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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 二章 ネード海
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ネード海【2】

 ネードの空漁商会には、格納庫と呼べるほど立派な建物は無かった。広い港に屋根だけのドックがあって、各々の商会がそのドックに空船を停めている。運送関係の商会もあり、空船の数は大小全てを合わせればかなり多い。

 国外からの客を迎える空のドックもいくつかあって、空から見ると整然と並ぶドックの屋根や空船が一つの景色になっている。初めて見る者は想像以上の壮観さに一度は声を上げる。

 例に漏れず六瀬も同じ行動をした。

 昼過ぎの強い日差しを浴びた港の景色が目に焼き付き、密かにメインメモリーへ記録した。


 オルホエイ船掘商会は来客用ドックへ停泊し、ガレート狩猟商会が到着するまでの間は待機という事になった。

 という訳で、六瀬はぶらりと港を見て歩いた。

 港には漁港エリアと小規模の軍事施設があった。工場関係は無く、聞いた話では少し離れた町にレアメタルの採掘場があるらしい。

 連絡してきたオーカッド空漁商会のドックを見つけた六瀬は、至る所に穴が開いている空船を見上げた。

 損傷具合の確認や事故原因を記録していたのだろう、事故から三日経っているにも関わらず未だに二、三人の調査係がウロチョロしている。だが、漸く修理のGOサインが出た様で、不機嫌顔を隠さない修理班が必死に修理を進めていた。

 何があったのか聞きたかったが、当然そんな空気ではなかった。なので、六瀬は少し離れた所から、黙って空船を観察した。


 幾つかの穴には乾いた粘液が付着していて、何らかの生物から攻撃を受けたように見えた。穴の数が船底に多い事から、地上、もしくは海面からの攻撃だったのだろうと予測出来る。良く見ると甲板のライフラインがひしゃげていた。怪力で握られた様にも見え、船体には爪で引っ搔いたと思しき傷もある。種類の違う複数の生物に襲われたのかもしれない。

 他にも血液の染みがあった。実際に調べてみないと分からないが、人の物では無い気がした。赤黒く船体を垂れる染みは甲板から流れ落ちていて、その量から推測すると、かなりの出血だったと思える。

 聞いた話、オーカッド空漁商会の被害者は行方不明が二名のみであり、軽傷者は居るものの重傷者は出ていないらしい。

 見ていても仕方ない。そもそも数時間後にはカテガレート達を交えてのブリーフィングが行われるのだから、その時に知れば良い事だ。それに修理の邪魔をしてはならない。と六瀬は思い、その場を後にし、ぶらぶら歩きを続行した。


 各ドックからの機械油や生活排水が流れているのだろう、港の海面は若干汚れている。だが、近寄りたくないと思える程の汚れではなかった。所々で清掃員が歩き、ゴミや油の除去に勤しんでいる。

 ネードは自国の海を大切にしている……のが分かる。

 六瀬は海を背にして、今度は街並みを見た。

 広大な斜面に壇を作って街がある。どの家々からも海が眺められる美しい街づくりとなっていて、斜面の最上部にはこれでもかという位の大きくて美しい建物があった。その周囲の建物だけが立派な作りとなっていて、所謂、貴族が住む場所なのだろうと思えた。他は石と土で出来た簡単な建物だったが、質素という程でもなく、むしろある程度統一されたデザインが街全体の一体感を生み出している。

 貧民街的な場所も無い様に思え、国民は皆、平均的な生活を送っているのだろうと推測出来た。

 

 階級と差別が目立ち、ある程度の便利さと引き換えに鉄とパイプだらけの閉鎖的な空間で人々が密集するグレホープ。多少不便でも、広大な土地で自由気ままに過ごす……様に見えるネード。似ている所といえば、グレホープは山に、ネードは広大な斜面に街を作り、階級が上の者は当然上に住む、という所。

 カルミアの首都グレホープとネードの首都、同名ネードでは互いの雰囲気がまったく違う。住む場所が変わるだけでこうも違うのか。それとも、統治する者の違いか……等と六瀬は考えた。


 六瀬は再度ぶらぶら歩き始めた。幾らか歩くと人が増えて来て、いつの間にか人混みの中へ潜り込む羽目になった。

 そこは港のメイン広場だった。魚を主とした市場があり、凄まじい活気が周囲の空気を揺らしている。ちょっとした会話なんてかき消されそうな程だった。

 野菜や果物も多くあって、日用品や雑貨の類までテントで販売されている。

 テント自体はしっかりした作りで、ちょっとした雨風ではビクともしない様子だった。

 一時的に開催する市場では無く、ここは……というか、ここがこの街で一番の商店街なのだろう。

「兄ちゃん、どうだい? 見てってくれよ」「さっき上がったばかりだよ。新鮮だよ」

 等と、歩く度に声をかけられる。

 六瀬は少し鬱陶しくなって、足早に市場を離れた。


 広場を抜けて、また暫くすると、人々が住む住宅街へと辿り着いた。

 横に伸びる道に沿う形で建っている家。その家々の隙間に一定間隔で階段、又は急斜面の道があって、また道が横に伸びる。その繰り返しで出来ている街。

 無駄が無くて分かりやすく整えてある区画整理が素晴らしいと六瀬は思った。

 そのまま上へ向かって歩き続けると、少し広い公園のような場所を見つけた。

 子供連れの母親がベンチに腰掛け、子供の遊ぶ姿を見ている。他には老夫婦が仲良くベンチに座り、海を眺めていた。

 六瀬も空いたベンチに腰掛けて海を眺めてみる。だいぶ上へ上がったのだが、ここはまだ港に近い。貴族が居る場所はまだまだ先だ。だが、この場所でも十分景色は良い。

 広大な海に、大小様々な島があった。形も様々で、どうしたらこんな地形になるのか不思議でならなかった。中には真っ白な島まである。地平線の先にも島の影が見えていて、いったい何処までこの景色は続くのだろうか、と興味が湧いた。

 青い空と青い海。

 陽の光があるからこそ、青い輝きが美しく映し出されるのだ。

 輝きの無い母星では見る事の出来なかった景色。

 これもメインメモリーに保存する。


「ネードって良い所でしょ」

 こちらが景色を堪能していると知っていながら無遠慮に声をかけてくる女。

 素っ気なく「ああ」とだけ返事をすると、その女……多々良はスッと隣に座った。

「ついて来たのか? ストーカー気質だったか?」

「そんな訳ないでしょ。偶然よ。偶然。って知ってるくせにわざわざ聞く?」

「冗談だ」

 ネードに着いた際、一度だけ索敵を行った。基本ボディー限界の六十キロまで索敵したが、リアクターを持つ同種の存在は確認出来なかった。

 しかし念のため、周囲には簡単な索敵を行いつつ歩いていた。

 だから、多々良が偶然ここへやって来た事は知っている。


「ちょっと古い公園だけど、この場所、お気に入りの一つなの。手入れ……ちゃんとされてるみたいね。八十年経っても殆ど変わってない」

 言いながら多々良はベンチを触る。

 石で出来たベンチは、数十年も経過した物には見えなかった。

 良くて二十年。

 風化した物からその都度交換していたのだろう。

 多々良の言う”変わってない”は景観が、という事だ。


「本当にここ出身だったんだな」

「出身って……。出身は仁一おじさんと一緒よ。ここからずっと遠い星」

「おじさん言うな。ここでは六瀬だ」

「知ってる」

 海風が顔を撫でて行った。

 生身の体だったらどれほど気持ちよかっただろうか……。

「八十年も経ってたから、かなり変わっただろうなぁって思ってたけど、建物が増えただけで、ほとんど変わってない。安心した……」

 ホッとしたように小さく息を吐いて多々良は言った。


「他の奴らに色々聞かれてたからな。故郷の話をしているお前を見て、少し不安になったぞ。八十年も寝たきりだったんだ。今とは違うネードを話してるんじゃないかってな。浦島太郎なんだぞ? お前は」

「浦島って……私にしか通じないわよ。今じゃ」

 多々良はケラケラ笑う。そして「でも……」と続ける。

「安心より、嬉しかった。ってのが本音」

「そんなに好きだったのか?」

「ここって皆明るいもの。元気があって、生きてる! って感じの人達ばっかり。住んでたのは二年程度だったけど、楽しかったから……。皆と話してる時も、変わってないと良いな、変わってないと嬉しいなって願望で話してた」

「何十年も変わっていないのが不思議に思える」

「街ってそうそう変わらない物よ? 特にネードの人達って、私達の技術を理解出来る範囲で使って、なんとか科学の体を保ってる。そんな感じだもの」

「確かに……この街の生活自体は原始的に見えるしな」

「そうそう。それが良いの。人って本来こういう生活が身の丈って感じがするし」

「俺達の二の舞は……な」

「……このままずっと、ちょっとの科学と大きな自然と共に生きて欲しいって思う。この考えは変わらない」

「……それを監視する為に俺達は目覚めたのかもしれないぞ?」

「かもね。でも限界はあるけど」


 無歩の森から回収した多々良はほぼ全壊状態に加えて、リアクターの中身が抜き取られていた。

 いくら修理したからといっても、エネルギー源になり得る物が無ければ活動も起動すらも出来ない。

 ではどうしたか。

 六瀬のACSやポッドに使われているエネルギー源を”一欠けら分”タタラに譲ったのだ。

 ベリテ鉱石とは比較にすらならないエネルギー量を生産する”それ”は、レプリケーダーを百年単位で活動させる。スリープ状態だったり、過度な消費を与えない限りは更に長期間活動させる。

 とはいえ、永遠ではないのだ。

 エネルギーが尽きれば多々良にも、勿論六瀬にも平等な”死”が訪れる。

 永遠に惑星カレンを見守る事は不可能なのだ。


「それよりも、アズリに渡したアレ。雪波様の?」

 会話の流れを変えた多々良。アレとはスピースリーの事だ。

「ああ。偶然アズリの手に渡ったんだ。雪波様はもう居ないからな。今はあいつの物だ」

「この星って変な生き物多いから、少し安心したわ」

「……扱いきれるか不安だ」

「私がずっと傍に居てあげれたら良いけど、そうもいかないから。持ってるだけでも違う」

「あいつは今、何をしている?」

 質問すると直ぐに、港の方へ目をやる多々良。

「市場に居て、少し興奮してる。活気に驚いてるんでしょうね。心拍数が高い」

 再起動の際、多々良はアズリの遺伝子を取り込んで登録している。

 同時に微量のナノマシンをアズリの体内へ入れている為、半径五キロ程度までなら、彼女の位置と生体反応を把握する事が出来る。

 だから多々良は孤児院で働く事を決めたのだろう。

 ベルの花屋はその範囲に入っているからだ。


「……あいつは本当に苦労すると思うぞ?」

「この前もそう言ってたけど、そんなに言う程?」

「何だろうな。……何も考えず無茶する奴というか、巻き込まれ体質というか……いや、自ら首を突っ込むのか? とにかく面倒事には何故かあいつが居る」

「偶然でしょ。考え過ぎ」

「聞いた話だと、昔から危ない目に遭いやすい奴だったらしい。飽きなくて良いって言ってたな? そういう類では無いぞ? 冷や冷やする。恐らくそういう奴だ」

「ふ~ん。分かった」

 興味無さげに、信じてないと言わんばかりの多々良。

 軽い返事をすると再度、港の方へ目を向けた。

 数時間後に作戦を練り、救助作業は恐らく明日朝一番からだろう。

 危険な場所とはいえ狩猟専門の奴らも居る。それに多々良も居るし、自分も居る。そして要人専用の特殊装備もしている。

 今回はまぁ……大丈夫だろう。

 そう思いつつ、六瀬もアズリを見つめた。

 人々の熱気とネードの環境が暑苦しいのだろう。ジャケットを脱いでノースリーブ一枚の姿になっていた。首元が少し伸びていて着古した物だと分かる。緩めに着ているが胸の所在は見て取れた。

 ドレスを着ていた時とは少し違って、ナチュラルな胸に感じる。

 少しは成長したのか……?

 そんな親心に似た気持ちになる。


 気が付くと多々良がこっちを見ていた。

 すぼめた目の無表情。

 どんな感情なのか読み取れなかった。

 親心の感想が口から出ていた。が、六瀬は気付いていなかった。

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