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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 エピローグ
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エピローグ

 喫茶店【ニア】の一番奥の席。その窓から見えるジャンク通りはいつもと変わらない姿を見せている。

 ネードに向かう前日にも、こうしてお茶を飲みながら……否、女子会を開きながらジャンク通りを眺めていたな、とアズリは思い出した。

 あの日はパウリナとティニャが居て、今回はパームとティニャが居る。他は自分とレティーアが参加していた。


「パウリナさんだけまだネードって事?」

 レティーアがパームに向かって問う。

「そそ。治るまで向こうで過ごすって」

 ラブリー☆ルマーナ号の修理が終わってネードへ無事に帰還すると、怪我人達は直ぐに病院へ連れていかれた。パウリナの怪我は軽く内臓を損傷した程度で、安静にしていれば直ぐに治るものだった。しかし、まだまだ具合が悪いと言い張った挙句、当分の間ネードで過ごしたいと言い出したらしい。


「ネードからだと遠いし移動費もかかるのに、どうして一緒に帰って来なかったんだろう」

 と、アズリ。

 パームはそんなアズリに少し呆れ顔になりつつ「分からない?」と言った。

「見てれば分かるでしょ」

 今度はレティーアが責めるように言う。

「私達は先に帰って来たからその後の事は……」

「初日の段階で分かるわよ」

「何かあったの?」

 ”怪魚の巣”でのラブリー☆ルマーナ号の修理は、あくまで応急処置。ネードに着いてから再度専門業者に頼んで長距離移動を耐えるだけの補修を行った。その期間は十日。当然十日もの間オルホエイ船掘商会やガレート狩猟商会が付き合う義理も意味も無い為、一足先に帰還する事となった。よって、パウリナ達と共に過ごしたのは二日間だけだった。


「何がって……男でしょ」

「え? まさかレジェプーさんの事?」

「そそ。あれだけ献身的に見舞いに来てれば誰でも分かるわよ」

 確かにパウリナのベッドには常にレジェプーが居た。朝から晩まで付き添っていて、行方不明だった間に仲良くなったんだな……程度の雰囲気は感じていた。

 だが、言われてみればそれとはちょっと違う空気だったかもしれない。

「パウリナ惚れちゃったのよ。あの男に。男の方も自覚無しでアレだからね……。ま、怪我治っても当分ネードで過ごす気でしょうね」

「帰って来ない……つもりとか?」

 不安顔のレティーア。それを見たパームは、だはははと豪快に笑って「ないない、それはない。多分男連れて来るつもりよ。こっちに。だってパウリナだもん」と答えた。


「そっか。なら安心」

「パウリナに男出来たって知ったらムキーってなるメルティが見れたのに、残念」

 メルティの名前が出て、レティーアは悲し気な表情をした。アズリも同様で、黙々とケーキを食べていたティニャも顔を上げた。

「そんな顔しないで。メルティが悲しむ」

「……でも」

「あぶない仕事してるって自覚しながら皆やってる。ルマーナ船掘商会ではね、悲しむのは最初だけ、後はいつも通り過ごして明るく行こうってルールなの。それが弔い」

 メルティの埋葬はネードの共同墓地で行った。海が一望できる場所を買って、そこに埋めた。皆泣いていたが、サラが一番泣いていたのを覚えている。

 空気が重くなった。いつも通りと言われても、そう簡単に割り切れる感情ではなかった。

 パームは、参ったな……と言わんばかりの顔をしつつホス茶を啜った。


「おいおい、暗いな。しみったれた顔して食われたんじゃ旨いケーキも不味くなる」

 声をかけて来たのはリビだった。

「美味しい物は美味しいままよ。でもそうね。気分って大事」

 軽く深呼吸しながらレティーアが言った。

 ティニャもそれに頷いた後「このケーキ美味しい」と言った。

 今日のケーキはリビお得意のバターケーキだ。

「おう、そうか。なら特別にもう一つ追加だ。練習用の試作だからな、遠慮しないで食べてくれ」

 言うと直ぐに、カウンターの奥からケーキを持った女性が現れた。


「お、お久しぶりです」

 誰だろうか? と一瞬迷ったが、ティニャだけは直ぐに気づいたようで「ヌェミさんっ」と名を呼んだ。

 キャニオンスライムから救った女性ヌェミ。当時はかなり細くて顔色も悪かった。だが今、目の前にいる彼女はまだ若干細いながらも健康的な体型を取り戻し、顔色も良かった。

 普通にモテるであろう美人寄りの可愛い顔をしていて、これが本来の姿なのだろう。

 それだけでも前とは別人というレベルだったが、迷った理由は別にあった。

 怪我を隠す為か、額から繋がる大きな眼帯をしていて、更に髪で隠している。流石にここまでされると、見知った顔でも一瞬迷う。


「新しく入った新人だ。お前達は知り合いだろ?」

「勿論! 元気そうで良かった」

 と、アズリ。

「ヌェミさん、こいつ口悪いでしょ。手も早いから気を付けてね」

 指でひょいひょいとリビを指しながらレティーアは嫌味を言う。

「うるせぇな」

「ヌェミ、その眼帯、ミステリアスな雰囲気出てていいわね。似合ってる」

 とパーム。その意見にティニャも頷いた。

「あ、ありがとうございます」

 ヌェミは微笑みつつ小さく頭を下げた。


「よかったらこれを……」

 言って、トレイに乗ったドーム型のケーキを一つ、ティニャの手元へ置いた。

 かなり歪な形のムース系のケーキだった。

「こいつが作ったんだ。まだまだだが、味は保証する」

「何様よ。ヌェミさんってあんたより年上でしょう」

「関係ねぇよ。ここでは俺が先輩だ」

 等と、レティーアとリビはいつものコミュニケーションをとった。

 そんな会話を耳にしても気に止めず、ヌェミはじっとティニャを見ていた。

「ティ、ティニャさん。いつでもお店に来てください。ま、待ってます」

「うん」

 ヌェミはペコリと頭を下げて、そそくさと逃げるようにキッチンへ戻って行った。


「体調も怪我もあの子が一番酷かったからね。心配してた」

 頬杖をつきながらパームが言った。そして「心が壊れてなくて良かった」と続けた。

 当時、皆が一番心配していたのは見るからに病んでいたヌェミの心の方だった。完全に壊れていたら、怪我が治った所でどうする事も出来なかった。

「そういや、船の方はどうなんだ?」

 壊れた、というフレーズで思い出したのだろう。リビは配慮の欠片も無くパームに問う。

「補修後直ぐに帰ってきて、昨日から本格的な修理が始まったわ。もう大変よ、お金が。直るまで船掘業は勿論出来ないし、お店の売り上げだけじゃね……。本当、首が回らないって感じよ。キエルドとレッチョの機嫌が悪いったらもう……。最悪ね」

「ネードに落ちた遺物船は金になんねーのか?」

「再度確認しに行ったけど、かなりボロボロ。いつか回収する予定だけど……修理の足しにもならないわ」

「そうか……。だったら俺達の所で稼いだらどうだ?」

「そうね……ルマーナ様に話してみるわ」

「ま、オルホエイ船掘(ウチ)商会にはいきなり消える奴がいるくらいだ。人手はいくらあってもいい」

「……言わないでよ、リビ……」


 リビの嫌味は、料理の最中に消え、行方不明だったティニャ達の元へ行ってしまった事。オルホエイにもアマネルにも、当然、カナリエを含めた調理メンバーにも酷く怒られた。

 飲み水を持たないティニャ達の元へ、急いで水を持って行った。その情報はいきなり現れた怪魚から知り、そして連れて行って貰った。

 ……という言い訳をした。

 行方不明者の場所を知ったのなら、何故先に報告しなかったのか。

 何故勝手に、しかも一人で行ってしまったのか。

 怪魚が船内に入ってきて、驚かなかったのか。敵だと思わなかったのか。

 ……等々。

 至極当然である質問を長々とされ、そして馬鹿げた行動を非難された。

 自分は夢遊病であり、寝てる間に妙な行動を起こす……なんて正直に言えば、恐らく船から下ろされる。それに比べたら、怒られる方がマシだった。

 懇々と説教されていると、ロクセとタタラが味方についてくれた。

 勝手な行動の是非はともかく、脱水症状気味だったティニャを救った事実は変わりない。そもそも、何をしでかすか分からないアズリなのだから、結果オーライと言う事にしよう。こいつはこういう奴なんだから、わかるだろう?

 ……という、少し馬鹿にされた感じの助け舟だったが、結果として有耶無耶のまま終わった。


「食糧庫に行ったっきり帰って来ないし、忙しいのに何処で何してるの? って思ってたらメンノ達と一緒に船で帰って来るんだもん。普通に驚くわ」

「だからごめんって」

「緊急事態だったんでしょ? でも普通、あんな化物にホイホイついて行く? 傍から見たら連れ去られたって思うわよ。会話が出来たからって言っても、見た目があれじゃ、恐怖以外にないでしょ」

「怪魚は怖くないと思う」

 ティニャがぼそりと言った。

「ティニャちゃん……」

 吊り島で、人間を守ろうとするペペの姿を見ているティニャ。

 アズリと共に彼らと直接関わったからこそ、言える意見なのかもしれない。

「船長達も悪い奴等じゃないって言ってたけど、普通に怖いわよ」

 とレティーア。続けて「どういう神経してんのよ」と、付け加えた。

「ともかくだ、アズリ。あんまり心配かけんじゃねぇ」

「ほんと……ごめん」

「そうよ。いつもいつも変な事に首突っ込んだり、急に何処かへ……」

 これは長くなりそうだな……と思った所で「まぁまぁ、そこまでにしておいてあげて。美味しいケーキも美味しくなくなるんじゃない?」と、パームが助けてくれた。

 ティニャも頷きつつ、リビとレティーアに視線を送る。


「ったく。んじゃな、俺は仕事があるからよ。ごゆっくり……ん?」

 空気を読んだリビは不満気に立ち去ろうとした。だが、窓の外を二度見して動きを止めた。

「何? どうしたの?」

 レティーアが問う。

「アレ見てみろ」

 くいっと顎で指すリビ。

 全員が一斉に窓の外へ顔を向け、とある人物を見つけた。

「あれって……ルマーナさんとロクセ?」

 パウリナ達と知り合う前までは、ルマーナとキエルドとレッチョの事を一括りに三馬鹿と呼んでいたレティーア。だが今は、ある程度の敬意を持って接している。

「やだやだやだ、ちょっと!」

 笑顔で驚くパーム。

「ロクセさん……」

 アームホルダーを着けたルマーナとロクセが肩を並べて仲良く歩いていた。

 ロクセの私服はいつも通りシンプルな物だが、ルマーナの私服は見るからに気合いが入っている。

 ジャンク通りで仕事用のドレスを着ていては流石に場違い。勿論そんな服は着ていない。だがしかし、外着用の私服もかなり派手で、ルマーナ一人だけが妙に浮いていた。


「え? 何々? デート?」

 少し興奮気味のレティーア。

「やだもうっ。ルマーナ様やるじゃんっ」

 更に興奮気味のパーム。

「そういう関係?」

 嬉しそうに質問するレティーア。

「……に、なりたい的な?」

「へぇ~。で、今日は何かあるの?」

「もっと感度の良いハーネス手術したから、当然腕も新調するの。……彼もバイド……義肢店の店長と知り合いって言ってたから。だから、そうね、うん、こういうチャンスは掴まないと」

 超嬉しそうなパーム。


 ルマーナの肋骨にはひびが入っていると聞いている。安静にすべきなのに、ロクセと二人でデートとは……。

「義手、作りに行くだけだよね? デートとかじゃないと思う」

 そう、新しい義手の相談に行くのだろうから、これはデートとは言えない。

「口実よ口実」

 分かるでしょ? と言いたげなパーム。

「アズには私が居るから大丈夫よ。むしろこれで良し」

 満面の笑みで肩に手を掛けて来るレティーア。

 何が”良し”なのか。

「ケーキ美味しい」

 周囲を一切気にせずケーキを頬張るティニャ。

「確かにね。今日のは特に美味しい。ティニャ、今日はゆっくり散歩でもしながら帰りましょ。多分お店休みになるから」

「記念日」

 ルマーナの行動を理解しているティニャ。

「お得意のね」

 同意するパーム。

「金ねぇーんじゃねーのかよ。は・た・ら・け・よっ!」

 そして突っ込みを入れるリビ。


 デートならデートで構わない。だが、昨夜夕食を作りに行ったタイミングで教えて欲しかった。

 デートプランを考える事は出来ないが、応援くらいは出来る。多分。きっと。

 アズリはまだ手をつけていないバターケーキを半分に切り、大口を開けてがぶっと豪快に頬張った。

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