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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 二章 ネード海
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ネード海【9】

 ガレート狩猟商会は海上航行の経験がある為、彼ら先導の元、サリーナル号はその後をついて行く。

 責任者として、オーカッドはカテガレート組に参加し、現在は小型艇で海面の警戒にあたっている。

 波は静かで透き通るような青い海。風も優しく凪いでいる程度で、空も雲一つない晴天だった。


 タタラ達と共に潮風を浴びていたアズリは、一度船内へ戻り、朝食を作った。今回の当番はカナリエとアマネル。この二人ならば簡単に作ってしまうのだが、今日は時間が無い。よって、リビも参加し、そこにアズリも参加した。

 船内のキッチンは広い方だが、四人で動き回れば狭苦しく感じる。

 だが、料理上手の女四人が集まれば、そこそこの朝食があっという間に出来上がる。

 いつもならば「腹減った~」「飯だ、飯!」等と言いつつ集まる男達も、今日は幾らか静かだった。時間が無い為、かき込むように食べて、直ぐに食堂から出ていく。

 洗い物担当の男達を置いて、アズリも皆を追う様に食堂から出た。


 一度自室へ行き、ジャケットを着て、最低限の道具と昨夜の内に整備しておいた銃とナイフを装備する。そして念の為、護身用のスピースリーをグローブ型に変形させて装着した。

 再度甲板へ行くと、ザッカやメンノを含めた殆どの船員が海を眺めていた。タタラは朝食前からずっと船首付近に居て、ロクセもずっと寝ている。

 二人は食欲が無いとの事で、出航から今まで、殆どの時間を甲板で過ごしていた。


「具合でも悪いんですか?」

 ライフラインに体を預けて目を閉じるロクセへ、悪いと思いつつも声をかけた。

「いいえ。大丈夫ですよ」

 顔を上げたロクセがいつもの感じで言う。

 いつも表情の変わらない彼。本当の所はどうなのだろうか。

「そうですか。でも食事はちゃんと取った方が良いです」

 言うと、ロクセは黙って頷いた。


「アズ」

 後ろから声をかけられた。

「塩塔島が見える。アレが見えたら現場まで近いって事らしいから……そろそろよ」

 レティーアが親指で塩塔島を指して言った。

「ほんとだ」

 大きな島の影から真っ白な島が見えている。

 高くそびえる円錐状の島。遠くからだと塔のようにも見える。


「気になっていたが、塩塔島とはなんだ?」

 ロクセが言った。敬語じゃないのはレティーアに向かって質問したからだ。

「知らないの? その名の通り塩で出来た島よ」

「全て塩なのか?」

「かもね。塩分を吸い上げて凝固した島らしいから。吸ったり溶けたりしてるのかな? 周囲の塩分濃度はかなり高いって話」

「元は火山島で、水分の蒸発が著しい、という理屈なら分かるが、吸い上げるのか……。そもそもここは海だしな、蒸発が水分供給を上回る事はないはずだ。面白い」

「何言ってるの? そういう話はラノーラとして。私は興味ないから。行こう、アズ。作戦始まりそうだし」

 レティーアが手を取って引っ張る。

「あ、うん」

 ロクセは彼女の冷たい態度に不快感を示す事も無く、黙って見つめていた。

 アズリは引かれるままについて行く。


 船首付近にいるタタラ達の元へ行くと「おう。来たか。カテガレート組、準備し始めたぞ。俺達も配置に着かないとな」とリビが言った。

 見ると、カテガレートの船の船尾にある砲塔が動き、海面へ狙いを定め始めていた。

 ガレート狩猟商会はその職業故に、基本装備として船に二基の砲塔が搭載されている。船首下方に連装砲一基二門、船尾下方に一基一門だ。

 それら全て、遺物船から得た砲塔であり、実弾は無い。パイルレーザーと同じ物で、ネオイットをエネルギー源とする。そもそも、カナリエが得意とするパイルレーザーも、元は遺物船の固定砲。小型の物を持ち運べる様に改造したのがパイルレーザーなのだ。

 故に、たった一発でかなりの経費がかかる。空船に取り付けた砲塔は当然大型である為、一発だけでも船員数名の月給が一度に吹き飛ぶくらい経費がかかり、使う事は滅多に無いという。


「サリーナル号にもあればいいのにね。アレ」

 アズリが言うと「俺達には宝の持ち腐れだろ」とリビが答えた。

「そもそも、あんなの使うくらいのヤバイ奴と出会いたくないわ」

 とレティーア。

 船掘商会の仕事は遺物船をみつけて回収する事。

 出来るだけ危険を避けるのが基本となる。

 とはいえ、そうも言ってられないというのが現状ではあるが。

『レインシャークの姿を捉えた、とカテガレートから連絡が入った。皆配置につけ』

 オルホエイからの放送が入る。

「よし来た」

 とリビ。

「行くよ。アズ」

 とレティーア。


 アズリはレティーアと共に右舷へ移動した。

 オルホエイ組の仕事はルマーナ達の救助だが、警戒を怠るわけにはいかない。

 ブリーフィング時に決められた配置に着き、カテガレート組の動向を見守る。

『作戦通り、カテガレート組はレインシャークの前方へ回り込む。俺達はここで待機だが、警戒は怠るなよ』

 警戒対象は勿論海面。

 現場近海にいるレインシャークは一体のみ、との事だが、何があるか分からない。少しでも影が見えたら、この場から即座に離脱しなければならないのだ。

 しかしアズリはカテガレート組が気になり、そちらへ目を向ける。

 カテガレートの船は大きく舵を切り、スピードを上げた。ずっとずっと遠くに小型艇が見えた。

 恐らくその辺りにレインシャークがいるのだろう。

 小型艇が豆粒以下まで離れた頃、大きく回りこんだ空船が漸く小型艇に追い付き、船尾から青い閃光を放った。一瞬で蒸発する海が飛沫と水蒸気を上げる。と同時に赤い体液がドバっと吹き出した。


「当たった」

 隣にいるレティーアはアズリと同じくカテガレートの船を見ていた。

 二人共、警戒の意味を分かっていない。

「うわっ。大きい」

「すごっ」

 アズリが驚くと、レティーアもそれに続いた。


 赤い体液が噴き出した後、海面が盛り上がり、大きな波を作りながらレインシャークが姿を現した。体液の飛沫をあげつつ、攻撃してきた獲物を噛み千切ろうと頭部付近を浮上させる。だが船に届く筈もなく、そのままの勢いで海中へ沈む。続いて胴体が波打つように姿を現し、最後に尾びれが大量の水を空中へ投げ飛ばして消えていく。


 大きかった。

 とにかく大きかった。


 尾びれ一つで、大きな空船が叩き落される。それが容易に想像出来るくらいの大きさだった。

 見た感じ、レインシャークは全体的に平たい巨大魚だと思えた。形でいえば、縦に長い逆三角形。一番広い底辺部分が頭部、細い頂点部分が尾びれ、といった感じだった。

 真上に向かって大きな目が四つ付いていて、背びれと思しき部分は側線に沿って付いている。広い背には、ラノーラの言う通り無数の穴があった。だが、上空に向かって短い砲口が伸びている、といった雰囲気で、遠くから見ると、無数の刺を背負っているように見えた。

 口は勿論頭部にあり、とんでもなく幅の広い口を持っていた。打ち落とした獲物を海水ごと豪快に飲み込む姿が想像できる。


「弱ってる気配とか無いわね」

 とレティーア。

「うん。怒らせた感じはあるけどね」

 レーザーは口部付近にしっかりと命中しているが、傷は小さく見えた。

 そもそものサイズが大きい為、そう見えるのは当然だが、恐らく、カテガレート側も出力を抑えたのだろう。

 結局は囮なのだから、釣れれば良いだけの話。無駄な経費をかける必要は無い。

「上手く釣れたって事でしょ。後はこっちの仕事が終わるまで、つかず離れずで飛んでれば良いんだから楽なもんよ」

「神経使うと思うよ? 何が起きるか分からないし」

「何か起きるならこっちの方がリスク高いわよ。怪魚だっけ? そいつらが住む島なんでしょ?」

「らしいね」

「無事でいてくれたら良いけど……」

「うん」


 空船のライフラインを捻じ曲げ、人間の頭を握りつぶす程の怪力を持つ怪魚。

 船内に身を潜めていたとしても、無事で居る保証は何処にもない。

 助けに行ったとしても、一斉に襲われでもしたら、どれだけ対処出来るか予想もつかない。

 ともかく現場に着かなければ、今後の判断も行動も出来ないのだ。


 カテガレートの空船がどんどん離れて行く。

 問題無くレインシャークを釣っているようだった。






 執事服に似た礼節的な清潔感のある服を着た男が、バルコニーに佇む男の後ろに立ち「そろそろ、でしょうか」と声をかけた。

「そうですね。ネード海へ進路を変え、停泊ポイントへ向かっている所でしょうね」

 声をかけられた男は眼前に広がるクドパスの街と、クドパス海を見ながら答えた。

 日が登った直後から出航した沖合専門の漁師達はもういない。港では出航し始めた沿岸漁業の漁師達が一斉に飛び立っている。

 

 ”ゴミ”を見るような目つきで漁師達を眺める男は「いつ見てもこの景色は良いですね。人は命尽きるまで働けばいい。それだけの存在です」と言う。

「ええ。我々とは違いますので」

 執事服の男がそれに答えた。

「言うようになったじゃないですか。好きですよ。その答え」

 男は薄笑いを浮かべた。

「ありがとうございます。先生」

 執事服の男は、先日の密談時、酒を提供する為だけに臨席した人物。

 そして先生と呼ばれた男は、メモリーシートを持参した男だった。

 二人は主従関係にあり、これまでも、そして今後もその関係にある。


「それよりも」

 執事服の男が続けた。

「なんですか?」

「二人で向かわせる必要性はどこに? 一人で十分かと思いますが」

「念の為ですよ。念の為。それとついでに……ですね」

「回収さえすれば良いのですから簡単な仕事だと思いますが?」

「何が起きるか分かりませんので。それに、遊びたくてうずうずしている部下もいますので」

「ドナヴナの事ですか?」

「最近はつまらない仕事ばかり押し付けてしまってましたから。申し訳ないと思っていた所です。都合良く”怪魚の巣”に落ちたらしいので、適当に遊んで、ついでにネオイットでも拝借してくれば金になるでしょう?」

「成程。確かに、ついで……ですね。全滅していても不思議ではない環境ですから」

「怪魚は何故か我々を敵視していますから、少なくとも怪魚は襲ってくるでしょうし」

「ドナヴナの悪癖を満たすには丁度良いですね」

 

 執事服の男の言葉を聞いて、男は薄く笑った。そして「妙な気質まで生まれてしまう……それもまた面白い」と言う。そして更に、

「しかし、レインシャークの攻撃で破損するとは……。もう少し強度を上げるべきでしょうか……」

 と言いながら、男は腕を組んで悩む素振りを見せた。

「ガッバードも脅威だったと聞いています」

「相当鬱陶しかったみたいですね。脆いですねぇ。やはり要検討です」

 と、落胆する素振りをして「おっと、そうです……再構築の件は何処まで?」

 と男は続けた。


「はい。三名の内一名はあとひと月もあれば完了します。残り二名は完全消去済みです。明日より人格形成に入ります」

「本当に生産性が悪いですね」

「仕方ありません。短期で仕上げれば壊れますので」

「その辺りも要検討ですね」

 男はポリポリと、痒くもない頭を掻いた。

 

 それは男の癖だった。

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