為に八割、船掘業とロンラインの為に二割といった感じの使い方をする。
ティニャは自身の為に一割、他者の為に九割といった使い方をする。
その分かり易い例が休日の過ごし方にある。
最初は菓子を買って下級街へ赴いていた。その次もその次も何かしらの土産を持参して、馴染みの子達に配る。安定した金が入るようになると今度は菓子に加えて医療品を持参するようになった。最初は包帯や消毒液等。次いで薬類も少々。そして今日はついに給料のほぼ全額をはたいて買った大量の薬だ。
下級街に住む者達にとって医療品……特に薬はなかなか手を出せない高額な品になる。必要な時に必要な薬が手に入らない……なんて事はざら。
大切な人、又は自身に必要な薬を手に入れる為、危ない仕事に手をだしたり体を売ったりするもの当たり前。
親を亡くした子供は特に手に入れる手段が無く、無慈悲な死を迎える事も珍しくない。
その現実を知り、弟を無慈悲に亡くしたティニャだからこそ出来る行動か。いや、同じ境遇だったとしても普通の人間には難しい。細胞レベルで善人であるティニャだからこそ……と言えるかもしれない。
では何故、あらゆる女に崇拝され、あらゆる男を従えると思えるか。
ロンラインを利用する者は上の貴族連中か、中級街の者達に限られる。それらは彼女の魅力にいつか殺られる。
では、ロンラインで遊ぶ金が無い下級街の者達は?
答えは簡単。
救いの神に寄り添うのだ。
必ずティニャは大金を稼ぐようになる。歳を追うごとにその金額は増す。確実に。
今後も下級街へ出入りし、その大金を使って慈悲をばら撒けばどうなるか。
そう、神になる。
結果、自身の魅力と存在で大勢の者をティニャという世界に引き込む事になるのだ。
この事実に、この未来に、誰も気づいていない。……かもしれない。
【ルマーナの店】で店員として雑務をこなしつつ彼女を見て来た。保護者というストーカーで彼女を見て来た。
ティニャを引き取ってから然程時は流れていないが、プライベートを含めた様々な面を見て来たのはビッドルだけ。
故に、ティニャの恐ろしさを知るのはまだ自分だけかもしれないと思うのだ。
ビッドルは深く息を吸って煙を吐いた。
タバコの煙はゆっくりと空へ舞い、雲と同化するかのよう。
ハルマ焼きを一つ置いて「お花は今度持って来るね」と家族に告げるティニャ。
そんなティニャを遠くから眺めた。
チラッと自分の足元を見ると、花が一輪咲いている事に気が付いた。
墓を後にするティニャをぼぅと見送った後、花をプチっと摘んだ。そして、タバコを咥えながらティニャの家族の元へと向かう。
腰を落とし、また深く息を吸う。
一度呼吸を止め、ぶはぁ~と大きな溜息みたいに煙を吐いた。
「あんた達の娘、そっちに行く頃には伝説に……いや、神になってるぞ。賭けてもいい」
ビッドルはそう言って、花を一輪置いた。




