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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
幕間
157/172

二組のカップル

 ティニャの不思議な能力によって、足の怪我は完治した。他にあるとすれば、少し体が気怠いだけで、健康そのものだった。

 無事ネードに戻って来たレジェプーは、まずオーカッド空漁商会の状況を確認した。船の損傷は激しいが、ルマーナ達の船と比べたら随分と可愛いものだった。レインシャークの攻撃範囲から直ぐに離れ、ガッバードに襲われなかったのが大きかった。

 オーカッド空漁商会の船員数は二十二名。負傷した船員の数はその内八名だけだった。死亡者はおらず、手足を失うくらいの重傷者もいなかった。負傷者に関しても、ルマーナ達と比べたら本当に少ない。正直言って、レインシャークに襲われた被害としては、奇跡的なレベルで軽微だと言えた。


 無事だった者達は、船の修理の為に船内の道具を片付けたり、専門業者への移動準備を行っていた。

 大事を取って安静にするようにとオーカッドから命を受けたレジェプーは、一旦自宅へ戻って一晩過ごしたものの、手持ち無沙汰過ぎて結局次の日は商会の事務所で雑務を行った。

 とはいえ、気にかかる事があり、その仕事も手につかなかった。


 一つはハヤヂの件。

 パウリナと共に水を探しに行ったハヤヂは戻って来なかった。吊り島で救助された際、ハヤヂの捜索も頼んだ。だがペペが「捜索は私達で行います。無事にネードへ帰還する事だけを考えて下さい。大丈夫。必ず見つけます」と言った為、ハヤヂの事は怪魚に任せる事となった。

 船の修理が終わってネードに帰還する時点で、ハヤヂはまだ見つかっていなかった。暗くなるギリギリまで待ったが、結局戻って来なかった。しかし、ネードに着き、病院へ向かうと、そこにハヤヂが居た。

 

 聞くところによると、小型艇でタルズップ半島に向かったエメ親子が、ネード神の祭壇で彼を見つけたのだという。

 見つけたのが昼頃。パウリナとはぐれ、行方不明になってから二時間と経っていない。

 吊り島からタルズップ半島まではかなりの距離があり、空船で向かったとしても二時間以内では難しい。

 怪魚が彼を救い、タルズップ半島まで連れて行った……なんて事は考えられなかった。あまりに早すぎる為だ。

 

 結論として怪魚は関与しておらず、ネード神に救われたのだ、という事になった。皆、そんな奇跡を信じていたが、レジェプーにはそう思えなかった。

 もしかしたら、ネード神の正体は怪魚ではないのだろうか。

 何らかの方法で、タルズップ半島までハヤヂを運んだのではないだろうか。

 仮にそうだったとしてもこの推測を話すべきなのか。

 否、これは心の内に仕舞って置くべきだろう。

 等と考えると頭が混乱して、ストレスが溜まった。


 もう一つはパウリナの件。

 彼女を抱きかかえた時、何となくだが骨格で感づいた。

 彼女は彼女であって彼だった。要するに、男だった。

 他の者達から事実を知り、そして確信を持つ事となったが、妙に冷静に納得する自分が居た。

 パウリナが男だろうが女だろうが、そこに何の問題がある? という感覚だった。

 子供は出来ないと言った彼女の悲し気な言葉。

 だから何だというのだ。

 四十を超えた男が、見た目が女とはいえ二十代の男に好意を持ってしまうのは……流石にズレている。

 そんな事は分かっている……が、それが何だというのだ。

 等とこんな事ばかりを考えていれば、仕事なんて出来やしない。


 結局レジェプーはふらふらと街をぶらつき、果物や花を買って、パウリナの元へ向かった。

 彼女は喜んだ。

 とりとめのない会話を繰り返し、少しづつ彼女を知る。

 それがとてつもなく楽しかった。

 怪我が治った頃合いでも入院し続けるパウリナ。レジェプーは彼女の元へ毎日通った。

 数日通った頃には、ハヤヂの件は自分なりの見解に留める事とし、パウリナへの気持ちも整理出来た。


「男なのよ? 理解してる?」

 ある日、パウリナにそう聞かれた。

「だから何だ」

 レジェプーはそう答えた。

 その時の彼女の表情はまさしく正真正銘の”女の子”であり、今まで女っ気のない生活を送って来たレジェプーの心に深く突き刺さった。否、強い力で鷲掴みにされた。

 空漁商会の仲間達もパウリナが男である事実を知ったが、誰も否定しなかった。軽蔑も差別も無くむしろ、初恋してるおっさんを見守ってくれ。やっと女と話せるようになったか。行けるとこまで行け、がんばれよ。等と応援してくれた。


 長距離移動に耐えるだけの補修が終わり、ラブリー☆ルマーナ号の船員がネードを離れる事になった時、パウリナだけ残った。

 退院し、寝床の無いパウリナを自宅に招いた。

 独り身だった為、金だけはある。使い道は少し広い部屋と、少し質の高い家具と、少し高級な酒に使っている。

 寂しい使い方だな……と思っていたが、良い使い方だったと今までの自分を褒めたくなった。

「センスいいわ。好きよ。この部屋」

 そう言われたからだ。


 それから毎日、仕事もせずに二人で過ごした。

 オーカッドが「長期休暇だ。楽しめ」とだけ言って、一生に一度しかない時間とチャンスを与えてくれた。

 昼間はネードの街を散策し、旨い店で軽い食事をする。夜は自宅でたわいない会話をしながら、旨い酒を飲む。寝るときはパウリナがベッド。自分はソファー。

 体の関係は何もない。

 だが、それで良かった。

 同じ空間に居るという事だけで幸せだった。


「ねぇ。私と一緒にグレホープに来ない?」

 ベッドに寝ているパウリナが言った。

「ネードを捨てて……か?」

 ソファーで横になり、天井を見ていたレジェプーは答えた。

「そう」

「ここは生まれ育った場所だ。それに仕事もある」

「仕事も仲間もネードも、あなたにとっては大事?」

「そりゃそうだ。副船長として商会も仲間も守っていかなきゃならない」

「……あの時、私を抱えてくれた手。大きくて守られてる感じがした」

「……そ、そうか。なら良かった」

「大きな手。太い腕。男らしいって思った。私には無い男らしさ」

「俺は男だ。だが君は……パウリナだ。そういう存在だ、と思ってる」

「ありがと。……ねぇ」

「何だ?」

「これからは、私を守って。私だけを」


 いつの間にかベッドから這い出ていたパウリナ。

 ソファーまでゆっくり歩いて来て立ち止まった。

 暗がりの中、窓から差し込む星と港の光が薄っすらと彼女を照らした。

 薄手のキャミソールと下着のようなショートパンツ姿。

 妙に色っぽくて息を飲んだ。

「ど、どうした?」

 尋ねても何も答えてくれなかった。


 数日一緒に過ごしたが、こんな夜は無かった。

 しんと静まる部屋で、自分の心臓の音だけ聞こえる気がした。

 彼女は腰を落として膝立ちになった。

「私だけを、見て」

 言って、唇を重ねて来た。

 良い香りと柔らさを伝えてくる、初めてのキスだった。






 祭壇で目を覚ますと、エメとエメの父が居た。

 エメはうぉんうぉん泣いていて、父親も堪えるように泣いていた。

 鼻水と涙でびちゃびちゃに濡れた自分の服を見て、相当長い間泣いていたのだろうと察した。

 二人の感情が落ち着いた後、船の場所まで渓谷を歩き、そしてネードへ帰った。

 

 何故祭壇に居たのか。

 何故母の指輪を持っていたのか。

 当然の如く問われた疑問を、全て知らぬ存ぜぬで通した。

 吊り島でウリオゲに襲われて気を失い、そこからは何も覚えていない。指輪も何故握っていたのか覚えていない。

 そう答え、もしかしたらネード神の仕業かも……と言ったら、二人は即座に納得した。

 そこまで信仰深かったのか? と驚いたが、実際、吊り島に居た人間が遠いタルズップ半島まで移動していたら神の御業と思われても不思議ではない。

 やはりネード神の仕業にしておいて良かったと、ネード神に感謝だと、素直に思った。


 ネードに着くと暫く入院する事になった。

 だだっ広い室内に二十以上のベッドが並び、カーテンで仕切る程度の作りだが、ネードでは比較的立派な病院。その病室の一番端っこのベッドでハヤヂは療養期間を過ごした。

 手足のかぶれ、節々の痛み、割れた歯。適切な治療をして貰ったが、体内に浸透するウリオゲの毒に関しては何もしてくれなかった。やはり、ウリオゲが特殊な毒を持つ事を人間側はまだ知らないのだろう。

 怪魚から貰った小瓶を渡し、事実を伝えれば今後の為にもなると思ったが、それはやめた。怪魚の街の存在も含め、体験した出来事は秘密にしなければならないから。これはリーエとの、怪魚との約束なのだ。


 療養中、パウリナの元に毎日レジェプーが通って来た。カーテンで仕切られるだけの病室なのだから、勿論、他の患者達も二人を見ている。

 毎日仲良く会話し、日に日に恋人らしい会話になっていく二人。皆ニヤニヤしながら二人の様子を伺っていた。

 患者達の目は、こちらにも向いていた。

 それはエメが毎日ハヤヂの元へ来る為。

 昔から一緒にいたから、互いに互いを知り尽くしている……つもり。

 だからか、恋人らしい会話は無く、むしろ無言で過ごす時もある。しかし互いにそれが普通で、違和感もない。

 エメはベッドの横に座り、果物を剥いたり、じっと見ていたり、たまに愚痴を含む会話をする。そしてベッドに突っ伏して昼寝をする。

 お店はいいのか? 親父さんだけで大丈夫なのか? と何度も問おうとしたがやめた。

 エメが毎日来てくれる事が嬉しかったから。


 ルマーナ船掘商会が帰った日の夜、パウリナが静かにやってきてベッドに座り、こう話した。

「私の勘、当たったわね」

「え? 勘? 何の?」

 そう答えると残念そうに「何でもないわ」と彼女は言った。そして「いい? ハヤヂ。男を見せたいなら、あなたから行きなさい。一言だけで十分だから。後は流れに任せなさい。絶対に上手く行く」と言った。

 その時は何の事か分からなかったが、退院した後に、吊り島で彼女から貰ったアドバイスの事だったのだと思い出した。

 

 退院すると、自宅療養の命がオーカッドから下り、暇を持て余す事となった。

 あまりに暇で、エメの店へ顔を出したり、散歩したりして自宅療養の意味を放棄する毎日を過ごした。

 エメの店へ顔を出すとエメは喜んだ。散歩していると毎日仲良さそうに歩くレジェプーとパウリナを見かけた。

 

 療養期間も終え、そろそろ仕事に復帰する頃合いに、エメが訪ねて来た。

 ハヤヂの部屋に来るのは珍しい事だった。

 男の部屋に出入りする姿をあまり見られたくない、という理由で遠慮しているエメ。そんな彼女が、余所行き用の服を着て訪ねて来た。

「流れに任せなさい」

 彼女を見た瞬間、パウリナの言葉を思い出した。

 その日のエメは普段しないメイクをしていて、髪も切って綺麗にセットしてあった。余所行き用の服も初めて見る服で、胸と肩が大きく露出している。

 ここから先どうなるかなんて、馬鹿でも分かる。

 何の為にエメが訪ねて来たかなんて、馬鹿でも分かる。

 どうして急に? と野暮な事は馬鹿でも言わない。

 小さなベッドに並んで座り、暫く無言の時を過ごした。

 窓から差し込む光は茜色。もうすぐ星と港の明かりに変化する。


「俺、ずっと言いたかった事があるんだ」

「……うん」

「エメの作ってくれる飯。全部旨い」

「……えへへ。でしょ?」

「素直じゃなくてごめん」

「ハヤヂはそういうとこあるから気にしてない。私にも原因あるし」

「原因って?」

「お姉さん気質なとこ。ハヤヂにだけね」

「そこ気にしてた。結構辛かった」

「知ってる」

「あと、俺、エメのお尻が好き」

「知ってた。視線感じてたから。すぽーんって産めそうな良いお尻でしょ?」

「客も触るしな。触りたくなるのも分かる」

「ああ……そういう発言はちょっと変態」

「ごめん」

「いい。気にしてない」

「あ、あともう一つ」

「何?」

「女として好きなんだ。エメ。結婚……してくれないか?」

「よく言えました」

「何様だよ」

「今から奥様です」

「確かに」

「後は任せて」

「何をだよ」

「全部よ」

 言って、唇を重ねて来た。

 良い香りと柔らさを伝えてくる、初めてのキスだった。

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