女王【11】
多々良はピタリと足を止めて「……タイミング悪いわね」と言った。
六瀬はこめかみを変形させてからコードを伸ばし、多々良へと向けた。
多々良はそれを受け取り、自身のこめかみへと接続させる。
近くに居れば無線で情報共有できるが、それは情報共有のみ。設置してきたIFF‐サーチはキューブ専用装備である為、多々良は使用できない。だが、直接六瀬と繋げることで、一部の操作は可能となる。
「……何? こいつら」
そう多々良が言う。
その台詞に、六瀬も同意する。
「レプリケーダーでは無いな」
三十キロ圏内に侵入した異物は二体だった。
一体が空を飛び、もう一体を運んでいる、という構図。
外装のシルエットを見る限りスカイとビルダーの二人組と思えるが、デザインが見た事も無かった。
そして、熱量も尋常ではなかった。
スカイの飛行行動はその性能故に多少の熱を発生する。が、出来る限り索敵を避ける為、高速飛行でもしない限りは熱量を抑える事が出来る。勿論、極力、反射波がサーチレーダー発信源へ戻らないようにしている為、ステルス性能もそこそこ高い。
しかし、このスカイと思しき敵は、ステルス性能皆無で、まるで見つけてくださいと言わんばかりの熱量を発していた。更にスピードも鈍足。重いビルダーを運んでいるとはいえ、いくら何でも遅すぎるし、そのスピードで発する熱量と考えれば、ACSの程度が知れるレベル。あまりにも低性能なACSである為、そもそもACSであるのかさえ疑問だった。
スキャンを試みると簡単にその身を晒し、礼儀正しく情報を与えてくる。
ACSの内部は人型の何か。というか実際、ほぼ人間だった。
リアクターの存在は確認出来ず、がっつりと生命反応がある。
多少の違いは、体を弄っているという点。
二人共四肢が義肢となっていて、大胸筋や腹直筋、脊柱起立筋を含めた広背筋全体に人工筋線維を伸ばしていた。
ダイバーボーグは機械の四肢を最大限に利用する為、筋力補助システムを装備する。それはあくまで装備であり、筋線維を人工的にするのはバイオロイドのみ。
故に、敵二人の体はダイバーボーグとバイオロイドのハイブリットと言えた。
強化生成物と機械との相性は悪い為、高頻度でメンテナンスをする羽目になり、体の維持費でそこそこ金がかかる改造。しかも、寿命も短くなる。
母星では極々稀に見かけたが、誰もやりたがらなかった方向性。名称すらない。
「こいつら二人、お前はどう思う?」
多々良に問う。
「ダイバーボーグとバイオロイドのハイブリットね。性能は良いけど、こんな死に急ぐ弄り方するなんてまともじゃないわ。でも、これを可能にする技術者がいるのは確かね。人の命を屁とも思わない奴でしょうけど」
「装備はACSに似せて作った【Bionics android Reinforced armor】といった所か? 初めて見るな」
BIARAとは、バイオロイド専用の戦闘服の様な物。デザインはその国によって様々だが、基本的には高機動と高硬度に重点を置いた鎧となる。
ACSの様に役割分担されておらず、その都度アタッチメントを変えて使用する装備。
【Bionics android soldier】の位置付けは、一般兵とそう変わらないが、そもそもの身体能力に加えてBIARAを装備してるのだから、言わずもがな、一般兵の上位互換となる。
因みにダイバーボーグは傭兵として活動する場合が多く、個人で装備を買い揃える為、デザインも能力も様々。
「BIARA……バイオロイダー専用装備ね……。でも、どう見たってACSでしょ? あいつらレプリケーダーにでもなったつもりなのかしら」
「ハリボテだろうがな。見てみろ、体を弄ってるにも関わらず、更に強化スーツまで着ている」
「重すぎてやっとやっと装備してる感じなのね」
「素材は主に鉄か何かか?」
「だったらしょぼいわね」
「まぁなんにせよ、然程脅威ではないな。唯一の不安要素は、狙いが人間だろうという点だ」
「一直線にルマーナ達の所へ向かってるわ。仲間を連れて再度襲いに来たのね」
「……いや、恐らく目標は二つ。ビルダーはルマーナ達で、スカイの狙いはティニャ達の方だろう」
「何でそう思うの?」
「先日の強襲は、まずオーカッドの船へ、そして何もせずにルマーナの船へ、という行動だったと説明にあった。殺したのは襲って来る怪魚だけだ。奴らは何かを探していた……狙うべき人間がいた。と考えれば、その行動に理屈が加わる」
「……たしかに」
「だとすれば、二手に分かれる可能性が出て来る。ま、実際何が目的かは分からんし、推測の域を超えないがな」
「ならこっちも二手に?」
「それが最善だろうな。予想が外れて二対一になってもお前ならやれるだろ?」
「同類じゃないしね。この程度の敵なら余裕でしょ」
「なら俺はルマーナ達の方へ、お前はアズリとティニャの方へ」
「了解」
言って、カチッとコードを引き抜く多々良。
六瀬へ渡し、ハヴィに顔を向けた。
「ハヴィ。私のACSって保管してあるわよね?」
「あの黒い箱だろう? 勿論。大切に保管してあるよ」
「ここで着てくから、驚かないでね」
「敵か味方かくらいは分かる。それよりも敵は空を飛ぶ一体だけではないのか? 我々はそれしか知らぬが」
「残念ながら今回は二体よ。他にも居そうな気がするけど。……そういえば何であなた達は戦っていたの? 人を守る為だけじゃないでしょ?」
「奴は数年前に突如現れた。時折人を殺し、我々にも手を出した。我々に対しては視界に入っただけで問答無用の虐殺が始まる。そう易々と勝てる相手ではないと分かっているがしかし、恨みは強く、子らは負けると分かっていても戦いを挑む」
「そう……。ラドが見当たらなかったんだけど、まさか」
「戦死したよ」
「ポミィは何も言わなかったわ。……気を使ったのね」
「ウメ、うぬなら勝てると?」
「余裕よ。こうみえて結構強いんだから。私」
多々良は力こぶを作る格好をして腕をポンポン叩いた。
ハヴィは目を細めて「我は良き友を得た」とそれに答える。
「私もよ」
多々良もニコッと笑って答えた。
「多々良、出来るだけ生け捕りにしろよ。情報を得たいからな」
「確かにそうね。スカ……飛べる奴が私の所に来たら行動不能にしてここへ連れて来るわ。始末はその後にする。その方が良いでしょ。ハヴィ?」
「譲ってくれるのか?」
「ええ。どうぞ。好きにして」
情報を得た後なら好きにしても構わないと六瀬も思う。
敵はただ乗り込んで来ただけで何をしたわけでもないが、結果、ルマーナ達を酷い目に合わせた。こちら側にも恨みはあるが、圧倒的な恨みは怪魚側にある。
もし本当にスカイが多々良側に来たのなら、敵討ちは怪魚達に任せればいい。
「俺は先に行く。そっちは頼んだぞ」
「ええ。任せて」
六瀬は緞帳を後にした。
整備された石畳をこつこつ歩きながら考える。
相手がビルダーならば、近接戦闘が有効。ならば、余計なアタッチメントを付けない機動力重視のフル装備にし、近接武器で挑もう、と。
ウメを黒い箱の保管場所まで案内させ、静かに懐かしさを噛みしめるハヴィ。
長い指で腹部を撫でて、羊水の中で幸せそうに育つ子供達を眺める。
「ハヴィ様。”知識の個”様は何と?」
側付きの子、リーエが問う。
「任せてもいいと言ってるね。それに久方ぶりのウメを見て喜んでいた」
ウメと、もう一つの異物、否、もう一人の男、六瀬。
人よりも優れた存在である事は知っているが、その実力までは知らないハヴィ。
しかし、もう一人のハヴィがそう言うのだから、そうなのだろう。
「”星脈の個”様にも会えましたしね」
「それも同一体だったようだね。アズリと言ったか……次また会えるといいねぇ」
アズリと再会できる事を願うハヴィ。再会するのはハヴィではなくシドの方。
「やはりシド様はそろそろ……?」
「我も寿命が近い。次に行くには良い頃合いだろうねぇ」
「……寂しくなります」
リーエの言葉はハヴィに対してか、シドに対してか。その両方か。
どちらにせよ、ハヴィから見ればシドしかいない。
リーエの言葉に、それは我もだ、とハヴィは思う。
「……疲れたね。起きているのもやっとだよ」
「失礼しました。ゆっくりとお休み下さい」
ウメとの会話は最高の享受。
外の世界を語り聞くのは本当に楽しい。
様々な事を聞き、シドの知識と共に少しずつ豊かになる街と子供達。
もう先は長くないのだから、せめて最後に、ゆっくり話したいと思う。
そして出来るの事なら、次もまた、シドが我々の元へ帰ってくる事を願う。
ハヴィはゆっくりと目を閉じた。
今では一日の大半をシドに譲っている。
今、お腹にいる子達はきっと、シドに似た賢い子になるだろう。




