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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 四章 指輪と秘密
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指輪と秘密【18】

 ハヤヂはネロを必死で追った。

 大きな岩の隙間に滑り込むと、ネロはその隙間を閉じた。扉みたいに加工された岩で、引き戸のようになっていた。岩の内側には少し広い空間があり、綺麗な空が見えた。ベーオの影響下にない場所のようで、ぽつぽつと可愛らしい花が咲いている。見ると、ずっと奥まで続く洞窟まであった。

 ハヤヂはへたり込み、ゴホゴホと咳き込みながら大きく何度も息を吸った。


「よくついて来れたな」

「ちょ……ちょっとだけ、や、休ませて……下さい」

 はははと笑って「ここからは安全だ。ゆっくり休むといい」と答えるネロ。疲れた様子は一切なかった。

 ハヤヂは滝のようにかいた汗を拭って息を整えた。

「大丈夫?」

 ふいに声をかけられた。酸欠で意識が朦朧とする中、ハヤヂはゆっくり振り向いた。

「へ? うわっ」

 可愛らしい獣に人間の目を加えたような顔があった。人型だが足だけ少し獣のそれ。服で胸元と下半身を隠し、綺麗なアクセサリーを身に着けている。

「あ、ごめんなさい。驚かせちゃいましたか?」

 まず最初に、何だこの生き物はこれも怪魚の仲間なのか? という疑問が生まれた。

 怪魚は爬虫類又は魚類に近い姿が普通だと認識している。むしろそれしか見た事が無い。ネロはそれとかけ離れていて、彼の姿にすら驚いたが、獣型の姿には更に驚いた。しかも服やアクセサリーまで身に着けている。


「私、ニャチっていいます。はじめまして」

「は、はい……」

「ニャチ、ウメ様は?」

 ネロが問う。

「今さっき向かった所。あなた達とすれ違いね。気が付かなかったの?」

 ネロに対するニャチの態度は、昔から知る顔馴染みに対するそれと同じ。

 やはり、これも怪魚なのだろう。

「さっき岩の上をポンポン飛んで行ったのを見かけたが……あれか」

「そうよ。それよりも、この方は? 何があったの?」

「ウリオゲに襲われていた。毒もたっぷり貰ってるようだしな。薬、あるだろ? 連れて行く」

「それは大変。えっと、失礼ですが、お名前は?」

「ハ、ハヤヂ……です」

「では、ハヤヂ様、ネロに代わり(わたくし)ニャチがご案内します。息が整うまで待ちますので、焦らずゆっくり整えてください」

「あ、ありがとうございます」

「ネロ、あなたはペペの様子を見に行って。でも手を出しちゃ駄目。ウメ様の邪魔になるから」

「分かってる。じゃ、すまんが後は頼んだぞ」

 そう言って、ネロは来た道を戻った。


 息を整えた後、ニャチの後について行き洞窟の中に入った。急勾配で、かなり奥に進む洞窟。結構しっかりとした階段で整備されていて歩きやすかった。階段が終わると平坦な通路が続いた。その通路もまたきちんと整備されていた。

「着きました。ここが女王ハヴィ様がお住まいになる街です」

「し……信じられない。夢……じゃないですよね?」

「夢ではありません。ここの他にも小さな街が三つあります。クドパス海の方にはハヴィ様の妹、女王ラヴィ様がいらっしゃいます。ここ程ではありませんが、あちらにも綺麗な街が出来つつあります」

 深い地下だと思えないくらいに明るい空間があった。階段も通路もある程度の明るさはあったが、それ以上に明るい。幾千もの星が最大級の光を放ち、地上を照らしている。そんな雰囲気だった。

「ま、まるでネード……」

 広さはネードの五分の一にも満たないが、建物のデザインや、特定の方向を向いて並ぶ家屋の配置がネードとよく似ている。ネードは海、ここは街の中心を突っ切って二分する大通りに向かって配置されていた。

「そうですね。この街はネードを模しています。さ、こちらへどうぞ」


 ニャチの後を追って大通りを歩いた。

 様々な店が並び、個性的な怪魚達が買い物を楽しんでいた。

「こ、こんなに沢山の……。人間みたいなのもいる」

 人間とまではいかないが、それに近い姿をしている怪魚もいる。皆、珍しい物を見る目で顔を向けて来るが、敵意は一切感じない。

「多様性に富んだ種族ですので飽きませんよ」

「怪魚が文明を持ってるなんて知らなかった……です」

「海に落ちた方などを出来る限り救助しておりますので、実は我々の真実を知る人間も極わずかですがいらっしゃいます。口止めしておりますので話さないだけですね。それもあってか、悪い噂ばかり広まってるようで残念です」

「お、俺はその、そんなに怖いもの……方達じゃないと思ってました」

「それは嬉しいですね。ハヴィ様のご判断次第ですが、そろそろ交流を持っても良い頃合い……かもしれません」

 言って、ニャチは小さく息を吐き「……受け入れられるかどうか、難しいですけどね」と呟いた。

 ハヤヂは何も答えなかった。心中、同意していたからだ。


 幾らか無言の時間が続き、とある建物へ案内された。中に入ると、片方だけ吊るされたハンモックのようなベッドが並んでいた。奥には大きな棚があり、瓶や木箱が綺麗に並んでいた。

「こちらの薬を飲んで下さい。飲んだ後、体が痺れますのでここで休んでいて下さい。直ぐに痺れは取れます」

 ニャチに渡された薬は粘度の高い液状の物。小皿に移されたそれを飲んだハヤヂの感想は、信じられないくらい不味い……だった。腐った土みたいな匂いがして、味は舌がピリピリする程に苦かった。

 ハヤヂは言われるまま、ベッドに体を預けた。舌から徐々に痺れが広がり、あっという間に手足の先まで広がった。

 ニャチは部屋から出て行ってしまい、痺れがとれるまで一人静かに待った。

 部屋の外から話し声が聞こえた。

 会話の内容は聞き取れなかったが、ハヤヂはぼーっとその会話を聞いていた。

 半時程度過ぎた頃には殆ど痺れが取れた。飲んだ薬は不味過ぎて怪しさ抜群だったが、ニャチの言う通り痺れは直ぐ取れた。

 良薬口に苦しという。ちゃんと効果がある薬だったのだろう、と信じる事にした。


 痺れが取れたタイミングを見計らってか、ニャチが部屋に戻って来た。

 後ろには別の怪魚がいて、ニコリと笑顔を向けた。

 ハヤヂは驚いた。

 その怪魚は手足が異質なだけで、ほぼ人間だった。しかも恐ろしく美人。

「ハヤヂ様ですね。はじめましてリーエと申します」

「ハヤヂ様、ここからは大姉リーエがご案内します。またお会い出来る事、楽しみにしてますね」

「え? あ、はい。こちらこそ」

 リーエの挨拶後、ニャチはあっさりと部屋を出て行った。


「ハヤヂ様、痺れは取れましたか?」

 リーエは膝をつき、目線を合わせた上で問う。

 長い髪から良い香りが漂い、ハヤヂは思わずドキッとした。

「はい。大丈夫……みたいです」

「暫くすると今度は眠気が襲ってきます。本来は二日ほどここで療養して頂きたいのですが、お急ぎですよね?」

「そ、それは勿論。皆心配してると思いますから直ぐに戻らないと」

「では、地上までご案内致します」

 リーエが手を差し伸べた。その手を取って、ハヤヂは立ち上がった。

 異質な手足で良かった……とハヤヂは思った。

 小さく柔らかい人間の女性の手だったならば、その見た目と相まって、ドキドキが止まらなかったかもしれない。

 ちょっとした冗談や下ネタも言い合える気を使わない女性。長年共に居て、勘違いだったとしても、気持ちを理解できる女性。

 そんな女性しか受け入れられない……とハヤヂは思った。

 やはり、エメ以外の女性は苦手だな……と痛感した。


「あの……来た道と違う……」

 明日も飲む様にと指示されて小瓶に入った薬を渡された後、リーエについて行った。しかし、来た道とは逆方向へ進む。

「ウリオゲも騒いでいるようですので吊り島に戻られるのは危険です。他のルートは今はまだ知られる訳にいかず、申し訳ございませんが別の場所へご案内します」

「そ、そんな……」

「ネードからだと少し遠い場所となりますがご安心下さい。直ぐに着きます。それに運よくお迎えがあるようですし」

「え?」

 迎えとは何の事だろうか。誰の事だろうか。

 それを問おうとしたが「ハヤヂ様」とリーエに遮られた。

 妙に深刻な声色だった。


「赤い宝石又は白い宝石をお持ちではございませんか?」

「何でそれを……」

 知っているのか……。

「お持ちであれば見せて頂けますか?」

 ハヤヂは素直に胸元からエメお手製のネックレスを取り出した。

 ハヤヂは赤い石。エメは白い石。成人の儀式の時、エメがネード神から貰ったと言い張る石だ。

 リーエはそれを手に取って、まじまじと見つめた。

「……やはり間違いないですね。あの時の石です」

「あの時って……成人の儀式の……」

「そうです。この石を贈ったのは私です。私は一度、あなた様方をお見かけしております」

 ネード神の存在を使って祭壇に石を置き、エメへの贈り物をしたのは怪魚だったという事か。

 怪我をしたエメを助けに来た時、何処かに隠れて見ていた、という事だろうか。


「……そう……なんですか」

「今更返せとは言いません。ですが、その石は誰にも見つからない場所に隠して頂きたい」

 石を返却しながら言う。

 ハヤヂはそれを受け取って「なんで……ですか?」と聞いた。

「私も先程ニャチから聞いたのですが、その石はとても価値のある物のようです。奪い殺されてもおかしくないくらいに」

 そこでハヤヂはハッと気が付いた。

 船を襲って来た黒い何か。そいつは自分を狙っているように見えた。小型艇で逃げた時も、真っすぐに追って来たのだ。一瞬だけ見えた人間の目。中身は恐らく人間。ならば、石の価値を知り、己の欲望を満たす行為も理解できる。

 では何処でこの石の所持を知られたのか。

 殆ど胸元から出さず、石の存在を知るのは商会の仲間とエメの父くらい。直近で胸元から出したのは、エメの店で食事していた時と、遺物船が落ちた場所を確認しに行った時だけ。

 甲板で海風にあたりながら不意に行った行為だが、きっと、その時に見られたのかもしれない。


「……まさか、船が襲われたのって」

「可能性は高いと思われます。今回の件、我々怪魚の責任でもあります。いつか必ず償いは致します」

「いえ、そんな、もう起きてしまった事だし気にしないで下さい。それにこれが原因って決まった訳じゃないですし、むしろ救ってもらって、薬まで貰って……感謝してるくらいです」

 きっと、リーエの言う通りこの赤い石が原因。だが、証拠はないのだから責める訳にもいかない。それよりも、こうして救ってくれた事の方が重要で、感謝の意を示す方がいい。

「……ありがとうございます」

「と、とにかくこれは、えっと、隠しておけばいいんですね」

「はい。お願いします」

 ハヤヂはネックレスを掛け直し、胸元へ仕舞った。


 街を抜け、歪みなく真っすぐ作られた地下通路を歩く。同じ景色を見続けていると、少しづつ眠気が生まれて来た。ハヤヂは強く瞬きをした後大きく息を吸い、意識を保った。

「因みに何処へ向かってるんですか?」

「タルズップ半島です」

「は? タルズップ……いやいや、ここからだと少し遠いってレベルじゃないですよ。かなりの距離があります。歩いてなんて何日かかるか」

 何を馬鹿な事を言っているのだろうか。

 タルズップ半島はネードからずっと東にある半島。空船でも半日近く、歩けば数日かかる距離。しかもここはネード海にある吊り島周辺の地下。歩いて直ぐに着く距離ではない。

「問題ありません。あちらの角を曲がれば、直ぐに着きます」

 リーエは歩みを止めなかった。

 ハヤヂは彼女を信じ、黙ってついて行った。


「な、なんだこれ……」

 通路を曲がって直ぐ、様相は一変した。

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