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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 三章 女王
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女王【5】

 悩んだ末、六瀬は「アズリが怪魚(イボーブ)に攫われた」と報告した。

 怪魚には悪いが、そういう事にした。

 だがしかし、取って食おうという雰囲気では無かったと付け加えておいた。


 オルホエイとアマネルは当然の如く納得しなかった。

 拉致する意味が何処にあるというのか。

 そもそも船内に居たアズリをいつ連れ去ったのか。

 仮に相手が敵対行為としてアズリを攫ったのなら、こちらからも反撃をしかけるべきではないか。今から船員総出で追うべきだろう。襲ってくるなら全力で対抗する。

 と、そういった答えが返ってきた。


 それはそうだろう。

 仲間が拉致されたのだ。普通に考えて当たり前の答えだ。


 六瀬はそれに対し、こう答えた。

 目を離した隙に船内に侵入し、拉致。六瀬が気づいた時には広場を抜ける直前だった為、アズリの件は自分の怠慢に責任がある。

 拉致に関しては、言葉が通じないが故に、何かしらの交渉を求める術だったと思える。危害を加える感じに見えなかった。これに関しては六瀬が感じた推測でしかないが、信じて貰う他無い。

 この件により、こっちが一発でも発砲すれば、大量の怪魚が襲って来る可能性がある。ここは”怪魚の巣”なのだから、相手のホームで戦闘する事は避けるべき。こちら側が銃で対抗したとしても、岩に囲まれたこの場所は地の利が相手側にあり、確実に負ける。これ以上被害者を出したくないなら、刺激すべきではない、と。


 交渉とは何か。相手側はそれらしき素振りを見せたのか。という疑問を投げつつも、オルホエイ達は納得はしないが、理解は出来るという意志を示した。


 更に提案として六瀬はこう伝えた。

 非は自分にあるのだから、責任を持ってアズリを連れ帰る。怪魚は多少なりとも知恵を持っているとの事。相手側の真意を確認する意味も込めて行かせて欲しい。そして誰かが怪我をした場合を考え、多々良を同行させたい。

 この件が公になれば、怒りにより、誰かが発砲するかも分からない。ただでさえ人手不足なのに怪魚に関わっていたら修理が間に合わない。よって、内密に少数でアズリ救出に向かうのがベスト。

 アズリと多々良には他の仕事を任せた等と適当な言い訳を言って調理班の面子は納得させて欲しい。

 そして必ず、絶対に、今日中に連れ帰る、と。


 拉致の件に関してはやはり納得出来ないがしかし、他は理解できるし、提案もそれしか思いつかない……と、オルホエイもアマネルも苦い顔をした。

 結局、人手不足は避ける事の出来ない事実。拉致の件を聞いたらレティーアやリビ辺りが暴走する可能性が高い。多少の知性は持っていそうな怪魚。もしかしたら本当に意味のある行動かもしれない。と言って二人はしぶしぶ受け入れた。


 確かに不法侵入と拉致行為にポジティブな理由など無い……が、状況が状況である為、六瀬を信じたい……という希望的心情が働いている様子だった。

 そもそも人は、責任を負わせる相手がいれば、幾ばくか自身に甘くなるもの。

 今回、アズリに何かあれば、六瀬が責任を取る事となる。

 整備班や解体班へ移動させられる程度の事だろうが、より一層冷たい目で見られる事は確実。レティーア辺りにはゴミ扱いされるだろう。

 だがしかし、怪魚がアズリへ危害を加える事はない。

 多々良も断言していたし、アズリにはSPEE-3(スピースリー)を持たせてある。自衛に大いに役に立つ代物。むしろ、完璧に扱えれば怪魚を全滅させる事も可能……かもしれない装備だ。


 と、そんなこんなで半ば無理矢理オルホエイ達を納得させ、そして今、多々良と共に広場を抜けてアズリを追っている。

「まだ追えてるか?」

 小走り程度のスピードで走りながら六瀬は質問した。

「集落への入り口を通った所までは追えてる。でももう無理。範囲越えてるし。怪魚が抱いて運んでくれてるんでしょ? 速いはずだわ」

「集落は何処にある? 上空からだとそれらしきものは見えなかったが?」

「地下にあるの。入り口から一気に下りるから赤外線や長距離通信の類は殆ど使えなくなるわ」


 レプリケーダーのサーチ性能は高性能だが完璧では無い。超小型にしてあるが故に、専用の大型機器と比べるまでもなく低い性能となる。

 サーモグラフィーは地上での使用限定で、遮蔽物があったとしても視覚確認する事が出来る。隙間さえあれば、全ての物質に屈折又は乱反射する波長の異なる全ての光や素粒子を分析し、広範囲の物質をサーチ可能。

 しかし、地中又は深い地下は別。

 地中は深くなればなるほど光の動きを確認出来ない。地下においても同様で、その深さによってはかなり難しくなる。

 レーダーや電磁波も同様で、透過性が高い光線でも限界がある為難しい。量子ネットワークが使えない状況では様々な面で不便と言わざるを得ない。とはいえ、原始的ではあるが、通信等は中継点を設置すれば可能となる。

 深い地下というのは結構厄介な場所であり、地上においても気密性の高い閉鎖空間は前述の理由により避けたい場所となる。

 実の所、サリーナル号の船内は若干だが厄介な場所でもある。

 広範囲且つ正確に周囲をサーチするならば、甲板の方が都合は良い。


「先に言え。まぁ中継させるから索敵は出来るがな」

 だがしかし、地下である事を予想して、六瀬は準備をしていた。

 両肩分で二つあるIFF-サーチ。内一つをホストとし、サリーナル号の自室の机に置いて起動させる。そして中継点を作る為、残りの一つを持って来た。地下に下りるというのなら、その道中の何処かに設置すれば、索敵情報を得る事が出来る。

「準備良いわね。さすが隊長」

「部隊が違う。正確にはお前の隊長ではない。それに今はただの六瀬。船掘業やってる一般人だ」

「一般人ねぇ」


 バックパックとマガジンケースを上下に揺らして走る。

 多々良のバックパックには救急キットと簡易食糧が入っている。二人共イヤホンマイクを装備している。何かあった時に直ぐ連絡が取れるようにとオルホエイに持たされた通信機(レシーバー)だが、地下に下りれば確実に無駄な装備となるだろう。


「それよりも、多々良、お前はどうやって目覚めたんだ?」

「ああ、その話ね」

 軽い口調で答える多々良。

 結構重要な話だと思うが、この軽さは多々良の性格故に、だろう。

「私が目覚めたのは海の底。船はネード海に落ちたのよ。起きた時びっくりしたわ」

「また嫌な所で……」

「知ってると思うけど、私は特殊機動隊の輸送艇じゃなくて、Saburaf(サブラフ)社の息子の護衛として企業側の船に乗ったの。星間移動の際、私達の船も襲われたのね……殆ど大破してたわ」


 Saburaf社は三大軍事企業の一つ。六瀬の持つワイヤーナイフもSaburaf社製で、その性能は他の企業と比べ、頭一つ飛びぬけている。

 ヴィス達と話した時に話題に出た星間移動の際の協定違反。攻撃されるとしたら、軍事企業、国の要人、軍隊などの船は即狙われる。

「攻撃対象筆頭だからな。偽装は?」

「勿論してたわ」

 因みに六瀬が乗って来た第一特殊機動隊専用輸送艇も偽装していた。多少の武装もしている為、一般企業の輸送艇を装って。

 だが、多々良は襲われた。偽装していたのに。運が悪い。

「そうか。よく無事で居たな」

「運が良かっただけ」

 捉え方だ。

 相変わらずポジティブな奴だ、と六瀬は思う。

 多々良が「それに……」と続ける。

「……怪魚がポッドに触れて開けてくれたのも運が良かったわ。じゃなきゃ海の底で一生眠ってるだけだったから」

「ちょっと待て、ポッドは同じレプリケーダーか”人間”でないと開ける事は出来ないぞ? どういう事だ?」


 レプリケーダーは兵隊。国と人を守る為のもの。

 その主人は人間であり、人間に尽くし、人間だけが扱う道具。

 兵職や延命措置の為に【Bionics andr(バイオロイド)oid】化した者、どんな理由があろうとも体の一部を機械化し【Diverse cybo(ダイバーボーグ)rg】となった者、それらもまた人間であるが、人間の尊厳が欠損した者として認識される。

 人間中心主義による環境倫理や人権思想がその認識を増長させ、結果、()()()()()()()()()D()N()A()()()()()が全てを扱う権限を持つとされた。

 阻害とはナノマシンの事。少しでも体を弄れば、純粋な人間では無いと判断するナノマシンを注入される。

 明らかな差別。だが、星を食い尽くす程の頂点に君臨した人類は強者であり、そんな我々人類こそが至高の存在、という思想を持つヒューマニズムが多く居た。

 究極的な傲慢。

 六瀬はこの考え方が嫌いだった。

 因みにレプリケーダー同士ならばポッドを開く事も修理も通信も、多少の制限はあれど粗方何でも出来る。出兵時、人間が居なければ何も出来ない、では問題があり過ぎる為だ。


「その疑問は彼らの集落に行けば多分分かるわ。ともかく、ポッドが開いた事で私は起動したの。でも私達の星に広くて深い海なんて無かったでしょ? 開けなきゃポッドは密閉されてるけど、開けたらおしまい。水中使用なんて想定されてないんだから海水が入って一瞬でおしゃか」

 惑星プラーグβ。

 観測時は違った名前だった事、誰が発見し、数ある進路の中で誰がその進路を決めたのか、今では謎となっている……が、それが六瀬達の住んでいた星。

 星の層は中心から内核、外核、下部マントルと続き、基本的には難揮発性物質からなる固体惑星だが、ガス惑星としての特徴も持っていた。

 下部マントルの次に圧力で液状化した気体の層があり、中部マントルの次に六割以上完全な気体で出来た層がある。その気体の層は更に三層に分かれ、やっと上部マントルへと辿り着く。その先が地殻となるのだが、地殻の前に分厚い水の層がある。水は噴水の様に飛び出して地上を潤し、そして”自身の層”へと戻る。この為、地上には水溜まりの様な湖は存在しても海は存在しない。

「だろうな」

 当たり前だ、と言わんばかりに答えた。


「でもACSは無事。開けるとマズイって思って、そのまま武器と共に運んだの。怪魚達に手伝って貰ってね」

「それは良かった。あるのと無いのとでは違うからな」

 レプリケーダー本体は完全防水で良かったと思う。

 汚れればシャワーも浴びるのだ。

「そうね。でも私のってすこし大きいから、結局怪魚達に預かって貰う事にしたの。集落に居たのは二か月くらいかな。その後はネードで過ごしたわ。たまに彼らに会ったりしてね」

「今から行く集落にあるのか?」

「そう。いつかヴィスにでも頼んで取りに来るつもりだったけど、まさかこんなに早くネードに来る事になると思わなかった。しかも、船が落ちた島がここだもの。運命感じずにはいられないって話」

「因みに何処に置いておくつもりだった? ヴィスは知り合いが保有する屋敷に隠していると言っていたが、お前もか?」

 知り合いとはテンランスの事。彼はヴィスに都合よく使われている。


「え? 船に乗せるつもりだった。おじさんの部屋に置いといて~って」

「ちょっとまて、狭くなるだろ。それにあんなのが増えてたら何言われるか……」

「元々倉庫だったんでしょ? かなり広いんだから問題ないと思うわ。それに古代人って認識になってるみたいだし、変なの増えた所で皆何も言わないと思う」

「だ、だがなぁ」

「皆とは長期間一緒に生活する事になるのよ? 私達が人間じゃないって事隠し通せる訳ないわ。絶対いつか知られるんだから今更でしょ」

「まぁ……な」

 この星で十年過ごしたヴィスは、既に数人の人物にその存在を知られている。信頼する者達ばかりだが、やはり長期間顔を合わせ、活動を共にすれば隠し通せない。短期のスパイ活動とは違うのだ。

 と、ヴィスの事を例に出すよりも自身の事。

 既に、バイドンには知られている。


「っていうかおじさんの部屋には誰も入らないって話だし? 嫌われてるの?」

 痛い所を突く多々良。

「それは否定しない……」

 嫌われているというより、腫れ物に触るという感じだが。

「殆どの人がルマーナ(あっち)の船で修復作業してるから、密かに乗せるには最高のタイミングだと思う。アズリ連れ帰った後に持って来るからよろしくね。私の裸鑑賞してた件、これでチャラにしてあげる」

 ひと月程前、男四人で修理中の多々良を見ていた件。これで罪が消えるのであれば安いものかもしれない。

「……わかったよ」

「素直でよろしい。さ、着いたわ。ここが入り口」


 岩肌が目立つ低い崖。そこに男三人が並んで歩けるくらいの大穴があった。穴の手前には半円形の岩があり、地面に引きずった跡がある。

 入り口を隠す為の扉として使っているのだろう。加工された形跡もあった。

 扉は開いたままだった。ここが入り口だと伝えたい意思が見える。

 六瀬は多々良の後を追った。

「階段か……雑な作りだがしかし、これだけの整備が出来るとは……」

 地下と地上を繋げる穴は、コンクリートの様な固まる土を張り付けて補強してあった。階段は歪で段差は高いが、比較的綺麗に並べてあった。

 結構な急勾配で、だいぶ深くまで潜る予感がした。

 暗さは感じなかった。日の光が届かない頃合いから光苔が増えだし、これもまた計算して植えられているようにみえた。


「作った地上ルートの中では新しい方らしいけど、当時の技術ではこれが限界だったみたい」

「ルート? 新しい? 他にもあるのか?」

「私はここと、クドパスからずっと西の海岸にあるルートと、ネードからちょっと離れた島へのルートしか知らない。だけど出入口は他にいっぱいあって、色んな島に繋がってるらしいわ」

「地下といっても、奴らはいったいどんな場所に住んでるんだ? ネード海全域以上となると相当広いぞ?」

「枯れた地下水脈みたいな所を利用してるわ。集落は他に三つあって全て繋がってる。あ、今は増えてるかもね」

 

 プラーグβに存在した各国の都市。

 全ての都市の地下には軍事施設と研究施設と工業施設があった。

 居住区は地上。狭い土地の中で高く高く伸びたビル群が、空中という地面と無縁の場所で殆どの人類を生かしてきた。

 怪魚は科学文明を持たず、自力で発展させた種。

 資料によれば、人類も最初は同じだったと思える。

 地中に住み、地上に顔を出し、土と自然と共に生きる。

 怪魚達の集落は地下都市とまではいかないだろう。

 だが、地下で栄える文明はいったいどういったものなのか。

 大変興味深い。


「……成程」

「こういうの、おじさん好きそう。雪波様とよく行ってた植物園とか動物園とか、なんだかんだ言っても本当は楽しんでたでしょ?」

 見透かされている。

 少し悔しくて、それには答えなかった。

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