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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 二章 ネード海
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ネード海【8】

 朝日が昇る前、まだ少し暗い内から準備を始めて、明るくなると同時に出発した。

 海面の警戒をしつつ航行する為、現場までは二時間程度かかると言う。

 

 六瀬は甲板のライフラインに寄りかかって景色を眺めていた。

 母星には、ポツポツと大きな水溜り程度の湖に塩水があるだけで、海という存在はなかった。海はずっと昔に人間が住んでいたという原点の星”地球”に存在しており、資料でしか見た事が無い。

 だが、その海が今、目の前に広がっている。

 かなり大きな島も点在していて、空船より少し上空に鳥達が獲物を狙って飛んでいる。

 その鳥達が飛んでいる高さ……よりも上が、ガッバードの支配域となるのだろう。


『そんなに珍しいか?』

 頭の中で問うと、

『見飽きる事なんて無いわ。いつ見ても良い所よ。海は』

 と多々良の声が頭の中に返ってくる。

 六瀬は一瞬だけ船首付近に目を向けた。

 そこには多々良とアズリ、レティーアとミラナナが居た。

 景色を見たいと言うアズリ達に付き合う形で多々良が居る。

 美しい景色を見て、女特有のかん高い声で興奮している……事はなく、皆黙って潮風を浴びていた。


『なら、そいつらの気持ちも落ち着くだろう』

『そうね。少しは紛れるんじゃないかな』

 ブリーフィング以降のアズリ達の雰囲気は、少し重苦しいものだった。

 詳しい話を聞いて、ルマーナ達の置かれた状況が想像以上に厳しいものだと悟ったのだろう。

 景色を見たいという要望は、不安を緩和させたい……の一点に尽きると思う。

『……無事だと思うか?』

『全員が……という訳じゃないけど、今は多分大丈夫』

『昨日も言っていたな。根拠は?』

 昨日のブリーフィング中、多々良と少し話した。勿論、頭の中で。

 その時も、多々良は同じ事を言っていた。

 その根拠を聞きたかったが、少し考えさせてほしいとの事で、昨日の続きを今話している。


『まずは、空船が落ちた衝撃と、レインシャーク達の被害。これはかなり酷いかもしれないわ。死者が出てる可能性もある』

『空船は俺達の船……遺物船の外装を使ってるんだろ? 船が貫かれる程の威力は相当な物だぞ』

『知らないの? 遺物船の高強度資材を使うのは、殆どが軍装備や国防。後は工場機器や土木建築の重機によ。動力装置本体と重力制御装置本体のカバー部分には高強度資材を使うけど、空船の外装では多くても二割程度しか使ってないの。船首付近とか船底に少しとか。他は鉄とアルミとカーボン。だから普通の空船はそんなに硬く無いのよ。昔と変わって無ければね』

『……そうなのか』

 言われてみれば確かにそうだ。

 外扉は鉄だし、甲板なんて一部タイルの様な床材が敷いてある。

 流石、二年以上も空船を使った輸送業をやっていただけの事はある。

 八十年のブランクがあったとしても、目覚めてたった二、三か月の若造よりはこの世界の事を知っている。


『それに、資材や部品を加工して再利用する技術はまだまだ拙い。宝の持ち腐れ的な物資も沢山あるのが現状だと思うわ。そもそも、需要と遺物船回収(供給)量が釣り合って無いんだもの。消耗品だってあるし、空船にまわす程余裕があるとは思えない』

『成程な』

『それに空船は維持費だけで相当かかるから』

『それは知っている。で、話を戻そう。今は無事という根拠は何だ?』

『……怪魚達は襲ってこない。って分かってるから』

『攻撃的な奴らなんだろ? 何故そんな事が言える』

『見た目も怖いしね。そう思うのが普通。でも違う。彼らはそんなんじゃないわ。でも……』

『でも?』

『話に出て来た黒い奴。再度ソレに襲われていたら分からない。確実に全滅ね』

 意見を聞きたかったのはそこだ。

 昨日の話に出て来た”黒い鉄の塊”という人型の何か。

 インナー装備、又はフル装備のレプリケーダーを見た事が無い者にとっては理解し難い存在だと言える。だが、六瀬と多々良は、その理解し難い存在そのものなのだ。

 話を聞いた瞬間、二人だけはソレに反応した。


『やはり、俺達の同類だと思うか?』

『ほぼ間違いなく』

『空から飛んで来た……という事ならばキューブかスカイ。近くの島からブーストして来たなら全ての兵種が予測できるが』

 キューブは六瀬の兵種。他の兵種が得意とする機能を劣化版ながら全て使用出来る兵種だ。

 そしてスカイ。その名の通り飛ぶ事を得意とする兵種。上空からの射撃や、接近戦によるヒット&アウェイを行う兵種だ。

 ”飛んで来た”となると、まずこの二つの兵種に絞られる。

 だが、”飛び移って来た”となると、その他の兵種が挙げられる。

 ブーストを使った中距離又は近距離の跳躍が出来る為、近くの島から飛び移る事も可能なのだ。だが……


『飛び移るって事なら、ビルダーとトレーダーには難しいわ』

 と多々良は断言する。

『……お前が言うならそうなんだろうな』

 ビルダーは必要に応じて外装を追加できる兵種。最大三層まで追加する事が出来て、フル装備の場合は止める事が難しい突撃兵となる。ヘイトを稼ぎやすいタンク役ともいえる。

 トレーダーは各兵種の弾薬補充、又は装備の換装をする兵種。戦況に合わせた提案で弾薬変更したり換装したりする為、仲間により良い結果をもたらすサポート役という立ち位置だ。

 勿論、大量の物資を運ぶ事が主な仕事となる為、戦闘能力は低い。

 ビルダーとトレーダー。この二つに共通する弱点は重量級と言う点。

 重量級に詳しい多々良が言うのだから間違いないと思える。


『私の勘だとキューブかスカイ』

『同意見だ。俺もその二つだろうと考える』

『……私を襲った奴かも』

『それは分からない。一体だけとは限らないからな』

『仲間がいるって事?』

『俺達だって一緒に居る。相手側も同じ事だろ?』

『……そっか』

『他国ならまだしも、俺達連合のレプリケーダーだったら索敵は難しいぞ』

 六瀬、多々良が所属していた国は七ヵ国連合の内の一つ。他国ではあるがヴィスも七ヵ国連合に所属していた。

 連合のレプリケーダーは連合以外の国のレプリケーダーよりも、様々な面で、頭一つ分抜けて性能が高い。

 リアクター感知を妨害する為、高性能ステルスモジ(HPS)ュールが標準装備となっている事も、他国との差をつけている。

 故に、同じ連合国のレプリケーダーが”敵”だった場合は、索敵が難しくなる。


『……かつての仲間同士では争いたくない……』

『そうと決まった訳じゃない。だが、新しい土地で目覚めて自由になったんだ。昔とは違う。考え方は人それぞれだからな』

 アズリを無歩の森で助けた時、連合のレプリケーダーならば無暗に殺傷しないと考えた。

 だが、今は違う。

 仕える主を無くし、自由になった”人間”はどう行動するだろうか。

 レプリケーダーのAIは人と変わらないのだ。それぞれに、それぞれの考えがあってもおかしくない。

『……何にしたって、善良な人を襲う時点で敵。悪よ。悪っ』

 多々良はそう言い放つ。

 六瀬は心の中で同意した。


『ルマーナ達の船で暴れた目的は何か知らんが、まぁ、まともな行動ではないな』

『……とにかく、また襲ってきたら断固として戦うわ!』

『そうだな。さて、俺は索敵に集中する。お前は出来るだけ広範囲で目視警戒していてくれ』

『分かった』

 言って六瀬はライフラインに背を預けたまま座った。

 潮風に当たりながら仮眠を取っている風を装って、今出来る限界まで索敵範囲を広げる。

 異常な熱量の感知やリアクターの存在。

 何の装備もしていない為、精度は欠けるが、何らかの反応が見つかれば今後の対応も変わって来る。

 敵か味方か。それはまだ分からない。

 ルマーナの店でヴィスの存在を知った時の様に……なんて、すんなりと平和に行く筈がない。分かるのはそれだけ。


 六瀬は少し目を開けてアズリ達を見た。

 自分に出来る事なんてたかが知れているのだ。

 今やるべき事は、こいつ等を……この船を……守る事だけだ。

 と思い、六瀬はまた目をつむった。






 小型艇と違い、小型空船は金持ちや要人を快適に他国まで運ぶ為の物だ。

 個人で持っている者もいれば、その手の商会へ依頼する者もいる。

 仕事や旅行で一般市民を運ぶ商会もあるが、船内で数日間の共同生活を強いられる為、金持ちほど個人で持つ場合が多い。

 とはいえ、船体価格も維持費も相当にかかるので、個人で持つ者は一部に限られる。

 そんな小型空船が一隻、クドパス港を出発してネード海へ向かっていた。

 既に出発してから二十時間以上経過していて、明るくなったと同時に漸くネード海方面へ舵を切る。

 沿岸ルートで夜も航行し、明るくなってから海を渡る。通常は沿岸、又は内陸ルートで両国間を行き来し、基本的に海へは出ない。クドパスでもネードでも、海に出るのは殆どが漁師、と決まっている。

 だが、明らかに漁船と思えない小型空船が一隻、南海群島方面……否、海へと突っ込んで行く。


「目視出来るのは輸送業の船が二隻。あいつら今頃びっくりしてるぜ。景色見たさに海へ突っ込んで行く馬鹿は何処のどいつだってな」

「ドナヴナ、あんたの事よ」

 小型空船の船室に備え付けてある少し豪華なソファー。

 そこにふんぞり返って座るドナヴナが、窓の外を見ながら言う。

 それに答えたのは寝起きの果実酒を楽しむ女。

 呆れ顔でドナヴナを見ている。


「おっとそうだった。悪いな、フォン。そんな馬鹿に付き合って貰って」

「ホントに迷惑。飛べないなら泳いで来なさいよ」

 ドナヴナの対面にゆっくりと座るフォン。そして果実酒を一口飲む。


「無理言うなって。溺れちまう」

「作戦上仕方ないけど、本来は私一人で十分な仕事なの。飛んでくれば良いだけの話だし、わざわざ空船出して無駄な経費使う事ないし」

「お前が失敗したからこうなったんだろが。違うか?」

「……邪魔が入ったからよ。ホント、いつもいつも……イライラする」

「いつもって程仕事してないだろ」

「はぁ? 喧嘩売ってるの? 運んでやらないわよ? それとも途中で落としてやろうか?」

「やめてくれ。フル装備でも高さによっちゃ死んじまう」

「脆い奴だこと」

「言ってろ」


 ドナヴナはもう一度窓の外を見た。

 フォンも真似て、窓の外を見た。

 南海群島が視界いっぱいに広がっている。

 ネード海海域に着くまで、あと三時間もかからない。

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