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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 三章 女王
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女王【7】

 長い階段を深く下りると、少し平坦な道があった。その道にも硬い土が張り付けてあったが、床の部分はある程度平らに仕上げてあった。

 IFF-サーチは階段が終わる少し手前に起動した状態で置いて来た。索敵範囲は相変わらず三十キロ圏内。中継点を使った索敵な為、やはり精度に重きを置くならばこの範囲が丁度いい。

 勿論、今現在も気になる反応は無かった。

 何も起こらないだろうが、とりあえずアズリを連れ戻すまでは、このままであって欲しいと六瀬は思う。


「そこの角を曲がったら集落よ」

 雨と泥で少しぬるっとしていた階段では慎重に歩き、今は早歩きになった多々良。その早歩きはアズリを心配してではなく、久しぶりの訪問に自身の気持ちが乗っているようだった。

 しかし六瀬は反応をせず、無言。

「どうしたの?」

「いや……」

 無言だったのは妙な違和感を感じていた為。

 階段の踏み面は少し雑で、壁面の土は手作業で張り付けた様子。平坦なこの通路も手作り感満載だが、ここまでの通路全てにおいて、きちんと計算された直線構造になっている。

 高度な測量技術と掘削技術を持った手作り通路。

 このちぐはぐな技術が違和感の正体だった。

 いままで多々良はこの違和感に気付かなかったのか? と思いつつも、多々良ならば気にしないだろうな、という結論になる。


「すごい……」

 と、先を歩いていた多々良が声を漏らした。通路の角で一度棒立ちになって、走って消える。

 六瀬は一旦考えるのをやめて、多々良を追った。

 角を曲がってほんの少し進んだ先には大きな空洞があった。

「……こいつは……すごいな」

 目の前に広がる空洞は巨大な競技場レベル。かなり広々としていて、そして明るい。見上げるとこれでもかと言わんばかりに光苔が植えてあり、鍾乳石と思われる垂れた岩石すらも光っていた。そこは青空とは違う明るさ。まるで狂ったように煌めく夜空の様。幻想的という言葉が最も相応しいと誰もが思うであろう光景だった。

 しかし、多々良の驚きはそこでは無いと思った。

 この景色を多々良は既に知っている。恐らく多々良の感嘆は集落そのもの。


「発展してる……」

 集落? 否、街だった。

 左右に段を作って建ててある家は最終的に岩壁に沿う道をも作り、天井以外を住宅として統一してあった。大きな道は一本だけで、その一直線に伸びた大通りが、突き当りに建つ聖堂の様な建物まで伸びている。

 何処かで見た事のあるデザインの建物。段差を作って何処の家からも、ある一点が見える構造。

 ネードは海を、この街は大通りと聖堂を視界に捉える。

 ちょっと歪なだけで、建物はそのままネードの住宅と言ってもいい。

 そう、怪魚(イボーブ)の街は、明らかにネードを模していた。


「昔はどうだったんだ?」

「前もこんな感じだったけど、建物なんて石を積み上げただけって感じだったし、動物の皮で作ったテントみたいなのも沢山あって……なんか……感動」

「お前が寝ていた数十年でこれか……人間並みのスピードだぞ」

 通路といい、この街並みといい、土木建築技術の面では人と並ぶ勢いだと思った。

 見る限り科学という分野は皆無だろう。機械的な物は何もない。だが、それを使わずしてこのレベルであれば、今すぐに人類と交流を持っても十分にやっていける。

 ネードから科学技術を受け入れ、対価として人が出入り出来ない島の物資を流したなら、交易として等価だ。

「それに、数も増えてる」

 大通りの両端にはずらっとテントが並んでいた。そこには様々な品が置いてあり、所謂市場と化していた。

 客も多く、こんなに怪魚が居たのか、と驚く程だった。

 そして、それぞれに個性があった。

 外見での分類をするとなれば、何百種類と分けられるだろう。

 似た様な外見同士で歩く者や、同じ外見の者が集まって一つのテントに居たりして、恐らく同種の家族であると判断出来た。


「それよりも、見られてるな」

 細い通路から出て大通りに佇む人型の大人二名。目立たない筈も無く、近くにいる怪魚達が総出で凝視してくる。

 だが、驚いた感じでは無く、珍しいお客に喜んでいる雰囲気だ。

 とはいえ、話しかけたくても恥ずかしくて一歩引いているという感じにも見えた。

「でも恥ずかしがり屋よ。皆」

 正解だった。

「そうか。で、だ。そろそろアズリの位置確認してみろ。居るんだろ? ここに」

「あ、そうね」

 

 出発する前、アズリは怪魚と一緒だと伝えた所、多々良は妙に安心していた。

 アズリの事、忘れていただろう? と問いたくなったがそうではない。

 怪魚に対する信頼がある故に、ポジティブな精神状態なのだろう。

 多々良が黙ってアズリを探している間、六瀬は軽く振り向いて自分達が出て来た通路を見た。

 大通りからの出入口は五つあった。その一番端から六瀬達は出て来た。その出入口は均等に並び、それぞれに別の場所へと繋がっているのだろうと思われた。恐らくこの街の東西南北全ての場所に似た様な通路がある。元々水脈だと言うが、果たしてそうだろうか……という疑問が沸く。

 だが、街の天井を見る限り、確かに枯れた水脈、いや、鍾乳洞の様相は呈している。

 六瀬は考え過ぎか……と思いつつ多々良へ視線を戻すと「……ここにはもう居ないみたい……どこへ?」と、ここにきてやっと不安げな表情を浮かべた。

 丁度そのタイミングで一体の怪魚が近寄り「ぺぺがイッショ。女の子アンシン」と声をかけてきた。


「え?」

 背が高く、眼球が一つしかない爬虫類の様な顔を持ち、両腕が恐ろしく大きな怪魚。片言の言葉を話し、多々良の前に立つ。

「もしかして、ポミィ?」

「ソウ……ウメ、なつかしい」

「ちょ、大きくなったわね! びっくり」

「俺達成長ハヤイ、でももうトシヨリ。早くウゴケナイ」

「え? まだまだ現役でしょ? 怪魚の寿命長いんだし」

「若いのにはマケル。生きるノモ、人とオナジ奴いる」

「そっか……って、それよりもアズリ知らない? ここに来たでしょ? 女の子」

「キタ。ハヴィ様のとこイッタ。でももうベツノトコ行った。ぺぺと、ネロもついて行った」

「何処に?」

「分からない。ハヴィ様キクトイイ」

 この会話の流れだけで色々と聞きたい事が出来た。

 まず最初に問いたいのは、異形ともいえる外見の怪魚の名前がポミィという事。そしてアズリを運んだ両腕の長い怪魚がぺぺと言う事。ぺぺという怪魚も縦長で細い目が四つも並んでいて、かなり異質な顔を持っている。

 ともかく名前と外見のギャップが激し過ぎる。


「……分かった。ネロって誰か分からないけど、ぺぺが一緒なのね。とりあえずハヴィに会って来るわ」

「ゆっくりハナシタイ」

「私も。でも今はそうも言ってられないの」

「ザンネン。ウメいると皆ヨロコブ」

「そうね、ラドにもリーエにも会いたいけど……」

「またクルカ?」

「来るわ。今度はオフ取ってゆっくりね」

「ワカッタ。まってる」

「うん。教えてくれてありとう」

 ポミィは片手を軽くかざして「アア」と言い六瀬へ顔を向けた。そしてその大きな目でじっと見つめて来る。

 正解かどうか判断出来ないが、それは微笑みに思えた。

 六瀬も「すまんな。助かる」と言葉をかけた。

 するとポミィは「また来い。カンゲイする」と言った。

 多々良の言う事は正しい。

 やはり怪魚は友好的な種族なのだろう。


「まず女王ハヴィに会うわ。行きましょう」

 言って歩き始める多々良。

 六瀬はチラチラと並ぶテントやそこで売られている物を見ながら多々良を追った。

 怪魚達は人間の歩みを妨げないように左右に分かれて道を作る。

 あまりに凝視してくる為、少しばかり居心地が悪い気がした。

「多々良……」

「何?」

 最初に問いたいと思った名前の件。

 一瞬問いかけたが……やめた。

 怪魚達の感性で決められた命名なのだから、どんなにギャップがあろうとそれを笑うのは無礼。尊重しなければならない。と六瀬は思う。

 よって別の質問をする。


「貨幣の概念は昔からか?」

 商品の受け渡しの際、貨幣に似た何かを渡していた。丸く加工された透明な石が殆どだが、中には丸い金、もしくは銅のような物もあった。

 取引されている物は主に魚。新鮮な物から乾物、調理されたジャンクフード的な物まである。他には植物の実や根菜があり、売り場は類似品のエリア区分が成されているようだった。

 出入口付近は食品と食材。捕って来て直ぐ、作って直ぐに並べるのであれば、理にかなっている。

「いえ、私が居た時は物々交換だったわ。貨幣の概念は私とハヴィで教えたの。って言っても殆どがハヴィのおかげだけどね」

「……他には何を教えた?」

「他は何も。……見て、テントが布とか麻みたいな生地で出来てる」

「それが?」

「私が居た時は無かったわ。あっても植物や動物のなめし革くらい。でも今は違う。ここにあるもの全部自分達で作ったのね。感動だわ」


 だとすると余計に彼らの土木技術に疑問が生まれる。

 地上へのルートや大通りに繋がる通路は、確かに掘って補強して石を並べてを繰り返していれば出来るものではある。だが、多々良が来る以前から存在していて、たとえ自然発生した水脈の痕跡を利用したとしても、布製品すら作れなかった者達が出来る芸当ではない。そこに測量技術まで含まれるのだから、他者の知恵が加わった可能性が強い。


「これらの知識はそのハヴィという女王によるものなのか?」

 わざとらしくぐるっと街並みを見渡して六瀬は言った。

「そうでしょうね。彼女はすごく頭がいい。どこでその知識を? って思うくらい」

「女王は人との交流があったとか?」

 ハヴィは昔、人類と交流があったと考え、そして何かしらの協力関係が存在していたとなれば多少の合点はいく。

「う~ん。そうかもしれないし違うかもしれない。でもなんだろう、そういう次元じゃない気がするのよね。そもそも怪魚って生まれた時にある程度知識を得てから生まれるから」

「どういう事だ?」

「母体の中で教育してるみたいなの。女王がね。以心伝心みたいな? って原理は分からないけどね。でも基本、言葉が分かる程度。生まれてからは家族になった類似種が更に教育するのよ。稀に天才も生まれるって聞くけど」


 であれば、現女王よりも以前に人類と交流があったと考えられる。そしてその知識を受け継いだのがハヴィだ。多々良が怪魚と出会う頃には既に、集落以外の整備が成されていた、という理屈もこれで納得がいく。

 それよりも体内に居る間に教育出来るという芸当が信じられない。しかし、妙に納得してしまう。テレパシストのアズリやティニャがいるのだ。サイキックは意外と何処にでもいるのかもしれない。

「母体……女王……」

 ふと、とある生態系を思い出し、六瀬は呟いた。

「もしかして……」

 言いたい事を即座に理解した多々良は「そう。蜂や蟻と似た生態系なの怪魚って」と答えた。


 地球には雌の一個体が全ての卵を産むという昆虫が存在したという。プラーグβでは同種の生態系を確認した情報はないが、それはただ六瀬個人が知らないだけで、もしかしたら存在していたのかもしれない。

 しかし、どう見ても昆虫以外に分類されるであろう怪魚がそういった生態系を持つものなのだろうか。

 類似している部分は恐らく卵生という所だけ。

 これもまた自身が知らないだけで、似た様な種はどこかに居たかもしれない。

 宇宙は広い。こういう種もなかなかに興味深い。と六瀬は思う。


「昆虫ではないだろうしな……面白いな」

「分類群は知らない。でも元はそうかもだけどね」

 あまりに自然すぎて、一瞬聞き流してしまいそうだった。


――元は、だと?

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