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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 一章 新人船員
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新人船員【11】

 ロンライン一番通りは、ルマーナが仕切る二番通りと比べて随分と薄暗かった。歓楽街のメイン通りから一本奥に入った道、という印象で、やたらと多いネオンばかりが目立った。強い香水の香りが充満していて、露出度の高い女達がそこかしこに立っている。


 六瀬はそれらの女達と客達に、好奇と畏怖が混ざる視線を送られながら歩いていた。

 仮に一人っきりで歩いていたならば、ひっきりなしに声をかけられ、ともすれば店に無理やり引き込まれていただろう。

 そう、六瀬は今、一人ではなかった。

 イジドとブルーノンが案内役として、客達を搔き分けるガードマンの如く前を歩く。

 守る様に歩く彼らに連れられる六瀬。そんな六瀬へ声をかける女……なんている筈も無く、すんなりと一番通りを闊歩出来ている。

 

 エルジボが死んでから、繰り上がり方式で一番通りのトップがヴィスとなった。エルジボ狩猟商会は解散し、一番通りの運営に全力を尽くすと宣言したヴィスの後釜はイジドとブルーノン。ヴィスはエルジボと同じ立場になってしまった為、実質的に活動するのがその二人となるのだが、しかし、その二人がガードマンの如く尽くす男がいれば、客や女達は何を思うのだろうか。

 ヴィスに代わる新しい人物……と思ってしまうのが常識というもの。

 好奇と畏怖の視線は面倒事に巻き込まれたくないと思う六瀬にとって煩わしい以外の何物でも無いが、いちいち声をかけられるよりはずっとマシだと思ってしまう。

 

 ヴィスに連絡した際、案内を寄越すと言われた。だが、必要無いと即答した。

 何だかんだと理由をつけるヴィスに辟易した六瀬は、仕方なしにイジド達の案内を受け入れた。

 結果として、受け入れて良かったと今では思う。

 今後この通りを歩く事もしばしばありそうなのだ。

 ちょっとした誤解で、下手な客引きに捉まる事が無くなれば、それはそれで良い。


「需要と供給とは言っても、あまり気分の良いもんじゃないでしょう?」

 歩きながらイジドが言う。

「それぞれに事情はある。どう生きるかは本人の自由だ」

 六瀬は答えた。

 若々しくて健康的な娘。歳相応の色気を纏う娘。笑顔と共にある瞳の奥は、既に死んでしまったであろう娘。病的な細さと反比例する豊満な胸を持つ娘。

 少し目を向けただけで、様々な事情を抱えた女性達が目に映る。

「自由……ですか。本人の意志であれば救いですけど」

「自分の意思で得る自由。ここをそんな場所にしたいんだろ? ヴィスは」

「……そうですね」

「なら、信じろ。それにどんな仕事でも、誇りを持ち、人生をかけて全うするのならば、普遍的に尊ぶべきだと思うがな」

「……六瀬さん。このままロンラインで働きませんか?」

「断る」

 イジドは笑った。そして「でも恐らく、噂になりますよ。というか既に噂になってます。兄貴の代わりがあなただって認識にね」と言った。

「わざとこの道を通ったんだろ?」

「ここを通るのが一番近いんですよ」

「厄介事に巻き込まれなければどうでも良い」

「兄貴と関わった時点で、巻き込まれてると思いますけどね」

 イジドはまた笑った。


 ロンライン一番通りの道筋は二番通りと並行している様だった。幾らかくねった道を歩き続けると、大きな広場に辿り着いた。

 噴水の中央に銅像が見えた。しかしそれは半ば崩れており、撤去する途中であると見受けられた。

「仕事が早いな」

 六瀬が少しばかり皮肉っぽく言うと「エルジボはもう居ませんから。これから兄貴の像に生まれ変わる予定です」とイジドが答えた。

「必要なのか?」

「必要ないですね。でも昔からの決まりですから」

「ヴィスは何と言ってる?」

「絶対に建てるなと……」

「ならやめておけ」

「協議段階です」

「造花でもいいから、花を生けろ」

 花は心を落ち着かせる。

 ロンライン一番通りに必要な物だ。それこそ銅像なんかよりずっと必要だ……と六瀬は思う。

「……やっぱりここで働きませんか?」

「断る」


 歩き続けると、突き当りの一際大きな建物の左右にエレベーターがあった。

 ルマーナの店の左右にもエレベーターがあったのを思い出した。

 一番通りの構図は二番通りと似ている。

 イジドが代表でカードをかざしてエレベーターの扉を開けた。

「これ、今、在庫が無いんですよ。暫く待ってれば兄貴から渡されるはずです」

 言いながらイジドはクリアカードをひらひらさせた。

 そのカードはルマーナに貰ったカードと似ていた。否、薄っすらと浮かぶ模様が違うだけで、用途はほぼ一緒の物だ。

 ルマーナのカードは二番通り専用。イジドが持つカードは一番通り専用のVIPカードなのだ。

「このエレベーターを使う位しか用途は無いがな」

「ここで遊んだっていいんですよ? 支払いは兄貴持ちですし」

「お前と初めて手合わせした時、借金がどうとか話してなかったか? 金がかからないなら、お前こそそのカードで遊べばいいだろ。俺は遠慮するが」

 エレベーターの扉が閉まり、イジドは壁面へ寄りかかってカードを指先でくるくる回した。

「使い物にならないんですよ。これは」

「何故だ?」

「俺の遊び場は二番通りだけって事です。恋がしたいんでね」

 そう言いつつカードを仕舞って「う~んでも、今はリヴィアちゃんに会いたい」とくねくね体を捻った。


「……花屋に行ったのか?」

 ここで初めてブルーノンが口を開いた。

「一応な。でも会えなかった。だから【ニア】まで行って、仕事帰りの彼女を遠くから眺めたさ」

「……気持ち悪いな」

「見守っているんだ。紳士だろうが」

「どうせ顔を合わせれば罵られた上、殴られるからだろ?」

「それが良いんじゃねーか。分かってねーな。お前は」

「変態だな」

「口が悪いのは彼女の愛だ……屋敷に居た時からずっとな。それにお前も多々良姉さんにボコボコにされて喜んでたじゃねーか。ドⅯが」

「……あれは最高だった」

 恍惚的な表情で宙を見上げるブルーノンに、イジドは「変態だな」と同じ言葉を投げた。


――どっちもどっちだ。


 リヴィアとは誰の事か分からないが【ニア】だけは分かった。アズリ達がよく通う喫茶店程度の認識だが……。

 花屋はもしかしたら【ベルの花屋】の事かもしれない。

 それよりも多々良にボコボコにされたという話。

 聞いた話、イジドは六瀬に折られた肋骨がまだ完治していなかった為、顎フック一発で地面を舐める……という仕打ちを強要されたらしい。しかも、立ち上がってから即、同じフックを貰って再度舐める、という繰り返しを四度も行ったとの事。ブルーノンは一方的なサンドバッグと化して全身隈なく痣を作り、五日程寝込んだらしい。

 多々良を怒らせると稀にこういう事が起きる。

 オルホエイ船掘商会の男達が彼女の性格のレアな部分に触れた時、一体どう思うのだろうか……と少し不安になった。


 等と考えている内にエレベーターは到着し、上級街の街並みが見えた。

 エレベーターを使って女を買いに行く貴族達がちらほらと見受けられる。

 彼らの視線を無視して六瀬は歩いた。

 暫くすると、周囲のデザインと変わらないが、赤い屋根が一際目立つ屋敷へと到着した。

 六瀬はイジド達と共に屋敷へ入った。

 玄関を通り、広い部屋へ足を運ぶと、妙に色っぽいメイド風の女達が居た。食器を片付けている者もいれば、お茶をしている者もいる。この部屋だけで十人を超えていた。


――女屋敷か……。そう思われて当然だな。


「あれ? いねぇ……。なぁ兄貴は?」

 イジドが一番近くにいた女性に声をかける。

「多分書斎~」

「はいよ~」

 それだけでこの部屋は用済み。

 誰? この人。と言わんばかりの視線が六瀬に突き刺さるが、バタンと閉められた扉に遮られ、その視線も途切れた。

 次に訪れた部屋は屋敷の一番奥だった。

 イジドがノックすると「入れ」とだけ声が聞こえた。


「これはこれは六瀬様。またお会い出来て光栄です」

 部屋に入った瞬間、丁寧な挨拶と共に声をかけられた。

「テンランス……だったか?」

「覚えていて頂けましたか! ありがとうございますっ」

 書斎机の前に置かれたソファー。

 直立姿勢で喜ぶ男は、エルジボ達を始末した時に居たテンランス・バルゲリーという男だった。

「ああ。一応はな。それよりも何で部外者がいる?」

 テンランスへ返答した後、ヴィスに向かって訝しげに言った。

 すると書斎机に座っていたヴィスが「お前のわかままの為に居るんだ。少しは感謝しろ」と言った。

「ん? どういう事だ?」

「……いいから座れ」

 六瀬は言われた通りソファーに座った。対面にはテンランスが座っていて、イジドとブルーノンは六瀬のソファーの後ろに立った。


「いきなり連絡してきて、ベリテ鉱石が欲しいとは……ふざけてるのか?」

「ふざけてなんていない。ここでは高価な物だと知っているが……ヴィス、お前ならなんとかするだろうと思った。それだけだ」

「……キャニオンスライム関連の報酬だったな」

「ああ。安いだろ?」

「高すぎだ。ここでベリテ鉱石がどれだけ価値ある物か分かってない。親指程度の大きさがあれば小型艇が二、三は買える。慎ましく暮らすなら上級街(ここ)に部屋を持つ事も出来る。……お前が思うよりも高価なんだぞ」

「そもそも小型艇が幾らするのか分からないからな。それに小指の先程度あればいいんだ」

 何となくだが相場は知っていた。

 ヴィスの修理代金も加味すれば納得いくだろうと考えたが、ここはキャニオンスライム関連の報酬のみに限定した。

 修理代金は、今後また金が必要となった時のカードとして取って置く。


「それでもそう簡単に入手出来ないんだよ。だからテンランスを呼んだんだ」

「そうだったのか。すまんな。手間をかけた」

 テンランスに向き直って礼を言った。

「いえいえ。構いません。こうしてお会い出来ただけでも光栄ですので」

「それで? 持って来たのか?」

「はい。こちらになります」

 テンランスはポケットから小さなケースを取り出した。

 高価な物なのに不用心だな、と思ったが、適当に持ち歩いた方が逆に狙われる心配が無いのかもしれないな、と思い直す。


「幅八ミリ、長さ十七ミリ、厚みは十ミリ程です。……よろしかったでしょうか?」

 指輪が入っていそうなケースを、まるでプロポーズでもするかの如く開けて見せるテンランス。

 神と崇める者の役に立てた事に対する喜悦感なのか、それとも別の感情なのか知らないが、テンランスの興奮顔が少し気持ち悪い。

「ああ。十分だ」

 言って六瀬はそれを受け取り、自身もまた無造作にポケットへ押し込んだ。


「で? 何に使う?」

 ヴィスが問う。

「世話になってる奴に譲る」

「アズリとか言う娘か?」

「そうだ」

「その辺の女へプレゼントするにしては破格だぞ」

「だろうな」

「お前にそんな貢ぎ癖があったのか……」

「馬鹿を言うな。必要だからだ。それに多々良のマスターだ。このくらいは良いだろ?」

「……多々良も馬鹿な事をしたな」

「まぁな。とはいえ悪い判断だと俺は思わない」

「……それよりも、必要とはどういう事……」

 と、ここで書斎机に置いてあった通信機が鳴った。

 ヴィスは顔をしかめて通信機を耳に当てた。

 しかめっ面の上へ、徐々に険しさを重ねる。

 そんなヴィスを見つめていた六瀬は、厄介事が降りかかる予感を覚えた。






 ここ最近は忙しく、オルホエイがリンダの店へ足を運んだのは久しぶりの事だった。

 下級街では存在すらあり得ない高級酒が揃っている店。

 リンダという、どぎつい化粧のオカマがいる店。

 そして、オフの日に必ず一度は訪れる隠れ家的バー。

 そんな店のテーブルで、カテガレートを伴い安酒を飲んでいる。


「結局このひと月の間、どれだけ稼いだんだ?」

 同じテーブルに座るカテガレートがほろ酔い気分で問う。

「そこそこだ」

「そこそこ? 馬鹿言え。俺からの情報は二つもあったんだ。良い金になっただろ」

「昨日の仕事はとんとんだ。利益にならん」

「昨日のだけ、だろ? 今夜の会計は一つに纏めろよ。たまにはラベル付きの酒も追加させろ」

「……一杯だけだぞ?」

「お? いいのか? リンダ! お前のお勧めをくれ。高くてもこいつ持ちだ。遠慮するなよ」

 カテガレートは、了解を得て直ぐに、迷う事無く注文した。

 現金な奴だとオルホエイは思う。しかし、カテガレートに二つも仕事を与えて貰ったのも事実。たまには良い酒を飲ませて、今後の糧としようと思う。

 だが、一人だけで飲まれるのも気分が良くない。オルホエイは「俺のも頼む」と余計な出費を口にした。


「あらやだ珍しい。じゃあ、とっておきのを出してあげる」

 カウンターでグラスを磨くリンダが声を弾ませて言った。

「久々に良い酒を頼むんだ。少しは勉強してくれよ」

 目玉が飛び出る程の酒が出て来ては困る。

 オルホエイはリンダの良心に訴えるつもりで言った。

「もうっ。いやね。常に良心的な価格よ」

 少し困った顔でリンダが答えた。

 リンダの店は知る人ぞ知る店……であるが、同時にそう易々と来店出来ない高級店でもある。

 オルホエイ達が飲む安酒も、中級街では安酒の部類に入らない。あくまでもこの店では安酒である……というレベルの物だ。


「……何処から酒を仕入れているか知らないがな」

「知ってるでしょ。バイドンのとこよ」

「高いだろうが、あそこは。仕入れ値抑えりゃ客も財布も喜ぶ」

「出来るならそうしてるわよ。もう……」

 分かり切った事を言うな、という風にリンダは答えた。そして、剃り跡が目立つ青い顎に触れて「でも、そうね……」と言いつつ少し悩んだ。

 悩み終わるとカウンター横にある扉を開けて部屋を出た。


 隣室は倉庫として使っており、裏口への扉もあるらしい。

 暫くすると、細長くて小ぶりの瓶を持って出て来た。

 グラスを二つトレイに乗せて、まずは空のグラスをテーブルへ置いた。

 一度カウンターへ戻って小ぶりの瓶を持って来る。

「これはバイドンから仕入れたお酒じゃないわよ」

「誰からだ?」

「それは内緒」

 リンダの持つ酒瓶にはラベルが付いていなかった。

 貴族達が飲む豪華なラベルの付いた高級酒を頼んだのに、どういう事だ? とオルホエイは思う。

「おいおい。何処の酒かも分からない物を飲ませる気か?」

 カテガレートが代弁した。


「嫌ね。出回る前に入手したブルースタ村のお酒よ。上の人達でさえ、飲める人物が限られる超高級酒。ここで飲めるなんて奇跡なんだから」

「は? あんな山奥で酒? 聞いた事ないぞ」

「当然よ。ブルースタ村の存在自体知ってる人少ないんだから。あなた達だって立ち寄らないでしょ?」

「頭のおかしい奴らしかいないんだろ? 補給すら出来ない村に立ち寄ってどうする」

「可愛い子沢山いるのに、勿体ない……って、そんな事どうでも良いわ。あなた達には私がいるんだから。浮気は駄目よ」

 気持ち悪いウインクを投げて来た。

 オルホエイもカテガレートもそれ以上何も言わず、注がれる酒を黙って見ていた。


 注ぎ終わってからリンダは「勉強するけど、高いわよ。覚悟してね」と言った。それと同時にチリンとベルが鳴った。

「誰かしら」

 裏口の呼び鈴が鳴った音だった。

 リンダは「ごゆっくり」と言って、倉庫のある隣室へと消えていった。

「まぁいい。リンダのお勧めなんだ。飲むとしよう」

 カテガレートはグラスを持って、乾杯の仕草をした。

 オルホエイもそれに合わせて乾杯をして、そのままグラスを傾ける。

「……エシムの実で出来た果実酒か?」

「……だな」

 深い赤、というより紫色にも見える果実酒。

 甘い香りが鼻を抜けるが、味は甘すぎない。

 それよりも、喉を通って胃の腑に落ちた瞬間、ガツンと響く様に熱が広がる感覚の方に驚いた。

 旨い。そして活力が沸く。

 色んな意味で……みなぎる。

「……これ、高いぞ。かなり」

 カテガレートが静かに呟いた。

「財布の中身を根こそぎ持って行く気だな、あいつ」

 オルホエイは肩を落としつつ、その旨い酒を再度口にした。


 と、その時、バンっと音を立てて扉を開けたリンダが駆け寄って来た。

「今夜の会計、私が持つわ。だから話を聞いてっ」

 真顔を作ろうとしていたが、焦りと不安が混ざった表情だと直ぐに分かった。

 同時に、ただ事では無い、と瞬間的に感じ取った。

「何があった?」

 オルホエイはトーンを一段落として声をかけた。

 リンダは一拍置いて、軽い深呼吸をし、

「ルマーナの船が……落ちたわ」

 と言った。





 同時刻、ヴィスの屋敷でも同じセリフが響いていた。

「ルマーナの空船……落ちたらしい」

 しんっと室内が静まり返った。

 六瀬は思った。

 また面倒な事になりそうだ、と。

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