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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 四章 指輪と秘密
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指輪と秘密【8】

 岩が動いた。

 ラパは周囲の岩に擬態していたようだった。皮膚の色が変わっている。

 ラパは勢いよく飛んで、鋭い爪で攻撃した。ガキっと音がしたが、ダメージはほぼ無いような音だった。

 次いでピーヤが飛び出して来た。岩の上をステップしながら近づいて跳躍し、体重をかけた拳をお見舞いする。

 敵は両腕を使って防御した。腕ごと体が持っていかれて、少し沈んだ。


 今度はピーヤとラパが同時に攻撃した。レッチョもそれに加わり、ハンマーを振り降ろす。

 敵は両腕を上げて頭部を守っていたが、直ぐに立ち上がり、まずラパを殴った。

 脇辺りを殴られたラパは吹き飛び、滑るように転がった。

 次いでピーヤ。彼女も同じく殴り飛ばされた。

 レッチョは顔面を掴まれそうになるが、すんでの所で避け、距離を取った。

 敵の周囲に仲間が居ない事を確認して、ルマーナはグレネードを放った。しかし、これは腕で弾かれてしまい、遠くで爆発した。

 最後の弾倉に手を付けたキエルドが三発連続で攻撃した。これも片手で弾かれた。

 跳弾した弾が地面に穴を開けた。

 

 目を二つも潰せたのは大きな成果だが、それ以降上手くダメージが通らない。

 敵はこちらの狙いを理解している。

 最後の一手を使ったら、撤退した方が良いとルマーナは判断した。

 ルマーナは最後のグレネードを放った。弾かれない様に少し手前の地面を狙った。着弾を確認すると直ぐにグレネードを外し、ブレードに切り替えた。

「キエルド! レッチョ!」

 と、叫びながらダッシュする。

 レッチョはハンマーを振りかぶりつつ走って来て、軽い跳躍と共に振り降ろした。

 同時にキエルドは残りの弾を撃ち込んだ。

 敵は両腕を使い、ハンマーと弾を止めた。

 完璧なコンビネーションだった。ルマーナは敵の懐に難なく潜り込み、膝の関節を狙って高振動ブレードを振るった。

 ギィィィンと耳に響く音が鳴って、ブレードがほんの少し沈んだ。


「どぅおりゃー!」

 ルマーナは女を捨てて気合いを入れた。

 このまま行けば切断できる自信があった。既に根性の域に達している。

 ルマーナを守る為、レッチョはハンマーを連打している。これも既に根性の域だ。

 敵は片腕でハンマーを凌いでいる。

 残る片腕を狙ってラパが突っ込んで来た。口から血を流しつつも拘束しようとするが、また殴り飛ばされた。


「こんぬぅぉー!」

 ボケカスがー! と続けたかったが声にはならなかった。

 ついさっき知り合ったばかりの怪魚、ラパとピーヤ。道中の会話と、たった数分の戦闘だけで十分。ルマーナは既に大切な仲間だと感じていた。

 ここで一本でも足を奪ってやれば、後はオルホエイ達と一緒になって袋叩きにしてやれる。

 気合と根性でぶった切ってやる。

 ルマーナは更に力を込めてブレードを押し込んだ。

 ブレードは五センチ程度まで入った。

 義手の接続部分に激痛が走る。だが、関係ない。


 次いでピーヤが飛び出して来た。殴り飛ばされて岩にぶつかるラパとすれ違い、勢いのある拳を振るう。

 あっさり防がれたが、ピーヤはそのまま連打して相手の意識を自分に集中させた。が、一瞬の隙をついて敵はピーヤの拳を弾いた。

 その瞬間、敵の攻撃手段が変わった。

 手の甲から鋭い刃がガシャンと飛び出て来て、裏拳でピーヤを襲った。咄嗟に避けたピーヤだったが、刃はピーヤの胸元をざっくりと裂いた。

 命にかかわる程深くないが、かなりのダメージに見えた。

 弾を撃ち尽くし、手ぶらになったキエルドは岩から下りている最中。ラパはぐらつく足で立ち上がろうと努力している。ピーヤは胸元を押さえつつ片膝をついている。

 これは非常にマズイ……とルマーナは思った。


 刃の生えた拳がルマーナめがけて飛んで来た。

 咄嗟に頭を下げたが、意味は無かった。

 フック気味で飛んで来た拳はレッチョを狙ってのものだった。

 レッチョは刃の隙間にハンマーの柄を引っかけて防いだ。が、力負けしてハンマーごと簡単に吹っ飛ばされた。


 現状、仲間の援護が無い無防備な女が、足元で顔を真っ赤にしているだけの状態。

 この状態なら逃げる以外の選択肢は無い。

「ルマーナ様、逃げるでさっ」

 レッチョの声が聞こえた。

「逃げてください! ルマーナ様っ」

 キエルドの声が聞こえた。

 彼らの声に答えたかった。

 しかし、時すでに遅し。ルマーナは既に逃げたくても逃げられない状況になっていた。

 義肢をブレードごと握られ、拘束されている。そしてそのままゆっくりと持ち上げられた。


「離しなさい! 何なの⁈ あんた!」

 片腕だけでぶら下がっている状態。義肢の接続部分から血が出て来る。

 とにかくこの場から逃げなくてはならない。

 ルマーナは高振動ブレードを外そうとベルトに手を伸ばした。ガチャガチャとベルトを外す数秒間、敵はじっと見ているだけだった。

 外し終わるとそのまま地面へ落ちて、尻餅をついた。


「皆! 逃げるよ!」

 立ち上がりつつ、踵を返すルマーナ。

 だが、後ろからバキン、グシャっと音が聞こえ、目の前にひしゃげた高振動ブレードが飛んで来た。

 ビクッと驚いて一瞬足を止めてしまったルマーナ。

 その一瞬があだとなり、大きな手で胴体を握られた。そしてまた目線の高さまで持ち上げられる。

「何なんだい! もう!」

 ルマーナは駄々っ子のように叫び、残った腕で鉄の塊をドンドン叩く。

 目の前にいるのは船を襲った敵ではない。だが、その仲間。ムカつく敵。

 怒りもそうだが、それ以上にルマーナは悔しかった。

 メルティが死に、仲間が大勢負傷し、船もボロボロ。

 いけると思った最後の一手も五センチ程度の傷を負わせただけ。

 計画は失敗し、敵に拘束される最悪な展開。

 気合いで何とかなる程、世の中は甘くない。


 ルマーナは引き離そうと無意味な努力を続けた。

 敵はそんなルマーナをじっと見ていた。すると握る力が強くなった。

「んぎっ」

 無様な声が漏れ、バキンと骨が折れた感覚がした。

 脇腹付近に痛みが走る。少なくとも一本は折れた。

「離すでさ!」

 ハンマーを振りかぶったレッチョが見えた。

「レッ……」

 名を呼ぼうとした瞬間、加速による強烈な重力を感じて息が詰まった。同時に「うぐぅ」と吐き気を催した。

 気が付くとレッチョの姿が遠退いていた。

 そして岩から降りる途中のキエルドがずっと先の眼下にいた。

「へ?」

 と、ルマーナ。

 「「ルマーナ様!」」

 と、叫ぶレッチョとキエルド。

 何メートル、いや、何十メートル上空にいるのだろうか。

 不意に、一瞬で、ルマーナは空へ投げ飛ばされていた。

 じっと見つめていた敵は恐らく、殺し方を考えていたのだ。

 握りつぶすか、切り刻むか、踏み潰すか等々。

 一度力を込めたのは握りつぶす選択をした為。だが、敵はそれをやめて空高く投げた。

 人間が岩だらけの地面に叩きつけられ、内臓と脳を撒き散らす様子を見たくなったのだろう。


――こ、これ……絶対死ぬやつ。


 死にそうな目には何度も会って来た。

 最近だとキャニオンスライムの時。その前はムモールの時。そして今度は名も知らないムカつく奴に。

 流石に三度目は無いと思った。

 二度もロクセに助けられたが、今回は絶対に無い。この場に居るのは自分と愉快な仲間達と怪我をした怪魚だけ。

 ロクセの姿は無い。

 そもそも、数十メートルもの高所から落ちる女をどうやって救うのか。

 答えは簡単。救う方法なんて無い、だ。


 重力が体を引っ張った。一気にスピードに乗り、地面が迫り来る。

 丁度真下に岩があった。歪に崩れている岩で、ぶつかったら手足くらいは千切れ飛びそうに思えた。

 今後のルマーナ船掘商会は……ロンライン二番通りは……仲間達がなんとかしてくれるだろう。

 三十年程度の人生、悔いはないと思った。が、一つだけある。

 いい女になったティニャの姿が見れない事。流石にこれだけは悔いる。

 ルマーナは「ティニャ……」と呟いた。

 死を覚悟した。


 と、その時。赤黒い影が視界の端に映った。

 それは岩を駆けて跳躍し、ぎゅっとルマーナの体を抱き寄せた。

「きゃ!」

 何故か乙女のような悲鳴をあげてしまった。

 この感じには覚えがあった。

 キャニオンスライムに食べられそうになった時、ロクセが抱きしめて助けてくれた。

 その時と同じ抱き方、そして同じ空気を感じた。違いは硬くてゴツイという所だけ。

 

 ルマーナは無意識に腕を回し、しがみついた。

 すると一瞬体が浮いた感覚がした。空船が飛び立つ時の重力に逆らう感覚に似てる気がした。

 トンっと一度何かを蹴る動作をして、殆ど衝撃を感じずに地面へ降りた。

 ルマーナは離れなかった。

 誰も言葉を発せず、周囲からは波と風の音ばかりが聞こえた。


 背中を優しくトントンと叩かれた。

 そろそろ降りろ、という合図だと思った。

 ルマーナは恋人から離れる様にストンと降りた。

「助けてくれてありが……どぅわっ」

 驚いて腰を抜かしてしまった。

 骨董品好きの貴族の家で、昔見たことのあるマスク。それに似ている。

 能面とか言ったか。ともかく独特な怒りを携えた個性的な顔が目の前にあった。


「ルマーナ様から離れるでさ!」

 レッチョがハンマーを振り降ろした。

 しかし、軽く小突かれただけでハンマーは手を離れ、遠くに飛んでいった。

「へ?」

 一瞬何が起きたのか理解出来ないレッチョ。

 ルマーナも勿論理解出来ていない。

 ドンドンと地鳴りを伴った足音が聞こえた。

 敵が走ってこちらに向かって来ていた。しかし、ガスンと敵は殴られ、バックステップをする形で真後ろに飛んで行き、地面に溝を作りつつ滑っていった。

「え?」

 殴ったのは赤黒い何か。いつの間にか移動していて、戦闘を開始していた。


「味方よ」

 ピーヤが傷口を押さえながら声をかけてきた。

 指の間から血が滴っている。

「あれが?」

「そうらしいわ」

「な、なら今の内でさ」

 単独の助っ人なんて然程役に立たないのではないか。

 勝手に思い込み、正直言って期待していなかった。だが、今は違う。

「……そ、そうだね。撤退するよ」

 ルマーナは立ち上がり、広場に向かって走った。

 武器も何も無い状態では足手まといにしかならない。選択肢は逃げる以外にない。


「ルマーナ様、大丈夫ですか?」

 キエルドが合流した。

「問題ないよ」

 本当は脇腹辺りがかなり痛む。

「スマナイ……何も出来なかった」

 ラパも合流した。

「気にしなくていいよ。あたいもこのザマさ」

 ルマーナは肘から先に何も無い左腕を掲げた。

 接続部分からは未だ薄っすらと血が漏れていて、痛みが酷い。恐らく、固定ボルトと神経ハーネスがずれている。再手術が必要だろう。


「信じてもいいんだね」

 ルマーナは振り向きつつ問う。

「少なくともハヴィ様はそう言ってる」

 ピーヤも一瞬だけ振り向いて言った。

 黒くて大きい人型の何か。人と変わらないサイズの赤黒い何か。

 雰囲気も外観も全く違うが、この二つは同類に思えた。

 人間が装備している鎧、又は装甲だとすれば、中身は人。


 では、中身は?


 ルマーナは本能的に感じていた。

 助けてくれたアレは、愛するロクセではないか……と。

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