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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 二章 ネード海
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ネード海【4】

 ラノーラは軽く咳払いをして「海の危険性は皆さんご存知かと思います」と語り始め「……ですが、そこから説明します」と続けた。

 そしてタタラを見ながら「……新しい方も居るようですので」と言った。


 タタラはネード出身なのだから説明するまでもないのでは? とアズリは思った。が、ラノーラは知らないのだ、と気づく。

 船員になってまだ数日。

 ガレート狩猟商会は皆、タタラを知らない。

 そして当の本人は空気を読んでニコッとするだけに留めている。

 彼女の笑顔を見て、ガレート狩猟商会の男達が顔を赤らめた。

 この一撃で惚れた人も居るかもしれない。

 と、そんな事を気にする素振りも見せず、ラノーラは話を続けた。


「海とは、沖に出れば出る程巨大な海洋生物が増えていく危険な場所です。勿論、海上の空は魚を餌とする飛行生物が多くいますし、空船に襲い掛かる種もいます。海面を見ながら航路を取り、鳥達を刺激しないように航行する。エリアによって危険度は変わりますが、海は基本的にこういった場所になります」

「この辺りはどうなんすか?」

 ザッカが質問した。

「はい。隣国のクドパス海やここネード海を含む南海群島(なんかいぐんとう)は現在、比較的安全な時期になっています。とはいえ、環境が特殊である為、航行には注意が必要です。まず、海を回遊する巨大魚や海洋生物は全部で四種類。注意すべきは先程話に出たレインシャークです。他は今の時期、沖に出ているので気にする必要はありません。比較的安全、と言えるのは、基本レインシャークにのみ注視していれば良いからです」

「でもそいつがウロチョロしてるから近寄れないって事なんすよね?」

「ええ。その様です」

「理由は?」

「恐らく餌があるからでしょう。……レインシャークは魚を食べませんので」

「じゃあ何を?」

「……鳥です」

「鳥? どうやって?」

 と今度はメンノ。

 メンノとザッカはこういう時、積極的に質問するタイプだ。


「はい。レインシャークは背中にある無数の穴から粘膜に覆われた水針を放ちます。その針は貫通力が高く、空の獲物を打ち落とします。一定の高度に達した針は普通の海水に戻り、雨の如く降り注ぐ為、その名が付いたと聞きます」

「なるほどな」

「体長も長く幅もあり、巨大魚の中では比較的大きい部類になります。水針は水深五メートル程度から射出できますので、捕食時以外は基本的にそれ以上浮上して来ません。という事は、僕等……我々が所持する口径の銃では全くダメージを与えられません。漁師の皆さんは銃を所持してませんから勿論の事、我々でも出会ってしまったら基本的に逃げるしか無い、という凶悪な存在です。単独でレインシャークを獲った、という話は未だかつてありませんので、それだけ危険な生き物と認識してください。ですが、常に海面の監視を続けて航行していれば問題ありません。少しでも影が見えたら近寄らない。それが南海群島の……いえ、海での常識です」

「だが深い所から急に浮上して来て姿を現す場合もある。今回はそれに気付くのが遅れて襲われた」

 オーカッドが頭を掻きながら言った。


「ある程度の高度で針は消えるんでしょ? 高く飛んでれば良いんじゃない?」

 と今度はカナリエ。

 アズリも同じ事を考えていた。

 さっきから誰かが代弁してくれるので、聞いているだけで良い。

「いえ、それが出来ないのが南海群島なんです。一定の高さの空域はガッバードという鳥の領域となります。そこまで高度を上げると島々に巣を持つ鳥達が一斉に襲いかかってきます。結構大きな鳥でして、くちばしが鋭利です。硬く軽い羽根を持っていて、通常の銃では殆どダメージを与えられません。襲われたら何度もつつかれて船が損傷します。ですので、ガッバードと出会ったら高度を下げて逃げる事、それが最善です」

「面倒なのがいるのね」

「普通の鳥も沢山いますし、ガッバードが少し特殊なだけです。ルマーナ様……さんの船が落ちた原因はこれかもしれませんね。ともかくレインシャークにとっては、そのガッバードも主食の一つです。恐らく、未だにガッバードが騒いでいる為、レインシャークも現場から離れないのでしょう」

「まぁなんだ、要するに俺達はその鳥の機嫌を損ねないよう一定の高度で、デカいそいつの注意を引く、ってのが主な仕事になる訳だ」

 カテガレートはそう言って腕を組んだ。そして「オルホエイ組はその間にルマーナが落ちた島へ向かって急ぎ救出する。出来るだろ?」と問う。

「任せろ」

 オルホエイも腕も組んで答えた。


「でも彼女達が居る島も危険なんでしょ? どんな島なのかしら?」

 と、珍しくアマネルが質問する。

 こんな時、アマネルは聞き役に徹する。

 珍しい質問者にザッカとメンノが「お?」という感じで小さく驚いていた。

「はい。ご存知の方も多いと思いますが、ネード海の島は大小合わせて約二千四百島あります。ネード海からクドパス海までの全ての島を合わせると一万島を優に超え、それらが南海群島と呼ばれています。群島の範囲は非常に広く、南の海の三分の一は島ばかり、というレベルです。塩塔(えんとう)島もありますし、火山島もありますがやはり、島嶼生態(とうしょせいたい)として進化と適応を成している島が多く、ゴロホル神山群と同様に各々の生態系が出来上がっています。それでルマーナさんの船が落ちた島ですが、ネード島九百十二番に数えられる”怪魚(イボーブ)の巣”のようです」

「怪魚……」

「怪魚は神出鬼没の両生類です。姿形は様々ですが、泳ぎが早くて怪力です。人間の頭なんて簡単に握り潰されます」

「大きさは? それに姿形が様々ってどういう事っすか?」

 と、ザッカ。


「サイズも様々ですが、大きくても二から三メートル程度らしいです。小さな個体だと一般的な女性程度だとか。生態系はまだよく分かっていませんが、世代を追うごとにかなり早い速度で進化している生物のようです。百五十年程前の古いスケッチが図鑑に載ってるんですが、今ではだいぶ人型に近くなっています。噂によると、人を攫って、子を産ませているとかなんとか……。ネードの港でも時折行方不明者が出る様ですし」

「ルマーナ……。心配ね、急がないと……」

 アマネルが呟いた。

 口ぶりから察するに、ルマーナとアマネルには接点があるようだった。

 何処に接点があるのだろうか、と気になったが、今考える事でも無い為、直ぐに意識の外へ追いやった。


「だがな”怪魚の巣”はあくまでそうかもしれないと言われる程度だ。怪魚の住処だと言われる島は幾つかある。奴らは何処にでも現れるからな」

 とオーカッド。

「救出時、怪魚に襲われたらどうする?」

 そしてオルホエイが問う。

 危険な島であるならば、救助時の対応も変わって来る。

「銃で対抗できるらしいからな。腕に自信のある奴を小型艇で数名そっちに派遣する。協力して自衛して貰う他ない」

 とカテガレートが答えた。


「船の損傷具合によっては修理出来ると思ったが……引っ張り上げて牽引する方が早いって訳か。しかし、牽引ではスピードが出ない。ルマーナの空船は少々小柄だが、それでもキツイぞ。レインシャークがどれだけ早く泳ぐか知らんが、追われたら逃げようがない。大丈夫なのか?」

「その辺は任せてくれ。遠くまで引き離しておく。それともお前達が囮になるか?」

「いや、本来は俺達船掘側で解決する問題なんだ。お前達が力を借してくれるだけでもありがたい。それに俺達の方がフックの装備数は多い。遺物船の運搬が本職だからな」

 オルホエイの言う通りだった。

 本来、狩猟は狩猟で船掘は船掘で各々の問題を解決しなくてはならない。双方に利益がある共同作戦以外では滅多に手を組まないのだ。

 今回は巨大魚の存在があった為、異例の事態であり、尚且つボランティア。

 頭が上がらない側はこちらにある。


「そうか。なら任せる」

「それで? そっちの行方不明者はどうしたら良い?」

 オルホエイがオーカッドに向かって言った。

「探してくれるのか?!」

 身を乗り出したオーカッドは大きく目を見開いていた。

 行方不明者を出したのは自分達の落ち度。

 そう考えていて、仲間の捜索までは求めていなかったのだろう。


「出来る範囲でな」

「ありがたい。だが、生きているかも不確かだ。海に落ちていたら……かなり厳しい。いや、島に落ちても厳しいか……」

「そうなのか?」

 オルホエイがラノーラへ視線を向けて問う。

「はい。海には小型でも人を食らい尽くすくらいに狂暴な魚もいます。運が悪ければ即座に餌になるかと。そして仮に何処かの島へ無事に着陸出来たとしても、現場周辺の島はかなり危ない島ばかりです」

「たとえば?」

「そうですね、体に幼虫を植え付ける虫がいる島とか、大型の生物すらも捕食する食虫植物がいる島とか、体液を吸う肉塊がいる島とか……ですね」

 最後の”体液を吸う肉塊”のイメージが沸かない。

 アズリは今まで見て来た生物の姿を一瞬思い浮かべてみたが、どれにも当てはまらなかった。


「珍しくもない、良く見る(たぐい)だ。とはいえ危険である事には変わりない」

 とカテガレート。

 珍しくもないと断言するカテガレートに、アズリは少し驚いた。

「わかった。だが、出来るだけの事はしよう」

 そうオルホエイが言うと「すまん。助かる。……感謝する」とオーカッドは頭を下げた。

「だいたいの状況と環境は分かったな。ではこれからが本題だ。細かく作戦と役割を決める。いいか?」

 カテガレートの声かけに一同が頷く。


「厳しい状況ね。ティニャちゃん無事だと良いけど」

 隣に座るレティーアが呟いた。

「うん……」

「ティニャに何かあったら……怪魚だったか? そいつら一匹残らずぶっ殺してやる」

 リビが眉間に皺を寄せた。

「その時は協力する」

「素直じゃねーか」

「当たり前よ」

 レティーアもリビもティニャの事を知っている。ミラナナだけは誰の事を言っているのか分からずに少しきょとんとしていた。


 子を孕ませる怪魚。

 ルマーナ船掘商会で、本当の意味での女性はルマーナとティニャだけだ。

 もし二人に何かあったら……。

 アズリは項垂れているエメを見た。

 もし、出来る事なら、彼女の家族も連れ帰りたい。ルマーナもティニャもエメの家族も無事で居て欲しい。

 今はそう願う事しか出来なかった。

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