新人船員【4】
「……決まった範囲と言ったな。それはどういう事だ?」
六瀬は小さくかぶりを振って質問を続けた。
「観測局に知り合いが居てな。聞くところによると、観測する方向はある程度決まっているらしい。この国では基本、タワーロックを含めたゴロホル山脈方面を見てる」
「北北西から南南西までか」
「ああ。広範囲ではあるが、殆どはその辺りの何処かから落ちるらしい」
「ネード海にもたまに落ちるわ」
「ああ。そこにも小さな範囲で姿を見せるらしいな。他は真東に極稀に、と聞いた事がある。他にも落ちる箇所はあるだろうが、殆どはゴロホル山脈の周囲らしい」
「穴……でもあるのか?」
「そうだろうな。穴なのか、歪みなのか……」
「亜空間の様な物に掴まっていて、それは歪みを発すると……」
亜空間は昔、空想上の空間だった。しかし、人類はそれを現実の物として発見し、観測する事が出来た。
研究の末、小さな範囲ではあるが、人にも物質にも害を及ぼさずに空間圧縮を可能にするフィールドへの行き来を可能にした。
それは言うまでも無く、星間移動に大きく役に立った空間だった。
「かもしれないな。だが、亜空間は変異空間の連続体だ。個々のフィールド内で各々の物理法則を成すが、決まって高重力。船は他の星の様に陽の光を反射しているだろ? 俺達の知る亜空間は殆ど光を通さない物ばかりだ。しかもフィールドは一種しか存在していないと思える。……ならば亜空間と別の物……なのかもしれない。と、俺は考える」
「なるほど……」
亜空間は多様の性質を持つ空間である。
生物だけを圧縮する空間。
入った瞬間、異物の中心に小さなブラックホールを形成し、全てを飲み込む空間。
物質も生物も過去へと後退させ、生まれる前の状態、すなわち存在を消し去ってしまう空間。
そんなえげつない空間が、確認しただけでも何十種類もある。
それらは基本、連続体として存在し、集合した状態は球を成す。そして、より重力の高いフィールドへ部屋を移動する様に引き寄せる。
星間移動の際に使用する空間もまたその例に漏れず、出入りの際の座標を失敗したり、他のフィールドへ引き寄せられてしまうと確実に死が待っている。
よって、この星、惑星カレンの周囲に亜空間が存在するとなれば、それは特殊な物だと推測できた。
航行を不可能にした上で、延々と停滞させるだけの空間。それも星一つを綺麗に包み込み、通常通りの速度で光を通す。そしてたった一種のフィールドであり、連続体の球を形成していない。
「人為的な何かを感じるだろ?」
それはまるで、何かからこの星を守っているようにも思える。
異物の侵入を防ぐ為の物か、はたまたその逆なのか。
「俺の知る限り人類にそんな技術は無い……はずだ」
「人じゃないかもしれないぞ」
「冗談言うな」
「あながち間違ってないと思うわ。科学文明が人類だけって思う事自体、おこがましいし。もし、事実なら会ってみたいくらい。面白そうでしょ」
人類はまだ、高度な文明を持つ知的生命体と出会った事が無い。
もしかしたら過去、人類はそういった存在と出会っていたのかもしれない。
だが、歴史にも未知との遭遇は未だ成されていないと記されているし、実際居るのかも不確かだ。
会ってみたい……。
面白そう……。
しかし、多々良の言う通りだとも思う。
科学文明が人類だけの特権と考えるのはおこがましいのだ。
ふとアズリとティニャを思い出した。
まさかあの二人は……等と邪推したが、人以外の何者でもないと判断出来る。
隔離性の人格、そして他の生物と会話を成せるテレパシスト。
過去にもそういった超能力者がほんの僅かだが存在した。
それらの子孫か、又は……。
――アズリとティニャ。もう一度例の別人格に会うべきだな。
だが本当に、二人が人類で無いとしたら……。
……ある意味、面白い。
「……観測局は宇宙も見ているんだろ? 歪みの原因もそうだが、どれだけの船が停滞しているか、もしくは未だ落ちて来ない船は何処の船なのか……。観測していればわかるだろ?」
質問を変えるとヴィスは足を組み直した。そして「それがな……面白い事に、天体観測は出来ないらしい」と言いつつ、お手上げだ、とジェスチャーした。
「面白くはないだろう。謎だらけだ」
「ははは。そうだな。謎だらけだ。船の数は何となくで把握しているらしいが、正確ではないと言っていた。観測すると物体がぼやけて見えるらしい。地上からだと恒星も衛星も星の光もある程度はっきりと見えるだろう? だが、レンズを通して拡大すると、途端に星も船もデティールが崩れる。望遠レンズがどんなに高性能でも無理らしい。不思議だろ?」
「とんだご都合空間だな」
「な? 俺達の知る亜空間じゃないだろ?」
「では仮に、この星に何かしらの文明があったとするならば、その痕跡は? 少なからずあっても良いはずだが?」
質問するとヴィスと多々良は互いに目を合わせた。
「今の所は知らないな」
「私も」
「少なくともこの辺りでは遺跡の類は聞いたことが無い。そもそも俺は国から殆ど出た事がない。狩猟商会も部下に任せていたくらいだ」
「私もネードで魚の輸送してただけだしね。世界を探検でもしないと分からないわ」
「探検か……」
六瀬は独り言ちた。そして「カレン」と、静かに聞いていたポッドへ話しかけた。
「……お前はどう思う」
『クロヴィス様のおっしゃる通りです。私も第三者による意図的な何かを感じます。他の文明が存在していたとしても、不思議ではないと考えます』
「亜空間については?」
『私の知識では分からないと答えるのが的確ですが、クロヴィス様の見解には一理あるかと。観測が出来ない件についても謎めいています。我々が知る亜空間と同一の物では無い、そう考えるのが正しいかもしれません』
「……そうか」
専門的な知識を持った人物は居ないし、それに類するメモリーシートも無い。
しかし、二つの頭より三つ。そして今は四つある。
素人ながら、四人で意見交換すれば、やはり妄想も推測も一定の現実味を帯びてくる。
六瀬は止まっていた手を動かし、水を飲んだ。
追う様に多々良も飲んだ。
少しの沈黙が周囲を覆った。それを作っているのはヴィスだった。じっと一点を見て何かを考えていた。
六瀬が「どうした?」と声をかけるとヴィスは「……いや待てよ」と呟いた。そして「ブルースタ村の新興宗教……」と続けた。
「心当たりがあるのか?」
「ああ。ここから南東に少し行くとブルースタ村っていう隠れ里的な村があるんだが、そこに変わった新興宗教があってな。洞窟の中で日がな一日祈ってるんだ」
「何を祈ってる」
「それがな、信者以外は入れない事になっていてな、確認した事がない。聞いた話だと、始祖が残した遺物、との事だ。俺は遺物船の残骸か、もしくは外骨格機兵でも祀ってると思っていたが……まさか」
「可能性があるのか? 調べられるか?」
「……難しいな。だが、努力はしてみよう。というか、お前はお前で世界を飛び回れるだろう? 仕事のついでに探してみたらどうだ」
「確かにそうだが……」
「あ、そっか。私にもその機会があるわね。船掘業始めるし」
機会はある。あるにはあるが、自由に探索できるとは言い切れない。
最初は自由に動けて都合が良いと思っていた。だが、船掘業はあくまでも仕事なのだ。下手な動きは信頼を失う。目立つ動きは不信感を買う。
「そうなのか。因みにお前、俺の屋敷にまだ居るのか?」
とヴィスは多々良に向かって言った。
「もう出たわ。あそこ、あなたのハーレム屋敷だもの、遠慮するでしょ。それに、あれだけ沢山の女の子囲っちゃってて……そういう趣味なの? ってドン引きしてた」
「……説明しただろ。彼女達は皆行く所のない子達ばかりなんだ。メイドとして雇ってた、それだけだ」
「皆良い子達ばかりだったし、仲良くなれたし、屋敷の生活も楽しかったわ。でも皆、ヴィス大好きオーラ出しまくってたでしょ。好き好きアピール凄かったし。私も同じ人種だと思われてて困ったわ」
「……手は出していない」
「嘘ばっかり」
「俺の何を知ってる」
「知ってるわよ。国は違っても同盟国なんだから、共同作戦もしょっちゅうだったでしょ。こっちの女の子たぶらかしたの知ってるんだから」
「……誰の事だ?」
「何それ酷い。一般兵部隊にいた衛生兵の子よ。私が人だった時、特に仲良くしてた子だったんだから。あなたの事も何度か相談うけてたし、その度にやめときなさいって助言してたわ」
「他人の恋路を邪魔してたのか?」
「人間じゃないでしょ。絶倫なんだから女の方が壊れるわよ」
「絶……。まあいい。俺は優しいし真面目に付き合っていたつもりだ。それに今は、いや、今も俺は紳士だ」
「自分で言う時点でアウトね。分かってると思うけど、私達は相手を不幸にするだけなのよ」
多々良がヴィスをあまり良く思っていない理由はこれだ。
聞いた話、その子は戦死するまでの間、ずっとヴィスと付き合っていたらしい。
ヴィスの紳士発言は嘘ではない。
モテるが故に恋人をその都度変えていたが、相手との関係が続いている間は徹底的に一途なのだ。
しかし、多々良としては”相手を不幸にすると分かりながら関係を持つ姿勢”が気に食わないらしい。しかも、他者には同じ助言をするが、自身は求めに答える矛盾した行動も嫌いらしい。
多々良の気持ちは分かるが、実のところヴィスの気持ちも分かる。
求めて来る相手の幸せは、その求めにこそあるのだ。
人ならざる者と知っても尚求めるのならば、それに答えるのが相手を想う最高の選択となる。だが同時に、人格を形成する【Personality Control Artificial Intelligence Ver.7.0】の破壊以外では死なず、歳も取らない相手を見続ける、という不幸を与える事にもなる。
ポッドを使って歳相応に人相を変える事も出来るが限界がある為、結局の所どうしようもないのだ。
どちらに重きを置くか。
多々良とヴィスとの差はここにある。
しかし、後者の問題は主従関係を築いた事でも発生する。
アズリと共に居ようと決めた多々良もまた、アズリを不幸にするかもしれないのだ。
その辺りの理解は、まだ多々良が若いが故だろう。
そしてヴィスは大人だ。矛盾する対応も、互いの心理を理解した上なのだ。




