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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード3】 一章 新人船員
105/172

新人船員【1】

 お昼時のジャンク通りは人通りが少ない……なんて事は無く、屋台や飲食店を利用する者は多く、結構な賑わいを見せていた。

 名も無きケーキとホス茶をテーブルに並べてくつろぎながら、二階の窓からそんな風景を眺めるアズリ。

 目の前の席に座るレティーアも窓の外を眺めながら、ホス茶を一口飲んで、ふぅっと息を吐いた。


「最近忙しかったからね。リビの作ったケーキ食べながらのんびりする日も、なんか久しぶりって感じがする」

 そう言った後、レティーアはフォークですくった一口分のケーキをパクリと食べた。

「ホント美味しい。リビ、ここ専門で働いた方が良い気がするわ」

 そしてそんなセリフを続けた。


 アズリ自身も喫茶店【ニア】に足を運んだのは久しぶりだった。

 ルマーナとの共同作戦の後からは個人的に何かとバタバタしてしまい、そして船掘業も立て続けに入って来た事で、色々と考える暇も無いくらいに忙しかった。

 ティニャの件で、胸が締め付けられる辛い思いをした。

 しかし、当の本人であるティニャは現実を受け入れた。本当に強い子だと思った。


 その点自分は弱い……。

 自分の妹……マツリの姿を重ねてしまい、マツリがいなくなったら……等と思うと、どうしようもないくらいの強烈な不安に押し潰されそうになった。

 だからこそ、ここ最近の忙しさは余計な事を考えさせず、逆に気持ちの整理に繋がったと少し感謝していた。


 それと、ロクセと行ったお買い物。

 ルマーナへの贈り物を私が選んで良いのだろうか、等と思いつつも、想像以上に楽しんでしまい、これもまた余計な考えを押さえ込んでくれた。

 ロクセにも感謝しなくては、とも思う。

 それに、付き合ってくれた手間代だ、とか言いながらプレゼントしてくれた服は、数少ないお気に入りの一着となった。

 好きな服を選べと言われたが、スカートを履く勇気は無かったので、膝丈でふわっとしたハーフパンツと一般的な女性が着ている無難なシャツを選んだ。

 そんな物でも、普段アズリが着ている物と比べれば、かなり品質の良い服だった。

 マツリやレティーア達とお出かけする用として使おうと思い、今現在、その服を着て喫茶店【ニア】に居る。


「……俺が作ったんじゃねーよ。店長だよ」

 レティーアのセリフを聞いたリビが、コツコツと歩いて来て、テーブルの前で足を止めた。

「あら? 聞こえてた?」

「聞こえてたよ」

「ごめんね。勘違い。いつも通り店長が作ったケーキね。了解了解。あ、このケーキほんと美味しいって言っておいてね」

「……おう。言っておく」

 

 結構前の話になるが、一度、練習がてら作った新作だ、とか何とか言いつつ、リビは【ニア】の制服を着たまま、同じケーキを届けてくれた事があった。

 その為、店長が作ったという言い訳は明らかに嘘だと分かった。

 味が一緒なのだから、味覚の良いアズリには通用しない。

 そもそも、リビもレティーアも、お互いの真意を理解した上でやってるコミュニケーションなのだ。

 レティーアのニヤけ顔とリビの赤い耳を見ているだけで、平和な日常を感じる。


「それと俺は、船掘が本職だ」

「そう? この仕事、合ってると思うんだけどね。残念」

「い、嫌々やってんだ。仕方なくだ」

 素直じゃないな、とアズリは思った。

 二つも仕事を掛け持ちして、何にお金を使っているのか……借金でもあるのか……等と邪推する事もあったが、リビにとって、必要なのはお金じゃないと今では理解している。

 リビにとって【ニア】でのお菓子作りは最早、趣味なのだ。


「そう? へ~。了解。それより、このケーキの名前決まったの?」

「まだだよ。そもそも俺が決めるんじゃねーから。店長の仕事だから」

「ふーん。……そう言う事にしとく。可愛い名前が付くんでしょ? 楽しみにしてるわ」

「か、可愛いかどうかは分からないな。店長の趣味で決まるからよ」

 そう言ってリビはそっぽを向いた。

 薄いクレープ生地とクリームを何層にも重ねたケーキ。

 赤い耳のリビを見て、このケーキにどんな名前が付くのか楽しみだとアズリもひっそりと思った。


「そういやアズリ。お前が世話になってた孤児院にえらい美人が来たらしいじゃねーか。住み込みで働いてんだろ? どんな奴なんだ?」

 話題を変える為だろう、リビがそう問うと「それ、私も気になってた」とレティーアも身を乗り出した。

「給料なんて殆ど払えないって言ったんだけど、それでも良いって……。孤児院ってボランティアみたいな物だし、良い人だなぁって印象だった」

「それで?」

「働いて五日経つのかな? とりあえず昨日、様子見に行ってみたんだけど……」

「変な奴だったのか? 子供達泣かせる奴だったら俺がぶっ殺しに行くぞ?」

「殺すって……。あんた……本当、野蛮」

「うるせぇ」

「そんな人じゃなかったよ。むしろたった五日で子供達全員が懐いてて、昔から孤児院に居た人……ってくらいに馴染んでた」

「そうか。なら良し」

「あんた何様よ」

「うるせぇ」


 六日前の船掘業がオフだった日、商店街の集まりで不在だったベルに代わって、アズリは花屋の店番をしていた。

 お昼も過ぎて、薬を打ったばかりのマツリが安静の為に部屋へ戻って寝静まった頃、一人の女性がふらりと店に現れた。

 黒髪のショートボブが似合う美人で、スタイルもルマーナと良い勝負をしそうなレベルの魅力的な女性だった。

 不思議な事に彼女は、靴のデザインが違うだけで、ロクセと共に選んだルマーナ用の服と殆ど同じ物を着ていた。

 スタイル然り、着ている服然り、こんな偶然もあるのだなと思いつつ「何かお探しですか?」と尋ねると「花……綺麗ね。ここって住み込みで働ける?」と言って来た。

 

 正直言って、ベルの花屋は、店員一人を住み込みで働かせる程利益がある店ではなかった。

 そもそも、アズリとマツリが半ば居候の様に暮らしているのだ。

 アズリは自分の立場に若干の申し訳なさを感じ、どう答えて良いか分からず「えっと……」と口ごもった。

 だが丁度そのタイミングで「住む所無いのかしら? 今はどうしてるの?」と彼女に対して声がかかった。

 そこにはカナリエが居て、妙な客への助け舟を出してくれていた。

 ナイスタイミング、助かった……と思いながら二人のやり取りを見ていたら、結果変な方向へと話が進んだ。


 彼女の名前はタタラといって、ずっと南にある国、ネードから来たらしかった。

 数週間知人の家に居候させて貰っていたが、流石にこのままという訳にもいかず、住み込みで働ける場所を探していた、との事だった。

 カナリエは住民登録済みである事や年齢、求めている職種等を聞いてから少し思案した後、孤児院の話を持ち出した。

 船掘業の傍ら、孤児院も運営していると話すと「そうね……」とタタラも一考した。

 カナリエが「孤児院の給料なんてたかが知れてるから、余裕のある生活は出来ないわ。だから無理にとは言わないけど」と言うと、タタラは「それは構わないの。子供好きだし問題ないわ」と答えた。

 

 ダニルとカナリエは孤児院運営の為、船掘業に重きを置いている。子供達の面倒は実質、エイミューラとユンゾの二人で担っているので人手は足りない。よって、彼女がボランティア精神で手伝ってくれるというのなら願っても無い事だった。

 カナリエは満面の笑みで「ホントに? こっちとしては歓迎するわ」と言って、即座に握手を求めた。

 しかし彼女はそれに応じず、アズリを一度見た後「船掘業って、私でも出来る?」と妙な事を言い出した。

 アズリも、勿論カナリエも驚いて、ともかく船掘業の危険性について説明した。

 すると彼女は、稼いだお金の一部を自分も孤児院へ寄付する等と言いだして、更に二人を驚かせた。

 彼女は住み込みの条件で孤児院勤めをし、カナリエ達と共に船掘業をした上で、その給料を孤児院運営に回す考えだった。

 要するに、ダニルとカナリエに似た立場の人間が一人増えるという事であり、運営資金が増えるという事になる。

 タタラは、エイミューラ達の補助として雇うよりも格段に良い人材である事は言うまでもなく、なかなか出会う事の出来ないボランティア精神にあふれた善人だった。

 ネードから来た割には肌が焼けていない……等の疑わしさはあるものの、口調も雰囲気も明るくて好感が持てた。

 そんなこんなで翌日から働く事となり、たった五日程度で、孤児院の子供達と遊ぶ姿が微笑ましい美人お姉さんとして近所で有名になった。

 実は買い物中、二度もロンラインへの誘いがあった……とも聞いている。


「で? そいつオルホエイ船(ウチ)掘商会に来るのか?」

 リビが少し面倒そうに言うと「あら、女の人なら歓迎するわ」とレティーアが口を挟んだ。

「男だろうが、女だろうがどっちでも良いけどよ。ミラナナみたいな使えない奴はごめんだね」

「ミラナナはあんたより優秀だけど?」

「船すっ飛ばすだけしか能の無いどんくさい奴だろ」

「十分良い才能じゃない」

「才能の無駄使いってのはアイツの事だ。他に……生かせる仕事もあるだろ。本当、馬鹿だ」

 リビは相変わらず口が悪くとも優しい人だな、とアズリは思った。

 年に二度開かれるスピードレースの選手として活躍した方が、危険な船掘業をするよりもずっと良い。

 彼女はそう言っているのだ。


「あんたも才能生かせる仕事に専念した方が良いと思うけど?」

「何が言いたい」

「いつもありがと。ケーキ美味しいわって言いたいだけ」

「……てめぇ、くどいぞ……」

 レティーアがひやかす目つきで椅子に仰け反り、リビは真っ赤な顔で一歩前へ出た。

 と、そのタイミングで入店のベルが鳴り、リビは舌打ちをしてから客の元へ向かった。

 横柄な態度で「いらっしゃい。好きな席に勝手にどうぞ」と接客する声を聞きながらレティーアは「もう少しマシな接客しなさいよ」と呟いた。そして「……それで話は戻るけど、その女の人ウチの商会に来るんでしょ? いつから来るの?」と続けた。


「分からない。カナ姐の紹介って事で来るはずだけど……」

「子供好きで美人。その上お金に頓着しない人か。ウチの男共好きそうね」

「お金の使い方凄いからね。お金に口出さない奥さんとか……きっとモテる」

「そうね。守ってあげなきゃって思うわ。ま、とにかく会えるのが楽しみね……って、あれっ?」

 レティーアが少し驚いた顔でアズリの後方へ目をやり、それにつられてアズリも振り向いた。

 二人が座っている席は、店の一番奥にある四人掛けの席だった。

 店の入り口はカウンター席を曲がった先にあり、入店時にはどんな客が来たかわからない。

 空いた席を探しに歩いて来た客はパウリナ、それとティニャだった。

「あっ。レティーアさん……とアズリさんっ」

 二人に気づいたティニャが、そう言いながら店内を駆けた。

「あら偶然。二人でお茶会? 仲良しね」

 パウリナはそう言ってティニャの肩に手を置き、店内では走らない事、と囁いた。


 お姉ちゃん付けで呼んでいたティニャは少し変わっていた。

 いつの間にか相手に対して敬意を払う様になっていて、立ち姿もきちんとしている。

 パウリナに注意されて素直に謝る姿を見ると、ルマーナ達に良い大人になる為の教育をされているのだろう。

 髪は綺麗にセットしてあり、服も一般的ではあるが良い物を着ている。

 ドレスを着ている姿とは違って少し地味だが、元々の顔立ちが目立つ為、他の客達はその超絶的な可愛さに驚いた様子でじっとティニャを見ていた。

 そして少し遠目にこちらを見つめるリビ。

 彼女を見てアズリは、これはもう落ちたな……と確信した。


 ともあれ、二人は同じ席に座る事となり、女四人での女子トークが始まった。

 ルマーナに引き取られてからのティニャは掃除も洗濯も率先して行い、既にルマーナの店になくてはならない存在になっているという。

 夜は料理の手伝いをし、ある程度の時間まで給仕をこなし、時折接客もする。

 店の客にも評判が良く、特に女性客には大いに可愛がられ、既にティニャ目的で来る客もいるらしかった。

 船掘業がある時は必ず参加し、最初は船から景色を見るだけ、という観光的船員だったがしかし、船内を明るい雰囲気にする妙な存在感を持ち、怪我をして戻る船員を船医と共に手当てするティニャは、ルマーナ船掘商会においても、なくてはならない存在になっているという。

 今ではその手の勉強もしていて、彼女の今後の成長が楽しみだと皆が語っている、との事だった。


「ティニャはまだまだだよ。パウリナお姉様達みたいになれないもん」

「逆になったら困るわ。掃除洗濯まったく出来ない子も居るんだから、反面教師として学んで欲しいの。むしろ私達を超えなさい。それとお姉様はお店の中だけよ」

「あ、そっか。ごめんなさい。パウリナさん」

 軽く頭を下げて謝る姿を見て、アズリもまた成長が楽しみだと思った。

「……これ、く、食ってくれ」

 いつの間にかリビが居て、皿を二つ差し出した。

 パウリナのホス茶、ティニャのミルク。

 その隣に置かれたケーキはアズリ達と同じ物だった。

 やっぱりね、と思いながらリビを見ると、緩みそうな顔を必死に堪えていた。


「あら? 注文してないけど?」

「俺の奢りだ。こいつらと知り合いなんだろ?」

「ええそうよ」

「なら、特別だ」

 パウリナは少し訝しげにリビを見ていた。しかし負の感情では無く、相手の目的を推察している様子だった。

「食べていいの?」

 そう質問するティニャは置かれたケーキとパウリナの顔を交互に見ながら目を輝かせていた。

 こういった行動は子供らしくて微笑ましい。

「いいわよ。この人が御馳走してくれるって」

 ティニャを見ながら一瞬、少し呆れた様な溜息を吐くパウリナ。

「やった。店員さんありがとう!」

 だが満面の笑みでリビへのお礼を言うティニャを見て、パウリナは勿論、皆つられて笑顔になった。「お、おう……」と控えめに返答するリビもまた可愛い。


「で、こいつらとはどんな関係なんだ?」

 そう質問され、パウリナは「ん?」と一度考えてから「仕事で助けて貰ってからの知り合いよ」と答えた。

「あんた達もしかして、ルマーナのとこの?」

「そうよ。ルマーナ船掘商会で働いてる。もしかしてあなたも?」

「おう。本職はこいつらと同じ。オルホエイんとこで世話になってる」

 パウリナは「あらそう」と言って、そういう関係なのね、と言わんばかりに一度アズリ達へ目を向けた。

「私はパウリナ。この子はティニャ。よろしくね。リビさん」

「ああ、よろし……ん? 俺の事知ってるのか?」

「あなたこの店で有名だもの。名前くらい知ってるわよ」

「そ……そうなのか?」

 まぁそうだろうな、とアズリは思った。

 リビは店で、否、ここジャンク通りではそこそこの有名人なのだ。

 そして案外ファンも多い。特に女性に。

 理由は言わずもがな、そのキャラクター故だ。


「一緒にどう?」

 パウリナがホス茶を片手にそう誘うと「い、いや、仕事サボる訳にはいかないからよ」と、接客においてはサボり魔であるリビは断った。

「……まぁなんだ、ごゆっくり」

 言ってそそくさと逃げた。

「……ティニャちゃんと友達になりたいんだって」

 いたずらっ子の如くニヤけた顔でリビを見ていたレティーアは、姿が見えなくなると同時にティニャへ向けて言った。

「そうなの?」

「これはお近づきの印ね」

 その答えにパウリナは、合点がいったという様子で「ああ、なるほど。子供好きだったのね」と言い、今度は困り顔で「でも残念、明日から当分来れないわ」と続けた。


「船掘ですか?」

 アズリが問う。

「そう。ネード海の島に船が落ちたって話。ウチに回収案件が来たの」

「ネードに? 珍しいですね……。というか、遠いですね」

 時折落ちて来ても海に沈み、陸地に落ちる事は稀であり、ネード周辺では、遺物船を見つける事は滅多に無い、と聞いたことがある。

 それもあってネードやその隣国のクドパスでは船掘業は存在しておらず、代わりに漁業が栄えたとされ、船が落ちれば何処かの船掘商会へ回収の依頼が来て、案内料という名の利益の一部を頂く、というシステムになっているらしい。

「一番南の国だからね。あなた達は行った事ある?」

「無いです。話では聞いたことありますけど、案件が回って来た事はないです」

「ネードは治安良いし、貧富の差は……それなりだけど、ここよりはずっと良い国よ。それに冷凍された魚じゃなくて新鮮な魚が食べれるの。二、三日、休日貰える予定だからバカンス気分で行って来るわ」

「ティニャも楽しみ」

「「ね~」」

 二人はルマーナの店特有の、息の合った相槌をうった。


――バカンスか……いいなぁ~。


 美味しい魚を食べながらのんびり過ごす。

 マツリと一緒にそんな優雅な一日を過ごしてみたい。

 夢の様な話だが、妄想だけならタダだ……とアズリは一人、フォークを咥えながらその世界へ浸った。

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