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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 一章 新人船員
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新人船員【8】

 一度自宅へ戻って一夜を過ごし、翌日の朝から仕事へ向かった。

 ゴロホル山脈の麓、その崖の隙間に突っ込んでいた戦闘艇。衝撃で岩盤が崩れ、屋根の様に船体を隠していて、普通に上空から探していればそう簡単に見つからない場所にあった。

 ガレート商会が見つけたそれは結構な年数が経っていて、形を保っていたのは船体の後部のみだった。

 売り上げは見込めず、経費とトントンだろうと思われたが、ネオイットがそこそこ残っていたので皆の機嫌は悪くない。

 一日で仕事が終わり、帰路についたのは夕方だった。夜遅くにグレホープに着く予定である為、食事は船内で済ませ、後処理は翌朝にする事となった。よって、早い内に済ませた夕食後の酒盛りは船内で行われ、タタラはそれに巻き込まれてしまっていた。

 異常とも言うべき彼女の人気。

 紹介された時の様子を見る限り、当然の結果だろう。


「そろそろ返してくれよ」

 良い感じに酔ったメンノが言う。

「はぁ? 今まで占領してたのそっちでしょ」

 と、片眉を上げて言うのはレティーア。

 喧嘩にならなきゃいいけど、と思うアズリは喧嘩腰のレティーアの肩を軽く小突いた。

「……分かってるって。タタラさん。あんな奴ら放って置いてお話続けましょ」

 そういう言い方が悪いのだ、と心の中で突っ込んだアズリはどうにでもなれと諦める。

 テーブルにはタタラ、レティーア、リビ、そしてアズリが座り、隣のテーブルにはミラナナとフィリッパとルリンが座っている。

 食後のお茶をしながら女子トークが始まり、様子を伺う男達を近寄らせない見えざる空気を作り出す。

 ネードではどんな生活をしていたのか、ネードはどんな国なのか、趣味は、年齢は、身長は……等々、タタラという人物を知ろうと、皆が興味津々で質問責めをした。


 彼女は今日一日ずっと楽し気に仕事をし、聞きたい事があれば誰彼構わず質問してその全てを頭に叩き込んでいた。話す時は笑顔だし、気遣いもあり、率先して動く。明るくて人当たりも良く、そしてケラケラよく笑う。その上、彼女は美人でスタイルも良くて頭も良いのだ。

 自分なんてゴミ以下、そばかすの多い地味女なんて勝負にすらならないとアズリは思う。

 そもそも勝負するつもりなんてさらさら無いが、もし彼女に勝てるのならば誰だろうか、と勝手な妄想をしてしまう。


 レティーアは美人だしメイクも服もセンスが良い。だが、男嫌い。リビは年齢の割に幼くてボリュームのある髪と小さな顔が可愛らしいし、根はとても優しい。だが、態度と口がすこぶる悪い。ミラナナは女性陣の誰よりも高い身長とムチっとした体形で妙な安堵感を与えてくる。だが、少し引っ込み思案で極度の猫背。フィリッパは最近ぽっちゃりしてきたが逆にそれが裕福な家庭を思わせる貴族感を醸し出し、ぽやっとした表情が庇護欲を駆り立てる。だが、性格は天然で自分の興味ある範囲以外には無頓着。ルリンは年齢も見た目も幼くて、趣味の方向性によっては絶大な人気を誇る。だが、医学と植物以外には興味を持たず、どストレートなセリフで他人をドン引きさせる。

 ここに居る誰もが彼女には勝てない。

 では、ペテーナやカナリエ、そしてアマネルならばどうだろうか。

 ペテーナは細すぎるくらいに線が細く、栄養失調気味。性格も医学と研究以外に興味が無いめんどくさがり。カナリエは慈悲深い温和な顔つきと、豊満な胸が目立つ健康的な体で周囲に母性的安心感を与える。だが、少し……いや、かなり筋肉質で若干怒りっぽい。アマネルは眼鏡の似合う美人だしスラっとした体形は美しい。だが、状況によっては冷酷な性格にもなり、怒るととんでもなく怖い威圧感を出す。

 他に留守番組にも女性が一人いる……が、素顔を見た事が無いので判断のしようがない。

 

 全てはアズリから見た人柄であるが、妄想という名のその勝手な分析はタタラの一人勝ちを確定させた。

 オルホエイ船掘商会は比較的女性の多い商会だが、皆一癖も二癖もある。

 今の所、妙な癖が無く、良い面しか見えず、酒の付き合いも良いタタラは男達にとって一輪の花に見えるだろう。彼女と飲む酒はロンライン二番通りで飲む酒と同じ味かもしれない。

 チラチラとタタラに視線を送る男達。

 そんな男達を見て、ロクセがこの場に居ないのがせめてもの救いか……と思ってしまう。

 が、その瞬間、何故ロクセの事を考えたのか? と不思議に思った。


「……で、アズは?」

 レティーアから声をかけられてハッとなった。

「え? あ、ごめん。聞いて無かった」

「どうしたの? 顔赤いよ? 具合でも悪い?」

「ううん。大丈夫。考え事してただけ」

 ひたすら何を考えていたんだろう、と思った。

 タタラと皆を比較して勝手な見解を出す。皆にもタタラにも失礼極まりない。

「あ~でも、ちょっと夜風当たって来たいかも。今って速度落としてるよね?」

「うん。まだ食事の時間だしね」

「じゃあ、少し甲板に行って来る。席外しちゃってごめんなさい、タタラさん。暫くしたら戻りますから」

「寒いかもしれないから何か羽織って行った方がいいわよ」

 タタラの助言に「そうですね」と返してアズリは食堂を出た。


 顔が熱かった。レティーアの言う通り、顔が赤いのかもしれない。

 きっと食熱で体が温まっているのだろう。だが念の為、部屋に戻ってジャケットを羽織る事にしよう。

 速足で部屋に戻り、鏡を見る。

 確かに顔が赤い。

 両手で頬に触れてからジャケットを羽織って部屋を出た。

「甲板にでも行くんですか?」

「へ? あ、ロクセさん」

 ドキリとした。

 部屋を出た瞬間、後ろから声をかけて来たのはロクセ。

 いつもと変わらない表情で暇そうに立っていた。

「夜風にでも……と思いまして。どうです? 一緒に」

「え? あ、はい。行きます」

 熱い顔が更に熱くなった気がした。そして無意識にジャケットのボタンを止め、胸元を隠した。

 と、ここで不意に思い出し、

「あ、そうだ。ロクセさんに聞きたい事があったんだ。ちょっと待っててください」

 と、言いながらアズリは部屋へ戻った。

 そして鞄の中から小包みを取り出し、急いで部屋を出る。

「じゃ、行きましょう」

 ロクセは一瞬、その包みに目を向けた。

 だが、何も言わずについて来てくれた。





 甲板を吹き抜ける風は心地よかった。

 食事時間の間は速度を落とす空船。一応、激しい揺れ防止……が名目だが、きっと食後の夜風に当たる為の配慮だろうと思う。

 少し雲があったが、隙間から見える星空はとても綺麗だった。眼下にもゴロホル大森林が広がり、一面植物だらけ。緑の香りが風と共に運ばれてきて、何度も深呼吸をしてしまう。

 ロクセと二人、甲板のライフラインに体を預けて大自然を堪能する。

 アズリはジャケットを羽織るには早かったかな……と思いながら両袖を少しまくった。


「少し暑かったから、丁度良いです。この風」

 ふわふわと少し癖のある髪をなびかせてアズリは言う。

「そうですか」

 ロクセは淡泊に言って「聞きたい事とは?」と続けた。

「あ、そうです。これなんですけど、使い方分からなくて……」

 アズリは包をそのままロクセに渡した。

「これはあなたの私物……と判断しても?」

 中身の確認もせずに言った。

「はい。護身用って事で船長から貰いました。これ、使えるんですよね?」

「ええ。勿論。起動は出来ます。ですが今は撃つ為のエネルギーがありませんので役に立ちません」

 中を見ずに弾が無いと判断出来るのは何故だ? と思ったが余計な質問はしなかった。

「エネルギーってネオイット……ですか?」

「そうです。それともう一つ必要ですが……それは用意しておきます。使えなければ意味がありませんからね」

「ありがとうございます」

 ここで漸く包を取って、中を確認するロクセ。包み紙は必要無いといった体でくしゃくしゃ丸めてポケットへ仕舞った。そして三つ空いた穴に指を入れ、親指を窪みへ置いた。


 そんな事をしても何も起こらない、と確認済みだったアズリは「……私も試しましたけど、何も起きませんでしたよ?」と伺う様に言う。

 しかしロクセは返答せずにじっと、その平たい板にしか見えない銃を眺めた。

 一分、二分とその沈黙は続き、アズリは不安になってロクセの顔を覗き込む。

「……大丈夫です。確認して解除もしました」

 と、急に言いだして、板を差し出して来た。

「え?」

 何も変わっていなかった。

 形は平たいままで、色も白っぽいシルバー色そのまま。

 沈黙していた間に何かあったのだろうか。

 古代人なら分かる何かがあったのだろうか。


「持ち主はもう居ません。これからはアズリさん、あなたが持ち主です」

「え? ……は、はい。そうです……よね?」

 私物であると……船長から貰った物だとさっき言ったばかりなのに何故念押しするかが分からない。

 アズリは首をかしげながらきょとんとしてしまう。

 そんな態度を見たロクセは「おっと」と察して「すみません。言葉が足りなかったようです」と言った。

「これは登録した人物しか使用出来ない銃なんです。登録してしまうとあなた以外は使えません」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。……それで? このまま登録しますか?」

 言われて一瞬迷った。だが、

「えっと……あの……はい。します」

 と恐る恐る答えた。


「では、今私が握っていた通りに握って貰えますか?」

 アズリは言われた通り、三つの穴に人差し指、中指、薬指を入れてグリップを握り、親指を正面の窪みに置いた。

「ぐっと親指を押し付けて下さい。少しチクっとしますが気にしないでそのままで」

 アズリは素直に返事をしてから親指を押し付けた。すると、軽く針で刺した様な痛みを感じた。

 昨夜何度も同じ握り方をしたが、うんともすんとも言わなかった。

 ロクセは本当に何かを解除したのだろう。

 ふと、何処かで似た様な経験をした覚えがある、と思った。


――この感じ……そうだ、無歩の森の女の人と同じ。


 あの時は薄皮が剥けた感触だったが今度はちょっと違う。

 言葉にするなら、取られた感覚と入った感覚……だろうか。

 等と考えていると、目の前に半透明の映像が浮かんだ。

「え? 何? 何?」

 中央に円があって、読めない文字やグラフの様な物が画面の端に並ぶ映像。

 びっくりしてロクセの顔を見てもその映像は視界から一切動かずにどこまでも付いて来る。

「何これ、怖い」

「怖がらないで下さい。登録できた証拠です。人体に影響はありません」

「人体に影響って、私何かされたんですか?」

「見える様にしただけです。それが全ての操作パネルになります。それはアズリさんにしか見えない物ですので心配しないで下さい」

「私にしか? え? パネル? 操作?」

「もう一度親指を押しながら画面を見て下さい。目の動きに合わせてポインターが追って来ると思います」

 アズリは戸惑いながらも言われた通りにする。

 すると、小さな白い球体が視線と一緒に動いた。

 画面が動くようでもあり、球体が動くようでもある。

「右上の赤いマークが見えますか? 数秒それを見つめて下さい。そうすれば起動します」

 これも言われた通りにする。

 

 数秒後、アズリはビクッと驚き、咄嗟にロクセの袖を掴んだ。

 古代人の武器とは本来こういう物なのだろうか。

 流石にこれは、普通の銃ではないと確信できる。調べようと思っても、調べようがないだろう。

 アズリは袖をまくっておいて良かったと思いながら自身の腕を見た。

「こ、こんなの……初めて見た」

 平たい板は、もう板では無かった。

 起動と同時に板は形状を変化させた。まるで生き物の様だった。

「まぁ、普通ではないですね。かなり特殊な装備です」

「ぐにゅって、ぐにゅ~って動きましたよ?」

「ええ。ナノマシンの塊ですからね、それは」

「ナノ……?」

「知らなくても良いです。ともかく、一般に普及している銃とは違うと思ってください」

「は、はい……」

「形状は記憶された物にしか変化しません。機能としてのパターンは三つ。全て用途が違いますので、これから説明します」


 右手の第二関節から前腕にかけ、白っぽくて少し厚手のセミロンググローブがある。それが、さっきまで平たい板だった銃だ。潰した球体のようなマガジンは手首の内側へと移動していて、パッと見ても少し変わったグローブを着けている様にしか見えない。

 アズリはグローブを見つめた。

 良く見ると、意外と綺麗な質感で、デザインもシンプルなのに高級感がある。

 ちょっとお金持ちになった様な、ちょっと大人の女性らしくなったような、そんな優越感にすら似た気持ちになった。

 空に向かって腕をかざすと、星の煌めきが反射している風に見えた。

 徐々にロクセの言葉が遠くなり、説明を続ける声が聞こえなくなる。


「聞いていますか?」

 問われても反応出来なかった。

 何か凄い物を貰ったのかもしれないと、ただただそう思い続けた。

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