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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 四章 指輪と秘密
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指輪と秘密【11】

 クドパスの漁師の子に生まれ、慎ましくも不自由なく幼少期を過ごしたドナヴナ。

 母は優しく穏やかで、父は真面目で逞しい。

 長身で強い男を体現した顔つきの父。特に太くて大きい腕が好きだった。何処からどう見ても漁師然とした男らしさはドナヴナにとって憧れだった。自分もいつか父のような男らしい漁師になりたい。ネードの漁師になんて負けないくらいの漁師になりたい。それが将来の夢だった。

 

 友達も沢山いた。

 漁師の子が半分。飯屋や飲み屋の子が半分。

 港の近くに住んでいるのだから当たり前の話だが、似た様な境遇の友人ばかりだったので、気を使わず、話も合い、毎日が楽しい以外に無かった。

 

 十二歳になった頃、初めて船に乗せて貰った。

 普通、漁師として船に乗せて貰うのはもう少し先になる。日中は漁港で雑用をこなし、船が戻ったら陸への水揚げを手伝い、種類と大きさを確認しながら選別をする。

 漁師になって最初の仕事はこれ。いわゆる下積みというもの。早ければ十二歳から下積みに入れる。

 そんなルールの中、船長だった父の贔屓もあり、研修という名目で船に乗せて貰う事になった。下積みする前の四日間、空と海を堪能させて貰える。

 市場の売り子程度の仕事しか任されない友達は皆羨んだ。だが、同時に喜んでくれた。


 クドパス海の美しさ、島々の特徴、潮風を切って進む空船の乗り心地。

 皆、土産話を楽しみにしていると言った。

 クドパスの漁業は沿岸三割、沖合六割、遠洋一割といった所。父は沖合漁業専門だった為、いつも二、三日で帰って来る。しかし今回は少し遠い海へ向かう事になった。珍しい魚を獲りに行く名目を使い、自分の息子を楽しませるという父の我儘によるもの。本当の所は息子にカッコイイ所を見せてあげたいのだろう、とドナヴナは察していた。


 二日三日と続いた漁は、かなり高値で売れる魚も釣れて、景気のいい豊漁となった。

 必死に漁をする父。仲間達を鼓舞する父。皆に頼られる父。初めて見る父の姿に、より一段と憧れを積み、より一層誇りを重ねた。父の子で良かったと心底思った。

 友達にはまず何から話そうか。どう話せば父のカッコ良さが伝わるだろうか、等と考えていると、帰漁にかかる一日が酷く長く感じた。早く港に帰りたい。早く友達に会いたい。帰り際は気ばかりが焦り、そして楽しみだった。


 しかし、そんな日は来なかった。


 怪魚。人を攫い、人を食らうという海の厄介者。

 その怪魚に父の船は襲われた。

 喉を搔っ切られ、船から投げ出され、ぐちゃぐちゃに踏みつぶされる船員達。繰り広げられる惨劇を前に、ドナヴナはただ泣きじゃくりながら見ているしかなかった。父は目の前で頭を握りつぶされた。それを最後に気を失い、目覚めた時には自室のベッドの上だった。


 助かったのはドナヴナと副船長のみ。何とか港まで空船を飛ばして、命からがら戻って来たという。

 それからは悲惨だった。

 船員の家族への補償と賠償。稼ぎ頭のいないドナヴナ家。母は怪しい飲み屋で働き、ドナヴナはあくどい仕事に手を出した。貧乏を絵に描いたような生活を送り、心は次第に闇へと落ちる。

 先生と出会ったのはドナヴナが二十五歳の時。

 大金と引き換えに体を売り、義肢の体とあり得ない怪力を得た。

 先生の部下となり手足のように働く。働けば勿論、金も貰える。

 ドナヴナは満足していた。

 生活水準は一変して裕福な部類へ。母は死んでしまったが、自身が不自由しない生活を送れるのだ。貧乏生活から抜け出せたのならそれで良かった。


 満足している要因として、怪力を得た事もある。

 惨殺された船員達や父の記憶はトラウマだったが、怪魚の様に自分が殺る立場になると、そのトラウマは反転した。

 快感といえば良いだろうか。ともかく、気持ちが良かった。

 殺しは程々にしなさいと先生から言われているが、時折この性癖を解放しないと変な夢を見てしまうのだ。やめられる訳が無い。

 見る夢は気持ちの悪いもの。決まって同じ夢。

 母はおらず、父は飲んだくれで、尊敬の欠片すらない夢。自分は幼少の頃から盗みばかりをしていて友達すらいない夢だ。


 最近はその夢を頻繁に見てしまう。爆発する限界まで来ていた。

 だから、今回の仕事は飛び上がるくらいに嬉しかった。

 落ちた船の船員が全滅していたとしても、怪魚の巣と呼ばれる島に行くのだ。少なくとも怪魚を惨殺できる。人がいればもっと楽しい。

 運が味方したのだろう。

 船は無事に不時着したようで、船員達は生きていた。怪魚と共に行動していたのは不可思議で仕方なかったが、どう始末するかと考えるだけで、そんな事はどうでも良くなった。


 気が強そうで、やたらと美人な女がまず最初の相手だった。

 少し勿体ないと思ったがしかし、美人がぐちゃぐちゃになる姿の方が余計にそそられる。長距離狙撃の糞虫よりも先に女の方で快感を得たくなった。

 握り潰して内臓を吐き出させるか、小さく丸めて肉団子にするか、ぷちっと頭から脳を絞り出すか……。今日の気分は疲弊させてから頭をプチプチと潰したい気分。だが、少しばかり気が変わった。


 この女達にはACSのカメラを二つも潰され、足に浅い傷もつけられ、体にも銃弾の痕を残された。カメラに関しては大きな破損と言えるが、他は気にする程の被害ではない。

 修理すれば済む事だし、そもそもACSを貫通出来る装備をその辺の奴等が持っている訳が無い。硬体皮用ライフルやパイルレーザー等、貫通力の高い武器はかなり高価な品。弾やネオイットの経費も馬鹿に出来ない。三下の船掘商会がそれらの装備を潤沢に保有しているとは考えにくいのだ。

 ならば、あとはゆっくり痛めつけながら楽しんでいけばいい。踏めば潰れる虫程度の奴等しかいないのだ。

 ……と思うがやはり、奇襲に驚かされ、ACSを傷つけられたのには若干苛立つ。

 よって、まず最初に死ぬ女には落ち行く恐怖を付加したくなった。

 高く上空へ投げ、落下時の表情を楽しむ事とする。

 上手く岩の上に落ちてくれ。びちゃっと体の中身を撒き散らしてくれ。

 そう願いつつ女を投げ、ワクワクしながら眺める……がしかし、せっかくの楽しみを取り上げる邪魔が入った。


 最初に思ったセリフは「誰だ? 新入りか?」だった。

 フォンを含め、今いる仲間の他に勧誘している者が数名いると先生は言っていた。

 その内の誰かだろう……と推測したが、着ているACSが見た事も無い。

 そいつはどこからともなく現れ、岩を軽々と渡り、女を空中で抱き留めた。重力を操作した様子で自身の落下と着地も難なく済ます。


――落下を抑えた着地……重力制御か? しかしそんなものフォンの装備にしか付いていないはず。先生の新作か?


 女を地面へ降ろし、ハンマー男の攻撃を受ける……が、片手で弾いてあっさりと防いだ。

 それを見ただけで、自分の装備よりも幾らか高性能なのだなと察する。

 やはり、知らぬ間に先生が作った新作なのかもしれない。

 しかしながら、兄貴分となる先達を無視して、尚且つ楽しみを奪う新入りには礼儀を教えねばならない。


――まぁいい。一発殴って分からせるか。


 先生曰く、ビルダーという装備は硬さとパワーが売りだという。機動力はそこまで高く無いが、面と向かって一対一の喧嘩をするのであれば、絶対にこちらが勝つ。

 新入りのACSは小さく、長身の男と変わらないサイズ。しかもフォンよりも小さくて一回り細い。どんなに機動力があったとしても、掴んでしまえば何も出来ないだろうし、一発殴っただけで相応のダメージは負うだろう。


 勢いと重量を乗せて殴り、ついでに女を踏みつぶす事にする。それを想像しながら、ドナヴナは新入りに向かって突っ込んだ。

 が、数歩進んだ辺りで新入りが消えた。……と思ったら、目の前にいた。

「は?」

 一瞬、自分が瞬間移動したように思えた。しかし違う。新入りの機動力が想像以上に凄かったのだ。

「うおっ。早ぇっ」

 殴ろうとする拳が一瞬見えて、咄嗟にガードする。

 硬くて厚い腕が拳型に凹み、そのまま後ろに飛ばされた。即座に踏ん張り、足で地面を削って、スピードを殺す。


――噓だろ……。この俺を? 何だこのパワーは……。重量的に考えてもこちらが上……だよな?


 最強の物理攻撃とは、質量、重量のある物を高速でぶつける事になる。

 たとえば、重い鉄球を音速で飛ばす。あるいは、超高重量の物体を大気圏外から垂直に落とす。等々。

 磁力、落下運動、どんな物理法則でも良いが、とにかく衝撃力を強くする事。重量という最強の存在を加速という力で増幅させる事。これが物理攻撃における最大最強の魅力と力になる。

 では、加速という方法が使えない場合はどうか。

 答えは簡単で、重力がある時点で質量あるいは重量が全ての世界を支配する。

 重い物に対して、軽い物がぶつかっても何も生まない。

 ドナヴナの体は大きくて重い。

 強化された人間が高速で拳を放ったとしても、然程重量が無いにもかかわらず接触面積の大きい拳では、通常、ある程度の威力しか絞り出せない。実際、銃弾のように貫通しておらず、腕の甲を凹ませただけ。と言う事は、重量と加速による衝撃力はその程度だったと言う証明。

 だがしかし、自身より小さくて軽い相手にドナヴナは殴り飛ばされた。


――物理法則はどうなってる? 俺よりも重いか、地面と一体化してない限りは無理だぞ……こんな事。


 では、何故殴り飛ばされたか。

 その答えも簡単で、加速と重量を乗せた他に”押し出す力”があった事。

 接触時にも負けずに押し出す力は、少なくともドナヴナより重い奴だけが扱える。軽い者が重い者を押しても地面との摩擦力が負け、思う様に力が入らない。

 要するに足が滑って押し出せない。

 だが、新入りはそれが出来た。

 どんなに力が強くても、ドナヴナよりも重い存在か、木の根のように足が固定されていないと出来ない芸当。

 そもそも、接近時の瞬発力が異常過ぎる。殴ってきた時にはピタリとその場に留まり、完全に慣性の法則すら無視している気がした。

 重力制御装置は”軽くする”事に特化していて、質量以上に”重くする”事は殆ど出来ない。もし、フォンと同じく重力制御が出来たとしても、自身を高重量には出来ないのだ。


――そもそも仲間なのか? こいつ。

 

 ACSを装備出来る人間は我々だけだと先生から聞かされているし、未だかつて仲間以外に見た事がない。

 

 気がつくと、女もその仲間も怪魚も広場から姿を消していた。


――くそが……。逃げやがった。


 新入りが自身の側頭部をトントンと叩いた。

 会話の意志だと悟り、ドナヴナは回線を繋げた。

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