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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 三章 女王
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女王【9】

 大通りを真っすぐ進み、行き着いた場所には聖堂の様な建物があった。

 地面から洞内の天井まで、太い柱と均等に並べられた石材で壁を作り、屋根は無かった。細かい装飾は少なく、いたってシンプルな建物だが、柱には妙な彫刻が彫られてあった。

 大きな彫刻が五つ。その各彫刻の下には数体の彫刻が並んでいる。

 そのどれもが異形の彫刻で、上半身部分しか彫られていないのにも関わらず、強烈な存在感を示していた。

 恐らく大きな彫刻は歴代の女王であり、その下に並ぶ彫刻はその側近なのだろう。建物は若干年季が入っているが、彫刻はかなり新しい。現女王が街の象徴として作らせたのだろうと推測できた。


 聖堂は”新命の座室”という場所らしく、皆、カドゥムと呼ぶらしい。

 名前の由来は誰も、勿論多々良も知らないとの事。

 六瀬はスロープ状になった石畳を進み、新命の座室(カドゥム)へと入った。

 内部にも整然と柱が並んでいたが、意外な事に美しいと呼べる内装では無かった。

 天井もぐっと低くなり、カドゥムは街の”横穴”と言うべき場所にあるのだろうと思われた。

 崩れないように柱が添えてあるだけで、その低い天井は街と同じく鍾乳石や岩石がそのまま露出している。床と壁の半分程度しか手は加えられておらず、光苔も少ない。

 薄暗くて、街とは対照的に感じた。


 普通は王が君臨する城や玉座の間を、その権力を誇示する為、圧倒的に豪奢にするものだが、カドゥムの内部は真逆。

 偉大さを示すのは、”横穴の入り口”に建てた彫刻付きのハリボテのみだと分かる。

 各家々から眺める事が出来る象徴のみに力を入れ、自身は質素倹約を是とする女王の意思が見て取れた。それとも子を産む為の道具として扱われているのか。

 多々良の後を追い、六瀬はそんな事を考えた。


 暫く歩き、カドゥムの奥まで進むと、壁と大きな扉があった。

 扉の前には二体の怪魚が居て、そのどちらも三メートルを超える巨体を持ち、門番としての威厳を示していた。

 上半身は裸だが、下半身には鎧に似た装備を身に着けている。

「久しぶりね。モモ」

 多々良は、肩と背中に体毛を生やすタコの様な顔をした怪魚に話しかけた。

「今まで何をしていたの。あまりに古い記憶で忘れてしまったわ。ウメ」

 こいつはメスなのか⁉ とツッコミたくなったがやめた。

「色々あってね。……人間だと三世代近くご無沙汰してた感じ?」

「生きていればあの男にも孫がいるわね。ご無沙汰で済ませる年月じゃないわよ」

「ごめんね。ああでも、その孫には会ったわよ。多分」

「そうなの? それは良かった」


 孫とは誰の事だろうか。身内話は反応に困る。

 それよりも、モモの流暢な言葉使いに驚いた。

 道中の怪魚も会話をしていたが、少し硬い感じがした。

 しかし、モモは違う。タコの様な顔から聞こえると違和感しか生まないレベルの滑舌。

 これは声帯の構造によるものか、それとも頭の回転によるものなのか。


「まぁ随分時間が経ったけど、モモも相変わらずみたいね」

「もう結構な歳よ、私。ウメの方こそ何も変わってないわ。歳をとらないって羨ましい限りよ」

「それはそれで考え物だけどね」

「で、そちらのお客は……あなたと同じ?」

 モモが六瀬を見て言う。

 多々良は小さく頷いて「そうよ。同類」と答えた。

 同類とは、多々良と同じく歳をとらない存在、という事。

「六瀬だ」

 六瀬は一応名乗るだけの自己紹介をした。

「あたしはモモ。こっちはデッペ」

 紹介されて、デッペは軽く手を上げた。

 モモとよく似た姿をしているが、頭部の顎のラインまでが僧帽筋に埋まった形になっている。両肩から、なだらかな山を作って頭部がある感じだった。

 名前からしてこっちはオスなのだろう。

「ここへ来た少女を追って来たんだが……」

 多々良に代わって要件を伝えた。

 彼女にばかり会話させると世間話を進めてしまう。

「ハヴィ様から聞いてるわ。二人を通す様にって」

 と、モモ。


――()()()通すように聞いている?


 六瀬と同時に反応した多々良は「何故?」と問い、続けて「私達が来る事知ってたの?」と代弁してくれた。

「アズリって子が言ってたみたいよ。他にも二人、来客があるってね」

 六瀬と多々良は顔を見合わせた。

 地下へ通じるルートの石扉は引きずったままで開いていた。これは、追って来いという意味だと判断した。

 が、誰が追って来るかなんて、アズリは知らない筈。

 もう一人のアズリは、自身が知る由も無い他者の行動まで知っている節がある。

 無歩の森から多々良を運び出し、修理している時も「あの子は元気?」「森で寝てた子」と聞いて来たのだ。

 元気か? と聞くのだから修理していた事は知らないのかもしれない。だが、多々良のボディーを運んで所有していた事、多々良はまだ生きている、という事実は知っていた。

 テレパシストはこんな芸当まで可能なのだろうか。

 ともかく、

「……やはり、別人格の方だな」

 と、これだけは確実に言える。


「……まぁいいわ。通して貰える?」

 流石にここまでくると、アズリの不思議現象に勘付き始めた多々良。

 テレパシストの件はまだ伝えてないが、別人格がかなり特殊だと思い始めてもおかしくない。

「ええ」

 モモが返事をし、行動で示すと、デッペも一緒になって扉へ手を当てた。

 大きな二枚扉がゴゴンと音を立てて空気を押し出した。

 よく見ると、結構な厚さのある扉だった。これを押し開けるのだから、モモもデッペもかなりの怪力。人が対峙したら、武器無しでは絶対に勝てないと分かる。

「ありがとう」

 大人二人が通れるだけの隙間を開けて、どうぞ、とジェスチャーで伝えるモモとデッペ。

 多々良は二人に礼を言い、「また来るから、今度ゆっくりお話しましょ」とモモへの挨拶を済ませた。

「楽しみに待ってるわ」

 モモの返答を後に、多々良は更に奥へと進む。


 扉の先も変わらず柱が並んでいた。今までとの違いは、左右に部屋らしきものが並んでいる事と、突き当りに大きな布で出来たカーテン、否、薄い緞帳のようなものがある事。

 相変わらず薄暗い為、緞帳の先は見えないが、そこに女王がいるのだと場の空気だけで知る事が出来た。

「お待ちしておりました。こちらへ」

 一人の女性が柱の陰から現れた。

 六瀬は素直に驚いた。

 そこに居たのは、一部を除けば人間そのものであると断言できる人物だった。

 道中見て来た人型の怪魚とは、圧倒的に、明らかに、違う。


 まず、肌が色白のベージュで、質感も人間との違いが殆ど無い。顔はかなり整っていて美人の部類に入り、髪もしなやかで艶やか。バレッタの様な装飾品で髪を纏めていて、イヤリングまでしている。服も一般的なネードの民が着るものと似ているがしかし、独自に作り出した独特のセンスが、民族衣装の雰囲気を出している。

 ぱっと見の外見は、男性であれば一目惚れしてもおかしくない魅力的な女性。

 だがそれは、ぱっと見た場合。良く見れば、いや、良く見なくとも、人との違いには直ぐに気づく。

 違いは眼球と四肢の先端。

 瞳孔が縦長で細く、角膜内の虹彩が柑橘色を明るくした色、柑子色になっている。

 そして両手の前腕から先と、両足の膝から先が爬虫類に近い色と形をしていた。手の指は四本で、足は三本しかない。

 大昔にあったファンタジー的な漫画でデザインされるであろう姿。

 地球時代の、恐ろしく古い文化遺産レベルの漫画やアニメのデータをこよなく愛し、高値であってもそれを収集する趣味を持つ者達は多く居た。いや、相当数と言ってもいい。六瀬自身も、SFやアクション物を基本として多少のたしなみはある。

 それらの者達が、実際にこの女性を見たら、恐らくその場で歓喜するだろう。

 ケモナーと言ったか、それとも爬虫類は別称があるのか……。そこまで詳しくないがともかく、進化の先で、その能力で、ここまで人に近しい種を作り出せるのか、という驚きが六瀬の目を丸くさせた。


「リーエじゃない。綺麗になったわね!」

「ウメの方がずっと綺麗です」

 多々良と顔見知りという時点で八十年以上は生きている筈。

 だがリーエの外見は、人で言うところの三十代半ば。

 八十歳を超える老婆? 否、むしろ肉感のある魅惑的な色香をまとった妖艶な女性に見える。

「女王の側付きになったのね。凄いわ」

「私は弱いので、外では働けませんから。それにもういい歳ですので」

 モモもポミィも、自分はもう歳をとったと言っていた。

 実際、ここまでの道中、老人と思しき外見の怪魚はいなかった。

 怪魚の老化現象は、あまり外見に現れないのだろう。

 それとポミィが、人に近い寿命の者もいると言っていた。

 他種族の遺伝子を取り入れる弊害はこういった所で出るのかもしれない。

「たまには外の空気吸ったら? 気持ちいいわよ」

「外出する機会も時折ありますので」

「そう。なら良かったわ」

「では、ハヴィ様がお待ちです。どうぞこちらへ」

 リーエに促されて緞帳の前まで進む。

 緞帳の左右にも怪魚が居て、その二体はリーエと違い、人型の爬虫類といった感じだった。見た目はそっくりで、双子のようだった。

 二体は無言で緞帳を引き、女王の姿を開示した。


「ハヴィ、久しぶり」

 友達に挨拶するかのような多々良。

 そんな彼女に「名前すら忘れる程だよ」とハヴィは返した。

 目の前には女王、左右には側付きの女性が合計で四人。そのどれもが人型で、内二人はリーエ並みに人間的だった。

「ごめんね」

「何があったのか聞かせて貰えるか?」

「……簡単に言うと、壊れてたって感じ? 最近になってやっと直ったの。死ぬかと思ったわ」

「うぬが死ぬとは、面白い冗談だ」

「あなたの冗談も面白かったわよ。もう一度自己紹介しましょうか?」

 くっくっくとハヴィは笑った。

 だが、表情は分からない。

 

 怪魚の女王ハヴィ。

 その姿はまるで、地球時代の中世ヨーロッパに存在していた女性貴族のようだった。

 そして、大きい。

 怪魚のサイズは大きくても三メートル強。モモとデッペが大きい部類に入るが、その二人を凌駕するハヴィは女王としての威厳を遺憾なく発揮してる。

 まず上半身のシルエットがほぼ人間と言ってもいい。乳首の無い豊満な胸になだらかな肩があり、女性らしい腕が付いている。指は異常に長く、十脚目の甲殻類に見られる足の様だが、それ以外は人だ。ただ、それはシルエットのみ。皮膚の色は緑がかった灰色で大きさは人の倍以上もある。

 完全なる違いは頭部と下半身。

 横に長い目が上下に二つ並んでいて、それ以外何もない頭部。エッグネックの何もない顔に目だけを置いた感じで、どこから声を出しているのか疑問すら覚える。

 そして下半身。ここだけで五メートル以上の大きさがあり、圧倒される。

 シルエットは骨組みであるクリノリンを使った横に広がるスカートのよう。ヨーロッパ貴族のドレスを彷彿とさせる下半身。だがその全てが子宮だ。

 半透明の子宮には三体の胎児が安心しきった様子で浮かんでいた。首筋から背中の中心まで太い臍帯(さいたい)があり、それが胎盤へと繋がっている。

 怪魚は母体の中である程度教育されると多々良が言っていたが、その言葉は間違いないと思えた。


 では何故そう思えたのか。判断出来たのか。

 それは皆、十代前半程度にまで成長していたから。そして六瀬の判断基準で年齢を特定できる姿だったから。

 細い尻尾が付いている雌型が一体、背中に鱗がある雄型が一体、そして完全な人間の女性が一人。皆性器は無いが、殆ど人間と言ってもいい胎児だった。

 想像では卵生生物だったが、まさかの胎生。

 卵の状態でどう教育してるのか、と疑問だったが、胎生生物ならば妙に納得できた。

 後頭部付近まで広がる臍帯は脳に繋がっているのだろう。

 以心伝心で教育する? それは違う。

 恐らく、母体である王女は胎児達と会話が出来る。胎児の脳から臍帯、胎盤、そして女王の脳までが意思疎通の回線。臍帯は栄養供給と同時に母との会話を成す糸電話なのだ。

 プラーグβにも興味深い生態の生物はいたが、ここまで特殊な生物はいなかった。

 六瀬は興味深さよりも驚きを感じていた。

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