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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 四章 指輪と秘密
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指輪と秘密【13】

 立ったまま、密かにもう一つの武器の圧力を上げていくドナヴナ。

 左手には高振動ブレードを使った爪。右腕前腕には奥の手がある。

 ここで使うには早すぎるが、相手は余裕を見せた態度で突っ立っている。

 不意を突き、且つ、最大圧力で扱うならば今しかない。


『いや、待て。もしかしてそいつはレプリケーダーか? 自分のACSを複製しようと?』

 一人ブツブツと考え始めたタロウ。

 隙と時間を作ってくれている。

 右腕からガコンガコンと小さく音が鳴り、最大圧力目掛けて力が溜まる。

『だが、この程度の技術だ。稚拙すぎる……。研究員や技術者のメモリーシートは手に入れてないという事か』


――この程度……だと。


 わざと口に出してブツブツ言うのはこちらを煽る為だと分かっている。が、やはりカチンとくる。

 メモリーシートは知っているが、レプリケーダーなるものは知らない。だが、それは答えない。特殊な単語を並べるのはタロウがこちらの反応をみているからだ。

 余計な事を言えば、また情報を与える事になる。


『まぁ手に入れたからといって、この世界の設備では再現不可能だろう……』

 タロウは自分の世界に入っている様子。

 こいつは考え込むと周りが見えなくなるタイプだろうか、と思った。

『……というのは身勝手な推測か。既に相応の科学技術を得ているかもしれん。俺が知らないだけでな……』

 極々稀に遺物船から生きた人間が見つかると聞いた事がある。今では馬鹿話の類になってるが、信じている者もかなり多い。

 ドナヴナも信じている派。それは、自分達の先祖……古代人なるものがいれば面白いだろう、というだけの理由。


――空から来た……。この世界の設備……。まさか……こいつ古代人か?


 言葉の節々に見える古代人の匂い。

 もし仮に古代人だとするならば、先生の土産としてこの上ない品になる。

 だがしかし、生かして捕らえる事なんて出来ない。確実に相手の方が上なのだ。連れ帰る方法は抵抗出来ないように……殺してから。それに、


――だったとしても、こいつは俺を怒らせた。絶対にここで、ぶち殺す。


 自身の感情の方が優先。馬鹿にしてきた奴は相応の報いを受けなければならないのだ。

 圧力が上がり、腕の音が止んだ。

 タロウは未だにブツブツと考え事をしていて、むしろこちらに興味を示さずあらぬ方を向いている。

 ……馬鹿だ。


 ドナヴナはゆっくり右腕を前に出し、狙いをつけた。

 狙うは胸のど真ん中。俺なら出来る。絶対にデカい風穴をあけてやる。死ね。

 と意気込み、ドナヴナは躊躇なく射出した。

 腕の甲からズダンっと一本の針が出た。太さ十センチ、長さ五十センチの鉄の塊だ。かなり重く、これを高速で射出すれば、空船すら簡単に貫通させる代物。名前は無いが、個人的にプレッシャーニードルと呼んでいる。

 タロウと対面し、その機動力の凄さを二度も体験している。

 だからこそ分かる。相手との距離は十メートル弱。この近距離では絶対に避けられない。相手の動きよりも、射出速度の方が確実に早いと確信出来るのだ。

 爆音と共に土と石が舞い、視界が土煙で奪われた。飛んで来た小石達が勢いよく体に当たる。生身の人間ならば、この石で死んでしまいそうな勢いだ。


――やったか?


 徐々に土煙が晴れてくる。視界が元に戻り、タロウの姿が現れる。

「う、嘘だろ……」

 あらぬ方を向いて注意すらしてない相手に近距離で射出した。着弾までの時間はコンマ幾つだろうか……。一瞬の一瞬という時間だろう。体を逸らし、紙一重を狙ったとしても時間を止めでもしない限り避けられない。

 が、タロウは避けた。軽く体を逸らしただけの紙一重の避け方だった。その奥には大きなクレーターが出来ていた。中央に殆ど埋まったニードルが見えた。


「な、なん……で……」

 言葉が詰まった。もう、ここまで来ると悪夢だった。

 人間じゃない。俺達と同類と見るのもおこがましい。恐ろしい巨獣よりも凶悪。奴にしてみれば、俺は虫けら。

 瞬間的にそう感じた。

 殺してやると決めた意気込みは消え、殺されるという恐怖に変わる。


『あと何発残ってる? 一つか二つか? だがな、如何せん射出時間が長い。威力はなかなかだが、それじゃ使い物にならないぞ』

「な……なんでこれを避けられる」

『レプリケーダーの、特にキューブやダンサーの接近戦はな、人知を超えるレベルなんだ。漫画とかアニメとかで物理法則を無視したアクションシーンがあるだろ? それに近い事を現実でやってる。研究員や技術者にヲタクが多かったんだろうな』

「マ、マンガ? アニ……。は?」

『あ~分からなくていい。とにかくまぁ、作るのには相応の金と時間と技術が必要になるんだ。俺達の体は脳みそ(PCAI)さえ出来ればポッドで作れるが、ACSはかなり高度な設備が必要になる。先生ってのがどれだけ凄い奴かわからんが、普通に考えればお前程度のものしか作れないのが現実だ』

「お、お前は……古代人……か?」

『そうらしいな。人では無いが。……まぁいい。もう終わらせよう』


 言うと直ぐにタロウの背中にあるブレードが二つに割れて、ガシャンと伸びた。

 刃渡り一メートル程度のブレードは邪魔にならないように畳んであったのだろう。

 伸びたブレードの長さは二メートル近くあり、タロウの身長よりも少し長い。

 タロウがグリップに手をかけた。すると鞘がパカパカと上から順を追って開いた。長すぎるブレードは引き抜けない。引き抜けなければ鞘が開けばいいという構造だった。

『綺麗だろ? 俺のお気に入りだ』

 細くて柔らかなカーブを描いたブレード。色は紫色で、光に当たると美しくイメージを変えて来る。

「そ、そんなもの、見た事も……」

『ないだろう? 特注だからな。(かしら)にも柄巻(つかまき)にも(つば)にも全てにこだわりがある。これはな、刀と言ってな、普通は野太刀でも三尺程度なんだが、これは六尺を越える。ある程度デカい奴でも一刀両断出来るようにこの長さにしたんだ』

 まるで、自分の宝物を自慢する子供のように話す。

 正直何を言っているのか理解出来なかった。尺とは何か、鍔とは何か。冷静に聞いていれば多少の理解はあっただろう。だが、そんな余裕はなかった。

 刀という物をみて感じた事は、これを使って俺は切り刻まれるのかもしれない、という絶望だけだった。


『あ~すまん。こんな無駄話しててもしょうがないな。では、行くぞ』

 タロウが刀を携えて、散歩でもするかのように歩いて来る。

「くそっ。くそっくそっくそっ」

 プレッシャーニードルの圧力を上げた。残り二発。とにかく最大圧力まで時間を稼ぐしかない。

 ドナヴナはバックステップで更に距離を取った。相手の周囲を回るように走って、様子を伺う。

 タロウは立ち止まり、ぐるぐる回る相手を顔だけで追っている。

 タロウは何もしてこなかった。刀を肩に担いでのんびりと次の手を待っている。

 好都合だった。圧力が最大になるまでの時間が稼げた。

 タロウの後ろに回った瞬間、ドナヴナは距離を詰めた。まず爪のブレードで頭部を狙った。刀でガードした瞬間、脇が甘くなる筈。その隙を狙って、脇腹にゼロ距離射出をするつもりだった。

 だが、甘かった。


 ブレードを受け止める? その考え自体が甘かった。

 ブレード振り、接触した瞬間、まるで薄紙を切るかのようにブレードを二つに分ける刀。想像を絶する切れ味で、高振動ブレードがおもちゃのようだった。

 しかし、隙は作れた。

 即座に脇を殴り、ビクともしない事を確認する。であれば、射出時の衝撃は完璧に入る。

 ドナヴナは「これで死ねっ」と叫び、ニードルを射出した。

 結果はこうだった。

 プレッシャーニードルの爆散。これが現実。

 射出したニードルはタロウを貫通せず、逆に跳ね返された。密着したゼロ距離で射出したニードルは逃げる場所を失い、発射機構を爆散させて終了した。


「あ……あ……」

 硬さがこの世のものとは思えない。どういう素材を使えばここまで硬くなるのか。

『もう終了だな』

 顔を向けてタロウが言う。仮面のような顔を向けて言う。

「う、うおぁぁぁぁぁぁ」

 ドナヴナは無我夢中で殴った。殴った所でどうにもならないと知りながら殴った。

 硬い相手はビクともせず、ドナヴナの指や腕だけがダメージを負う。殴れば殴る程バキバキとひび割れて欠けていく。

 ドンっと脇に衝撃が走った。タロウが一発、脇を小突いたのだ。


「ぐふぅぉあ」

 ACSの中で血を吐いた。手足は義肢で、各所に人工的な筋肉を張っている。だが、それ以外は普通の人間と同じで、言わずもがな内臓も弱い。

 衝撃は分厚い装備を越えて、中身にまで届いた。

 あまりの痛みに耐えきれず、片膝をついた。すると今度は顔面に衝撃が走った。

 一瞬意識が飛び、地面に倒れた。

 意識が無くなったのは確かに一瞬だった。だが、夢をみてしまって長く感じた。


 夢は例の悪夢。父が飲んだくれで、自分は盗みばかりを働く悪ガキ。どうしようもないくらい貧乏で、糞みたいな生活。

 ふと思い出した。

 先生と契約してから数か月間の記憶が無い事を。

 義肢や体の強化はその後。痛かった事や慣れるまでのリハビリが大変だった事は覚えている。だが、それ以前の記憶が数か月分すっぽり抜けている。その間、何をやっていたのだろうか。

 殴られた衝撃がドナヴナの脳に影響を与えたのだろう。

 疑問に思った瞬間、少しだけだが、妙な映像が湧き出て来た。


 ベッドに横たわる自分。隣のベッドにはフォンがいる。変な機械が頭の上にある。ベッドの横に誰かが立っている。ごちゃごちゃと何か話している。その会話の中に「消去には……」とか「別の人生を……」等という恐ろしいセリフが入っている。

 ドナヴナはハッと目を覚まし、ぐらぐらする体を無理やり起こした。


――違う、違う、違う、違うっ。


 ドナヴナはタロウに殴りかかった。両腕がボロボロになろうとも殴り続けた。


――俺のっ俺のっ……俺の父は漁師だ!


 憧れだった父。大好きだった母。辛い時期もあったが、子供の頃の思い出と誇りは自分の中の唯一の光。そう思い、信じていた過去。

 その全てが、作られた記憶だったと悟った。

 本当の人生は、悪夢の中にあった。

 信じたくない。違う。違ってくれ。

 そう思い、ドナヴナは殴り続けた。


「うわぁぁぁぁぁ」

 子供みたいに叫んだ。

 ザンっと金属と別の何かが擦れる音がして、腕が飛んだ。

「いぃ……」

 少しだけだが痛みが走った。咄嗟にバックステップで距離を取った。

 タロウが落ちた腕を拾い、切断面をみている。

『なるほど。自分の手足のように扱う為に義肢を介して神経接続をしてるのか。この辺りの技術はきちんとしてるな。だが痛覚は小さいようだし、ダイバーボーグの強化武装程度の出来といった所か』

 冷静に分析している。

 こっちは恐怖とショックでどうにかなりそうなのに、タロウは平然としている。


――くそがっ。お前も、怪魚も、人間も、全員ぶっ殺してやる。


 急速に現れた怒りが、全ての感情を飲み込んでいく。

 もう、どうにでもなれ。生きて、全てを、壊してやる。俺を騙した先生ですら。

 ドナヴナは残った手でタロウの顔を掴んだ。これでもかと渾身の力を込めて締め上げる。が、簡単に切り落とされて、唯一残った腕が地面へ落ちた。

『すまんな。静かに生きてればこうはならなかったんだが』

「うるせぇー!」

『人も怪魚も快楽で殺してたんだろ? それは駄目だ。お前の今後は怪魚達に委ねる』


 今度は一撃で両足を持っていかれた。

 胴体だけになったドナヴナは頭から倒れた。

 タロウも、怪魚も、人間も全てが憎い。しかし、一番憎いのは……先生だ。

 タロウはこれから何かしらの情報を得ようとしてくるだろう。

 だったら、()()()()()()()()()()()()()()。頭を弄り、偽り、道具として扱った報いだ。


 愛しさ余って憎さ百倍。

 別に愛しくは無い。少し尊敬してただけ。だがそれで十分。

 悟ってしまったが故に、その憎さは先生へ。

 良い夢をみせて貰った。そもそもタロウと出会わなければ、真実を知る事もなかった。

 そう思える気持ちはなかった。ただ純粋に、先生が憎くなった。


 急に違和感を感じた。

 頭の奥で何かが膨らむ感じだった。痛みは無かった。内側から圧迫される感覚だけがあった。目が飛び出たようにも感じて、直ぐに視力が無くなった。

 ドナヴナの意識はそこで終わった。

 違和感を感じてから意識がなくなるまで一瞬の出来事だった。


 ACSの中で、ドナヴナの頭部は破裂していた。

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