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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 三章 女王
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女王【6】

 一時間程前、朝の定期確認の帰り道、遠くで何かの異音が響いた気がした。

 しかし、この吊り島はベーオで覆い尽くされていて閉塞感がある。まるで別世界に隔離されているかのよう。外界の音を遮断しているのかしていないのか、ともかく虫と小動物の声だけがこだましている。普通ならば恐怖すら覚えるがしかし、優しく差し込む木漏れ日がそれを緩和している。

 ベーオの葉が光るように漏れる陽光、ベーオとベーオの隙間から差し込む木漏れ日。

 薄暗さも南大陸特有の暑さも感じさせず、避暑地として静かに暮らすならとても良い環境にすら思える。

 ハヤヂは小型艇の後部ハッチを開けて、周囲を確認した。

 何も変わらないベーオ達が静かに息をしていた。


「気を付けろよ。何度も言うがベーオの吊り枝をよく見ながら進め。ウリオゲが巣食うベーオはその枝先よりも少し広い範囲で感知する。近寄るなよ。踏んだら厄介だからな」

 と、不安と悔しさが混ざった顔を向けてくるレジェプー。

 怪我さえしてなければ俺が行くのに、という気持ちが伝わる。

 ウリオゲとはベーオに寄生する生物。肉吊り島の所以となるこの島最大の危険生物の事。


「分かってます。無理はしません」

 体力温存の為にティニャを寝かしつけ、準備を済ませたハヤヂとパウリナ。

 パウリナはティニャの頭を優しく撫でて「待っててね」と小さく囁いている。

 レジェプーの肩に体を預けるティニャと、じっと座っているレジェプーは親子のように見えた。

 レジェプーが結婚して子が居たならばきっと……と想像してしまう。

 しかし、レジェプーに寄り添うティニャは少し顔色が悪い。唇が乾燥していて明らかに水分が足りていない。軽度の脱水症を引き起こしている可能性すらある。

 出来るだけ早く水を確保しなければ、とハヤヂは思った。もしくは今日中に誰かが助けに来てくれれば……と願う。


「じゃあ、行ってくるわ。ティニャをよろしくね」

「ああ。大丈夫だ」

 パウリナがそう声をかけて小型艇から外に出る。ハヤヂも「では、行ってきます」と声をかけ、ハッチを閉めようとした。

 と、その時。

「待ちなさい」

 ……呼び止められた。


 ティニャの声だったが、一瞬誰が言ったか分からなかった。

 ハヤヂは閉じかけたハッチをピタリと止めてじっと見つめた。驚いたレジェプーは寄り添うティニャに顔を向け、パウリナは「え?」と困惑する。

 それもそのはず。ティニャは目を閉じて寝ているのだ。

 だが、口だけを動かし「島の中心は駄目。東に向かいなさい」と続けた。

 ティニャの声。しかし雰囲気がまったく違う。


「ティニャ?」

 パウリナが心配そうに名を呼んだ。

「比較的少ないから。そっちのほうがまだいい」

「な、なにがだ?」

 レジェプーが問う。

「どっちが早いかしら。どっちでもいいけど」

「どうしたの? 起きちゃった?」

 パウリナの質問には答えなかった。

 暫く沈黙が続き、皆、ティニャを観察した。

「ね、寝てるな……ぐっすりと」

 レジェプーが言う。

 ティニャはスースーと静かな寝息を立てていて、起きている気配は一切感じられなかった。

「ね、寝言?」

 寝言にしてはハッキリと声を出していた。ハヤヂは「さ、さぁ……ど、どうでしょう」とパウリナに言った。


 向かう先は島の中心。

 島の全景ははっきりと覚えていないが、中心付近に湖らしきものがあったかもしれないと言うレジェプー。

 その意見を元に今から島の奥地へと向かう予定だった。だが、ティニャは東へ行けと言う。

 比較的少ないとはウリオゲが……という事だろうか。

 三人は顔を見合わせた。

 互いに皆、どうする? と言いたげな、困惑した表情だった。






 アズリの体へ影を落とす母なる存在は、大きな腹部を緩やかに膨らませながら息をしていた。生を嚙みしめ、死を受け入れ、そして自身は既に達観し終えたと、その空気を持って伝えて来る。

 アズリはその存在の前にじっと立ち、目を開けるのを待っていた。

「……どれくらいぶりかしら……」

 目を開けた”母”はゆっくりと息をしながら言葉を作った。

「さぁ。あなたがあなたになる前なのは確かよ」

 アズリは少し素っ気なく、でも”いつも”の雰囲気で答えた。

 母は安心したかのような息を漏らすが、しかし「……少し寂しかったわ」と一言こぼす。

 その言葉には「そうね」とだけ答えて沈黙を作った。


「名前は?」

 と、母。

「アズリよ」

「いい名前ねぇ」

「気に入ってる。あなたは?」

「……いつの頃からか……皆、ハヴィと呼ぶの。由来は知らない」

「いい名前ね」

 ハヴィはふふふと声を出して「……ありがとう」と答えた。

「ハヴィ、知恵は、あなたが?」

「……そうよ。……まず最初に、私達が一度捨ててしまった物を与えたわ」

 捨てた物は言語。必要の無いものはいつか廃れる定め。

 しかし忘れた訳ではない。使わないだけ。

「人類の?」

 ハヴィは目を細めた。これを肯定の意と取ったアズリは「今は私も使ってる」と続けた。

 言語は()()()()()が、今使うとするならば人間の言語。

 それが一番()()()()()、そして使()()()()から。


「……交流も……きっとこれから。でも見れないのが残念」

 悲し気に言うハヴィ。

「またここに?」

「巡りは選べない……そう上手くいかないわ。きっと」

「願いなさい……人と同じように」

 ハヴィはまた目を細めた。

 表情を確認するには難しい形相。だがアズリには分かった。これは微笑み。

 本当は言葉なんていらなかった。

 こんなに近くにいるのだから話す必要もなかった。しかし、音に出して話す事が必要だと、お互い、暗黙の理解を示した。

 こうして言葉を使えば、その音に温かみを感じるからだ。


「……もう繋ぐ事は出来ないけど感じる事は出来る……近くに生命の個(ルゥ)が居るのでしょう?」

「そうよ」

「最後にこうして二人も……嬉しいわ」

「私達は個にして全。引き合うは理」

「……でももう少し早くしてほしかったわ」

「また会える」

 ハヴィは目を細める。そして「ルゥの元へ?」と言った。

「名前はティニャ。助けるのはこれで二度目。水が欲しいの」 

「……水なら幾らでも」

 使用人のように母の部屋で母を見守る怪魚。

 ハヴィはその内の一人に顔を向け「……用意して」と伝えた。


 それからアズリとハヴィは互いに語り合った。

 水を用意するまでの間、ほんの少しだけ。

 用意された水は、革水筒のような物に入っていた。

 それは植物をくり抜いて作られた物。

 受け取るとタプンと揺れた。たっぷりと水が入っていた。


「ハヴィ、この場所を住処としたのはあなた?」

 と、最後の語らい。

「いいえ。ずっとずっと昔から。薄暗さと湿度を好むの。でも()()()()()

「そう。良かったわね」

 アズリは知っている。

 怪魚がどういった種なのか、どういった特徴を持つのか。

「おかげで皆、素晴らしい子達ばかり。よかったら仲良くしてあげてね」

「ええ。そうさせてもらう。カドゥムの一端を守る者達だもの」

「偶然よ。それに、ただ住んでるだけ」

 アズリはふっと笑った。そして「そろそろ行くわ」と言う。

「残念ね」

 アズリは後ろに控えていた手の長い怪魚へ顔を向けた。

 怪魚はコクリと頷いた。


「これからまた来客がある。二人とも異物だけど、怖がらないで」

 と、アズリ。

「……敵か味方かくらいは分かるわ。知り合いも居るし」

「……ネードから来た子が居る。もしかしたらその子かもね」

「……だったら嬉しい」

「元気で。ハヴィ」

「最後に私からも」

「何?」

「ずいぶん前に一度だけ精神の個(ゾア)の声が届いたわ」

「居るのね。珍しい。それで? 何て?」

「見過ごせない、と。範疇を超えている、と」

「……私だけでは判断できない」

「でも、あなた達にしか出来ない。……いえ、そんな事を言っても仕方ないわね。……また会いましょう。アズリ」

「……ええ」

 アズリは踵を返し部屋を後にする。

 その後ろから怪魚がついてきた。

 部屋を出てもアズリは振り向かなかった。






 作戦現場から四十キロ程度離れた小島の影に小型空船を停泊させた。

 切り立った断崖だけの島。その島には浅くて背の高い空洞があり、ひっそりと空船を停泊させるには最適な場所だった。

 隠せる程深く広い場所では無い。ただ目立たなくするだけ。だがそれが一番重要で都合がよかった。

 空船のハッチを開けて、後部甲板のライフラインを跨いだ先に佇むドナヴナは、青い海を眺めてぐっと背伸びをした。

「このままのんびりしたいくらいだな」


 この場所から見る海は丁度いい具合にひらけていた。水平線の手前と視界の端に島が見える程度で、広い海という存在を遺憾なく発揮できる最高の場所。もし、漁師が近海にいたならば、この船はすぐに発見される。だが、こういった場所には滅多に漁船は来ない。

 ひらけた海は漁師達が仕事しやすい場所、と思いきや、実はそうでもない。

 確かにひらけた海は大型海洋生物の存在に注視し易いが、漁の難易度は上がる。島と島の間を縫って漁をした方が、魚の行動を制限、又は予測し易いからだ。


「終わったわよ。あんたも早く準備しなさい」

 船内から声をかけるフォン。インナーに着替え、既にACS(アクス)の設定を弄っている。

「そんなに急ぐ事か?」

「救援の手配はされてるんだから、今日辺りには来るかもしれないでしょ? 早いに越したことはないわ」

 確かに無駄に増えると面倒。人が増えればそれだけ処理する手間が増えるという事。

 しかし、ポジティブに考えれば楽しみが増えるという事。大勢居たならそれはそれで良い。

「目標の落下地点は分かっているんだろうな」

「ええ。生きてるかどうかは分からないけど」

「生きてなきゃ楽しみが減るな」


 ドナヴナの仕事は主に、内陸へ落ちた遺物船の物資を幾らか失敬する事。

 クドパスには船掘商会が無い為、落下情報は入って来ないが、他国にいる密偵から時折入る。

 商会よりも先に現場へ向かい、先生から指定された備品やネオイット、そして遺体の脇に設置してある機械からメモリーシートなるものを回収してくる。たまに何処かの商会と鉢合わせするが、そんな時は幸運だと思って、楽しんで来る。

 先生からは目立つな、と言われているが、極たまにならば良しとされている遊び。

 楽しい楽しい皆殺し。

 人より強い存在であるその優越感を最大限に味わい尽くすには、これに勝るものはない。


「じわじわとなぶり殺すあんたと一緒にしないで。私には慈悲があるの。ちょっと遊んであげる程度にしてるわ」

「俺と同じだろうが」

 フォンの仕事も同じ。しかし彼女は飛べる仕様となっている為、ネード海やクドパス海が担当エリアになっている。

 そして、なんだかんだ言っても彼女の趣味はドナヴナと似ている。

 程度の差があるだけ。


「うっさいね。置いてくよ」

「はいはい。急ぎますよっと」

 ドナヴナはひょいっとジャンプして、ライフラインを越えた。

 ハッチから船内へ入り、二つ並んだ黒い箱(ACS)へと向かう。

 自分の背丈よりも高い大きな箱をコンコンと叩き「しっかし、こんなのを作っちまう先生はホントすげーぜ。眠り姫は偉大ってか?」と独り言のように話した。

「ACSにはオリジナルがあるって話よ。幾ら先生でもゼロからじゃ無理でしょ」

「だな。眠り姫の設計図だけ見ても、普通はどうすりゃいい? ってなるしな」

 そう言いつつドナヴナはフォンの後姿を見つめた。

 

 感想はエロい、だ。


 首から下が全身タイツの様なスーツで、体のラインがはっきりと分かる。

 胸はそれなりだが、尻が良い。フォンの尻は後ろから一発かましたいという欲情を駆り立てる。

 先生がインナーと呼ぶスーツはACSを装備し、動かす為の筋力強化スーツ。色々と弄った体でも、これを着ないと重すぎてまともに動けない。

 パツパツ過ぎて、着るのも脱ぐのも面倒くさいといつも思っているが、女が着た場合は裸でいる時よりもエロティックで、これをデザインした先生には地味に感謝している。

 ドナヴナは服を脱ぎ捨てながら「ここからだと、まだ遠いぞ」と言った。

 フォンが振り向いて、チラリとドナヴナの股間を見た。

 

 ドナヴナが広い海で背伸びしていたのは彼女が着替える為。

 自分が着替える時は船から追い出し、他者の着替えはそのまま。しかも股間を見て無言。

 差別だ、とドナヴナは思うが、もし興奮してくれたなら、いつか一発やらせてくれるかもしれない、という思いが上回る。

 持ってる物も、悲観する所か自慢できる一品。

 今の内に良く見とけ、と隠す事無く自信ありげに着替えを続けた。


「お気に入りの場所なのよ。ここは」

 急げと言う割には、現場から遠いお気に入りの場所に停泊させる矛盾。

 女の考える事は理解出来ないとドナヴナは思う。

 ACSを開き、フォンがその中へと入った。

 カチャカチャと装備を組み立てる音。ギュンギュンとネジを回す音。それらが同時に聞こえて来た。


「さて、楽しい楽しい遊びの時間だ」

 最初は出来るだけ殺さず、疲弊させる。

 それからゆっくりと一つずつ、頭をプチプチ握りつぶしたい。

 今回はそういう気分。

 フォンが好んで行う殺しを今日は俺もしよう。

 そう思いつつ、ドナヴナは首をこきこきと鳴らした。

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