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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
幕間
159/172

お花畑の真ん中【2】

 ルマーナの様子を見に行ったのには訳がある。

 

 前日、ふらっとヴィスが自宅まで来て「これをルマーナに渡してこい」と命令してきた。

「何だこれは?」

 と、問うと「発信機付きのネックレスだ。死んでもらっては困る奴だからな。ネードの件もある。だから高性能の発信機を作った。ネックレスタイプのな」と答えた。

 確かに、ナノマシンを体内に注入するよりは直接発信機を身に着けた方が精度が良い。

「で、何で俺が?」

 自分で渡せば良いだろうと思う。だがヴィスは深く溜息をついて「六瀬、お前じゃなきゃダメなんだよ」と答えた。

 その後の押し問答は優に十分を超え、結果、明日の朝一に渡しに行く事となった。

 ヴィスからの指示は他にもあった。

 

 一、バイドンの所へお前も付き合う事。

 二、私用が終わっても彼女に付き合う事。

 三、全てにおいて、イエスマンであり続ける事。彼女の望みは絶対厳守。

 四、常にネックレスを身に着けるように、と必ず言う事。


 当然、なんだそりゃ……と反論したが、

「お前、花持って行った程度であの店の飲み代になると思ってるのか? 今後の事を考えると、嫌われない方がいい。あいつは顔が広い。時折奴のわがままに付き合って、関係を維持しろ」と論破された。

 正論過ぎた。

 

 メンノやザッカ達を連れて行くようになり、最近は彼らとの関係……というか雰囲気が変わった気がする。面倒だが、酒の席は仲間との信頼関係に欠かせないものだと気づかされた。今後、船内での酒盛りには出来るだけ参加しようと考えを改める程に。

 よって、ルマーナには感謝している。アズリやレティーアも店に行きたがっているようだし、ティニャも気になる。時折連れて行く事を考えると、飲み代分くらいは彼女に付き合うのが筋だろう。


 という訳で、ルマーナと二人、ジャンク通りを見て回る事となった。

 だが、彼女が行きたいと言った場所は変更され、バイドンの情報に従った店に行く事となる。

 ジャンク通りと東商店街の間に出店し始めた店を見て回るプランへと変更。

 現場に向かうと、以前ロンライン二番通りでしつこく声をかけて来た、ステイラという女がまた声をかけて来た。だが、今度はルマーナに。


 彼女の私服は胸元を強調するもので、化粧も髪もプライベート用に仕上げてあった。派手さは無いが、色気だけはある。

 そういった意味ではルマーナの方が段違いに優れている。服も靴も周囲から浮くくらいに目立ち、しかも妖艶。化粧も髪も出勤時並み……とまでは行かないが、丁寧に仕上げてある。とはいえ、最近はナチュラルメイクに近い範囲に抑えているようで、正直言って、厚化粧よりもこちらの方が断然綺麗に見える。

 着ている服はもしかして、ヴィスが買った服か? と邪推した。ヴィスならば、ルマーナの雰囲気にマッチした服を選ぶセンスくらいはありそうだ。と思えたから。

 だが、わざわざその一式で着て来る事は無いだろう……と思い、邪推は捨てた。

 

 ともかく、ルマーナとステイラは何やらひそひそと会話し始めた。

 女の会話を盗み聞きする趣味は無い為、怪しい品を売る店へ一足先に向かった。

 合言葉を使えば売買禁止の品まで提供する店。そんな店がある事実は初めて知った。新しい店の開拓が出来るのだ。ルマーナとの”散歩”も悪くないと思った。

 と、ここではたと気づいた。

 自分の住んでいる部屋は、元々ワンロンという男の店だったという。

 手前に店、奥に倉庫、更に奥に生活スペースという構造。

 その男も似た様な商売をしていたのだろう。店奥の倉庫は、倉庫兼秘密の部屋だった……のかもしれない。


 店まで着くと、作業服用のインナーを選んで欲しいとルマーナが言って来た。

 ショーウインドーを見る限り、デザインも何もない、ただ丈夫なだけのインナーを取り扱う店。そんな店の品を選んだ所で、他と何が違うのか全く分からない。

 女は自分で選ぶより選ばせるのが好きだと聞く。

 気分の問題か……。他者の意見と共感を重視するのか……。

 どれがいいかなんて、直感で決めればいい。自分が良いと思った物を買えばいい。

 ……と個人的には思う。


 ともかく、第三の指示で、全てにおいてイエスマンであり続ける事。彼女の望みは絶対厳守。というものがある。

 選べと言うのなら、選ぶしかない。今日は彼女のイエスマンなのだ。

「よろこんで」

 そう答えた。

 とここで、第四の指示、そして一番大切な任務を思い出した。

 適当にポケットへ突っ込んでくしゃくしゃになった紙袋を出すと、

「それは?」

 と、当然の疑問を返された。

 どう言い訳したらいいか少し迷った。


「まぁ、日頃の礼って奴だな。後は……見舞いみたいなものか。いや、違うな。まぁいい。受け取ってくれ」

 日頃の礼とは店で飲み食いさせて貰える事。見舞いとはネードで負った怪我への見舞い。

 理由としては完璧に近い。だが最後に罪悪感が湧き、少し否定してしまった。

 ルマーナはヴィスが用意したネックレスを手に取った。

「これを……あたいに?」

 常に身に着ける様に……と念を押して渡すネックレス。

 確かに常に身に着けなければ意味のない物。ここだけは強く言わねばならない。

「ああ。気に入って貰えると助かる。いや、常に身に着けていてくれ」

 言い直して強調した。


 

 六瀬自身も初めて見るネックレス。

 飾りの部分が大きすぎやしないか? もっと小さい方が……小指の先程度の飾りの方が彼女に合うんじゃないか? と思った。

 案の定、気に入った様子を見せないルマーナ。ガチガチと口を震わせて、怒りを我慢しているように見えた。

 良い品ばかりを揃えるルマーナ。知り合って二か月も経っていない男から、いきなりダサいネックレスを贈られれば、なんだこれ? くらいに思ってもおかしくない。

 悪い事をしたか……と思っていると、急にルマーナが鼻血を噴き出した。


 何となく気づいていた。

 今日は体温が高く、震えているように見えた。

 恐らく体調が悪かったのだろう。

 流石にこれ以上、無理させてはならない。このインナーの店で用を済ませたら、今日は帰ろう。そう判断した。


 店内に入り、暫く休ませて貰う。

 落ち着いた後、ルマーナは店員にひそひそと何かを呟いた。

 ああ、なるほど。これは合言葉だ。ステイラとの密談はこれか。と理解した。

 品質はよくとも、こんなデザインの欠片も無い店。そんな店へ入りたいというのだ。高級志向のルマーナに何かしら刺さる物が置いてあるのだろう。

 店員がチラッとこちらを見た。そしてにこやかな笑顔を作り「こちらへどうぞ」と、奥の部屋へ招いた。

 その部屋は……あまり記憶に残したくない。という部屋だった。


 男性用、女性用と両方あったが、圧倒的に女性用が多かった。

 これは……下着か⁈ と疑問しか湧かない物ばかり置いてあった。

 ルマーナはその中から何点か選び、どれがいいかと選ばせてくる。

 ポーカーフェイスで、下着を選ばせる彼女。

 ……慣れている。

 こういった状況は、確実に一度や二度じゃないと思えた。

 

 流石にここまで来れば六瀬にだって判断出来た。

 恐らく、恋人との営み……に使用する下着を”他の男”に選ばせている。

 これは他の男、という所が重要。

 好きな男へサプライズする為に、どうでもいい男を使う。

 きっと普段は、選ぶ役にキエルドやレッチョが採用されている。そして今回は自分へ、その任が回って来たのだ。

 これは流石に嫌な役だな……と思った。

 他の男へ見せる為の下着を吟味する超絶的に無駄な時間。

 キエルドやレッチョがいつもコレに付き合っているのだとすると本当に同情する。

 めんどくさい事この上ない。


 だがしかし、こんな事で喜ぶのなら、かなり安い。むしろちょろいと思えた。

 この程度で関係性が維持できるのなら、この程度が飲み代となるのなら、何枚でも選んでやれる。服だろうが、下着だろうが、この際どんとこい。たまに付き合う程度なら問題無い。どうにでもなれ。……と、諦めがついた。


 六瀬は真剣に選んだ。

 股がパカッと開くもの。そもそも股が無い物。透けてる物。股の部分しか無いもの……等々。

 目眩を覚えつつも、とりあえず一番布面積が多い物を選んだ。

 すると、二番目は? 三番目は? と問われ、上位三つまで選んだ。

 結局自身が選んだのは一番目の布面積が多い股の割れるやつ。

 買わないのなら上位三つまで選ばせるな、と言いたくなったが、ルマーナは満足そうだった。


 会計時、彼女から謎の視線を送られた。

 ……買ってくれ、という合図だろうと思った。

 ヴィスからの命令とはいえ、変なアクセサリーを贈った罪悪感。

 選んだ下着もリーズナブルな値段だった為、仕方なく……買ってやった。

 

 それから更に具合が悪くなったルマーナ。

 ポワポワとした表情で、心ここにあらずといった感じだった。

 会話もせず、真っすぐ寄り道無しでロンラインまで送ってやった。

 去り際「ありがとね。その……またお願いするよ」と言って来た。

 今日はイエスマンである事……。

 それに準じ「ああ、こちらこそよろしく」と答えた。


 無心で自宅へ戻り、暫くすると、アズリが訪ねて来た。

 昨日が夕食を作る日。今日は違う。だが今日も来た。

「野菜、頂いたので」

 そう言って、キッチンに立った。何故か終始無言だった。

 彼女から出るオーラは妙に居心地の悪いものだった。

 仕度が終わると、料理をドンっとテーブルに置き「今日は【ニア】に居たんです。私」と言った。

 知っていた。だが、それが何だというのか。

「それが? どうかしましたか?」

 素直に答えると、

「相談しても良かったじゃないですか。昨日。アドバイスくらい出来たのに」

 と返してくる。

「何を?」

「……なんでもないです。おやすみなさい」


 普段つまむ程度に食べて行くアズリが、今夜は食べなかった。

 ついでにバタンと勢いよく扉を閉めて出て行った。

 

 俺が何かしたか? 何が悪かったんだ?

 そう思うと、どっと疲れた。精神的に。

 ルマーナといい、アズリといい、今日は女難の相が出てると思った。

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