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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 三章 女王
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女王【8】

「今、元は……と言ったか?」

 六瀬は少し前を歩く多々良を見て言った。そして「そもそも、どうして見た目がこうまで分かれる」と続けた。

 多々良はチラッと六瀬を見て、今度はきょろきょろと何かを探すように怪魚(イボーブ)達へ目を配った。

「……見て、あそこの子達」

 何かを見つけた多々良は一点を見つめて六瀬の視線を促す。

「驚いたな……人型の種までいるのか」


 そこにはシルエットが人と酷似した三人組が居た。

 雄型の怪魚は体つきが人間の男のそれ。雌型も同様に女性そのもの。人間との違いといえば肌の色が緑がかっている事と、お互いに性器が存在しない事。乳首も無く、のっぺりとした胴体を持っている。それと、これは個人の持つ特徴なのだろうが、かなり人間に近い顔の者もいれば、両生類に近い顔を持つ者もいた。エラを持って居たり、両腕にヒレがあったりと各々に特徴がある。

 しかし、人型故に、弱々しさという意味で、他の怪魚の中では圧倒的に異色だった。

 類似種で家族構成を成すと多々良は言った。

 各個体の雌雄で交配し、子を成した上で一家族を構成する人間。

 それとはまた違った家族構成を行う怪魚に驚くが、しかし、それはそれで納得がいった。

 孤立は危険。

 もし仮に差別が存在するのならば、一番先に対象となり得る異色感だった。

 ということは、この怪魚の街では六瀬と多々良も相当異色の存在と見られている。

 良い意味で……と理解しているが、怪魚達の凝視したくなる気持ちは良く分かる。


「怪魚ってね、色んな種の遺伝子を取り込んで、進化する生き物なの。恐ろしいくらいのスピードでね」

 と、ここで驚愕的発言。

「遺伝子を……? まさかそんな」

「信じられないでしょ? でも現実。私のポッドを開けられた理由もそれ。全ての怪魚は共通する複数遺伝子を持っていて、どの遺伝子が色濃く出るかでその見た目も性能も変わるの。だから人間しか起動出来ない私を起こしてくれた。ナノマシンに管理されてない人の遺伝子も持ってるからね」

「複数遺伝子……しかも他種族の……」


 地球時代、先天性の疾患や病気に克服する為、複数の遺伝子を持つ人類を作り出した事があった。

 しかしそれは、生命倫理に反する行為として大きな議論を巻き起こし、結果、結論の出ない課題として長い間放置される事となる。

 ナノマシンが出来てからは、遺伝子操作を成さずとも一定の疾患や病気に対抗する手段を獲得したとして、複数遺伝子の存在は影を薄めた。

 とはいえ、裏でこれらの研究をし続けた者もいると聞く。

 もしかしたら怪魚は、プラーグβ時代に完成された人類なのではないだろうか。

 ……とも考えられるが、この複数遺伝子種は同種族のみで実現できる生命体であり、種の異なる全てのDNAを宿し、遺伝子重複や変異遺伝子もその進化の原動力として即座に活用できる生命は、人の手によるものとは考え難い。

 しかも、自ら遺伝子を取り込むという。

 素直な感想として、信じられない、が妥当だろう。


「雌雄があるんだろ? 役割は?」

「雄は女王への遺伝子提供を、雌は栄養の提供をって感じ。働くのは雌雄関係ないけどね。元々そういった社会性がある種だから、一定の知能と自我を得たとしても王を頂点とした役割と規則が自然と成り立つのね」

「遺伝子を取り込むと言ったな。どうやって」

「さっきから質問責めね」

「当たり前だろう。驚くなという方が難しい」

「そうね。初めて知った時、私もハヴィに質問責めだったもの」

「で、どうなんだ? 任意に遺伝子を取り込む事なんて可能なのか?」

「ハヴィがそう言うんだからそうなんでしょ。現に、色んな生き物の特徴を持った子達が沢山いるわ。体毛がある子もいるでしょ? あれは体毛を持った種の遺伝子を色濃く継いだから。蛇みたいな下半身の子はそのまま蛇みたいな種の遺伝子を色濃く継いだから。全部食べ物から得てる。食べて、取り込んで、その栄養の一部を女王に捧げる。女王はその中に含まれる遺伝子を得て、子種に含まれる遺伝子も貰って、お腹の中で少しずつより良い進化をもたらしてから生むの。しかも出来る限り良い部分だけを選んでね。それと任意に形態も選べるわ」


 ここまで来ると、疑問を持つこと自体が無駄だとさえ感じた。

 あまりに信じ難く、彼らの存在は現実のものとは思えない。

 これは完璧な進化を成す、完全なる生命体だ。

 恐らく、老化はあれど、病気や疾患にはかなりの耐性を持っているだろう。

 人間はそれを目的に研究していたのだ。他種族遺伝子を喧嘩させずに共存させれば、それはどんなウイルスや変異にも対抗出来る強さにとなる。

 素晴らしい、と素直な感想が頭を過る。

 しかし同時に、恐怖も生まれた。

 このまま進化を続ければ、一体どんな生命体へと行き着くのだろう。

 人間の様に、欲望のまま全てを食い尽くす存在へと成り下がるのか。それとも、精神や思考が人の更に上の境地へと辿り着き、全てを得ても尚全てを救う存在へと進化するのか。

 強靭な肉体を持ち、絶え間なく進化する生命体に、はたして人類は対応出来るのだろうか。

 これは、考えれば考える程、恐怖だ。

 六瀬は溜息をついて、片手で頭を抱えた。


「まさかここまでとはな……。多々良、お前は恐怖を感じないのか?」

「え? 全然? 良い事じゃない。彼らはこの星の在来種よ。人が来た事で知識を得て、人に憧れてる。人に良く似た種をわざわざ産むくらいだもの。いつかきっと人類にとって切り離せない最高のパートナーになると思うわ」

 本当に在来種だろうか。

 人がこの星へ移住したように、どこからかやってきた生物とは考えられないだろうか。もしくは、この星に居るかもしれない超高度科学技術を持つ知的生命体が作り出した何かかもしれない。

 最高のパートナーと多々良は言うが、最恐の敵対生物となる可能性の方が高いのではないだろうか。


「考えが甘いな」

 とは言っても、これは空想と邪推の域を超えない。

「おじさんの言いたい事は分かる。でも彼らと一緒にいれば感じるの。人とは違うって」

「……いい意味で、だろ?」

「勿論よ。きっと、私達のような害悪にはならない」

 ある研究者が言った。

 宇宙は体。星は細胞。そして人類は星を宿主として蝕む害悪。宇宙にとって、人はただのウイルスなのだ、と。

「……そうか」

 六瀬はそう一言だけ言って空想と邪推をやめた。

 今は多々良の感じた事、そしてその答えを信じよう。

 

 大通りも半ばを過ぎると、市場の品揃えも変わって来た。

 数種類の生地に加えて、ナイフや皿、手作り感満載のアクセサリー等が並んでいる。そして銛や刀剣らしき狩猟道具もある。人型の怪魚も増え、その一部は簡単な服すら着ている。

 多々良が言った「人に憧れてる」という言葉。

 憧れているのではなく、人になりたい……のではないか? と思えた。

 よく見ると、アクセサリーを身に着けている怪魚も多くいた。

 地上で空船を見張っていた怪魚達は装飾品をつけていない。街の外で働く者と内勤を主とする者とで違いがあるのかもしれない。

 確かに、外から食料を運んでくる者達にとっては、装飾品は邪魔になる。

 と、ここで一つ、聞いておかなければならない疑問が生まれた。


「食べた物から遺伝子情報を得ると言っていたな」

 質問すると多々良はぴくっと反応を示した。

 とうとうその質問が来たか、という反応だった。

「……それが?」

「人も食うのか?」

 聞こえていたのだろう、周囲にいた怪魚達も反応を示した。

 商品を準備していた者、金銭の受け渡しの際中だった者、その全ての動きがピタリと止まる。耳が良い。

 多々良は立ち止まって振り向いた。


「理由があるの。誤解しないで!」

 好き好んで食す訳じゃない、という事だろう。

 多々良はずいぶんと怪魚の肩を持つ。

 目覚めた時、どういった対応をされたかが分かる。

 厄介者、目の上のタンコブ、腫物……そういった雰囲気が感じられる対応とは真逆の扱いを受けたのだろう。

 自分とは違い、良い奴等に見つけて貰ったな。

 と、六瀬は少し羨ましく思った。


「大丈夫だ。悪い意味で捉えていない。その理由、ここで聞いてもいいか?」

 言いながら六瀬は周囲の怪魚へ注意を向けた。

 怪魚達はいたたまれない感じで視線を逸らした。

 その反応だけで十分だった。

 本当に理由があるのだろう。それも、自分達の本意ではない、という形の。

「……ハヴィに聞いて。これは彼らの倫理の問題だから」

「分かった。すまんな」

「いいのよ」

 そう言って、多々良は歩き出した。

 そこからは会話が無かった。

 大通りを歩き始めてから、ちょくちょく手を振る多々良。人混みの中に知り合いがいるのだろう。


 これは多々良にとって久しぶりの帰省なのだ。

 これ以上の事は女王ハヴィに聞けばいい。悠長に質問してる時間は無いが。

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