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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 三章 女王
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女王【2】

『状況は?』

『負傷者多数。でも全滅してないだけマシね』

 ”怪魚の巣”の周りをゆっくりと航行し、ルマーナの船を捜索しているサリーナル号。

 その甲板で六瀬と多々良は無言の会話をしていた。

 索敵に集中している六瀬は周囲の状況確認を多々良に一任している。

 まだルマーナ達が見える位置まで達して無いが、多々良だけは既に発見していた。

 多々良の言葉を聞いて、六瀬は少しホッとする。


『死者がいないのは幸いだな』

『いいえ。恐らく、一名いるわ』

 とはいえ束の間。

 やはり全員無事とはいかなかったらしい。

『なに?』

『体温の低い人体。腐敗し始めてるから遺体ね』

『……そうか。残念だ』

 やはり現実はそう甘くない。

『これからも世話になる商会だからな。全員無事に……と思っていたが……』

『世話になるって?』

『……彼女達は情報通だ。ルマーナに至ってはかなり深い所の人脈まで持つ。それに……』

『それに?』


 ティニャが気になる。

 アズリと同じく、この世界の生き物とコンタクトを取れる多重人格者。

 もっと話してみたい……が、アズリ然りティニャも、キャニオンスライムの一件以来一度も別人格を表に出していない。

 アズリはルマーナの店を気に入っている様子。ティニャの変化を見る為に、アズリの要望をダシに店に通っても良いと思っている。

 そして恐らく、彼女達の別人格を知る人物は、自分しかいない。


『……ルマーナにはティニャという娘……養子がいる』

『……その子が何?』

『アズリは隔離性同一症と言ったら信じるか?』

 信じるか信じないか……。

 実際に見ないと実感できない現象だが、多々良には話しておいた方が良い気がする。


『信じるも何も……え? そうなの?』

『ああ。そしてルマーナの娘も同じだ。しかも、アズリと旧友、といった様子だ』

『言ってる意味が分からないわ』

『何故か別人格の方が互いを知っている。しかも、そうとう古くからの……旧知の仲……という雰囲気でだ』

『……小さい頃からの知り合い、とかじゃないの?』

『ティニャの方は一年程前から花屋に通っていたらしいが、二人が友人関係になったのはつい最近だ。しかし、別人格の方の会話の雰囲気は大人びていて、最近知り合ったという感じではなかった』

『不思議ね……。それよりも二人共何か強いトラウマでもあるのかしら』

『……かもしれないな』

『あ、二人が知り合ったのって、もしかして渓谷にいるスライムみたいな生き物の餌にされた件? 屋敷にいたメイド……というか殆どヴィスの恋人みたいな子達だけど、その子達の中に同じ境遇の子が居たの』


『知っていたのか』

『ええ。私が孤児院に行くちょっと前にシャルロって子が屋敷に来てね、彼女達の間で少し話題になったの。すっごく可愛い女の子が友人を救ってくれたって言ってたわ。確かティニャって子だった筈』

『その子だ。今はルマーナに引き取られて店舗の上階に住んでいる』

『その子が気になるの?』

『ああ。もう一度話してみたいと思ってる』

『お店の女の子達と飲みたいんじゃなくて?』

『そんな訳あるか』

『アズリと二人っきりで居たり……ティニャって子と会いたいとか、やっぱりおじさんの趣味ってそっち?』

『……話したいのは別人格の方と、だ。勿論アズリの別人格とも話したい』

『……ふーん』

『時子と会えと言って来たんだぞ?』

『え? 時ちゃんいるの?! 何処に?』

『それは分からない。だが、時子の存在を知っている。別人格の方がな。どうだ? 興味が湧くだろ?』

『時ちゃんと昔会った事があって、アズリ自身は忘れている……とかじゃ?』

『かもな』


 アズリは両親の事を覚えていない。

 幼い頃の記憶が無いのならば多々良の意見は正しいだろう。だが……

『だが、正確には別人格の方だけが面識を持っている、と思える』

 何故かこっちの方がしっくり来る気がする。

『そう……かもね』

『まぁ、ともかく、信じるか?』

『隔離性……。いわゆる多重人格ね……。正直、実際に見てみないと何とも……。けど、時ちゃんがこっちにいるって情報は嬉しい。……いつ目覚めたんだろう』

『さぁな。だが、少なくとも俺よりも先輩だ。この世界の事も深く知ってるかもしれない。それと……アズリ達もな』

 理由は分からないが、最近強く思う。

 アズリとティニャ……彼女達の別人格はサイキック……テレパシストだ。この星の生物達とコンタクトを取れる。

 不可思議な現象の数々を……いや、全てではないだろうが、その一部くらいは知っていそうな気がする。


『何でヴィスがいる時に話さなかったの?』

『……確かに。どうしてだろうか』

『二人はずっと昔から精神で繋がってる、とか言ったら非現実的だって言いながら興味深そうに聞いたと思うけど? 時ちゃんの事も探してくれたかも』

『俺だって非現実的だと思ってはいる。前世の記憶があるとか言い出す奴らに関しては妄言だと思っているが』

『二人共、基本的に否定派だもんね。でも面白がるタイプ』

『まぁな。それと……』


 テレパシストの件も話そうかと一瞬思った。

 しかし、それこそ、この件に関しては実際に見ないと分からないだろうと思い、ぐっと飲み込む。

『ん? 何?』

 とはいえ、ヴィスがいる時にそれとなく話題に出しても良いかもしれない。

『いや……』


 六瀬は甲板の左舷側にいる。海面を注視する体を装っているが、既に危険は無いと知っている為、この行動自体が面倒くさい。

 六瀬は首と肩をほぐす仕草をわざとらしく行い、右舷側を見た。

 アズリとレティーア、そしてザッカが何かを話している。

 そこから船首に向かって視線をずらすと、多々良が男の船員に挟まれつつ捜索する体を装っていた。多々良も男達と何やら話している。というより、話しかけられている。

『それよりもお前、モテるじゃないか』

『真面目に仕事はしてるようだけど、口を閉じないの』

『上手くやっていけ』

『わかってる。で、そっちはどう?』

 多々良は直ぐに話題を変えた。

 昔からモテるタイプだった多々良。

 面倒というよりも慣れっこなのだろう。どうでも良いといった雰囲気にみえる。


『最大範囲で見ているが、今の所、漁船と思える反応を四隻捉えただけだ。怪しい反応は無い』

 索敵はあらゆる反応を捉える。

 動力の反応、リアクターの識別、非人間的な稼働反応と熱量等々。

 それらを精査し、判断するのは索敵者に委ねられる。

『このまま静かに仕事させて欲しいわ』

 同意見だ。だが、

『だな。しかし個人的には何者か知りたい。あと目的も』 

 面倒事は避けたい。とはいえ、気になるのも正直な気持ち。


『……怪魚と敵対してた感じなんでしょ?』

 急に怪魚の存在を話しに持ち出す多々良。

 確かに、レプリケーダーと怪魚は争っていたとオーカッドが言っていたが。

『ん? ああ、そうらしいな。で? それがどうした?』

『彼らに聞けば何か分かるかもしれない』

『彼ら……怪魚の事か? 会話出来るのか?!』

『この島って幾つかある”怪魚の巣”の一つでしょ? 実際どうか分からないってオーカッドが言ってたけど、大正解よ。ここは彼らの集落の一つ。しかも女王がいる場所。島を見た瞬間運命を感じたわ』


 二時間程前の会話で「彼らはそんなんじゃないわ」と言った多々良のセリフを思い出した。

 怪魚の事を知っている風だったが、それはネードに住んでいた頃の一般常識が故に……と思っていた。が、そういうレベルではなかった。

 集落、女王……。

 多々良は明らかに怪魚と交流を持っている。

『お前が目覚めた時の状況、詳しく聞いてなかったな。まさか……そいつらに?』

『そう』

 と多々良は軽い返事をした。そして『でもこの話は後でね。そろそろ現場に着くわ』と話題を強引に切った。


 サリーナル号は島をぐるっと回って半分を過ぎた所まで来ていた。

 捜索を開始した箇所から真逆の位置まで達し、漸く現場に到着するようだった。

 多々良は男達の会話を無視して、メンノを見ていた。

 そろそろ着くから報告よろしく、と言いたそうな雰囲気に見える。

「いたぜ‼ ルマーナの船だ‼」

 と、直ぐに船首を陣取るメンノが叫んだ。

 そして、良くできましたお疲れ様、といった雰囲気で顔を戻す多々良。

 甲板にいる船員が一斉にメンノが指さす箇所へと視線を向けた。

 サリーナル号も舵を切ってゆっくりと近づいて行った。

 ラブリー☆ルマーナ号が落ちた場所は高く大きな岩で囲まれていて、一か所だけある隙間からその姿が見えた。だが、見えるのは甲板付近を含めた船体の四割程度。全体像は見えない。

 隙間のサイズはサリーナル号が通れる幅では無く、救助に向かうには岩の上を通るしかなかった。

 皆もそれに気づき、空を見上げた。

 ガッバードが数体、風に乗って悠々と飛んでいる。


『現場に行くには高度を上げるしかない』

 オルホエイの放送連絡が入った。

 スピーカーから流れるオルホエイの声に、皆静聴する。

『見れば分かると思うが、奴らの領域と重なる可能性がある』

 正確な高度は漁師達も分からないという。

 ”これ以上は危険だ”と昔から言われている高さがあって、襲われる危険を侵してまでわざわざ調べる事をしなかったらしい。

 漁法は引き網漁又は受け網漁が基本で、波や船影の影響を考え、多少高い位置から漁をするが、危険な空域まで高度を上げる事は絶対に無いという。

 そもそも漁師の仕事場は海なのだ。高く広い空とは無縁だろう。


『襲って来る様子なら、撃て。銃はあまり効果が無いというが、牽制くらいにはなるだろう』

 アズリを見ると、彼女は緊張気味に空を見上げていた。

 だがビクビクした感じは無く、グッと唇を引き締める程度。

 無歩の森のエッグネック戦よりも成長している様に見えた。

 むしろ「うひぃ~」と小さな悲鳴をあげながら、猫背を更に丸めるミラナナの方が弱腰だった。隣にいるリビに大きな尻を叩かれて別の悲鳴をあげている。

『いくぞ。一気に越える』

 ブツっと雑音が聞こえて声が切れるのと同時に小さな加速度が働く。

 体への負荷はエレベーターに乗った程度の感覚だが、全員が腰を僅かに落とし、踏ん張りを見せた。

 

 この星の飛行技術は遺物船の原理を元に作られている為、六瀬達が生きていた技術と似ている。

 大昔は一定方向へエネルギーを発生させるジェットエンジンと翼を使った浮揚力で飛行していたらしいが、重力制御装置が開発されてからはそんな危険性の高い原理は使わなくなった。

 船体の重力を操作して、進行方向に推進力を加えれば良いだけの事。かといって、遺物船とまったく同じという訳ではない。

 小型艇と違って、大きな空船には短い翼が付いている場合がある。

 それは出来るだけ水平を保つ為、フラップを使うという理由。

 船内での生活を快適に過ごす為の仕組みであり、無駄なエネルギーを使わない一般的な節約構造。とはいえ、左右の揺れに関しては水平維持機構を使っている。

 因みにラブリー☆ルマーナ号は違う。

 ラブリー☆ルマーナ号は翼を持たず水平維持機構をフル活用し、上下左右にある噴射装置で水平を保つ。非常に経費のかかるシステムだが、遺物船の構造と一番近いといえば、このタイプになる。

 他にも原始的なプロペラを使った船もあるらしいが、超低コストと引き換えに推進力が低く、低ランクの商会に好まれるタイプだと聞く。


 ともかく、空船の昇降は殆ど傾く事無く、水平のまま行える。

 サリーナル号の甲板で踏ん張る船員達も、船の性能を信じてライフラインを掴んでいない。ライフラインに手をかけて、更に踏ん張る行為をみせるのはミラナナだけ。

 サリーナル号は急角度で高度を上げて、岩の天辺スレスレで高さを保つ。

 岩は想像以上に幅があって、ちょっとした山にすら思えた。

 皆が銃を構えつつ見上げる。

 一羽のガッバードが近寄って来て、ガッガッと喉を鳴らした。

 大きなくちばしには鋭利な牙が無数にあって、長い舌が見え隠れしている。

 仲間を呼んだのだろう、近くにいた別の個体が飛んできて、同じく喉を鳴らした。

 撃つべきか、刺激しないようにすべきか悩むギリギリの雰囲気。

 きっと誰かが焦って引き金を引けば、一斉に射撃が始まるだろう。

 しかし誰も撃とうとしない。狙いは定ているが、刺激しない方を選んでいる。

 ……等と様子を伺っている内に、船は無事に降下し始めた。


 岩を飛び越えて、その岩に囲まれた広場に入る。

 そこは思いのほか広い空間になっていて、地面は砂利が混じった砂浜みたいだった。少し大きい岩石が二つ三つ鎮座していて、その一つにラブリー☆ルマーナ号がぶつかっている。

 不時着した際、船首付近が接触して反転し、その横滑りの勢いもあって岩の壁面へ追突しなかったのだろう。運が良い。

 サリーナル号はラブリー☆ルマーナ号の上空を反時計回りにぐるりと旋回して、着陸位置を探し始めた。     

 勿論、上空から破損具合を確かめる意味もあるのだろう。そして、危険が無いかどうか……と、若干の懸念と警戒の意思を示している。


――船首下部と船体側面の破損が激しい。オーカッドの船と同じく、至る所に穴が開いている。が、思ってた程ではないな。


 ラブリー☆ルマーナ号の損傷具合は想像以上に優しいものだった。確かにボロボロではある。だが、原形を留めているだけで十分に成功したといえる不時着だ。

 六瀬は岩の隙間を見た。

 ラブリー☆ルマーナ号の赤い塗装がべったりと付着している。


――成程。隙間に船体を引っかけて勢いを殺したのか。なかなか良い腕だ。いや、良い判断と言うべきか。


 船も仲間も救う判断をしたのはサラかパウリナか、それともメルティか。

 会ったら「良い判断だった」と褒めてやりたい。が、今では無いだろう。

 酒がある席で、酒が入った時に、さらっと伝えた方が喜ぶ。

 六瀬は改めてラブリー☆ルマーナ号を見た。

 甲板に数名の人影が見える。その内の一人はルマーナ。

 視界を拡大して状況を確認する。

 キエルドとレッチョ、ベティーとルマーナ。皆、五体満足で無事のようだ。


 全員がこちらを見ているのだから当然視線が合う。

 だがルマーナだけは一点集中で自分を見ている気がした。

 表情は感極まっている様子で今にも泣き出しそう。

 仲間が助けに来てくれた時の安心感は、全ての負の感情が一瞬で消え去る程に強烈なもの。気持ちは分かる。


――まぁ元気そうだな。


 犠牲者が出たのは残念だが、船長が健在であれば立て直しは出来る。

 それよりも、岩陰にいる怪魚達が気になった。

 合計で五体。

 多々良の言う通り会話が出来るのであれば、是非、話してみたい。

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