表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 三章 女王
129/172

女王【4】

 一度招集がかかり、各人の仕事が正式に決まった。


 カテガレート組から派遣された三名は狙撃を得意とするらしく、彼らはラブリー☆ルマーナ号の甲板とその周囲に配置され、警戒任務を行う。

 キエルドとレッチョを含めたルマーナの船員の中で動ける者は全員、船の修復作業を行い、オルホエイ側の男達もそれに参加する事となった。

 アズリ達はサリーナル号のキッチンに集まって全員の食事を作り、ティニャ達の捜索に関してはミラナナとメンノが探査艇を出す事になった。

 そして六瀬は、射撃の腕を買われて警戒任務についていた。六瀬はサリーナル号の甲板。他に二名いるが、その二人はサリーナル号の外にいる。


怪魚(イボーブ)の様子はどう?』

 甲板で一人、岩陰に佇む怪魚達へ形だけの警戒を行う六瀬の頭に声が響く。

『ただただこっちを見ているだけだ。何がしたいのか分からないな』

 そう言うと『守ってるのよ』と多々良から答えが返ってきた。

『俺達をか?』

 守る行為が事実ならば、ルマーナ達を襲ったレプリケーダーから……だろう。

『恐らくね。人間好きだもの。彼ら』

『人間側は恐れているようだがな』

『色々な誤解があるのよ。見た目もあんなだし』

 色々な誤解とは一体どのような事か分からなかったが、見た目に関しては理解出来る。

 そもそも人間は異形の者に対して嫌悪感を示す。誤解があろうとなかろうと、感覚的にそう感じてしまう。

 コンタクトを取る事が出来て、交流を持てたとしても受け入れるには相当な時間がかかる。下手に感情を持ってしまったが故、人間は動物と違って難しい生き物なのだ。


『……まさか人間以外に、集落を形成する程の知的生命体がいたとはな。前に科学文明が人間だけではないと言っていたな。会ってみたいとも……。怪魚(こいつら)の事を知っていたからか?』

『そう。だから他にも居れば会ってみたいって興味があったの。でも彼らの文明レベルはかなり低いわよ。人間の様に器用じゃないし。あ、今は分からないけどね』

 それはそうだろう、と六瀬は思った。

 文明レベルが人と同等であれば、それが友好的なものなのか、敵対的なものなのかは別として、とうの昔に何かしらの繋がりが出来ていたはず。


『話す機会はありそうか?』

『今はちょっとね。ご飯の仕度で忙しい』

 確かに。

 現在、オルホエイ側の女性達は少し早い昼食に向けて調理に勤しんでいる。

 アマネルは経理室に籠って経費の計算。ミラナナは調理の邪魔になるという理由も兼ねて捜索任務。ペテーナとルリンは同様の理由もあって、負傷者の方へ行き、フィリッパは整備士としての役割を果たしている。よって、キッチンに立つ人物はアズリ、レティーア、カナリエ、リビだけ。

 その四人でルマーナ達の食事も含めて全員分を作り、負傷者用に小分けにして配膳までしなくてはならない。となると、昼までの時間はたっぷりあるとしても、四人だけではそこそこ大変な作業になると想像できる。

 たった一人、されど一人。新人船員の多々良の追加で五人。大いに役に立つ。

 というか、何故か男が料理をしないオルホエイ船掘商会の船内ルール。

 そのルールを作ったオルホエイの考え方は時代錯誤も良い所。地球時代の中でも古い考えだ、と六瀬は何度か思った事がある。

 中途半端な文明レベルからスタートすれば、人の考え方は逆行するものなのだろうか。


『一応、怪我人の具合も見て来たんだろ? どうだった?』

 キッチンへ赴く前、多々良は医療知識を持つという理由で、ペテーナ達と共に負傷者の様子を見に行っている。

『中軽傷者は切り傷や軽い骨折程度でどうって事ないわ。でも重傷者は膝から先の欠損と、片手前腕の欠損。大きな被害ね。でも関節が残ってるだけラッキーだったと思うわよ』

 ローサとキャロルは重症だと聞いた。手足を欠損する程の負傷は傷病者の分類として重症のレベルに達する。

 戦争で任務で、仲間を失う経験は嫌になる程してきた。心が麻痺する者もいれば、しない者もいる。

 ルマーナの店で知り合った者達が負傷する事態を、やはりこうして実感すれば、心はどうしても痛む。

 六瀬は後者。麻痺したくても出来ないタイプだ。

 メルティの件も聞こうと一瞬思った。

 が、ギリギリの所で留めて『そうか』とだけ返答した。

 多々良はメルティの遺体を見ていない。確認しに行ったのはアズリとレティーア。招集がかかった時、二人の顔を見て、彼女の為に涙を流して来たと直ぐに分かった。

 特にレティーアは、彼女と仲が良かった。

 胸の痛みも相当だったろう。


『処置は適切だったわね。そうそう、今ルリンとペテーナが向こうの医務室に居るけど、あっちの船医とペテーナって親子らしいわ』

 胸中を察したのか、多々良は少し明るい調子で言った。

『そんな情報はどうでもいい』

 流石にこれは、本当にどうでもいい。

『そう? 悪口言い合いながらも互いに信頼しきってる雰囲気が微笑ましいわよ。って、それは置いといて、行方不明の四名、さっき見つけたわ』

 と、すんなり話題を変える多々良。


『どの辺りだ?』

『南西にある島。ここから十キロくらい先ね。っていうか二つ先の島よ。近いわ』

 南西の二つ先にはどんな島があっただろうか。

 六瀬は思い出そうとサブメモリーを探る。

 すぐ隣の島は高い山が目立つ島で、その陰からチラッと見えたのは緑で覆い尽くされた島だったと記憶にあった。

『緑一色の島か?』

『そう、たぶん吊り島。ベーオって木がいっぱいあるから上空からだと探すのは難しいかもね。でもメンノは目が良いらしいから、期待するしかないわ』

 どの辺りでルマーナの船が襲われたか知らないが、ここから十キロの地点に小型艇がある。

 完全に逆方向に逃げたのだろう。

 

『吊り島?』

『ちょっと厄介な生き物がいる所ね。近寄らなければどうって事ないけど』

『ティニャ達は生きてるんだろ?』

『無事。墜落現場から離れないで集まってる。このまま動かなきゃいいけど……』

 不時着できたのだから、重力制御含めて動力は生きていたのだろう。がしかし、現在その場に留まっているのだから、それらの機能が今は使えないという事。

 無事でいる事実は嬉しいが、出来るだけ早く発見して貰いたいと願う。

 多々良の言う、厄介な生き物にティニャが襲われる前に。


『ちょうど今、ミラナナ達が出た』

 二人の会話を聞いていたかのようなタイミングでサリーナル号の後方にある格納庫から一艇の探査艇が姿を見せた。

 船底の噴射機構を使って高度を上げ、海の方向へ飛んで行った。向かう先は南西。勘が良い。

『見つかるといいわね』

 本当は探査艇に乗って自分が行きたかった。しかし、小型艇の中に居ては身動きが取れず、何かあってもすぐに対処出来ない。

 一応、船員としての仕事もあるし、仲間達の目もある。自由に動けたならどんなに楽か。


『それよりもそっちはどう?』

 と、続けて多々良は言う。

 そっちとは、索敵の件の事だ。

『怪しい反応は無いな……。暇なもんだ』

 より精度を高くする為、現在は索敵範囲を半分にしていた。

 三十キロ圏内で捉えている反応は漁船が二つ。あとはカテガレート組が飛び回っている反応。それだけしか無く、平和そのものと言える。

『個人的には何事も無いのが一番……』

 と多々良。しかし『あ~~いや、その考えは待て』と六瀬は遮った。


 サリーナル号の外をまるで散歩するかのように歩く人影を見つけた。

 相変わらず何をしでかすか分からない娘だな、と六瀬は思う。

『え?』

『そっちにアズリは居るか?』

『さっきまで居たけど、今は居ないわ。倉庫に食材取りに行ったから』

『彼女の位置を確認してみろ』

 数秒の沈黙が入った。

『……は? え? どういう事? 何してるの?』

 まさかアズリがこんな行動を取ると思っていなかったのだろう。

 驚くのは当然。六瀬も一瞬だけだが同様に驚いたからだ。

 

 アズリは今、サリーナル号を離れて、この広場を囲む岸壁へと向かっていた。

 本当に散歩するかのようで、躊躇なくスタスタと歩いている。

 船外で警戒任務についている残り二人は現在、船尾付近に一人とアズリとは逆側に一人。この事態に気づいているのは六瀬だけ。

「アズリさんっ。出歩くのは危険です。戻って下さいっ」

 と六瀬は声をかけた。

 するとアズリは足を止め、顔を向けた。しかし、何も答えず、また歩み始めた。

 彼女のこの雰囲気には覚えがあった。驚きが一瞬で消えた理由はこの雰囲気を感じた為。漸く現れたか、と六瀬は一人納得する。


『ちょっと、早く止めてよ!』

 と、多々良は急かすが『今声をかけたが無視された。恐らくもう一人のアズリだ』と冷静に返した。

『嘘でしょ……』

 止めても無駄だろう。

 いや、むしろ好都合に思えた。


 六瀬は黙ってアズリを観察した。

 広場を囲う大岩には大きな隙間がある。それはラブリー☆ルマーナ号が通って来た隙間。

 だが、人が通れる程度の隙間も幾らかあった。

 アズリはその中でも一番広い場所へ向かって歩いていた。


――何が目的だ? 何がしたい?


 ふと何かが動く気配がした。


――動いたか。

 

 五体いたはずの怪魚が減っている。減った数は一体。異常に長い、ヒレの付いた両腕を持つ個体だ。

 それは、器用に岩を駆け下りて、アズリの目の前に立った。


――何をしている?


 怪魚とアズリは無言で見つめ合っていた。何かしら会話すれば聞き耳をたてられるが、無言だと何も推測出来ない。

 もう一人のアズリはテレパシスト。こういう時には厄介な能力だと改めて感じた。

 等と思いながら観察していると、怪魚がその長い腕をアズリの足元へと伸ばした。

 そしてアズリは躊躇なくその腕に座った。

 もう一方の腕で、落ちないように支えられ、岩の向こうへと消えていく。

 多々良に聞いていた通り、怪魚に敵意は無いと思えた。むしろ、アズリに従い、ただの移動手段と化している様に見える。その雰囲気はまるでお姫様扱い。

 

 危険は無いだろう、と思うと同時に、ナイスタイミング、と一人ほくそ笑む。

 索敵に何も引っ掛からず、平和な警戒任務。これが丸一日続くのは、面倒事が嫌いな六瀬でも流石に辟易する。

 平和が一番だが、一日中無益にぼーっと過ごすのは苦手。

 要するに、興味がある事には積極的、興味が無い事は面倒。厄介事のない平和な日常は好きだが、何かしら有益な行動はしていたい。という性格なのだ。

 そして今、もう一人のアズリが表に出た。この機を逃す訳にはいかない。


『丁度いい。ここから離れる理由が出来た。多々良、お前も行くか?』

 これだけの会話を行えるのは近距離パーソナル通信が使える為。ネット環境の無いこの星では、あまり堂々と長距離では使えない。更に現在は懸念すべき存在がある為、余計に使う事が出来ないのだ。

 索敵しても平和なのだから何も無いだろう、と思えるが一応、多々良も連れて行きたい。多々良が同行するとなれば、状況の変化にも即座に対応できる。

『勿論。元々隙を見て集落まで行くつもりだったし』

 多々良は即答した。

 もとより、怪魚とコンタクトを取るつもりだったのだ。当然の答えだろう。


『よし。決まりだ。オルホエイには俺が話す』

 連れ帰った後、確実にアズリは皆に、特にオルホエイにはこっぴどく絞られる。

 アズリ自身は覚えていないのだから、少し可哀想に思える。ならば出来るだけ彼女が怒鳴られない説明をしなければならない。


「さて、どう説明するか……」

 六瀬は一人ぶつぶつ言いながら船内へと向かった。

 最近独り言が増えたような気がした。






 キッチンを離れたのは食糧庫へ行く為。

 常温で置ける野菜や調味料を保管してある小さな倉庫。

 アズリは倉庫の明かりを点けて、足りない分の野菜を必要な量だけ篭に詰めた。

「あとは……」

 多めに持って来た肉類、昨日の内に市場から買った新鮮な魚介類。要冷蔵の食品はきちんと冷蔵庫に入っている。あとは栄養価の高い野菜を使って美味しい食事を提供したい。

 これは調理担当全員の総意だった。

 勿論、その想いはアズリも一緒。

 だが必要な分だけ篭に詰めても、何か足りない。もう一工夫して美味しく、そして元気の出る料理に仕上げたいとアズリは思う。


 調味料の中で栄養の吸収を良くするスパイスがあった筈、とアズリは目を凝らした。

 静かな倉庫内で棚上の瓶達と睨めっこしていると、ゴンゴンと扉の開く音がした。

 格納扉が開く音で、ミラナナ達が小型艇を飛ばす準備が出来たという合図だった。

「ティニャちゃん……パウリナさん……」

 メルティに続いて、ティニャ達とも会えなくなったら、きっと、長い期間落ち込むだろう。

 それに妹のマツリも悲しみに暮れてしまう。

 ルマーナに引き取られてからは、ちょくちょくベルの花屋へ買い物に来るティニャ。メルティやパウリナが散歩がてら一緒に来て、花を準備している間にマツリとティニャは女の子らしい会話に花を咲かせているという。

 マツリとティニャは既に仲の良い友達。

 居なくなったら、マツリはどれだけ悲しむか……。

 

 どうか無事に帰って来て、とアズリは願った。

 

 と、思ったその瞬間、サーっと視界がフェードアウトした。


――え?


 何度か経験した、力が抜けるように気を失う感覚……とは少し違った。

 一瞬にして何処か違う場所に移動した感覚だった。強制的に心が引っ張られたような、そんな不思議な感覚。

 

 だがしかし、その感覚も直ぐに消え、結局意識は途絶えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ