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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
幕間
160/172

ティニャの休日【1】

 記念日。

 それは新しい母が……ルマーナがその日の気分で決める休日。


 やっぱり今日も記念日になったんだ……と思いながら、ティニャはルマーナの部屋をノックした。返事は無いが、いつのもの事なので遠慮なく扉を開ける。「おはようございます」と、敬語を使って入室すると、沢山の香水が混り合う独特の匂いと、酒臭さが漂ってきた。

 一人で使うには広すぎる部屋は掃除が行き届いていて、店の内装よりもスッキリとした豪華さを見せる。中央にある大きなテーブルには花瓶に入った花束がドンっと置かれ、部屋を彩る……というよりも、やたらと強い自己主張をしていた。

 

 その花は、ロクセがルマーナへ贈った物。一度目の花は流石に枯れてしまったので廃棄し、今あるのは二度目に贈られた物になる。ネードへ行ってる間も店に残った者達が全力で管理していた為、その美しさは未だ健在していた。

 因みに花束持参でロクセが来店した次の日は記念日となる。

 花束一つで大盛り上がりのルマーナは、ロクセが退店した後に素の自分をさらけ出し、サラと共にギャーギャー騒ぐ。その度に皆は、明日は休みだから何しようか、とプライベートの予定を組み立て始める。

 そんなルマーナを見るとティニャはいつも、可愛い母だ、と思ってしまう。

 

 昨夜なんて、嬉しさのあまりずっとわんわん泣いていた。

 ロンライン二番通りのマークを模ったアクセサリーを贈られ、更に、ふらっと寄ったお店で可愛い下着までプレゼントして貰ったとの事。

 好きになった男から三度もプレゼントを貰い、来店の度に花束を贈られ、昨日は半日以上もデートをして貰った。

 こんな沢山の幸せを贈られた事は生まれて初めてとの事。サラに慰められながら「生きてて良かった」「もう死んでもいい」「一生ついていく。大好き!」等と叫び、酒を飲んではまた叫び、そしてわんわん泣く。

 ルマーナの部屋でサラを含めた数人がその現場に立ち会い、互いに喜びを分かち合っていた。

 チラッと様子を伺っただけのティニャにもその喜びが伝わってきた。泣いて喜ぶルマーナをみて、暖かい気持ちのまま自室でぐっすりと眠った。

 

 そして、今、朝の日課を行うべくルマーナの部屋を訪れている。

 掃除が行き届いた部屋でもやはり、昨夜の酒盛りの場所だけが散らかっている。他はベッドへの動線に沿って脱いだ服が少し落ちているくらい。毎日ちゃんと片付けて掃除していれば、広い部屋の一部しか散らからない為、そう目立つ事は無い。

 ティニャはベッドの方へ目をやった。

 お腹辺りに掛かったタオルケットが静かに動いていて、ぐっすりと寝ているルマーナが目に入った。


 一応確認の為、ベッドへ向かう。

 きっと夜中まで飲んでいたのだろう。死んだように眠っている。

「朝です。ルマーナ様」

 ルマーナは母という立ち位置だが、朝起こしに来た時とお店の仕事の時だけはきちんと敬語を使うようにしている。

「ふがっ」

 鼻息で返事をされた。だが、起きる気配すらない。

「……いっぱい嬉しかったんだね。泣いたまま寝てる」

 ルマーナの目元には涙の痕があり、少し腫れぼったい感じもあった。

 出来るだけ起こさないように片付けをしようと思った。

 裸で寝ているルマーナ。胸もお尻も股も全部さらけ出している。

 まずは寒そうにしている肌にタオルケットを掛け直す事から始めた。するとまた「ふがっ。ぶひっ」と返事をした。

 きっと感謝の言葉だったのだろう。ティニャは可笑しくなってクスッと笑った。


「よしっ」

 ティニャは小さく気合いを入れて袖を捲った。

 片付けるべきは脱ぎ捨てられた服と、テーブルにごちゃっと置いてあるグラスや皿やボトル。今日は片付けだけにして掃除は明日に行う事とする。

 ルマーナに引き取られてから暫くして、日課となった掃除と洗濯。特にルマーナの部屋はティニャの担当となり、全責任を負っている。

 もの凄く散らかった部屋を片付ける事から始まり、ドレッサーや本棚やその他諸々を整理整頓した。スッキリさせた上で徹底的に掃除をし、それを維持する。

 一度徹底的に綺麗にすれば、日頃の掃除も片付けも簡単で早い。最低限の片付けをすれば、一日程度掃除をさぼっても然程問題にならない。掃除とはそういうもの。

 今日行うのは脱ぎ捨てられた服から。


 ティニャはベッドに捨てられた下着類を拾った。

 足元にショーツがあった。沢山の花が刺繡してあり、とても可愛くて綺麗なショーツだった。でも、股の間がパックリと割れている。

「……うわぁ……こんなのあるんだ」

 何で割れているの? と思ったが、直ぐに悟った。

 トイレに行った時に便利……。こんな機能的な下着は初めて見た。

 とはいえ、脱いだ方がいいような気もする。

 おしっこは結構弾けるし、股の周囲を濡らしてしまう為、一度使えばこの下着も汚れてしまうのではないだろうか。実際、股の部分が結構濡れている。

 ルマーナは時折全裸で寝る。その時は決まって下着が濡れている。

 それと関係あるのだろうか。

「ま、いっか」

 パウリナが帰って来たら理由を聞いてみよう。


 ティニャはベッドからの動線に沿って、服を拾った。そのまま廊下に出て、リネンシュートへポイっと洗濯物を放り込んだ。念の為隣の部屋の浴室も覗くと、こっちにも下着類が捨ててあった。ここのショーツも濡れていた。こっちは確実におしっこ。匂いで分かった。

 ティニャもあまりにビックリすると、ちょっとだけびゅっと漏れる事がある。

 そういう体の構造は大人になっても変わらないのかもしれない。

 ティニャはそれ以上深く考えないようにして、これもリネンシュートへ放った。


 次はテーブル。キャスター付きのキッチンワゴンが置いてあり、それにグラスや皿、全てを乗せて一階のキッチンまで運んだ。布巾を絞って部屋へ戻り、テーブルを綺麗に拭いた。

「ありがとね……」

「あ、おはよう……ございます」

 ルマーナが起きてしまった。

 ぼさぼさ頭のまま上半身を起こし、猫背でぼーっと見つめて来る。

「だいたい片付けたから」

「見ればわがるよ」

 叫び過ぎのしゃがれた声で言ったあと、ルマーナはのそっとベッドを出た。

 タオルケットで体を隠す事無く、大きな胸を揺らしながらふらふらとデスクまで歩く。そしてちょいちょいと手招きした。

「いづもありがと。お小遣い。使いな」

「こんなに? いいの?」

「ん。特別」

 デスクの上に置いてあった小銭を適当に掴み、じゃらっと手渡すルマーナ。

 その金額は子供にとっては驚くくらい多額。

 一応毎月給料は貰っているが、それとは別に貰えるとかなり嬉しい。


「そこにあっだ下着は?」

 ベッドを見ながら言う。

「これから洗濯するよ?」

「そう……。それ今夜も使うがら部屋に戻しておいて」

「うん。分かった」

「じゃ……おやずみ……」

 またふらふらしながらベッドへ戻り、顔面からバタンと倒れた。そして直ぐに「ぐぁー」といびきをかいて夢の中へ落ちた。

 着るという表現は分かるが、使うとはどういう事だろうか。

 いや、使うという表現も普通……かな? と思いつつ、裸のルマーナへタオルケットをかけ、洗濯室へ向かった。


 洗濯室には【ルマーナの店】全室の洗濯物が集まってくる。その為、洗濯機は大きく、しかも三つ設置してある。

 ティニャは集まった洗濯物を分類別にして洗濯機へ放り、洗剤も入れた後、起動させた。

 椅子に座ってゴウンゴウンと回る洗濯物をぼーっと見つめる。結構この時間が好きで、洗濯中は少しだけだがこうして時間を潰す。

「おはようございます。ルマーナ様の様子はどうでしたか?」

 洗濯室に顔をだしたのはキエルド。何かの資料を持っている。

「あ、おはようございます。ルマーナ様は寝てるよ」

「起きる気配は?」

「さっきちょっと起きたけど、今日はずっと寝てそうな勢い」

「でしょうね。……はぁ~。色々と確認事項があるんですけど……仕事にならなそうですね」

「うん。裸で寝てるから、そっとしてあげた方がいいと思う」

「その辺は見慣れてますので問題ありませんが……仕方ないですね。今日は出来る仕事だけしましょう。ティニャさん、今日の予定は?」

「えっと、洗濯とお店の掃除した後は……ちょっとお出かけしたい。昨日パームお姉様と出かけたばかりだけど」

「そうですか。では一つお使いを頼んでも良いですか?」

「うん。大丈夫」

「では、仕事が終わり次第、店の事務所まで来てください」

 言って、キエルドは洗濯室を出て行った。


 洗濯中に店内の掃除を始めた。

 ポツポツと今日の掃除洗濯担当が起きて来て手伝ってくれた。

 皆、ティニャがいて助かってると言う。

 ティニャの担当日もちゃんと決まっている。だが、それを無視してティニャは毎日働いている。ルマーナの部屋の掃除は日課という義務。その他は日課という仕事。自分を引き取ってくれた恩は全力で返す。

 それが自分のやるべき事。自分の出来る事は全てやる。そう思っている。


 掃除と洗濯のだいたいの目途が立ち、皆に「もういいから、今日は休みだし遊んできたらいいよ」と言われ、キエルドの所へ向かった。

 キエルドのお使いはバイドンへの配達だった。

 封書を一つ渡してくるだけの仕事。

 きっと、ルマーナの義手の件だと思った。

 契約書か、値切り文句か……何かしら重要な封書だろうと思った。

 給料で買った鞄を一つ持ち、必要な物を目一杯詰め込む。そして「いってきます」と一声かけて出かけた。


 ロンライン二番通りを通り、ロンラインの出口まで進む。午前中である為、殆ど人とすれ違わなかった。

 ロンラインは夜の街。ロンラインで働く殆どの人は基本寝ているか、他の仕事をしている時間となる。

 だが、後ろからずっと足音が聞こえていた。

 この国では、拉致や強姦や殺しは重罪であるため、滅多にそういった犯罪は起こらない。

 逆にちょっとした詐欺や盗みや暴力は傍観される場合がある。

 変だな……と思うが、その辺りでストレスを緩和し、バランスを取っていると皆は言う。

 ともかく、女の一人歩きが意外な程安全な国なのにも関わらず、ティニャが一人で出歩く場合は必ず誰かがついてくる。

 それは誰か……ティニャは知っている。

 ティニャはジャンク通りまでその足音を無視し、ハルマ焼きの露店へ顔をだした。


「こんにちはっ」

 元気に挨拶すると、露店のおばさんが「あらっ。ティニャちゃん」と笑顔を向けて来た。

 アズリにご馳走してもらったハルマ焼きの露店。一人でジャンク通りに来た時は必ず寄るようにしている。

「一つ下さい」

 言って小銭を出す。

 焼きたてのハルマ焼きを受け取ると「今日は一つだけ?」と聞かれた。

「ううん。まずは一つだけ。あとはいつもと同じ数焼いて下さい」

「ありがとね~。ティニャちゃんが買ってくれるから助かるよ」

 原価ギリギリでハルマ焼きを売る露店。

 生活するだけでも大変なのに、いつもおまけを追加してくれる優しい人。

 ティニャは「おばさんのハルマ焼きは美味しいから」と返し、タタっと来た道を戻った。


「はい。これ。美味しいよ」

 ストーカーのようについて来た男に焼きたてのハルマ焼きを差し出した。

「いやいや、いいって」

「いいから食べて。いつものお礼」

 無理矢理渡した。

 困惑しながら受け取った男はビッドル。店の受付とか雑務をこなすキエルドの部下みたいな人だ。

「ご、ご馳走さん。でも俺の事は無視していいって。仕事なんだから」

「キエルドさんに言われて、でしょ? 心配しなくていいのに……」

「一応ルマーナ様の娘だからさ。何かあったら大変って事だし。まぁ誰かが必ずついて来るのは仕方ないと思ってくれよ」

「うん。でも、いつもありがとう」

「いいって。俺の事は気にしないで楽しみな。ぶっちゃけ、店の仕事サボれるし、良い気分転換になってるしさ。俺も」


 それは恐らくキエルドの気遣いだと思う。

 キエルドが留守の時、キエルドの代わりに懸命に店の業務をこなすビッドル。そんな彼へ休暇以外の息抜きとして外出させるのだ。因みに今日は記念日だが、ビッドル達は違う。雑務をこなす男性達には常に仕事があり、休暇もランダム。ロンライン二番通りでは、接客を行う女性達が一番優遇され、そして大切にされる。

 一番通りでは逆だったが、ヴィスという人がトップになってから変わりつつあるという。

 ビッドルは笑ってハルマ焼きを一口齧った。


「うめぇな」

「でしょ?」

 ティニャもニコッと笑顔を返し、露店へ戻った。

 暫くおばさんと世間話をした。その間に注文した分のハルマ焼きが出来上がり、お金を払った。勿論、お釣りは受け取らない。「お釣りはお釣り、駄目よ」と言われても絶対に受け取らない。頑として受け取らない。結局、おばさんがいつも根負けする。

 数は四十個。焼き過ぎたおまけを合わせたら四十三個になった。小さなお菓子でも、これだけ集まれば結構な重さになる。勿論、大きな袋へ詰めて貰った。

 それを見ているビッドルはいつも手助けしない。

 プライベートには基本的に干渉しないというスタンスでいる為だろう。もしくはそう命令されているからかもしれない。

 

 重い袋を持って、ティニャは漸くバイドンの店へ向かった。

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