新人船員【3】
「上手く行きそうなのか?」
六瀬は質の悪い水を一口飲んでからボソッと独り言のように言った。
すると「子供っていいですね。幸せな気持ちになります」とテーブルの向かい側から答えが返って来た。
「いつからだ?」
「今はオフらしいですから、次の仕事があればその時にって話になってます」
「もうすぐ何かしらの仕事が来るだろ。そう長くも休んでられないしな」
「暇なんですか?」
「……そう見えるか?」
「見えますよ」
「なら、そういう事なんだろ」
「あの子が来れば”食べっぱなしのお皿を洗っておく”って仕事がありますよ?」
「今夜は来ない日だ。むしろお前がアズリと飯食ってたんだろ」
「楽しかったですよ。いい子ですね。私のマスターとして申し分ないです」
言って多々良も一口、質の悪い水を飲んだ。
広域救助信号を発信する為とはいえ、多々良はアズリを自身のマスターとして登録してしまった。
少しでもアズリの傍に居たい、という彼女の要望もあって、ベルの花屋を紹介した。アズリを介して船掘商会へ入れば、かなりの時間を共に過ごせる、と思ったからだった。だがまさか、孤児院に住むとは思っていなかった。
とはいえ、本人が楽しんでいるのならばそれで良い。
「仕える者が居ない今、自由にすれば良い物を……」
「良いじゃないですか。そもそも私達はそうして生きてきたんです。任務だって何だって。全ては命令ですよ」
生きてきた……というのは、はたして正しい表現なのだろうか。
稼働して、利用されて、仕えて、そういった表現が正しい気がする。
しかし、人としての扱いを受ける事は、やはり元・人としての何かを、失ってはならない何かを認めて貰った気になる。
「……やはり、落ち着くか?」
「不思議と落ち着きますね。頭の中がそう出来てるからでしょうね。誰か一人、主人が居るだけで違います。完全に犬ですよ。犬。そう出来てるんですよ」
とはいえ、多々良の言う通り、我々は何かに忠誠を尽くすように作られている。
犬という表現は気に食わないが、似た様な物なのだ。
「アズリは苦労するぞ。直ぐに何処かに消えるし、無茶をする」
「飽きなくて良いと思います。楽しそうです。で、隊長は……まぁ、決まってますね」
「ああ。陛下が……いや、陛下の血が何処かで受け継がれていれば……な」
雪波様がもし生きていれば、今頃はきっと、自分も犬だったろう。
いや、家族だ。雪波様はそういう人だ。
兄? それはない。
父親か……。
だったら喜ばしい事だ。
……等と考えてもどうする事も出来ない。
六瀬は小さく溜息をついて、また一口質の悪い水を飲んだ。
「人種も混ざりに混ざってますからね。探すのは難しいですよ。そもそもここに居るかも分かりません。まだ空の上で眠ってるかも」
「それは考えたくないな。……まったく、お前の記憶が壊れてなかったら、有益な情報もあったろうに」
「消えたのは一部だけです。って言っても結構な量ですけど。でも、良いじゃないですか。この新しい世界で生きる目的があるんですから。何も無く過ごすよりは良いですよ。応援してます」
ただ黙って人類の、果ては世界の歩みを見ているだけでも良い。
人類が同じ過ちを繰り返さないように見張っているだけでも良い。
だが、やはりそれだけでは足りない。何か他に目的があれば、この星で目覚めた意味をより強く感じる事ができる。
やはり探さねば……多々良のように、忠誠を尽くす誰かを。
六瀬は思う。それが自分の生きる意味……なのかもしれない、と。
「……他人事だな」
ちょっとした嫉妬が多々良を責めた。
「他人事ですから。私は隊長みたいな忠義がどうのこうのって、堅苦しいタイプではないので。どこにでも居る普通の女の子なんです」
「どこにでも居る女の子? お前みたいなのが何処にいる? そもそもそういう歳か?」
ちょっとした嫉妬が、今度は皮肉を作る。
だが多々良はクスッと笑って「何処にでも居ますよ。だって女の子ですから。何歳になっても女の子は女の子なんです。男には分かりませんよ」と、しれっと上手に流してくれた。
「そうか。ならば俺は、その辺に居る普通の男……いやおじさんだ。……もう隊長じゃない。いつも通り……昔みたいに話してくれ。梅」
「そう? ならそうする。仁一おじさん」
言って彼女は一瞬で本来の多々良に戻った。そしてケラケラ笑う。
昔から多々良の両親、そして兄達とは懇意にしていた。
その兄達の溺愛する妹、多々良梅子。
おじさんと呼称する梅子こそ、昔から良く知る多々良なのだ。
「でも、名前で呼ぶのはやめて。多々良で統一、そう決めたでしょ。ここで苗字も名前も持ってるのって一部の人間だけ。仁一おじさんの事も六瀬って呼ぶからね」
「……六瀬、とだけ名乗っておいて良かったと思ったよ。まさかそんな文化だったとは知らなかったからな」
「貴族様がどれだけ特別か分かるでしょ?」
「……その辺に関しても情報を得たかった。漸く話す機会が作れた。長かったぞ」
「ゆっくりもしてられないけどね。遅くなる前に帰らなきゃだし」
実のところ、多々良の修理が終わった後は少しごたごたしてしまい、次いでポッドを使う予定だったヴィスは、いそいそと屋敷へ帰る羽目になった。
修復作業は後日日を改めて、ということになり、その前に様々な情報を得ようと考えていた。
だが、今度は六瀬が船掘業に追われる立場となり、六日程前に漸くヴィスがポッドを使う事となる。
そして、修理が終わる今夜、三者で……否、カレンを含めた四者で話す機会が漸く訪れたのだ。
「……って言ってる傍からもう一人が参加しそう」
見ると、修理は完了しており、ヴィスがゆっくりと目を開けた。
そして、生まれたままの姿でポッドから出て来た。
「……尊厳とか言ってなかったか? 多々良」
「あの時は部外者が二人もいて、どう考えても変態行為だったでしょ。それに男と女。見られる立場も価値も違うのよ」
言いながら多々良はテーブルにもたれて頬杖をついた。そしてじっとヴィスを見る。その目線は下半身へと行き、ふっと鼻で笑った。
「男性蔑視だろ」
「神がこの世に人を作った時代から、男女の価値には差があるの」
「はいはい。そうかよ」
「私は見られたって平気だけど、ヴィスにはもう見せてあげない。ポッド使う時にこの部屋に居たら殴るから」
「こっちのセリフだ。修理やメンテの度にお前が居たんじゃ気が散る」
この二人は昔からあまり仲が良くない。いや、どちらかと言うと多々良が一方的にヴィスを良く思っていない。
理由は知っているが、それよりも……。
――俺の私物なんだがなぁ……。
多々良にもヴィスにも、ポッドは自分の物、いつでも使える物、という認識が生まれた様で、その辺りがなんとも納得いかない。
資材の残量も50%を切り、修理の度合いによっては一人分がギリギリといった所。
そう易々と故障はしないだろうし、そもそもかなり強靭に作られたボディーなのだから今後の使用はメンテナンス程度だろう。
だが、資材の調達は今後も継続していかなければならない。
金がかかる……。
バイドンの所で安く調達出来たとしても、使える素材は極一部なのだ。義肢制作の情報と引き換えなのだが、今では少し割に合わない気もしている。
しかし、金は持ってる奴から徴収すればいいとも思う。
服を着るヴィスを見ながら、こいつからは金を取ろう、と六瀬は思った。
「さて、直った事だし話すとするか。聞きたい事は何だ? 六瀬」
ピシッとした服を着たヴィスは、水の入ったカップを受け取って椅子に座った。
テーブルを挟んで六瀬と多々良。ポッドの手前にヴィスが居る。
「目覚めてから二か月以上経つが、まだまだ情報が足りない。この世界の文化やルールもそうだが……まずは船が宇宙空間に留まっている理由が知りたい」
本来は前者を問うべきだが、まずは不可思議な現象について論じたいと思った。
一人でモヤモヤするよりも、先に目覚めた人物達の見解を踏まえて考えた方が、幾分マシだからだ。
「今いっぺんに話すには長くなりそうだからな。時間を見つけてゆっくり話していくとしよう。で、最初の質問だが、船が留まる理由……か」
「ああ。”落ちて来た船を見つけて糧を得る仕事”……今ではそれが俺の仕事だ。上に留まる無数の船。そして定期的に落ちて来る。どうなってるんだ?」
「さぁな。俺は知らない」
即答だった。
「何?」
出された水を飲んだヴィスは「相変わらず不純物だらけだな」と独り言ちる。
足を組んで一呼吸置いた後「俺は目覚めて約十年だ……」と続けた。
「当然、何も知らずに過ごし、少しづつこの世界に馴染んでいった。勿論、その情報に関しても調べたが、何の手がかりもなかった。人々はそういうものだ、と受け入れ、そういうものだ、と遺伝子レベルで認識している……。だろ? 多々良」
「そうみたい。私はネードって国で目覚めて二年。壊れて八十年以上スリープしてた。稼働してる時、一応私も気になって色々聞いてみたけど、皆、船は空にある物だ。我々の先祖はそこにいる。って感じで、普通でしょ? 何んでそんな変な事聞くの? みたいな目で見られたのを覚えてる」
「調べようともしていないのか?」
「研究者くらいは居るだろう。何処かにな。会えるのなら俺も会ってみたい。ともかく、何らかの理由で停滞している。だが、二つだけ分かる事がある」
「何だ?」
「戦闘があった事。それと、船は決まった範囲で落ちて来る、という事だ」
「……国際協定違反については薄々感じていた。バラバラになった戦闘艇が落ちて来るんだからな」
船掘業をしていると、大破した戦闘艇を目にする。
先日も被弾した避難艇を回収し、自分なりの見解を出した。
「利権争いは星に着いてから、と決まっていたんだが……案の定、協定破りした奴が居たんだろ。着く前に他国を間引いておけばそれだけ有利に利権が得られるからな。星間移動の際は皆スリープ状態だ。気が付かない者も多かっただろ」
同じ見解だった。
住めなくなった星からの脱出。それはその星に住む全ての人類が一丸となって成すべき事だった。我先にと脱出する者も居たが、世界は手を取り合って、平等に、そして平和に生き残る事を約束したのだ。
「まともに住める星かどうかも分からなかったのにね。移住は賭け……みたいな状態だったのに、そこまでするか? って感じね」
「住めた場合、星を自由にできるんだ。やる奴はやるだろう。だがまぁ、結局、殆どは大気圏にすら入れず、宇宙で干からびる羽目になった様だが」
ヴィスは空を見上げた。つられて多々良も見上げた。
そこには天井しか無い。
六瀬もつられて天井をチラリと見た。




