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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 三章 女王
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女王【10】

 多々良とハヴィは世間話を続けている。

 それをよそに、六瀬は怪魚の母を観察し続けた。

 よく見ると、細いパイプの様な触手が二本、子宮の後ろから伸びていた。

 この星には触手を持つ生物が多いのか? 等と少し辟易しながらその触手を目で追った。

 それらは左右にある薄いカーテンへと繋がっていた。左側の触手だけが何かを吸い上げるようにうねうねと波打っていて、右は現在休憩中といった雰囲気。

 何の為の触手だろうかと疑問を持った矢先、カーテンから一体の怪魚が出て来て、側付きの女性に目線だけの挨拶を送り、更に緞帳の外へと出ていった。

 ここでピンときた。

 恐らく、カーテンの先には複数の雌の怪魚がいる。

 栄養の提供だ。

 そして右のカーテンには雄が入る。現在は必要無い為止まっているが、そっちは遺伝子提供なのだろう。


「うぬがウメを救った者か?」

 と、話しかけられた。

 六瀬はハヴィへ視線を戻して「ああ。六瀬だ。多々良が世話になったみたいだな。感謝する」と答えた。

「世話になったのは我々の方だ。我が子らの良い話し相手になってくれた。感謝している」

「そうか。こんな奴でも役に立ったようで何よりだ」

「こんな奴って何よ」

 と、眉を吊り上げた多々良。

 子供の頃から知っているとはいえ、少々言葉が過ぎた。

「くっく。そうか、うぬらの関係は浅い物ではないのだな。良き事良き事」

 空気を読む、状況を理解する、雰囲気のみで察する。

 人は無意識にこれらの認識を成すが、完璧ではない。実のところ、これらは意外と高度な認識技術なのだ。

 多々良との一言二言で関係性を察するハヴィは既に人のそれと同じ。


「道中、怪魚の事は聞いた。生態系、種の進化……正直、全てに驚いた」

「だろうね。ならば恐怖を抱いたか?」

 この一言で確信した。

 ハヴィは本当に頭がいい。

 会話の質はそれなりの知識人と同レベルだろう。

 流石は女王といった所だ、と感じた。

「何故そう思う?」

 失礼だが質問を質問で返した。

「我らは生物として強者だから。と言ったら? うぬらはどうする?」

「愚問だろ? 答えは分かり切ってる」

「くっく。愚問だねぇ」

 ハヴィは人の思考を良く知っている。

 人は自身よりも優秀な者を嫌悪する生き物なのだ。

「では何故、人に似た種を作る?」

「弱者になりたいからだよ」

 面白い答えだと六瀬は思った。

 では、それは何を意味するか。

「……人と共に生きる、と? 何故だ?」

「知恵を持てば愚行はつきもの。されど愚行を愚行として咎める者が多くいれば、知恵と愚行が同義ではなくなる。そうは思わないか?」

 人が今までやってきた愚行までも知っているハヴィ。

 否、知らずとも簡単に予想できるのだろう。

 人は愚かだと……。

「成程……では、怪魚はその監視者になると?」

「……我々にはまだ長い道のりだがね。とはいえ(こころざし)は同じなんだよ」

 対象の比較基準に使われる”には”を使うハヴィ。

「……そうか。なら俺から一言送ろう」

 多々良が怪魚を信頼する理由が分かった。

「なんだい?」

「よろしく頼む」

 この言葉が一番だ、と六瀬は判断し、頭を下げた。

 怪魚はこの星を守りたいのだ。

 人間という存在から、そして人間と共に。


「ウメ」

「え? 何?」

 と、多々良。

 本当に友達に接する感じで、遠慮が無いなと六瀬は思う。

「良き男と共にいるな」

「私にとっては親戚のおじさんみたいな人よ」

「そうかそうか。良き事良き事」

 くっくっくとハヴィは笑い、二つ並んだ目が弧を描いた。

 ハヴィの性格と想いは良く分かった。

 これだけで十分過ぎる対話だった。

 ならば後は、こちらから今ある疑問だけを解決させよう。


「すまんが、二、三質問がある」

「まずは少女の事か?」

「ああ。何をしにここへ?」

「水をくれと言って来た。それだけだよ」


――水を?


 それは自分の為か。

 ……いや、恐らく誰かの為だろう。

 アズリとティニャは遠くに離れていても会話出来るのかもしれない。

 ならば、その誰かはティニャだと断言できる。

 小型艇が落ちた場所に水があるとは限らないのだ。ティニャの為、ここで水を補給し、小型艇へ向かったのだと思われる。

 では何故、サリーナル号から水を持って行かなかったのだろうか。

 何故、わざわざここで水を得たのだろうか。

 と、疑問が頭をよぎるが然程重要でもないと判断し、消し去る。


「向かった場所は?」

「小さき船が落ちた島。人間が”吊り島”と呼ぶ場所へ行きたいと言った」

「……何でアズリが知ってるの?」

 落ちた場所を何故知っているのか、と疑問を持つ多々良。

「もう一人のアズリは……その、信じられないかもしれないが、テレパシストみたいでな、理屈は知らないが、何故か他種族と意思疎通が出来る。遠くに離れていても可能という事実は今知ったが……」

 多々良はどんな反応をするだろうかと思い、ここでアズリの特殊能力について話してみる。

「……そう……なのね。……あの森の中を走って、私の所まで辿り着いた理由が今分かったわ。もしかしたら植物とも会話出来るのかもしれないわね。あの森で一番危険なのはエッグネックじゃない。足元に生えている蔓だから」

 意外と冷静に分析する多々良。

 確かに、多々良は不可思議な状況でアズリと出会ったのだ。

 無歩の森でオモトコリスを避けながら多々良の元まで走り抜けたアズリ。

 どうして今まで気付かなかったのか。

 もう一人のアズリは植物は勿論、あらゆる生物と意思疎通が出来るのかもしれない。

「植物も含めたあらゆる生物と会話が出来る……か」

「それが本当なら凄いわね」

「俺達の星にそんな超能力者(サイキック)は居たか?」

「居ないわよ。一定の人物の思考が読めるとか、話せるとか、物をちょっと動かすとか、透視するとか、せいぜいそんな程度よ。どんなに研究しても遅々として進まなかったジャンルだもの」

「……なら、アズリの存在は恐ろしく希少かもしれないな。この星では」

「そう……ね。マスター登録しておいて良かったと思うわ」


 この間、ハヴィは黙って聞いていた。

 スン……と落ち着いた雰囲気、というか口を挟まさない信念のようなものを感じた。彼女は何か知っているのか? と邪推するが、質問は腹の奥で消した。

 聞いたとしても「面白い子ね」という程度の答えしか返って来ない気がしたからだ。

 とはいえ、アズリが無事であるのならばそれで良い。

 と、ここでふと考えた。

 ミラナナ達の目標地点にアズリもいるのだから、別に俺達が連れ戻さなくても良いのではないか? と。


「アズリがティニャ達の所へ行ったなら、俺達は行く必要ないんじゃないか? 今ミラナナ達が探してる。そのまま一緒に連れて来れば問題無い」

「……確かに。ねぇハヴィ、ここの存在、皆に話してもいい?」

「早いね。できればまだ知られたくないね」

「そっか……どうしよ」

「俺達まで行くと、二つ離れた島までどうやって来たのか……と問われても誤魔化しきれないな。不思議ちゃんキャラを確立しつつあるアズリならば()()()()()()()()()()()で通せる気がするが……」

「何? 不思議”ちゃん”って」

 若干のヲタク気質を出してしまい、六瀬は「むぐっ」と息を飲みこんだ。

 そう、たしなむ程度なのだ。本来の自分はこうではない。

「……アズリって周りからそういう認識されてるの?」

「まぁ、勘だ。だが、お前も感じないか?」

「……感じる。あり得ない行動もこの子なら出来そうって不思議と思う」

「だろ? ま、実際もう一人のアズリは超能力者だからな」

「でも私達の立場上、そのままって訳にもいかないわよね」

「とりあえず追ってみるか。様子を見て危険が無さそうなら引き返せばいい」

「そうね」

 一応、責任をもって連れ帰ると断言しているのだ。

 探してる(てい)は必要だし、出来ればミラナナ達では無く、六瀬側で回収したい。

 冷静に考えれば面倒な状況だな、と思うが今更どうしようもない。

 臨機応変に対応するしかないなと、この件は放置して、六瀬は軽く咳払いをした。


「悪かったなハヴィ。では二つ目の質問を」

「さて、なんだろうねぇ」

「怪魚に似た一族は他にも居るんだろ?」

 ハヴィは一瞬目を見開いた。

 驚いた……という様子では無く、感心した、という様子に見えた。

 先程、対象の比較基準に使われる”には”を使ったハヴィ。そして「志は同じなんだよ」と第三者を示唆する表現を使った。

 その答えは、志を同じくする仲間が居るという事。

 怪魚の真実を知る人間は居たとしても極少数であると予測出来る為、我々と志を同じくする()()と考えるならば、大多数の存在が思い当たる。

「……そうだよ。この大陸にはもう一つ、別の一族がいる。ここからだと北西の……何処かに」

 正解だった。


――やはりな。


 多々良は知らなかったのだろう「え?」という表情。

「”怪魚(イボーブ)”とは俺達人間が勝手に付けた名前だろう? 本来は何と呼ぶ?」

「……怪魚で良い。今は我らもそう名乗る。北西の者達は獣人(タルフ)と呼ばれているようだね」

「既に社会へ?」

 怪魚達の最大の目的は、外見が人間と酷似する種を多く作り出し、人間社会へ溶け込ませるか、又は深い交流を持つこと。もしくは、その両方だ。

 我々にはまだ長い道のりだ、とハヴィは言った。

 ()()()()、なのだ。

 獣人は既に成し遂げている、という可能性もある。

「さぁ、それは分からないねぇ。だが、少なくとも我々よりは先にいる」

 獣人の存在は知っているが、何処に居るか、までは正確に知らないのだろう。

 そして交流も無いとみた。

 少なくとも、ハヴィが女王として君臨していた間には、だ。

 とはいえ()()()()()()()のだから、過去には交流があったのだろう。

「そうか。なら最後の質問にしよう。そろそろアズリを追わないと、だからな」

 多々良へ目配せしながら言う。

 すると「そうね」と小さく同意して頷いた。


「……では、人の遺伝子は何処で?」

 多々良が直接ハヴィに聞けと言った質問だ。

「知っているのだろう? 食べたからだよ」

 怪魚の倫理に関する問題との事だったが、ハヴィは動じる事無く答えた。

「多々良は倫理の問題と言っていたが?」

「人にも宗教はあるのだろう? それと同じだよ。我々にも似た様なものがある」

「神がいると?」

「いない。我々には独自の死生観がある。命への敬意と我々は言う」

「食す事が、か?」

「我々は我々であるが故に、全ての生物への弔いはその身に受け入れる事としている。自身の一部となって、共に進化しようぞ。というものなのだよ。しかし、人は各々に思考を持つ種。我々と似た同族であるが故に、弔いには罪悪感が生まれる。今では余計にその感情が強い」

「では、今は?」

「ずっと昔は、無心に行うただの種の習性だった。それがやがて弔いになり、同族も、そして島々に流れ着いた人間も弔う事となり……そして今でも続いている。心を壊しながらでも」


 倫理とはその社会構造の中で、行動の規範となる道徳的考え方や哲学を意味する。

 では、それを得た怪魚は現在の死生観についてどう思うのか。

「知恵がついたが故に、倫理と向き合いながらの共食いか」

 知恵だけではない。

 多少なりとも人の倫理を理解してしまったが故に、自身の死生観に疑問を抱いてしまったのだろう。

 勿論、一族を愛し、人間にも敬意を払っている。

 だからこそ、自身の死生観を理解しつつも、客観的な罪悪感も伴うのだ。

「……辛いな。だが、それは怪魚の特性故に存在する死生観だ。卑下する所は何もない」

「そう言ってくれると有難いねぇ」

「残念だけど、これが人間たちの誤解の種でもあるんだけどね」

 と、ここで多々良が口を挟んだ。


「食ってる所でも見られたか?」

「ある意味そうね。私が怪魚に拾われたばかりの頃、一人の人間がとある島へ流れ着いたの。生きて流れ着くってこの海じゃかなりレア。運が良かったのね、その男。でも流れ着いた先は運が悪かったわ」

「危険な島だったと?」

「いいえ。いたって静かな島。でも、そこはね、怪魚達の墓地だったのよ」

 食する事が弔いならば、埋葬や火葬はしない筈。

「墓地? 食べてしまうのではないのか?」

「……食べるって言っても、骨は残すの。正確には、全てを奪ってしまってはいけない……我々と共に生き、そして新しい命も誕生させなければならない。って考えなのよ」

「……ふむ」

「その島には怪魚達の骨と、人間の骨が積み上げられてるの。そしてある程度風化した骨から順に砕いて、今度は海へと帰すのよ。命が空と海と大地へ帰れるようにってね」

 もし怪魚達に神がいるのだとすれば、それはこの星そのものなのだろう。


「その男は?」

「怪魚が人を食べるのは弔いの為。生きてれば全力で助けるの。その男は骨だらけの光景を見て、逃げて、気を失ったわ。このまま助ければ、更に悪い噂が広がる。でも、怪魚達は悩む事無く助けたわ」

「人の寿命は短い。その男も良い人生を送ったと願いたいね」

 と、ハヴィ。

「きっと良い人生だったと思うわよ。昨日孫にも会ったし」

 モモとの世間話に出て来た男の事だろうと思った。

 怪魚の墓地を見てしまった人間として、その男は有名なのかもしれない。

 多々良はいつ、その孫とやらに会ったのだろうか。

 そもそも、何故分かる? という疑問を六瀬はぶつける。


「誰の事だ?」

「オーカッドよ」

「あの、空漁商会の船長か? 何故分かる」

「ネードにはね、一族で同じアクセサリーを身に着ける人達がいるの。代々受け継いでるってやつね。オーカッドは男と同じブレスレットを着けてたわ。だから、きっと孫……もしかしたら、ひ孫なのかも」

 そういう所はよく見ているな、と少し感心した。

「くっくっく。そうかそうか。命を紡いだか。良き事良き事」

「成程な。さて、聞きたい事はこれだけだ。すまなかったなハヴィ」

 これ以上は長居し過ぎだろう。

 そろそろアズリを追わなければ、余計に面倒な事になりそうな気がする。


「いや。我も久方ぶりに人とはなし、良き興となった」

「……俺達を、人と?」

「違うのか? 少し頑丈で寿命が長いだけでは?」

 ハヴィは笑った。やはり目元だけの変化だが、その優しさが十分伝わる。

 六瀬もつられてふっと微笑を浮かべた。

「……その通りだ。何も……変わらん」

「じゃ、ハヴィ、また来るから、その時ゆっくりね」

「うむ。近い内に頼むぞ」

「了解。それじゃ、吊り島へのルート教えて」

 そう言って、多々良はハヴィの隣でじっと立っている怪魚へ足を運んだ。

 側付きの怪魚は出入口まで案内すると言って来た。

 二人は緞帳から出ようと歩み出す。

 だが、六瀬は動かなかった。

「どうしたの?」

「……現れたぞ。敵だ」

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